野獣先輩と往く人理救済の旅   作:生しょうゆ

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第八話 第七特異点

 

 

 

「第七特異点は大変だったわね、マスターさん」

 

 藤丸は夢の中に居た。ぼんやりとした宇宙の中には、少女が佇んでいる。

 

「でも、アレを共にしている時点で人類悪なんて敵じゃないでしょう? だってアレは終わりそのものですもの! この星が魔法の影響下にある時点で、アレの絶対性は約束されているわ」

 

 少女は薄く笑って言う。青白い肌に、底深い三眼が輝いている。

 

「だからこそ、私が貴方を救ってあげられる」

 

 少女は誘うように手を伸ばした。

 

「私なら第六法にも縛られることはない。だって私は宙から降りたのですもの。魔法に同じく、人と星の外にある。だから終わりなんて関係ないの」

 

 少女は藤丸の手に指を絡ませ、歌うように告げる。

 

「だから、貴方が望むなら……ああ、そうなのね。世界が違っても、終わりが約束された世界でも、貴方はそうなのね」

 

 少女は薄く微笑んだ。「とても、悲しいわ」三眼が深く閉じられる。「貴方は二度と、私の手の届かない場所に」愛を語るように少女は言った。

 

「下らない事を聞いちゃったわね。貴方がそう決めたのなら、それを良しとしたのよね。……私、祈らないわ。だってこの祈りは届かないもの」

 

 三眼を再び開き、少女は口ずさむ。遠い歌を。遙かなる歌を。

 

「さよなら、可哀想なひと。もう二度と会うことはないわ」

 

 それを手向けとして、少女は手を振った。

 

「それこそが幸福だと、貴方は知っているのだから」

 

 ──藤丸立香は目を覚ました。

 

 夢を見ていた。少女の夢を。名前すら知らぬ少女の夢を、藤丸は確かに覚えている。

 

 あれは確かに手向けだった──藤丸はそう思い、管制室へと向かった。

 

 ふと、藤丸は気が付いた。『やけに静かだ』ロマニの言によれば、第七特異点を修復後、直ちに仮称ソロモンの居城へと乗り込むはずが、管制室からの声は聞こえない。

 

 廊下の明かりは落とされ、深い闇に沈んでいる。まだ、夢の中に居るようだった。

 

 そもそも、どうして自分は寝ていたのか。

 

 レイシフトが終わり、管制室に戻った時までは覚えている。仮眠を取ろうという話はなかったはずだ。

 

 なのにどうしてか、一人で居る。

 

 そんな不思議に立ち止まり、ぼうっと廊下を見つめた藤丸に声がかけられた。

 

「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

「あ、野獣先輩」

 

 ぬっと暗闇から姿を現わしたのは野獣先輩である。常の通り、上半身裸に海パンだけの格好。その何時も通りの姿に藤丸は笑った。

 

「大丈夫だよ、野獣先輩。暗くても管制室までの道は覚えている。始めの頃みたいに迷ったりしないよ」

「おっ、そうだな!(信頼) だけどまたレムレムしたなお前な。外の邪神が呼び寄せたとは言え、流石はレイシフト適性100%ってはっきりわかんだね」

「ああ、野獣先輩もあの娘を知っているんだ。あれって誰? 新しい淫夢キャラ?(暴言)」

「そうだよ(適当)」

「あはは、あんな可愛い子がホモビデオに出るとか、もう終わりだねこの人理」

 

 藤丸は笑って言った。野獣先輩も笑った。

 

 これまでの全部をそうやって過ごしてきた。

 

「思えば、こうして会話するのも最後になるのかな」

 

 藤丸はそう言って野獣先輩を見つめた。霊基再臨にも姿は変わらず、彼はずっと同じ姿形で居る。ずっと同じ、ふざけた姿でここまで来た。

 

 多くの人間が死に続ける戦場においても、強大なサーヴァントの前でも、サーヴァントを越えた女神の前でも、同じ獣の前であっても。

 

 野獣先輩は変わることなく野獣先輩だった。「だから俺もここまで来られたんだ」と、藤丸は笑って言う。

 

