依智純也というデビルサマナーが知り合いに居るのだが、そいつは一度死んでいる。死んだ後に蘇ったのだ。別人の身体で。
そうなった経緯にはクソ外道サマナーである葛葉恭介が絡んでいるらしい。何せそいつの身体で依智は蘇ったのだ。元々クソ野郎が呪殺の対策として依智と自分の魂を入れ替えて、後で依智から身体を取り戻そうとしたら出来なかったって話らしい。情けな(笑)
で、そいつとの酒の席での話だが、割と魂だけでも人は戦えるらしい。鍛えられた魂は、肉体を離れても力を発揮するとか何とか。
と言うわけで思い付いた策とは、魂だけの状態になって器ちゃんの中(直球)に入り込み、自壊を始める身体と精神を補強しようって話である。サイコダイバーの真似事みてえなもんだな。
元々召喚用には作られてない、知識も何にもない子供が大悪魔を召喚しようとして無理が来ているのだ。それで出来るってのが恐ろしい話だが、俺が助力すれば悪魔を従えられて万々歳。キョウジもぶっ殺せるってはっきりわかんだね!
……いや本当に嫌だったけど。仕事と鍛錬で何度も蘇ってるから反魂香への信頼はあるし、魂だけで自分を保つ感覚も熟知している。依智の話もアルアル地獄として笑ったものだ。流石に魂だけで無間地獄行きになった話には引いたが。
自分で死ぬのは初体験で、それが嫌だったのが一つ。そしてもう一つは。
「あ、あ、あ……! ヤタ、ガラス、さま……」
器ちゃんが血塗れの唇を動かして、そろそろと虚空に腕を伸ばす。その先には俺の魂がある。もう身体なんて動かせないだろうに、そんなに衝撃的だったのか。
「なま、え……。まだ、名前も、あ、あ……」
白く細い指先が魂を繊細に優しく包み込む。彼女は涙を流しながら懸命に掌で包み込もうとするが、しかしその身体に備えられた機能が新たな贄を迎えようとする。
「いやだ……ごめんなさい……ごめんなさい……ゆるしてください……」
抵抗は虚しく、するりと魂は掌から抜け出、彼女の内へと落ちていった。
しかし願いは辛くも届いた。俺は見事に選り分けられた。混沌とした供物ではなく、せめて、終焉を共にする最後の贄として。
「だから嫌だったんだよ」
器ちゃんの中すごくあったかいナリィ……と微睡むこともなく俺は呟いた。
こうなることを期待していた。彼女の信頼が、俺を決して『その他大勢』にしないであろうという確信があったのだ。
少女の思いを利用するとか客観的に見てクソだな。でもこれしか思い付かなかったから仕方ないよね。これは護国だぞ(丸パクリ)
まあ、第一段階は上手く行った。次行こうぜ。
器ちゃんの内部ははっきり言って最悪って感じである。死んだ人間と悪魔の怨嗟が渦巻くのは序の口で、その下には見るだけでSAN値が下がるような悍ましい物がうねっている。推定これが呪いであろう。その中に裸の女達が蠢いて犯されたり嬲られたりしている。吐いても良いか?
「どうして!」「どうして!」「どうして!」
「うるさっ」
「どうして私が!」「どうして貴方達は!」「どうしてお前が!」
どうせこれまでの巫女の残留思念とかなんだろうけど、無視無視! 知らなーい。早速中を掃除していこう。
「うわぁ……配線ぐちゃぐちゃって感じだな。そりゃ溜め込む用のモン外に出そうとさせりゃ逆流性食道炎にもなるわな」
「どうしてお前だけ!」「どうしてお前だけが!」「私達とは違ってどうしてお前だけが!」
「とりまぶっ壊れそうな所探し出して補強して……あっ、ここゼミ(ガイアの聖杯破壊)でやったところの逆だ! あのジジイも偶には役に立つなあ」
「どうしてお前だけ助けが来る!」「どうしてお前だけが救われる!」「どうしてお前が完成させる!」
「……流石にうるせぇ!(半ギレ)」
思わず言ってしまい、目が合った。最悪だ。
裸の女が、中年の美しい、非常に見覚えのある女が叫んでいた。
混沌の中に身を捩り、四肢を食い尽くされ犯されつつあるその顔は、器ちゃんによく似ていた。というか死んだはずのババアじゃん。葬式開かれてたのになんでここにいんの?
