ネットミーム・デビルサマナー   作:生しょうゆ

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第三十三話 ラ・マンチャの男達

 

 

 

「いやーこんなのを生で見られるとか、やっぱり終末って最高だね!」

「うるせえクソキョウジ! 元の元の元の元を辿ればお前のせいだろうが!」

「もう無関係ってレベルじゃないかなぁ、それ。直接の原因って殆ど君かクソサタンでしょ」

「んにゃぴ……(冷や汗)」

 

 そんな軽口を叩く背にさえ、根源的恐怖が這い上がっては食らいついてくる。ちょっとマジでやばいってこれは(戦慄)。呪殺耐性装備の上からでもゴリゴリ削れてるんだけど。

 

 だが、「んにゃぴ警察ですっ!」と器ちゃんが行動を起こそうと右腕を持ち上げたその刹那、不意に光輝が満ちた。満ちに満ちて、ペルソナを仰け反らした。

 

「うわあ……とんでもない所に来ちゃったゾ……あんな悪魔相手にするとかこ無ゾ。生きてぇなぁ……(生への渇望)」

「なんだお前!? どっから入ってきた!?」

「運命に導かれて、ですよ本庄さん! メシア在るところにアンチメシア在り! お兄ちゃんも随分おかしくなっちゃって!」

「なんだこのメシアン!?(驚愕)」

 

 光と共に現われたのは二人。三浦はんにエリーじゃねえか。メシアンが本部に侵入してくるとかもう終わりだねこのヤタガラス。

 

 しかし、三浦はんの加勢は正直言って心強い。レベル40台とかぜってえ詐称だからな。

 

「エリーが役に立つとは全く思えないけど!」

「そーんな事を言わないで下さいよ本庄さん! あはは! あれがカオスヒーローですか。見るも悍ましき混沌の化身。運命者として十分以上に、その器としての性質がサタンに形を与えると?」

「はあっ? 何言ってるんですか。それおかしいでしょうジャップ。悍ましいのはお互い様でしょうが!」

「ソーリー! ワタシ、アメリカジンデース! ニホンジンデハアリマセーン!」

「なめるなっメスブタァッ!」

 

 そう叫び、放たれた<幾千の呪言>を辛うじて三浦が打ち消す。やっぱり本性は生粋のメシアンか。単なる異能ではなく、浄化、清浄の炎が呪いを打ち消した。

 

「あはは! 父の真似は無意味ですか。最早、運命は決まったのですね。迎えるは終末か、或いは未来か!」

 

「ですが」とエリーは笑う。けおってるワグナスを遠目に見つめ、一つ嘆息し、呟いた。

 

「定めは定め。逃れることは出来ぬと。狂った運命ですが、それでも運命。故に……」

「あのさあ! ぶつくさ言う前に自分も何かしようよ! ねえ! ガキじゃねえんだからさあ!」

 

 さっきからイザナミの腕がデバフ撒きまくってるおかげで、立ってるのもやっとの状態なんだけど。その間隙を縫ってワグナスの斬撃が飛んでくるもんだから、段々と処理が追い付かなくなってるんだけど!

 

 見ろよこれ! この無惨な戦況をよぉ! ワグナスはデバフが撒き散らされた地の上を、「なるほどドン・キホーテがスイと出た」と一緒に痩せ馬に乗って駆け抜けてるし、キョウジのクソは死にながら生き返ってあちこち喧嘩をふっかけてやがる。

 

 なにより不味いのは状況その物だ。イザナミから撒き散らされる死と腐敗の呪いは立っているだけで身を削る。その中では坂上さんもゲイリンも動きが鈍くなり、ライドウと言えど……なんであいつさっきから前転してんの? それでなんで動き鈍らねえの?

 

「やっぱこのライドウ頭おかしい……(ドン引き)」

「いや、お主が言えたことかぁ! 先程から何をやっているのだお主は!」

「餅つきだけどぉ!?」

「本気で頭おかしいですね、貴方」

 

 言われながら、俺は咄嗟に取り出した臼と杵で餅をつき続ける。その結果生み出された結界は、イザナミの混沌とした呪言に対抗し、いやそれでも押されやがる!

