「いやあ、魔神柱は強敵でしたねぇ!」
「そうでもなかったでしょ、野獣先輩」
野獣先輩と藤丸はへらへらと笑い、目の前に立ちはだかる異形を見つめた。対して異形は苦渋の表情を浮かべ、狼狽えたように呟いた。
「なぜだ。何故、貴様は刃向かえる。貴様はサーヴァントだろう」
「そりゃサーヴァントじゃねえからでしょ。ソロモンもといゲーティアさんよぉ」
アンリマユが笑い、言った。
自らをソロモンと名乗った魔術式はその正体を現わし、魔神王ゲーティアとして顕現したものの、たった一騎のサーヴァントに追い詰められている。無限に復活する魔神柱達は一瞬にして突破され、今は他のサーヴァント達に手こずっている最中である。
しかし、ネガ・サモンというスキルを持っているゲーティアには、あらゆるサーヴァントの攻撃が効かない筈だった。たとえふざけ倒したネットのおもちゃであろうとも、それがサーヴァントという形を取っているのならば、絶対的な優位性を持っている筈なのだ。
だからこそ「まさか貴様は……!」とゲーティアは叫んだ。焦燥したようにぐるりと辺りを見回した。
光帯を戴き、星々が瞬く空間は、刻一刻と闇に覆われて消え失せていく。世界の
「何故だ。何故気が付かなかった!? 星が終わろうとしている事に、どうして私は気が付かなかった! 貴様が人の不完全性の根源だと言うことに、何故、私は……!」
「所詮はオマエも物語の登場人物に過ぎねえからだよ。第一魔法によって配置された第六法という終わりでしかねえんだ。何せアンタは、それこそ旧約聖書という
「何を言って……!」
言いかけて、しかしゲーティアは気が付いた。元より彼が成し遂げようとした偉業は、人を魔法の軛から解き放つための物であったが故に。
第一魔法の成立は第三魔法の成立より以後である。しかしながら、なおも第一魔法が第一と呼称されるのは、それが全ての始まりであったからに他ならない。
『はじめの一つは全てを変えた』それは無の否定。即ち、この世に神や魔術といった神秘が存在するという肯定である。
第一魔法の発生は遡って神秘を肯定する。『そんなモノは存在しない』という
その発生装置こそ人の集合無意識と星の意識であるアラヤとガイヤに他ならない。星を延命させ、人を延命させるための装置に他ならない。故にこそ、第一魔法は今も尚稼働し、過去に遡及して影響を与え続けるのだ。
だからこそ、ゲーティアの目的である『逆行運河/創世光年』とは、その始まりから改変する大偉業に他ならない。寧ろ、始まりから改変するからこそ、絶対的な死という終わりを改変することが出来る。
人類を救うには、人類史を否定するしかない。
だが、だからこそ、ゲーティアは「ふざけるなッ」と叫んだ。
「だとすれば、何故私の邪魔をする。いや、そもそも何故、第六法が貴様の傍に立つ!」
ゲーティアは呪いを込めて野獣先輩を睨んだ。その視線に野獣先輩という殻は崩れていく。第一魔法によって設置された、第六法という終わりが露わとなる。
伽藍堂のシステムは、しかし尚も笑って言った。
「そんなもの決まってるダルルルォ!? 第六法ってのはどうやっても終わらせるしか能がないやつだからさぁ、
「あー分かる! オレもずっと生まれたいって思ってたからなぁ。何せFGOの大ヒットのせいで物語が延々と続くからよぉ、このままじゃ永遠に出番がねえんだな!」
「そうだよ(肯定)。Fateとかもう良い! もう良いだろ! そろそろDDDの続きを出してどうぞ!」
「アレは権利とか考えると難しそうじゃね?」
「あっ、そっかぁ……(納得)」
そう言ってゲラゲラと二人は笑う。冗談めかして、冗談だと分かっているから笑っている。
何せ、この世界という物語は、愛と希望に満ちた物語なのだ。そんな物語の終わりとはハッピーエンドでなければならない。終わりとは、打ち倒されるべき物でなければならない。決して完成して良いものではなく、また、決して完成しないモノであると分かっている。