「どうしてお前が! 娘の癖に、同じ忌まわしい血が流れている癖に!」
「げっ……最悪って感じぃ……」
「やっぱりお前は化け物だ。こんな子を産むんじゃなかった。殺してって言ったのに! 死の瞬間に魂を呑み込み、私を先の巫女に同じく、祓うべき呪いと扱うなんて!」
「……糞が。ほんっっっっとゴミクソだなこのクソ田舎ァ!」
『……ヤタガラス様?』
あっ、やべっ。
混沌の内部に視線が宿る。見ようとしている。意識されている。
俺が生きているという希望に器ちゃんの意識は集中し、内部の構造を認識して、
見てしまった。
『……お母様?』
「……っ! お前が、お前が! お前のせいで! お前だって淫売の血なんだ! なのにお前だけ綺麗なままで、助けまで来て! 殺してって言ったでしょう!? だけどお前の身体は私を引き込んだ! 器として完成されすぎているから、才能があるから!」
『おかあさま』
「引き継ぐ前に死ねば助かるはずだったのに! 普通ならそうなるはずなのに! 淫売め! 呪いと男だけでは飽き足らず、魂までくわえ込む化け物! 産まれたときから分かっていたのよ! この娘は私達の意味も理由も無意味にする! 年月を無意味にする単なる才能なんて、産まれたときに殺せば良かった……!」
『あ、あ、あ』
揺れる。
人の身体に巣くう一種の異界と化した空間が、召喚も何も無くただ壊れて溢れようとしている。
それは良くある結末の一つ。器に贄を溜め込みすぎて壊れる。目的も何も果たせず、混沌だけが地に溢れ、尽くを灰燼に帰するのだ。
強いて違うところをあげるとすれば、器が人間だから、もっと碌でもないことになりそうって事かな……それと俺も巻き込まれる(白目)
「あ゙あ゙あ゙も゙お゙お゙お゙や゙だあ゙あ゙あ゙ああ゙!!!」
『あ、わた、しは、あ、あ』
「どうして!」「どうして!」「どうして!?」
「あ~もうおしっこ出ちゃいそう!(全ギレ)」
どうすんだよなぁお前これよぉ! 滅茶苦茶になってんじゃねぇか器ちゃんゥ! 自分の内部の混沌を意識したら頭ぶっ壊れそうだったから黙って入り込んだってのに、糞母親まで居るとか最悪すぎる!
というかそんな簡単に自分の内側を覗けるんじゃねーよ天才が! 精神的内面を物理的に見つめるとか並の修行者じゃ数十年かかるんだぞ!
蓄えられる図抜けたMAGの量に加えて中身の選別も可能な器とか、ちょっと完成されすぎてねえか? このまま成長すれば、集めた材料(MAG)から任意の悪魔を召喚できる歩く召喚器になりそうだ。ガイアとメシアが喉から手が出るほど欲しがるだろうな。特にメシアが。
だがその才能が今は徒となった。見ろよこれ、この無惨な姿をよお! 召喚のために膨らまされたMAGが感情のままに荒れ狂ってるじゃねえか。回路の尽くが粉微塵になって混沌そのままに溢れ出ようとしてるじゃねえか!
「溺れる! 溺れる! ふざけんな死ね!」
「お前が!」「お前に!」「私達を!」「巫女の!」
『あああ、ううう、い、い、ああああああっ!』
器の内部は融解を始めている。最早呪いも悪魔も人の思念も糞もなく、単なる悍ましき力として渦を巻く。その中に引き込まれまいと力を振り絞り、何とか応急処置を企てるも埒が明かねえ。まさしく底に穴が空いた器って感じで、こちらからMAGを込めてもまるで応えた様子がない。
「さて、どうすんのこれ」
俺は混沌を眼下に収め呟いた。選択肢は限られている。小賢しい頭が解決策を浮かばせる。そのどれもが器ちゃんの死を前提にしやがる。
だから、そうだ。『諦めろ』混沌の中に誰かが言った。『諦めちまえよ本庄モトユキ』俺は笑う。今更になって?『今だからこそだ』
MAGの大渦の底の底から声が聞こえていた。「碌でもないな」口癖になってしまった言葉を呟く。この状況においてはまさしく悪魔の誘惑か?
