不登校を減らすためには不登校数の公開が必要である理由
こんにちは。ToCo(トーコ)の不登校カウンセラー、竹宮です。
今日は「不登校を減らすためには不登校数の公開が必要である理由」について書きたいと思います。
「不登校は個人の問題」ではありません
最近、こんな声をよく耳にします。
「今の学校、うちの子だけが不登校なんでしょうか?」 「他の子の状況がわからないから、比べようがないんです」 「学校は“様子を見ましょう”の一点張りで、どこまで本気で考えてくれているのかわかりません」
この「見えない」という状態が、保護者にとってどれほど不安か。現場で日々相談を受けている立場として、身に染みて感じています。
まず、多くの方が誤解しがちなのは、「不登校は個人的な問題」だという考え方です。
たしかに、「朝起きられない」「教室が怖い」「先生が合わない」など、きっかけは個別に見えるかもしれません。でも、不登校が“個人の中”で完結することはほとんどありません。
学校の環境、先生の対応、クラスの雰囲気、制度の柔軟さ。そういった「周囲の条件」が整っていなければ、子どもが安心して教室に戻ることは難しいです。
たとえるなら、不登校は“花粉症”のようなものだと考えてみてください。
体質もあるけれど、環境(=花粉の量や空気の状態)によって左右される。それなのに、「この子は弱いから」と一人で背負わせてしまうのは、あまりにも酷です。
「学校別の不登校数を公開してほしい」という提言
2025年2月、ToCoは文部科学省に対して「学校別の不登校数の公開」を求める提言を出しました。13,000人以上の保護者がこの動きに賛同しています。
ところがこの話をすると、こんな反応が返ってくることもあります。
「不登校の子を“数字”にするのは違うんじゃないか?」 「学校のランキング化につながるのでは?」
確かにそういった懸念も理解できます。ただ、その懸念と“不登校数を見える化することの必要性”は、切り分けて考える必要があります。
そもそも、なぜ「不登校数」が見えないのか?
現状、不登校の統計は、文部科学省が年に一度出している「問題行動・不登校調査」があります。ただしこれは、全国・都道府県・市区町村単位での集計で、学校ごとの数字は公表されていません。
つまり、保護者がどんなに知りたくても、
通っている学校に何人不登校の子がいるのか
それが例年より増えているのか
他の学校と比べてどうなのか
こうした情報を知ることは、ほぼ不可能です。
この「見えなさ」が、支援を遅らせています。さらに、「うちの子だけがおかしいのでは?」という誤解と孤立感を生んでいます。
一般的なアドバイスの限界
学校や行政からは、こうした声が聞こえてきます。
「学校には学校なりの事情があります」 「個人情報の問題があるので公開は難しいです」 「全体の傾向は把握できているので、問題ありません」
確かに、どれも一理あります。でも、そのアドバイスは、実際に悩んでいる保護者の助けになっているでしょうか?