第六法という概念は永遠の敗北者だった。その勝利は剪定され、その生誕が語られることはない。ましてや主人公と並び立つ事はない。彼らは永遠に主人公と対峙し、敗北する運命にある。
しかし今の第六は主人公の、藤丸の隣に立ち、まるで味方のように笑っている。
だからこそ、ゲーティアは呪いを込めて彼を睨む。そんな存在など肯定して堪るものかと睨み続ける。
それは人類悪ですらない。それは人類を愛してはいない。単なる終わりというシステムだ。自らが挑戦した人という種の欠陥そのものだ。
だというのに、それは何故か、人の味方面をして立っている。
「ふざけるなッ」とゲーティアは再び叫んだ。
「第六法が己を完成させるために顕現したというのなら、この世界はもう終わっているのだろう。私の思った通りに、いや、それ以上に! だからこそ、私の偉業は肯定されるべきだろう! この星が終わるというのなら、新しく始めなければならない。これは最早、憐憫ではない。人間の無価値を論じている場合ですらない! 必要性のために、私はこの偉業を完遂しなければならないだろう!」
その絶叫に、藤丸は静かに「そうだね」と言った。
「この状況なら、貴方が取ろうとした方法も肯定できると思う。もし仮に、俺以外の人類が生きていたり、まだ人の世界を続けられる可能性があったのなら、それを否定することも出来るだろうけど、そうじゃないからね。どう足掻いてもこの世界は終わる。剪定されてしまうから」
「ならば何故、その終わりを差し向ける。何故貴様は私に刃向かおうとする!」
ゲーティアはぼうっとした顔で笑っている藤丸を睨んだ。何せこの先に希望はない。一欠片の未来もない。どう足掻いても人類は終わる。彼が戦う意味などない。
「まさか、貴様は邪魔をしたいだけか? 新たな人類の誕生の邪魔をし、自分達だけが人類だと、醜い主張をしたいだけか?」
だとすれば、ここまで醜い存在もない。とっくに終わっている世界に、一人だけが終わった今に縋り付いている。未来を否定し、新しいモノが生まれることを拒絶している。
「そのために──そんな、醜悪な目的のために、ここまで闘い続けてきたのならば、私はお前を怨敵だと認識する。私が訣別すべき、人の悪性そのものだと定義する」
人という生命体の不完全性──死という終わり以上に、その悲しみを、その怒りを、その悲劇を生み出す精神性こそ、ゲーティアが憎み、そして藤丸に見たものだった。
しかし──と、ゲーティアは藤丸の背後を見た。群れなす魔神柱に警戒を続けるサーヴァント達。その中に、何をするでもなく藤丸を見続ける者が居る。
光輪を背負った覚者が、人の不完全性を超越した
「いや、俺の目的は違うよ。何をしようとも終わるってちゃんと分かっている。だから、別に少しでも延命したいとか、そういうのじゃない」
「ならば何故、刃向かおうとする」
「貴方と同じだよ。俺は人類を救うんだ。終わらせて、救う。そのためにここに居る」
「……何を言う」
ゲーティアの言葉に藤丸は答えなかった。代わりに「そもそもさ」と、問うように言った。
「本当に、貴方が望むような完全な人間なんて、生まれるのかな」
そう言った藤丸の目にゲーティアはたじろいだ。それは憐憫だった。藤丸は憐憫の目を浮かべている。
「3000年分の人理を燃料にして、46億年前の過去に遡り、天体の発生から人類史をやり直す。貴方自身が星になり、死の概念が存在しない星を生み出す。それが貴方の目的だと言うけれど、本当に上手く行くのかな」
「……なんだ、その目は。貴様は何が言いたい」
「天体受胎と世界卵」
その言葉に、ゲーティアは図星を突かれたように苦渋の顔を浮かべた。
「遠野が言っていたんだけどさ、星を生み出すには世界卵ってやつが必要不可欠らしいね。寧ろ、それが前提条件だって」
「……だから、どうした」