「本当にありがとう。野獣先輩が野獣先輩だったから、俺は闘い続けることが出来た。これが普通の、立派な英霊だったらさ、やっぱり終わる前に終わっていたと思う。どうにもならないってさ」

「ま、多少はね? 伸縮性のある、ボクサー型の?」

「うん、そうやってふざけたことを言ってくれて、本当に助かったよ」

 

「だからさ」と藤丸は言った。ぼうっとした顔で野獣先輩を見つめる。

 

「最後に、貴方が本当は誰だったのか、教えてくれないかな」

 

 その言葉に、野獣先輩は笑みを消した。

 

 彼はじっと藤丸を見つめた。藤丸は笑っている。

 

「野獣先輩という英霊なんて存在しないんでしょ? 精々が幻霊で、ましてやビーストなんかにはなり得ないって。だから貴方の野獣先輩は、アンリマユが言ったように殻なんだろう。本当のクラスはオベロンと同じプリテンダーだ」

 

 藤丸は思い起こした。夢の少女は、野獣先輩を終わりだと言っていた。

 

 そして今も尚、藤丸の耳には聞こえている。

 

 彼が背負った全人類の意識が、目の前の存在を、決して相容れぬモノだと言っている。

 

 だから、そう。その正体は。その答えを口に出そうと、藤丸は口を開いて──。

 

「──よお、探したぜ」

 

 暗闇よりも底深い、人型の影が二人の目の前に立った。「アンリマユ?」と藤丸が不思議そうに言った。

 

 闇の中に、アンリマユの形は朧にあり、眼だけが暗く輝いている。その瞳は野獣先輩をじっと睨み、立ち塞がるように佇んでいた。

 

「あいよ。最弱英霊アンリマユ。呼ばれもしないが参上したぜ。どうしてオレがここに居るのか、分かるか? マスター」

「そりゃあ、ドクターに言われて呼びに来たとか?」

「うんにゃ。アイツらにオレは呼べねえよ。そもそも本来なら認識すら出来ない。オレはそういう物語から永遠に弾かれる運命にあるからな」

「んにゃぴ……」

「おっと! んにゃぴ警察だぜ! ってこれ一度言ってみたかったんだよなあ! インパルスアンリマユってな! 後ろにガンダムって付けたらSEEDの外伝に出演出来そうじゃない?」

 

 アンリマユはゲラゲラと笑い、笑って、ふと笑みを潜めた。

 

 代わって酷く遠くを見るように目を開き、腕を広げた。

 

「だが、それよりも言っておかなきゃならんことがあるんだ。悪いがちょっとばかし付き合ってくれよ。さてさて皆様お立ち会いってね」

「ここには三人しか居ないけど?」

「なに、オレにはそれが許されるのさ。そしてそこのヤジューセンパイにも」

 

 暗闇の中にアンリマユは朗々と語る。野獣先輩は黙ってそれを見つめている。

 

「さて! ではそもそも、この物語は何だったのか、というところから始めようか。ずばりマスター! この物語にタイトルを付けるとするなら?」

「『人理レイプ! サーヴァントと化した先輩』とか?」

「流石は筋金入りの淫夢厨だな! だけど不正解! 残念! 正解は、『野獣先輩と往く人理救済の旅』だぜ」

「はあ。それっておかしくない? カルデアの目的は人理『修復』であって『救済』ではないでしょ」

「そこだぜ、マスター。この物語の根幹はよ」

 

 疑問を呈した藤丸に対し、アンリマユは手を叩いて肯定する。「何せ『修復』なんて出来ねえほどにぶっ壊れちまったもんだからな」彼は藤丸の瞳を真正面から見つめて言った。

 

「ハッキリ言おうか。マスター、この世界は剪定事象だよ。マシュ・キリエライトが死んだ時点で、この世界はとっくに終わっていた。本来ならば七つの特異点すら発生せずに終わっていたのさ」