たとえば、「学校には事情がある」と言われても、保護者には事情が見えません。
「全体の傾向はつかんでいる」と言われても、「それで自分の子はどうなるの?」という疑問は残ります。
結局、「見えない」ことが、親の不安を倍増させているんです。
「見える化」がもたらす5つの現実的なメリット
学校ごとの不登校数を公表することには、保護者だけでなく、学校や行政にとっても多くのメリットがあります。ここではその具体的な効果を5つ紹介します。
① 保護者の「孤立感」が軽くなる
自分の子だけが不登校のように感じると、「うちの子は特別に問題があるのでは」と思ってしまいがちです。でも、同じ学校に10人、20人と不登校の子がいたらどうでしょうか。
「この学校では今、何かが起きているのかもしれない」と視点が変わります。
“うちの子だけじゃなかったんだ”という事実は、思っている以上に親の気持ちを軽くしてくれます。
② 対応が遅れている学校が可視化される
現在は、学校ごとの不登校への取り組みや成果が外からは見えにくい状態です。でも、数字が公表されると、たとえば「A中学校では不登校が5年連続で増えている」「B小学校は独自の支援制度で減っている」といった変化が見えてきます。
これが何を意味するかというと、学校側にとっても“何かを変える必要がある”というプレッシャーになるということです。
対応の質を、実態に合わせて見直す材料になります。
③ 「再登校支援が機能している学校」が評価されやすくなる
学校によっては、スクールカウンセラーの面談が充実していたり、保健室登校や別室対応を丁寧にしているところもあります。けれど、今はそれが数字に反映されていないため、比較や評価ができません。
仮に「不登校の人数が多くても、再登校率も高い」という学校があれば、それは支援が機能している証拠です。
数だけ見て「多い=悪い」ではなく、「どう改善しているか」が評価されるようになってほしいと思っています。
④ 「効果的な取り組み」が全国に共有されやすくなる
もし、ある自治体や学校で有効な支援方法が見つかったとしても、それが周囲に伝わらなければ意味がありません。
データが公表されていれば、「この市では昨年比で30%不登校が減っている」「なぜ?」という視点で注目されやすくなります。
良い取り組みは広がりやすく、全国にとっての学びになります。
⑤ 政策の「結果」が検証しやすくなる
行政も不登校対策に力を入れています。でも、その成果は“全体としてどうだったか”に留まりがちです。
たとえば、A市では不登校対策に新たな予算をつけた。じゃあ、導入した翌年の学校別不登校数はどうだったのか。こうした視点が持てれば、施策のPDCA(計画・実行・評価・改善)も回しやすくなります。
でも…公開されたら「うちの子が特定されるのでは?」という不安
ここまで読んで、「それはわかるけど、個人が特定されないかが心配」と思った方もいると思います。
結論から言えば、個人を特定する必要はまったくありませんし、されない方法で運用されるべきです。
たとえば、クラス単位でなく学校単位でまとめる、人数が少ない場合は「10人未満」とぼかす、年度ごとの傾向を見るだけに留める、など。
実際、アメリカのCRDC(Civil Rights Data Collection)では、学校ごとに不登校数や出席率が毎年公開されていますが、個人が特定されたという問題は起きていません。
大切なのは、「知ること」と「守ること」を両立させる仕組みをつくることです。
「学校の評判が下がるのでは?」という誤解
もう一つの反対意見として、「数字を公開したら学校の評判が落ちる」という心配もあります。
でも考えてみてください。問題を見せないようにする学校と、問題をオープンにして改善しようとする学校。
あなたが子どもを通わせるなら、どちらの学校に信頼を感じますか?
不登校数が少ない=良い学校、とは限りません。不登校への「向き合い方」が可視化されることに価値があるのです。
数字にできること、できないこと
ここで一度、冷静になって整理したいのが、「数字にできること」と「数字だけではわからないこと」の区別です。
不登校数は、「支援の必要性があるかどうかの指標」にはなります。でも、それだけでは個別の子どもの背景や、回復のプロセスまでは見えてきません。
だからこそ、数字を“材料”として使いつつ、最終的には一人ひとりの声を聴く支援につなげる必要があります。
公開は「ゴール」ではなく「スタート」
ここまで読んでくださった方には、「不登校数の公開」が何を目指すものなのか、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
私たちが提案しているのは、“子どもや保護者を傷つけること”ではなく、“見えないまま放置されている問題を、見える形にすること”です。
公開したその日から何かが劇的に変わるわけではありません。でも、見えなかったことが見えるようになると、人の行動は変わります。学校も、行政も、そして保護者も。
最後に
数字の公開というのは、ある意味、学校や行政にとっても覚悟が問われる取り組みです。
でも、その覚悟がなければ、不登校はこれからも“家庭の問題”として押し付けられてしまうままです。
子どもを一人で戦わせない。
家庭を孤立させない。
そのための第一歩として、「不登校の数を見えるようにすること」に意味があると、私は信じています。
本日も、読んでくださってありがとうございました。


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