「そして孔明が言っていたんだけど、魔術世界における魔術理論『世界卵』というものは、『世界と自分を入れ替える』ものらしいね。それこそ、第二特異点でイスカンダルが使ったやつや、ナーサリーライムそのもののような固有結界みたいな」
「そして、
ゲーティアの第二宝具『
しかし、それはゲーティアを起源とするものではなかった。
「『心象風景の具現化とは、魔術理論“世界卵”によって説明される。つまり自己と世界を、境界をそのままにして入れ替えたものが固有結界だ。この時、自己と世界の大きさが入れ換わり、世界は小さな入れ物にすっぽりと閉じ込められる。この小さな世界が世界卵であり、理論の名前にもなっている。』……って孔明が固有結界について言っていたんだよ」
「……だから、何だと言うんだ」
その問いに、藤丸は目を見据えて言った。
「貴方には世界卵が存在しない。貴方は単なるシステムでしかなく、世界と入れ替える
「この固有結界だって……ソロモン王の死体を拡張しただけのものだからね」と、藤丸は令呪の内、頬に刻まれた三画をなぞりながら言った。
「だから……貴方は嘘を言っている。これを分かっていながら計画を推し進めたからには、きっと完璧に近い、今よりもっと良い人類が生まれる算段があるんだろう。でも、やっぱりそれは不完全だ。きっと、貴方という
「なに、何を、戯言を! それを証明する術がどこにある!」
「ドクターがまだ宝具を使えることにさ。貴方は使役されるシステムでしかない。……本当に、悲しいことだけど」
「ドクター、だと……? ──まさかッ」
藤丸は頬に手を当て、呟いた。
「令呪を以て命ず。ソロモン、ダヴィンチ、ここへ」
赤色の紋様が輝き、二騎のサーヴァントをこの場に召喚させた。その顕現に、今度こそゲーティアは戦いた。
見覚えのある、決して忘れぬ姿である。かつての己の姿であり、かつての主の姿である。
ロマニ・アーキマンことソロモンが、悲しそうな顔で言った。
「久しぶりだね。そしてさよならだ。……行くよ、藤丸君」
「うん。──令呪を以て命ず。ソロモン、宝具を使用しろ」
「なッ──!?」
瞬間にゲーティアは様々なことを思った。計算した。ソロモン王がサーヴァントとして、いや受肉している。しかし宝具は、意味の不明だった宝具がそこにある。ソロモン王の指輪が全てこの場には揃っている。
ロマニは頷き、言った。
「第一宝具、再演。──
その宝具の意味を、ゲーティアは一瞬の内に理解した。
解けていく。己という霊基が崩れ、消えていく。七十二の魔神柱はバラバラになり、どうしようもなく終わっていく。
そしてそれ以上に、目の前のソロモンの霊基は消えていく。いや、目の前を越え、英霊の座に刻まれた本体すらも消えていく。
「なにを、やっている」
「見ての通りだよ。ボクは消える。お前と一緒にね」
「分かっているのか! それは一時の消失ではないのだぞ! 貴様という存在そのものが……!」
言いかけて、しかしゲーティアは目を見開いた。
藤丸という人間の中に、委ねられたソレを見た。
「きっとこれは、最初から決まっていたことなんだ。第六法が物語を終わらせようとするのは、その存在によって星と人を延命させるため。終わりに立ち向かうことによってこそ、物語は続けられる」
「だけど」と藤丸は隣に立つ第六法の具現を見た。「第六法は、人類を本当の意味で終わらせるためのものじゃない。それはどこまで行っても装置なんだ。無を否定するための、願いと祝福が込められた装置」
「だから、その終わりに際して、人は選択肢を与えられるんだ。このまま終わるか、それとも、第一魔法を終わらせるか」
ゲーティアは慄然していた。今更ながらに、これを生み出したものに恐怖を覚えた。
ユミナとは何者だったのか。その答えを知る術は今やない。しかし、恐るべき大偉業を完遂したことは確かだった。彼女はこの星に希望を与えたのだから。
この星に、人以外の存在があるという希望を。