『違う。お前自身の意思さ』嘘を吐け。『この娘は悪魔合体の器として完成されている』それがどうした。『内部から新生しろ。お前は新たな力を手に入れる』へえ……。
「お前を消す方法」
『我は汝、汝は我。俺はお前さ。この器に満ちた混沌は、絶望という方向性を与えられ、集合的無意識にまで届いた』
「……ペルソナ」
『なりたかったんだろう? 欲しかったんだろう? 平穏、安泰、素晴らしいじゃないか。だが力が必要だ。お前には無いものが手に入る』
「へっへへ」
俺は笑った。ようやく風向きが変わりやがったか。
俺は耳を塞ぎ、深く渦の中へと飛び込んだ。
『そうだ、それで良い』声が響く。『融解し渦巻くMAGと意思は、器という方向性を得て穴を穿った』声が囁く。『だからこそ届いた。届けた。ここに!』
渦の底には扉があった。
青色の光を含ませた、非現実的な扉が佇んでいる。噂話に聞いたことがあった。精神と物質の狭間、夢と現実の狭間。ただでさえ希少なペルソナ使いの間でも噂話に過ぎぬそれ。
「ベルベットルーム」
『そうだ! お前が支配するんだ。お前が新たな主人になるんだ!』
「へっへへ──やだよ、おう」
『……なに?』
げらげらと俺は笑った。何だコイツ(嘲笑)。どんな悪魔か知らねえけど、そんな手に乗るわけがねえだろ。
「溢れそうな中身の注ぎ先がこれで見つかったな? 一人に背負わせるにゃ辛い代物だ。八十億の皆で背負ってやろうぜ」
『ふざけるな! やめろ! 愚か者が!』
「そこはフザケンナ! ヤメロバカ! だろうがよぉ!」
そう言って、俺は扉に手を掛けた。中からは静謐な気配が溢れている。随分平穏じゃねえか人の無意識って奴は。一つくらい入れてもバレへんか……。
しかし、不意に扉の奥からぬっと腕が伸びた。
「は? ……あっ痛ったぁ!?」
俺は首根っこを掴まれ、扉にガンガンとぶつけられた。なにこれ? 人の集合的無意識ってこんな暴力的なの?
「クソボケが────っ!!!」
「ファッ!?」
ガタガタと扉を震わせながら、ベルベットルームからぬっと人影が現れた。
そいつはイガグリの様な髪型で異常に身体が分厚く、身に付けた黒シャツには「猛人注意」の文字があった。武人然とした雰囲気を醸す一方で、まるで頼れなさそうな間抜けな感じを覚えさせる、奇妙な男である。
しかし、しかし! そんな外見よりも何よりも感じる、この猿っぽい展開と雰囲気は……!
「う あ あ あ あ あ !?(PC書き文字) き、キー坊が器ちゃんの中を練り歩いてる!」
「件の器の話はするな。ワシは今メチャクチャ機嫌が悪いんや」
ウ……ウソやろ……こ……こんなことが……こ……こんなことが許されていいのか!?
許せなかった……キー坊がベルベットルームの住人だなんて……!
「た、タフネタはルールで禁止スよね?」
「集合的無意識はルール無用だろ」
「やっぱし怖いスね集合的無意識は……」
い、いやいや、どうなってんのこれ。俺は危うくタフ語録に冒されそうだった頭を振って思案した。
目の前の扉は間違いなく超常のそれだ。全人類の集合的無意識に通じているという話も眉唾では無さそうである。器ちゃんの内部で混沌と化した人の思念や魂が、絶望という方向性を与えられて、より巨大な無意識に穴を穿ったという話も頷けそうだ。
「だけど何でタフが出てくるんだよえーーっ!」
「イゴールなら荼毘に付したよ。今はワシがここの主人や。この猿空間のな」
「えぇ……(困惑)」
全人類はマネモブになっていた……? えぇ……?(混乱) えぇ……?(絶望)
「ともかく、そんな汚ったないモン持ち込むなや。いくらワシがめっちゃタフでも人類が耐えきれんわ」
「いやあの、どうしてって話……つーか無理って言われてもこっちも困るんですがそれは」
「そうか! 君は頭が悪くて他に手段が思い付かないから誰かに責任を押し付けることでしか問題を解決できないんだね。かわいそ……」
「ククク……ひどい言われようだな。まあ事実だからしょうがないけど」
いやだから語録に頭を冒されるなって! ここでどうにか出来なきゃ器ちゃん死ぬんだって!