 

「おいイーノック! もっと倉から盗んでこい! ニンスレも米を炊く火を絶やすなよ! 俺だってチンドン屋みてえに鈴振りながら餅ついてんだからな!」

「問題ない! 神は言っている。異教徒からの収奪は罪ではないと!」

「狂人の真似をすれば実際狂人。であれば私もオヌシも気が狂っているな」

「理屈は分かるんすけどねぇ! 最適解を叩き出すにも心の準備をさせて欲しいっす!」

 

 坂上さんがそう叫び、俺が餅つく杵の傍に身体を休ませる。どうだよ、即席の聖域は。イザナミが日本最強の邪神だって言うなら、こっちだって日本最強のライドウ印の餅つきだぜ!

 

 まあ、ワグナスには全く効かないので、それを三浦はんが守る形になるのだが。というか親の仇ってくらいに領域が押し込んで来やがるが……いや、不意に止まった。エリーが急に餅つきに「はいっ! はいっ!」と合いの手を入れてきてからだ。なんだお前!?(驚愕)

 

「よっ! ほっ! どうですかっ! 私なりに解析し、イーノック様とアンチヒーローを掛け合わせ、複合結界へと昇華させましたよ!」

「お前人の許可も取らずに……役に立ってるなら良いけどよぉ……。でも危ないから声かけてくれよな!」

「あはは! やってみたかったんですよね、餅つき。ですが、日本神話にヘブライ神話に私のメシア教! それにちょちょいとアンチメシア要素を二重に掛けて、これで対救世主餅が完成です!」

「人の餅に何してくれてんのマジで!? だが、いや……もしかしたら、もしかするか……?」

 

「というか美味しいですねこれ!」とエリーは勝手に餅を食っている。食っとる場合かーッ! いや場合かもしれん!

 

「サマナー、倉から施餓鬼米と醤油と餡子ときな粉を持ってきたぞ!」

「艶やかなオモチだ! 上等なショーユだ! モチ・トーチャリングは実際、有効な拷問手段である!」

「食え食え! 食って少しでも耐性付けろ! ライドウとゲイリン! 新しい餅よ!」

「餅が美味いのは良いんすけど、ここで一つ、冷えたお茶が怖いっす」

「贅沢言うなや!」

 

 そうやって呪言バラマキしまくってるイザナミに対抗し、こちらも餅をシュートしていく。エリーの言葉が確かであるなら、この餅がヒーロー要素へ特攻となるかもしれん!

 

 が、ライドウとゲイリンに届く前に、器ちゃんが凄まじい目付きでそれを睨んだかと思えば、一瞬でどす黒い灰と化して消滅した。えぇ……(ドン引き)

 

「怒らないで、怒らないで下さいね! それを私に向けてやるなんて、挑発しているんですかっ!? 私を守ってくれたそれを、私に向けて振るうなんてっ! 私が今は、私が、本庄様のっ! うう、ああああああっ!」

「餅なんて場を有利に運ぶだけのアイテムやんけ。なにムキになっとんねん。悔しいなら正直に言ってみろよ、『そろそろ餅が食いたいですね』『……搗き立て(レア)でね』ってよぉ!」

「はっああああああ!? ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺します! ぶっ殺しま……っ!?」

「残念二十回には到底届かず終わりだ器ちゃん!」

 

 混沌の中を駆け抜けたのは二つの影。坂上さんとライドウの剣だ。殺意と共に振われる触手を、次々と切り伏せては道を作り、前門のイザナミを潜り抜け、一気呵成に本体を狙う。

 

「一刀に──」「──捉えた」ワグナスとキョウジは三浦とゲイリンが抑えている。限りなく必殺に近い位置。しかし、器ちゃんはにいっと笑った。

 

「しゃあっ! 灘神影流"弾丸(たま)すべり"!」

「なっ……!」

「そんなんありっすかぁ!?」

 

 無数に散らされる刃の渦に、身を逸らしては宙を踊り、その尽くを器ちゃんは避けていく。いや、避けると言うよりは、来たる刃を肌に滑らせ無効化する。その技は紛れもなく弾丸すべり。灘神影流の奥義が一つ!