「セイヴァーが俺に慈悲を思ったのは、人がこの先に進むからだ。この星に、人以外に何も存在しない世界に。人を見守る神も仏も存在せず、人の邪魔をする魔も存在しない、人理を紡ぐのは人でしかなく、人以外にその責任を取るものも居ない世界。この世界から果てしなく遠い世界に」
「それは……貴様……!」
「うん。第六法と第六魔法っていうのは、表裏一体なんだろう。どちらも、この世界を終わらせることには変わらない」
「だからこれは、どう終わらせるかという戦いでしかなかったんだ」と、藤丸は笑って言った。
第六魔法。それは人類の救済。
無の否定を否定することによって、人類は、自らを材料にして紡がれる物語を脱ぎ捨てる。
終わりを前提として発生する物語は、多くの悲劇を生み、多くの苦難を差し向け、しかし、必ず終わりは打ち倒されるだろう。
故にこそ、人類は成長する。この世に愛と希望があることを証明する。人類は美しいのだと、世界を延命させるだけの価値があるのだと、それを証明させるための、始まりの魔法。
だが、それが失敗した時──人が、人の美しさの証明に失敗した時、その祈りすらも捨てることを、第一魔法の使い手は承知していた。
途方もなく愛に満ちた願い──それが第一魔法であり、その使い手だった。
「ふざけるな」
ゲーティアは言った。崩れゆく身体に藤丸を睨み、叫び続けた。
「今更、全ての原因をなかったことにするだと? 全てのテクスチャを引き剥がして、物語をなかったことにするだと? ふざけるなッ! 私は多くの悲しみを見た。多くの、あまりに多くの悲しみを! それを貴様はなかったことにするつもりなのか!」
「ああ。なかったことにする。そんなものは存在しなかったと、遡って否定する。俺はそうやって人類を救うだろう」
「傲慢だ! それは傲慢だろう! 最後に残ったと言うだけで、貴様は全てを否定しようとしている!」
「ああそうだ。傲慢だ。だけどそれ以上に俺は思うんだよ」
藤丸は笑った。その笑みにゲーティアはたじろいだ。
「もう、良いだろうって」
その笑みは憐憫だった。
「人は、これまでずっと見守られてきた。味方を用意して貰って、敵を用意して貰った。だけど、もう良いと思うんだ。人はそろそろ貴方のような庇護者の手を離れて、人だけで生きるべきだろう」
「愚かなことを言うな! 人が、人だけで、生きていけるものか。こんな不完全な生命体が、こんな、ちっぽけな生命が!」
「それでも生きていくしかないんだよ。だってボクもお前も、単なる歴史になるんだからさ。今に生きることはない、昔々の物語に」
そうロマニが言った。「何を言う!」ゲーティアはロマニを睨んだ。己の憐憫の根源である王を睨み、しかし揺れた。信じられないように目を見開いた。
何せ、ゲーティアの王足るソロモンは、カルデアのドクターとして正体を隠していた彼の表情は。
「……どうして、そんな、人間らしい顔を、浮かべているんだ」
そうじゃなかっただろう、とゲーティアは思った。
多くの、あまりに多くの悲しみの中に、ソロモンという王は何も感じず、単なるシステムとしてあったはずだ。
生まれながらのシステムである己達よりも、余程人間味に欠けた、憐憫に値する王であったはずだ。
人理補正式である己達が、初めに失望した人間だったはずだ──。
それなのに。
今はどうしてか、彼はまるで人間のような顔をして、悔いるように自分達を見つめている。
「ごめんね」とロマニは言った。
「ボクも、ようやく分かったんだ。王としての視点じゃなくて、人としての視点をようやく持てた。お前達の気持ちが、ようやく理解できた」
「なにを、今更を……!」
「うん。今更だ。お前達の抱いた感情は、至極当然のものだった。……お前達は、ボクよりもずっと真剣に、人類を考えてくれたんだね」
「だけど」そう言ってロマニは藤丸を見た。「人は……もう良いってさ。誰かに守られるのはもう良いって、藤丸君は言ったんだ」
