第190話 竜、立場の違いを語る

「ブライネル侯爵様、王都のダルボ殿がお見えです」

「なに? オルドライデの件で進展でもあったか?」


 王都より馬車で三日ほどの場所にある少し大きな町に、ブライネル侯爵の屋敷がある。

 そこでメイドがダルボの来訪を告げた。ブライネル侯爵は訝し気に眉をひそめながらも通せと指示。

 ウォルモーダの父の兄であるこの男は齢六十を越えているが、見た目はそれなりに若々しさを感じさせる。

 ただ、腹は出ており筋肉は衰えているせいかやや猫背だった。

 応接間で静かに待っていると、ダルボを連れてメイドがやってきた。


「お連れしました」

「入れ」

「は、失礼します」


 ブライネルに言われて扉を開けると、宰相服を着たままのダルボが入ってきた。

 適当に座るよう促した後、ブライネルは葉巻に火をつけながらジロリとダルボへ視線を移す。


「で、なんの用があって来た? つまらん用事では無かろうな」

「もちろんです。しかし、侯爵様にとっては少々面倒なことかと」

「なんだ?」


 ダルボは自身があの場で見た出来事をブライネルへ話す。

 オルドライデの息子と平民の妻が発見されたこと。ブライネルの部下が誘拐しようとしていたが失敗した旨などである。


「チッ、使えん奴らだ。これだから平民はいかん」

「捨て駒としてはいいのですがね。ひとまず事態は収拾され、妻と息子はまた放逐されたようです」

「ほう、ウォルモーダは解っているな。弟と違い貴族と平民をしっかり区別しておる。……しかし、そうであれば確保するべきではないか?」


 妻と子が放逐されたということは、ウォルモーダは関与しないということになる。妻はともかく、赤ん坊はオルドライデの血を引いているため使い道はあると煙を吐きながら言う。


「確かにそうなのですが、家へ帰す護衛が問題でして……」

「護衛をつけているのか?」

「はい。男が一人。しかしその正体はドラゴンです」

「ドラゴン……!? なぜそのような者が……」


 ダルボは使者としてクリニヒト王国へ行った経緯を話す。

 オルドライデの息子かもしれない赤ん坊を連れた者が実はドラゴンの夫婦だったこと。上手く連れてきたはいいが、手に入れられなかった話をする。

 

「一撃で壁を、か」

「ええ……下手に手を出して怒らせればこちらの被害は明白。故にこうやって報告に参った次第です」

「なるほどな。ドラゴンとはまた珍しい種族が出てきたものだ」

「どうしますか?」

「そうだな。放逐したということはオルドライデのやっている過去の政策に戻すつmりは無さそうだ。ウォルモーダはまだそのままでいいだろう」


 問題はウォルモーダの後をオルドライデが継いだ時だと目を細める。

 そのためには赤ん坊……ユリウスは手に入れておきたいと考えながら葉巻を吸う。


「……場所は解るか?」

「先の話でウォルモーダ様から辺境の地だと聞いています。私の手の者が陰で追っています。今頃は中間くらいの町でしょう」

「そうか。なら場所を特定し、ドラゴンが離れるまで待ってから襲撃だ」

「なるほど」

「ドラゴンとはいえ、他国に身を寄せている上、むしろ迷惑をかけられた側だろう? それほど協力的ではないと察する」


 ウォルモーダが仕方なく貴族主義をしていることを知ったものの、すぐに変えることは難しい。

 そういうことをすればブライネルが『国王以外の人間』を害するため、ウォルモーダも動けないことが分かっている。

 ドラゴンといえど長く滞在するわけもない上、助ける義理もない。

 立ち去ってからゆっくり赤ん坊を手に入れればいいと考えた。


「とりあえず娘のところへ兵を派遣しよう。お前はウォルモーダのところへ戻るのだな」

「へ!? し、しかし、ウォルモーダ様にこの関係がばれてしまったら私はバツを受けることになります」

「それがどうした? 王族の血を引く俺の役に立てるのだから光栄に思え」

「え?」

「なにを呆けている。さっさと戻れ。お前の地位よりも俺の方が上なのだぞ? 黙って命令に従っておけばいいのだ」

「し、しかし、極刑もありうるかと……」

「? だからどうした?」

「……! い、いえ……それでは……」


 ブライネル侯爵はダルボが死ぬかもと申し出ているのに、まるで気にしないといった顔を向けて葉巻を吸う。

 ダルボは驚愕した後、そそくさと応接間を出て行った。


「ふうー……まったく。聞き分けがない者が多くて困るわ。しかし母親が平民とは、俺と同じで不憫な子だ。俺が引き取って貴族の大切さを教えてやらんとな――」


 ユリウスを育て、オルドライデが王位を継いだ後に息子として名乗り出させればいいだろうとほくそ笑む。


「そうだ……平民の子など関係ない……今の地位がすべてなのだからな……!」


◆ ◇ ◆


「そういえばオルドライデとはどこで知り合ったのじゃ?」

「え? どうしてまたそのようなことを?」

「王族のあやつとお主が出会うことは滅多にあることじゃないと思ったのじゃ」

「確かに……あれはオルドライデ様が町に視察へ来ていた時でした。王都に住んでいたんですよ」

「あーう」


 リヒトを撫でながらシエラは当時のことを話していた。

 王都のレストランで働いていた彼女が、たまたま食材の仕入れで通りを歩いているとき、ガラの悪い冒険者に囲まれたのを助けてくれたのがきっかけだったそうだ。


「それが出会いか」

「はい。それからオルドライデ様は何度かレストランにいらしてくれて、働く姿で好きなってくれたと……」

「あう」

「変装はしていましたけど、オルドライデ様というのは分かっていました。良くないと思いつつ私自身も惹かれてしまい……」


 優しくしてくれる人間には弱い。

 立場が違うということがあっても、相手からぐいぐい来られればやはり受け入れてしまうものだ。


「とんでもないことをした……そう思い、離れようと思ったのです。陛下と王妃は決して酷いことはせず、たまに様子見をするための護衛までつけてくれました」

「とんでもない、か。そうかのう、別にええんじゃないか」

「え?」

「立場が違うというのは理解できるが、それでなにかを諦めるのはまた別かと思うわい。大事なのは当人たちの気持ち。そう思わんか?」

「それは……」

「あーう」

「いいことをおっしゃいますな。先代、先々代の王がそういった考えの持ち主だったと聞いています」


 シエラの独白にディランが考えを述べた。御者をしてくれている男も微笑みながら賛同する。リヒトは困惑しているシエラの頬に戸を伸ばして撫でていた。


「いいのでしょうか……学も教養もない私が……」

「そんなものは後からついてくるわい。覚悟があればのう」

「……覚悟」

「あーい♪」

「ふふ、励ましてくれているのかしら? リヒト君はいいお父さんと一緒なのね」

「その子は捨て子じゃった。ワシらが拾って育てている」

「え? そ、そうなのですか?」

「うむ。なぜかは知らん。忌み子じゃと、手紙にはあった。境遇はもしかしたらユリウスに似ておるのかもしれん。もしかしたら貴族のいいところの子じゃったらワシらが育てるのはそれこそ立場が違うじゃろ?」

「……そう、ですね」

「あー♪」

「ウォルモーダは理解がありそうじゃ。ユリウスのためにも、なんとか侯爵とやらをどうにかすべきじゃろうなあ」

「はい」


 笑顔のリヒトと目を合わせた彼女は、少し雰囲気が変わったような気がした。

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