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森岡毅氏率いる刀、ジャングリアで700億円調達の内幕

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7月25日、沖縄北部にテーマパーク「ジャングリア沖縄」が開業する。事業を主導するのは、有力マーケターの森岡毅氏が率いる刀(大阪市)。新型コロナウイルス禍やウクライナ危機に見舞われる中、創業からわずか5年の同社はいかに約700億円の資金調達を完遂したのか。

自然をモチーフにしたパークが開業するのは、沖縄県名護市と今帰仁村にまたがる自然豊かな地域。森岡氏らが実現を目指してきた渾身(こんしん)のプロジェクトだ。

パークを運営するのは、このプロジェクトのため2018年に設立されたジャパンエンターテイメント(沖縄県名護市)。刀が筆頭株主で、オリオンビールなど地元3社のほか、JTBや近鉄グループホールディングス(HD)なども出資する。

総事業費は700億円。開業時に2000億円近くを投じた東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に比べると規模は小さいが、会社が立ち上がってまだ間もないスタートアップの刀にとっては巨大な案件だ。

刀は、この資金をエクイティ(資本)とデット(借り入れ)でそれぞれ半分ずつ賄う青写真を描いた。資金調達には2018年夏から約4年の歳月をかけた。その道のりは平たんではなかった。

「コンサル以外の実績がない」

調達へ動き出したのは刀がまだ創業1年目のころ。「森岡氏はUSJのV字回復の立役者でも、刀としての実績はコンサル事業以外ないに等しかった」と、ある金融機関の幹部は話す。

国内では経営難に陥ったテーマパーク・遊園地は数知れず、こうした事業の成長性や持続性への見方も懐疑的だった。この4年はコロナ禍やウクライナ危機も重なり、いくつもの困難が立ちはだかった。

資金調達を先頭に立って進めたのが刀の創業メンバーの1人、ジャパンエンターテイメントの加藤健史最高経営責任者(CEO)だ。

加藤氏らはまずパーク事業に対する懸念を払拭するため、全国の過去5、6カ所の事例を基に失敗した共通要因をあぶり出し、回避策を提示した。例えば、失敗の要因の一つに過剰投資を挙げ、ゴルフ場跡地に建てるジャングリア沖縄は元の地形を生かして建設するため、投資額を抑制できるなどと訴えた。

離れていったメガバンク

沖縄県内に支店を持つみずほ銀行を筆頭に3メガバンクは当初、融資を検討していた。だが、2年目に事態は暗転する。20年春、新型コロナが猛威を振るい始めた。街から人が消え、観光客は激減。パーク事業も将来を見通しにくくなった。メガバンクは次第に離れていった。

加藤氏らは「自分たちができることは何かを考えた」。借り入れの後押しになる第三者機関への事業格付けの依頼や規制緩和が可能になる国家戦略特区の指定に向けた手続きに注力。21年にはパークの関連事業が特区の特定事業に認定され、日本格付研究所(JCR)からは最上位の格付けを得た。

加藤氏らが奮闘するさなか、社内の異論を説き伏せ、出資を決断したのは大和証券グループ本社だった。20年1月、当時専務執行役だった荻野明彦社長が主導して刀に140億円を出資すると決めた。刀はそれを原資にジャパンエンターテイメントに30億円を出資した。大和証券Gの参画によってメガバンクに代わる「大きな信用力が付いた」と加藤氏は振り返る。

メガバンク不在の中、意地を見せたのが地元の琉球銀行と商工組合中央金庫(商工中金)だった。両社は協調融資の主幹事に名乗り出た。

琉球銀の川上康会長は「チャンスだと思った」。「沖縄の銀行として(地元にお金が落ちない)『ザル経済』をいかに解決するかは長年の課題だった」。従来、本土の大手行が中心となって数々の県内事業に融資するさまを悔しい思いで見てきた。地元の銀行が前面に立つことは、地域主体で成長を目指すジャングリア沖縄の理念にも合う。

コロナ禍が収束に向かい、一息ついたのもつかの間、最大の難局が訪れる。調達のリミットが数カ月後に迫っていた22年春、「積み上がった融資が一気に崩れた」(加藤氏)。ウクライナ危機が引き金だった。2〜3月には快い対応ぶりだった金融機関の態度が一変。デットが目標額まで約100億円も不足するかもしれない状況に陥った。

22年夏に資金を集め切らなくては25年夏の開業に間に合わない。刀側に開業を延期させる選択肢は全くなかった。主幹事も同様で、商工中金の桑本繁ファイナンシャル・デザイン部長は「必ず目標額を集めます」と加藤氏にたんかを切った。

「事業の目的を言い続けた」

タイムリミットまで2カ月、関係者は北海道から鹿児島県まで全国の金融機関数十行をひたすら行脚して回った。通常、協調融資への参画依頼は主幹事が担うが、各行とのやりとりに際しては「最後の一押しに刀の幹部を総動員した」(加藤氏)。

相手の経営トップを説得する際は森岡氏、パークや将来予測について懸念を抱く相手にはその分野の幹部が説得に当たった。

そうして22年8月、ついに計366億円の協調融資がまとまった。千葉銀行山陰合同銀行などを含む全国13行が融資団に加わった。エクイティと合わせて700億円の調達にめどがついた。

商工中金は、資金集めが行き詰まった場合も想定し、国の資金を入れることも刀側に提案していた。だが、森岡氏や加藤氏は首を縦に振らなかった。「絶対に100%民間投資による事業でなければならない」(加藤氏)。民間が自らの責任でリスクを取ってこそ成長できると考えるからだ。その点でも国の資金ありきの事業が多い沖縄でこれまでとは一線を画すプロジェクトだ。

「事業を通して、沖縄から日本の未来をつくると言い続けた。沖縄が発展すれば地方創生のモデルにもなる。目的を明確にしてみなさんと共有できたのは大きかった」

加藤氏は資金調達を完遂できた理由をこう振り返る。琉球銀の担当者も「これほど意義を強調して協調融資の参加者を募った例は過去にない」と話す。事業の目的や意義が、困難な資金調達をやり遂げる原動力になった。

ジャングリアの開業まであと4カ月余り。地域を活性化させるという大目標の達成とともに、リスクを取った資金の出し手の期待に応える収益を上げられるか。森岡氏や加藤氏らにとって本当の戦いはそこから始まる。

(日経ビジネス 中山玲子)

[日経ビジネス電子版 2025年3月19日付の記事を再構成]

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