 

 その回転の力を維持したまま、器ちゃんはライドウの前に踏み込んだ。右足から強く、左足を強く! ライドウは咄嗟に後方へと下がるが「打撃……この距離からっ」呟きと殆ど同時に器ちゃんの突きが繰り出される。腕の届く距離ではないが、あれは単なる突きではない!

 

「しゃあっ! "幻突"っ!」

「……っ、ぐ」

 

 入神の打撃とも言われるオカルト技が、器ちゃんの腕を超えて深くライドウに突き刺さった。ライドウが一瞬動きを止め、その間に器ちゃんは「<メギド・ラオン>! <メギド・ラオン>! <メギド・ラオン>!」とお得意の万能連打を放ちやがる! 正真正銘の化け物が!

 

「ゲイリンッ! イーノックとニンスレ!」

「心得たッ」

「俺も忘れんなよ本庄っ!」

 

 ライドウへの<メギドラオン>連打へ、ゲイリンが仲魔を次々と盾とし逸らした。その間に放つはイーノックのガーレ。想定通り弾丸すべりで躱されるが、しかし「なにっ」と舌打ちをさせた通り、浄化の力は肌を焼く! 僅かだが動きが鈍る!

 

 そこへ殺戮者のエントリーだ! 生粋のカラテモンスターが、坂上さんと前後合わせて牙を剥く。イーノックは間断つかせずガーレを打ち込んでいく。流石に三対一の状況で弾丸すべりをこなせるほど熟してはないらしく、器ちゃんは苦しい顔を見せた。

 

 だが、「ペル・ソナ!」イザナミが器ちゃんの懐から再召喚される。胸元の針から這い出た混沌が、空に向けて慟哭し、天地の尽くを汚していく! 瞬間に坂上さんとニンスレの動きが厳しくなり、一体二は二体二の状況へ……しかし!

 

「それを待っていたぁ! 行くぞエリー!」

「はい! ……はいぃ!?」

 

 杵も臼も鈴も放り投げ、俺はエリーと餅を抱え駆け出した。同時に三浦へ「キョウジを抑えてろ!」と叫ぶ。三浦は切れ切れの息に胡乱げな目を見せたが、ただ一言「ゾ」と呟き、その通りにした。

 

 この状況だ。イザナミの再召喚に場のデバフは消滅し、キョウジと器ちゃんが抑えられ、ワグナスと対峙できるこの状況。まずは一つ、ここで落とす!

 

「天気の話は興味のない相手とする話題だと相場が決まっているが偶にはそれも悪くない。何せ今日の天気はバンテリンもスーッとは効かないほどぐちゃぐちゃとしたまさしく……(イヨォーッ! ポン!)分かるわけがないだろうなんだこれは!!! こんなピンホール君の背中を割って出てきた脊髄よりも汚らしい天気が何なのか説明したまえプリングス君!!!!!」

「おうテメエにはもっと気にするべき相手があるんじゃねえのかワグナスよぉ! 連れてきてやったよ愛しのキチガイ妹エリーザベト!」

 

 振われる剣を避ける前にエリーを持ち上げる。彼女は「ぎゃっ!?」と叫び声を上げたが、しかし剣は中途で止まった。ドン・キホーテも何故か目を見開いた。

 

「……エリー……たか……えり子……ではないか」

「おお……ドルネシア姫! この様なところへ何故? 傍の小男は従者ですかな?」

「だ、誰がドルネシアですか。そんな妄想の姫と違い、私はここに居ますよ、お兄ちゃん!」

 

「よいしょ」とエリーが自分から腕を降りる。するとワグナスが何かを言うよりも前に、何故かドン・キホーテが馬を下り、「お前も早くしないか!」とワグナスに向け言った。その隙に餅をぶち込んでやるぜ!

