──空が青かった。
遠く、遠くまで果てしなく、空は人々の上に青かった。
喧噪が聞こえる。
人々の喧噪が近くにある。人々は歩みを止めることなく行き交い、人々が生み出した建築の中を行く。
都市の中心、ビル群の狭間、スクランブル交差点のただ中に彼は呟いた。
「これが現実か」
案外、変わらない物なのだな。
そう彼は思い、歩を進め、テナントのガラス越しに己の顔を見た。
黒眼に黒髪。整っているのだろうが、何の変哲も無い顔。神秘も魔術も、まるで語りそうにない少年の顔。
「藤丸立香」
彼はそう呟いて苦笑した。それは主人公の名前だった。自分のスマートフォンにも入っている、ゲームの主人公の名前だ。
「本当に、終わったんだなあ……」
ぐいと、背伸びをする。夢だったのか。そう信じるべきか。
全て、真夏の夜の夢として──。
「あのっ」
ふと、背中から声が掛けられた。
振り返り、彼は見た。
「どうしたんですか? 急に交差点で立ち止まって、はぐれちゃったじゃないですか」
黒髪に黒眼の、眼鏡を掛けた少女は、呆れたように笑って言った。
「ねえ、先輩」
その言葉に、彼は息を呑んで、しかし笑った。
大きく笑った。
「君は、マシュ・キリエライトにそっくりだね」
「あっ、また言いますか! 先輩がそんな事を言うから、私の友達までそう言うんですよ!」
「そうか、そうなのか」
「あはは」と、彼は笑った。その笑みに、少女は怪訝な面持ちを見せ、首を捻った。
「もう、なんですか? 今日の先輩は変ですよ」
「なに、偶然だと思ってね」
「偶然、ですか?」
「うん」
彼はゆっくりと、最後に交わした会話を思い返した。
祝福も奇跡も、運命も存在しないこの世界に、まさしく様美式として、この偶然は現れている。
そこに願いを思うことは無意味だろうか。
彼が、彼らが、彼女らが、己に願ってくれたと思うことは、無意味だろうか──。
「まさしく葛藤だね」
彼は呟いた。この世は無意味と断じることも、奇跡を信じることも、全てを忘れて日々の楽しみにのみ専心することも、出来やしない。
きっと自分は、これを一生思い続けて、生きていくことになるのだろう。
答えのない問いを、永遠に。
だから彼は、「大丈夫ですか?」と、本当に自分を思って問いかけてくる少女に、こう答えた。
「ま、多少はね?」
その返答に、少女は物凄く嫌そうな顔をした。
「……先輩、それ止めて下さいって何時も言ってますよね。淫夢は恥ずかしいことなんですよ!」
「あはは! そっか、この世界でも俺はそうなのか! そして野獣先輩も、そうなんだね!」
「その名前を出さないで下さいよ、先輩! もう、折角のデートなのに……」
「あははははは!」
彼は笑い、少女の手を取った。「わっ」と頬を赤らめる少女に向け、彼は言った。
「これから、どこに行こうか」
どこまでも行こうと、そんな願いを込めて。