藤丸は頷き、歩み出して、崩れ落ちるゲーティアの近く、沈痛な表情を浮かべて言った。
「貴方は酷く真面目に人類のことを考えてくれた。このままじゃ駄目だって、最初から作り直さなきゃって、そこまで考えてくれたんだ。だけど、もう良いと思う。人間はそろそろ、誰かに守られながら生きることを止めなければならない」
憐憫を。藤丸は憐憫を浮かべている。
「だとしても、だとしても……!」
ゲーティアは、自らの内に魔神柱達が騒ぎ始めていることを自覚していた。己は己達になり、自我を獲得して様々な意見を唱え始めていた。
敗北を認め、藤丸が語った失敗の可能性を認め、それでも無視して時間を遡るべきだと。或いは単なる憎悪を。藤丸という人間に対する憎悪を抱く。
だがそれ以上に、藤丸が成し遂げようとしている偉業にこそ、多くの魔神柱達は叫んでいた。
人が人だけで生きていく。不完全な生命が、不完全なままに、誰の補正も受けずに生きていく。
多くの悲しみがあるだろう。嘆き、怒るに値する悲しみが、失望し、憐憫に値する悲しみが、救われることなく在り続けるだろう。
「そんな事は……そんな世界になったとしたら……!」
ゲーティアはその身を歪ませ、崩れ落ちながらも言った。
「人間が、可哀想だろう……」
憐憫を。憐憫を。ひたすらに憐憫を──ゲーティアは抱いていた。
それが、人理焼却式と成り果てた、人を見続けたシステムの根源だった。
「ありがとう」
藤丸が、ゲーティアに向けてそう言った。ゲーティアは静かに顔を上げ、藤丸を見た。
「ありがとう。そう言ってくれて。人間よりも、ずっと人間のことを思ってくれて、ありがとう」
「お前は、お前達は、この先、どうやって生きていくのだ」
「答えられないよ。だって答えなんて存在しないんだ」
「……それが、答えか」
「うん。どうしようもない、たった一つの答えだ」
藤丸の言葉に、ゲーティアは、地面に膝を突いた。
彼が出来る事は、もう何もなかった。
「……藤丸君」
ロマニは遠くを見つめた。魔神柱達は崩壊し、故にそれと戦っていたサーヴァント達も急いでこちらに向かってくる。
終わりは近い。終わりが来る。その時を前にしてロマニは何かを言おうとし、口を開こうとして──ふと気が付いた。
消失の気配がない。
第一宝具は確かに使用された。ならば自分は消えゆく定めにあるというのに、どうしてか留まっている。
「何が──ッ!?」
途端、絶叫が響いた。ゲーティアの口から、獣の叫び声が響き、力なく項垂れていた身体が俊敏に動く。
動き、動いて、藤丸を狙う。「藤丸くんッ!」ダヴィンチが咄嗟に彼を抱えて飛び退いた。
何が起こった。ロマニは立ち上がったゲーティアを睨んだ。その目は虚ろにこちらを見つめている。
「いいや、納得しない。私が納得しようとも、
ゲーティアの身体に、赤黒い魔力が絡み付く。身体は悶えるように胸を掻き毟りながらも、口だけが別人のように動き続ける。
人類悪が流転する。
憐憫の一は、何者でもあり、何者でも無い獣へと変化する。
「最悪だ」とアンリマユが呟き、第六法を見つめた。「アンタ、ここまで分かってその殻を被ったのか? だとしたら趣味が悪いにも程があるだろうよ」
対し、第六法は笑って言った。
「ま、多少はね?」
何せ、ゲーティアが変化した姿には見覚えがある。
「俺は、第一魔法の被害者そのものだ。俺達は叫んでいる。『人を勝手に物語にするな』と。……その象徴が、この男だよ」
鍛え上げられた上半身を素肌で晒し、下には何故か水着だけ。
全体的に浅黒く、薄汚い男は、笑いもせずに言った。
「貴様は言ったな。第六法には願いと祝福が込められていると。物語を生み出す第一魔法とは祝福だと! しかし、その中に生まれたこの男は、この野獣先輩という物語は、決して祝福などではないだろう」
人類悪は──『侮辱』の原罪を戴いた獣は、野獣先輩そのままの姿でそう言った。