 

「んっ!? こもぐっちゃものごもおもおむにもっもむむむ!!! まみかめものなにぱみみーめん君!!!」

「死ねいロウヒーロー! 蘇れワグナス! エリーも呼ぶんだよ!」

「あっ、もしかしてこれのために? 分かりました! お兄ちゃん! エリーよ! エリー! 可愛い妹!」

「自分で可愛いとか言うのか……(ドン引き)」

 

 まあ、早々上手く行くとは思ってない。そら、剣が飛んできて……躱す前に、弾かれた。

 

 ドン・キホーテの槍が、ワグナスの剣を受け止めた。老骨の腕である。今にも死にそうな老人の腕である。当然の如くに返す刀で切り伏せられ、しかしワグナスは困惑の表情を浮かべた。

 

「……どうしたのかねチャ・マンラの男。私とお前は一心同体にして比翼の連理。共に朝日に向かいピーターラビット君を真っ赤なペペロンチーノ君に仕立て上げ食し紅麹が使われているのではないかねこれは!!!!! しかし紅麹とは無関係にパーセンテージ君の顔は赤いこれは一体……?」

「赤くねぇが!? ってか、何を。ドン・キホーテ」

「姫に剣を向けるなど、騎士の成す事ではない!」

 

 ドン・キホーテはたった一合の剣戟にも息を荒らげ、槍を杖として立っている。そんな様態ながら、声には覇気が籠もっていた。

 

「呼び出され、道ともに歩む騎士と見定めたが、英雄などとは笑止! こいつは夢もなく、向かう道すらなく、ただただ力を付けただけの、つまらぬ男じゃ」

「私が向かう先は野バラ咲く道だと言うことは君にも分かり切っているだろうペンペン草君。えり子も得意としたヒットナンバーを作詞作曲したのはそう!!! 他ならぬ……」

「……お兄ちゃん」

「……いや、ああ、おや?」

 

 ふと、ワグナスが動きを止めた。じっとエリーを見つめ、瞳をぐるぐると動かした。

 

「……ああなんだこの声は君は知っているのかピチカート君この声はなんだ。この禍々しきいやしかし運命付けられたとも言うべきか私の名は」

 

 言いながら、ぐらりとワグナスの身体が揺れる。呟く。「神のため。人のため。私の名はロウヒーロー」「いや」「しかし」「私は」「二人で……歩いてた」エリーを向き、呟く。その目には正気が宿っている。

 

 だらりと右腕を下げ、からりと剣が地に落ちた。

 

 だからこそ、なのだろう。微笑んで、ワグナスはエリーに言った。

 

「……すまない、エリー。お兄ちゃんを、殺してくれ」

「あは……そうですか、そうですか。そうなるのですね。結局は」

 

 そう言って、エリーは進み出る。差し出された首は称号を望む騎士のようにも、断首を望む罪人にも見えて。それが本望だと、無言の内に伝えているようで。

 

 しかし、俺は差し出されたワグナスの頭を蹴り飛ばした。

 

「があっ!? な、何を……」

「はあ!? 何をやっているのですか本庄さん! こうなる事が計画の内ではなかったのですか! そのための三浦に、カオスヒーローの押さえ込みでは!」

「違えよ。殺すつもりなんて端からない。対サタンの戦力として役立って貰わなきゃ困るんだよ。器ちゃんには死んで貰うって決めたからよお」

 

 ぐい、と転がったワグナスの髪を引っ張り上げる。奴は驚愕を浮かべていたが、なんだその顔。お前死にたいのか?

 

「頭の中のサタン追い出せ。一度やれただろ? 悪魔合体の時、メタトロン離れただけで、お前は主導権取り戻せただろうが。お前ならやれる」

「何を……。これは、どうにもならないことだ。これは運命だ。……産まれる前から、私は法の救世主としてごっはぁっ!?」

「おうだらだらくっちゃべってんじゃねえぞボケ!」

「お兄ちゃんっ!? あ、頭から地面に!」

「うむ、良い蹴りじゃ」

 

 ドン・キホーテが褒めてくる。が、ワグナスが情けねえだけだろこんなの。なあ、おい。何を諦めた面してやがる。

 

「何が運命だ。そんなものは本当に存在するのか? なあエリー、お前、俺にも運命があるとか言ってたよな? なんだっけ?」

「……サタンの手駒の一つとして、野獣先輩というトリックスターの化身を手に、ヒーローと戦う定めです。打ち倒されるべき、前座の一つです」

「で? それが? 今どうなってんだよ。ジュセはここに居ねえし、サタンは俺の敵だぜ」

 

