山下達郎がライブしまくった理由
林立夫『東京バックビート族-林立夫自伝-』(リットーミュージック)によれば、林に対するユーミンサイドの口説き文句がすごい。最初「無理無理!」「もう終わったことだから」と断っていた林立夫に対して、こう説得したというのだ――「一度自転車に乗れたら忘れないでしょ」。
このアルバムのベストトラックは、オリジナル版でもイントロで美しいスキャットを聴かせた山本潤子(元ハイ・ファイ・セット)をゲストに迎えての『あの日にかえりたい』だろう。そして林立夫はその日、ドラマーとしての「あの日」に無事帰ったのだ。
とはいえ、中野サンプラザといえば、やはり山下達郎ということになる。
何といっても中野サンプラザでの最多公演を誇る音楽家である。「ドームコンサートは絶対にやらない」と断言する山下達郎が、こよなく愛したことによって、中野サンプラザのブランド価値は跳ね上がった。「山下達郎が推すのだから、音がいいのだろう」という感じだ。
実際のところは、どうだったのか。本人のラジオでの弁。「『私が最も愛した』といわれるが、本当の理由は時間の融通が利いたんです」「私は演奏の時間が長い。他のホールだと絶対に許されなかったんですけど、中野サンプラザでは好き勝手、演奏ができた。変わったホールでした」(日本経済新聞/2023年7月2日)。
「好き勝手」……音楽家にとっては、ある意味では、音質以上に大切なことだろう。そして2023年7月2日、中野サンプラザの最後の公演、いわば「千秋楽」の舞台に立ったのも、山下達郎だった。