「オベロンが言うにはそうらしいね。『もうとっくに終わっているはずの世界』だって。つまり『異聞帯』って奴でしょ? この世界は」

「そこが複雑なんだが、この世界は『異聞帯』でもない。だが間違っても『編纂事象』じゃねえんだ」

「どういう意味?」

「とっくに終わっているはずなのに、何故か続いている。無理に続いている。『終わり』が先延ばしにされている」

 

『終わり』その言葉を、アンリマユは野獣先輩を見つめながら言った。野獣先輩は鼻で笑うような反応を示した。

 

 下らなそうに。

 

「『終わり』が何故か立ち止まっている。『第六法』が、どうしてか結末を先延ばしにしている。ありえねえ話だよ。オレ達のような奴等は、寧ろ望み好き好んで物語を終わらせにかかるってのによ」

「ビーストが第六法かどうかは分からないって話だったんじゃないっすかぁ?」

「テメエはビーストでもヤジューセンパイでもねえだろ、プリテンダー」

 

 口を挟んだ野獣先輩に対し、アンリマユは舌鋒鋭く返した。眉間に皺を寄せ、心底嫌そうに睨み付ける。

 

「プリテンダー:The Dark Six。マスター、コイツの正体は『第六法』の具現だぜ」

 

 その言葉に、藤丸は隣に佇む野獣先輩を見つめた。「やっぱり、そうか」と藤丸は言った。

 

「闇色の六王権。第六法。第一魔法という始まりに対峙する、絶対的な終わりという王権。故にこその、未だ生まれぬ、最古にして最高のシステム……だろ? アンタは」

「……ま、多少はね?」

「昔はオレもそうなりかけていたからな、よく覚えてるぜ。忘却補正ってヤツ?」

 

 アンリマユはそう言い、懐かしそうに笑った。それはまるで、遙か昔の物語を読み返すように。

 

「第一魔法の正体は、物語だ。正確には物語を発生させ、星を延命させるための装置だな。ソレを人は抑止力と呼ぶ。ガイアもアラヤも第一魔法だ。故にこその、始まりの一だろ?」

「おっ、そうだな。そもそも星の意識も人の集合的無意識も、単に存在するだけで英霊の座とか守護者とか、そんなのを構築できるほど複雑になる筈がないってそれ一番言われてるから」

「終末装置だってそうだろ? 星の寿命を延ばすため、人の寿命を延ばすため、両者に都合が良かったから迎えられた。何せ魔女は両者を繋ぐものだからなあ?」

「魔女は自然と文明の両者に属すからね、時計塔で植物科がユミナって呼ばれているのも多少はね?」

「そう考えれば秩序に属し、人類に敵対するという言葉の意味も分かるだろう。物語という秩序は人を自らの管理下に置くが、そうして紡がれる物語は人を苦難に陥らせるからな」

「でも、そんな物語も何時かは終わりますねえ! それが第六法だってはっきりわかんだね。ワラキアの夜もオシリスの砂も随分無駄な事をしましたねぇ。たかが登場人物が物語を続けられるはずがないってそれ一番言われてるから」

 

 そこまで言い、両者はふと押し黙った。そうしてあっけらかんと言い放った。

 

「つーか言っちまえばFateだけどな!」

「型月、月姫、Fate! 型月、空の境界、魔法使いの夜! って感じでぇ……」

「『Fateを終わらせる者』こと魔神セイバーってトンチキ存在は実質的に第六法だった……ってコト!?」

「『君と僕のFateはこれからも永遠だよね!』っていう気持ちが実質月の暈だったとはたまげたなぁ……それがムーンキャンサー、タイプムーンの癌とは皮肉が過ぎるなたまげたなぁ……」

 

 げらげらと二人は笑い合った。共に物語の外に在るが故に、物語には関わらず、物語に勝手気ままに口を挟む。

 

「騎士王サマがあの特異点に留まっていたのも、アンタを押し留める必要があったからってワケだ。物語の終わりって言う第六法をな。だからカルデアを生かして返すワケにはいかなかったんだろ? 観測しちまったら、その時点で終わりが確定するからな」