 そうとも。運命が存在しようがしまいが、それがサタンの手によるものならば、俺の存在一つで世迷い言と喝破できる。

 

「エリー、お前もよ、何神妙な顔していやがるんだ。イーノックも言っていただろう? ……『自らの意思で進むべき道を選択し、自らが信じた自由を見つければ』」

「『そこに、神はいるはず』……」

 

 エリーは瞳を閉じ、深く苦しむように眉根を寄せた。「しかし、いえ、本庄さん」呟く。「翻って、意思とは、自由とは、何でしょうか」

 

「私達に意思などあるのでしょうか。信じる自由など在るのでしょうか。我ら兄妹、共々神魔の傀儡なれば、そう在ると信じるこの心もまた、所詮は運命に仕立て上げられたものに他ならぬのでは」

「……そうだ、本庄よ。私にはね、何も無いのだよ。今更神を信じ切ることも出来ないし、自らの自由と信じた正義もまた、ロウヒーローという運命に従うように誂えられたものだった」

 

 自嘲するように笑って、ワグナスは問いかける。

 

「君が信じるワグナスという男はね、端からこの世には存在しなかったのだよ。それで一体、君は私に何をさせようと言うんだ? 全ては無駄なうっげえっ!?」

「だからぐだぐだ喋ってんじゃねえぞボケ! 今忙しいんだよ!」

 

 おう良いからさっさと正気戻して剣を取れや、と、そう振りかぶった右腕に、エリーが「本庄さん!」と縋り付き、止めた。

 

「……止めて下さいよ。ねえ、本庄さん。もう良いじゃないですか。ありがとうございます。お兄ちゃんは、報われます。貴方の言葉が手向けとなります。……だから、もう」

「ああ? 何だその顔。お前も信じてねえのかよ。下らねえ」

「何を……」

 

 苛つくんだよ。そんな顔、そんな諦めたような顔を浮かべやがって。お前ら全員、そんなタマじゃねえだろ。

 

 俺みたいなしょうもない一般人が、必死こいて頑張っているんだからよ、ワグナスみたいな立派な奴が、サタン如きに負けるはずがねえだろうが。

 

「何が運命だよ。それが全部って顔を浮かべて。それしか無いって泣き叫んで。……その中にも、お前は居ただろうが。それが、ついさっきも、サタンのボケカスを打ち破っただろうが」

「私……か。運命ならぬ、私か」

「……なあワグナス。お前の言う運命ってのはよ、体の良い、諦めの文句じゃねえのか?」

 

 その言葉に、ワグナスが目を見開く。しかし、苦しげに呟く。

 

「そうかも、知れないが……。だが事実、この様だ。私の体も心も、全ては強制され、抗うことなど、とても……」

「『事実とは、真実の敵なり』」

「……は」

「……だそうだぜ。ラ・マンチャの男が言うには。テメエがそれを頭の中に流し込まれたんだとしたら、分かるだろ? ……そいつは戦ったぞ。現実に夢想を押し付けて、勝ったんだぞ」

 

 何せ、こいつの顔は西洋人のそれでは無く、どっかで見たような歌舞伎役者の顔をしているからな。

 

 だから、分かるだろ、ワグナス。ドン・キホーテではなく、ラ・マンチャの男。二代目松本白鸚の当たり役。その舞台の結末は、原作とは異なっている。

 

 さんざ周囲に迷惑を掛けたドン・キホーテは、最後には病床につき正気に戻る。遍歴の騎士から単なる郷士、アロンソ・キハーナへと。

 

 そうしてそのまま彼は死ぬ。死ぬが、ラ・マンチャの男は違う。彼は最期に、再び遍歴の騎士となった。見果てぬ夢を見つめながら、幻想の中に死んでいった。

 

「色々と違いはあるが、俺は一つが大きいと思うね。ドルネシア姫だ。アルドンサというあばずれ女に、ドン・キホーテが見出した幻想のお姫様。原作とは違い、そいつが傍に居て、信じてたからよ、ラ・マンチャの男は夢に死ねたのさ」