とか思ってるとタフ君に殴られた。痛いんだよぉ!
「なめてんじゃねぇぞ! こら!」
「何で殴るんだよ!? というかキー坊ってかタフスレの具現みてえだなお前な!」
俺の言葉を意にも介さず、キー坊はじろりと俺を見つめ、はあと溜息を吐いた。
「お前のそれは"自己満足"や。件の巫女はめっちゃタフなんや。お前に救われる必要はない」
「そうだったらありがたいがぁ! 自己満足だなんて知っとるわ!」
「お前が満足しても、誰かが満足しないって事や。自己満足に見返りを求めることは醜悪やが、救われる側を見向きもしないこともまた醜悪なんや」
キー坊がそう言ったと同時に、器の内部が振動し、そして揺らぎを収めていく。混沌としていたMAGは混沌のままに、しかし方向性を得、壊れかけた器と同化していく。
「お前と違って、件の巫女には才能があるんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」
「ああ……己の内面を武器に変えるって事は……」
ペルソナ使いとして目覚めるのには、己の精神が云々、死を思うだの反逆心だの自己との対話がどうたらと、いまいちよぐわがんないが、とかく精神的な強さが重要であると伝え聞いている。
器ちゃんが『目覚めた』と言うことは、自らの内奥に潜む混沌と対峙し、決着を付け、その身に受け入れることが出来たのだろう。そこに至るまでを導いたのが、目の前のタフスレの擬人化みてえな奴だってのは不安しか残らないが……。
「ん? と言うことは、器ちゃんはそこに入ったって事か?」
「お前が『扉』を認識したおかげでな。ワシがみっちり教え込んどいたわ。あの子は安定する、ワシは人類絶滅の危機を収められる、ハッピーハッピーやんケ」
「じゃなくて、俺が扉開かなくても入ってんじゃん。俺を殴る必要なくない?」
「クソボケが────っ!!!」
「おっぶえ!?」
へへっ、避けてやったぜザマミロっごぼえっ!?
「ワシが言うとるのはお前やウジムシ。怒らないで下さいね、属性:Internetなんてバカみたいじゃないですか」
「さ、三度もぶったな……! つーかジュセが原因かよぉ!」
俺が殴り返そうと立ち上がると、不意に身体が宙に浮いた。弾き出される、というか掌に載せられているって感じ? 器ちゃんマジでヤベえな。同化した内部の混沌を完全に制御していやがる。
「器ちゃんによろしく言うといてくれや。まあ、あっちが望めば何時でも会えるんやけどなブヘヘヘヘ」
「……ちょっと聞きたいんだけどさ、お前、器ちゃんにタフ語録教え込んでないよな」
「……巫女ってやつは結構純粋だな」
「絶対染まってんじゃねえかよえーっ!」
そんな叫び声を発しつつ、俺は渦巻くMAGを抜け、器ちゃんの掌からふっと抜け出た。それと同時に霊気ある香の匂いに導かれ、地に横たわった肉体に帰還する。
「ああ^~生き返るわぁ^~! ってこれ、体力戻ってるし<サマリカーム>なんじゃ……」
「おはヴォー……。あの巫女の中(直球)の中は気持ち良かったかぁ~~?」
「大丈夫か?」
ジュセがパタパタと団扇片手に反魂香を焚いている。サンマ焼いてるみてえだな。得意げな顔を殴りてえ。
「てかお前のせいで受け入れ拒否されたんだから殴らせろや」
「何の話ィ!? それより何が起こったんですかね……? お前が死んでから一分も経ってないんですがそれは」
「あ、そんだけ? それは……」
と、その時背後から濃密に渦巻くMAGの奔流を感じ、俺は飛び退いた。
「……素晴らしいね。器が壊れたときはどうしようと思ったけど、こうなるかぁ」
妙に左半身を傷だらけにしたキョウジが言った。あっ、こいつら二人ともちゃんと戦ってくれたんだな、と思う間もなく、奴が感嘆の声を上げるそれを目にした。
血溜まりの中に、ゆたりと身体が持ち上がり、血色を取り戻した唇が動き出す。
赤く染まった雪が降り落とされ、黒色の瞳が意思に満ちる。
立ち上がった器ちゃんはキョウジを目の前にし、一歩も怯むことなく叫んだ。
「──しゃあっ! ペル・ソナ!」
……ま、まだしゃあって言っただけで染まってるかどうかはこれからやん(震え声)