「ま、多少はね?」

「いい加減止めろよ、そのキショい口調。いやまあ、そりゃあ物語の終わりってんだから、そうなんだろうけどさ」

 

 アンリマユは自嘲する様に笑う。

 

「結局、何だかんだ言って、オレも物語の一つに過ぎなかったってワケ。アンリマユなんてカックイー名前を与えられてさ」

 

 彼は自らの身体を這い続ける、幾多もの刺青を手でなぞりつつ、言った。

 

「物語を終わらせるには、どう足掻いても終わりって誰もが思うには、そりゃあこのぐらいを用意しなきゃいけないよな。有名なカミサマや英霊じゃなくて、オリジナリティ溢れるキャラクターでもなくて、最悪も最悪、まともな作者なら絶対に使わないような、最悪な存在を」

「本当なら、ずっと先の未来、鋼の大地で朱い月がその役割を背負うはずだったんだよなぁ……。終わりの終わり。第六法の完成だってはっきりわかんだね」

 

 その言葉に、アンリマユはちょっと驚いたように言った。

 

「それマジ? 朱い月って野獣先輩レベルでクッソ汚くて最悪な存在なワケ!?」

「そうだよ(適当)。どうせ何も設定されてないんだからクッソ適当に言い放っても良いだろ遠野!」

「まあ地球支配しようとして失敗した挙げ句、魔法の不勉強で負けやがった馬鹿さを思えば別に良いか!」

「この考察当たったら皆に自慢してやるからな~」

「きのこが自分の名声と会社の命運をドブに捨てる真似をしなきゃいいがなあ……」

 

 そう語る二人に、藤丸は何時も通りに笑った。しかし『訳が分からないね』とは言わなかった。彼は既に全てを知っていた。

 

 だが、不意にアンリマユは笑みを潜め、言った。

 

「で、どうしてアンタは現れた?」

 

 すうと瞳を細く、睨むようにして、アンリマユは野獣先輩を見つめた。

 

「特異点Fにアンタが存在したのは、理由は知らないけど何かがあるんだろう。炎上して、汚染された街だ。狂った聖杯戦争の原因か、それでも留まり続けようとする騎士王サマに何かあったのか……まあよく分からねえが、それよりだ」

「なんすかぁ?」

「どうしてマスターの召喚に応えた? あの時、藤丸立香という主人公は、マシュ・キリエライトを目の前で失った時点で終わるはずだった。そうだろ?」

「おっ、そうだな」

 

 野獣先輩は首肯し、アンリマユは眉間に皺を寄せた。「だから、どうしてだよ」底冷えする声で彼は言う。

 

「オレ達は、そこに居てはならないモノだろう。決して傍に居てはならぬモノだろう。第六という終わりは、敵だ。悪だ。どう足掻いてもマスターのような人間とは共存し得ない」

「それはお前の感傷が混じってんじゃないっすかぁ? そんなに気持ち良かったのかよ。あの四日間は」

「ああ、最高だったね。だから最悪だ。アンタ、どんな顔してマスターに絡んでいたんだ?」

「こんな顔」

 

 そう言って野獣先輩は自らの顔の皮を剥いだ。

 

 人の皮を引き裂き、現われた暗黒の虚空は、何をも映さず暗く空いている。

 

 伽藍堂──或いは空洞。顔のない単なるシステムは、人の形を成して笑った。

 

「お前に指図される筋合いはない。お前だって俺だろう。冬木の第六と入り混じって顕現したサーヴァントめ」

「だから横からモノを言うのさ。アンタはオレなんだから。オレが人理の味方面をしているなんて虫唾が走る」

「誰が人理の味方だよ。俺はただ終わらせるだけだ。この世界はもう終わっている。藤丸立香が最後の人類になった時点で、この物語は終わったのだ」

「なら、どうして共に旅を? サーヴァントなんて殻を被ってよ」

「そりゃあ、あれさ。覚者風に言うのなら」

 

 そこで空洞は再び殻を被った。

 

 野獣先輩という殻を被り、藤丸を見つめ、第六法は笑って言った。

 

「慈悲だって、はっきりわかんだね」

 

 

 

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