 

 存在するはずのない幻想を、身に纏って呼びかけて、正気を狂気に正す健気。姫と呼ばれたあばずれ女の、果てなき夢への叫び声。

 

 それに応えた末期の狂気が、夢想の騎士を蘇らせた。

 

「皮肉だな。お前のアルドンサは正気に戻そうとしていて、それでもお前は狂気に甘んじようというんだ。格好がつかねえな? お兄ちゃんよお」

「……ならば、お前はサンチョか? そんな柄でもあるまい。お前こそ、ドン・キホーテ。魔王に立ち向かう狂気の男さ」

「俺だけじゃねえよ。ライドウも、ゲイリンも、坂上さんも、そしてお前も。みんな、ラ・マンチャの男だ。そうだろ?」

 

 その言葉に、ワグナスが「……はは」と笑う。ドン・キホーテが満足げに顎髭を撫でる。

 

 何が運命。何が定め。下らないだろう、そんなもの。

 

「『人生自体がキチガイじみているとしたら、では一体、本当の狂気とは何だ?』」

 

 お前の人生そのものが、狂気の産物だとしても。全てが仕組まれたことだとしても。

 

「『本当の狂気とは』……『夢に溺れて現実を見ないものも狂気かも知れぬ。現実のみを追って夢を持たぬものも狂気かも知れぬ』」

 

 ワグナスが返す。笑い、強く拳を握る。

 

「だが、一番憎むべき狂気とは!」

 

 ドン・キホーテが言う。ワグナスを見つめている。それを受け、彼は確かに何かを振り払った。

 

「……あるがままの人生に、ただ折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ!」

 

 叫び、立ち上がった。再び剣を手に取った。最早ロウヒーローはそこに居ない。夢に燃え、きらきらと輝く瞳がそこには在る。

 

「神のため。人のため。世界のため! 私の名はワグナス! そう友に呼ばれ、差し出されたこの名こそ、運命に立ち向かうには相応しい!」

 

「すまなかったな、エリー! 行くぞ、ドン・キホーテ!」「それでこそ騎士! 姫に跪かせるなどなっておらぬぞ!」二人はそう叫び、馬に乗って駆けていく。

 

 その向かう先に居るのは器ちゃんだ。ようやっと一仕事終えて、一息吐きたい気分だが、そうも言ってられねえよな。

 

「なあエリー。運命なんて下らねえよな? だったら器ちゃんだって何とかなる。してみせるよ。情けない事に、俺が原因だからな」

「……あ、えっと、はい」

「あ? 何ぼさっとしてんだお前」

 

 横に立つエリーは、こんな状況だというのにボケーッとしてやがった。なに、もしかしてラ・マンチャの男知らなかった?

 

「い、え……。その……八つ当たりだったんですよ。運命という舞台に際して、先んじて据えられた役割を与えられた者同士、という共通項だけを見出して……口遊びのつもりだったんです。救えるものなら、どうか救って下さいって」

「何言ってんのお前」

「いや、あの……本庄さんは、私のメシアでした。はい。本当に。……うわあ、顔あっつ……」

 

 そっぽを向いて、顔に手うちわで風当てて、エリーはぶつくさ「正気ですか私……」とか呟いている。へへっ、カッコよすぎて見惚れちゃったかな?

 

「俺に惚れると火傷するぜ?」

「あっ、そういう冗談はいいです。今どんな状況か分かってますか? カオスヒーローは健在。どころかロウヒーローが消えたためか、ますます悍ましき気配を増しています。葛葉キョウジの動きも不気味です。こんな状況でそんな冗談を口にするとか何を考えているのですか?」

「えっ急に早口になるじゃん怖……」

「メシアならメシアらしい振る舞いをして下さいよ。はいさっさと三浦を助けに行く! それくらいしないと、ええ、前言は撤回します。私のメシアだと認めませんからね」

 

 別に認められたくないのでちんたらしてても良いのだが、妙にエリーが「早く!」とせっついてくるのでしょうがねぇなあと銃を抜いた。

 

 

 

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