「いやあ、第四特異点は大したことなかったね、マスター!」
「そうだね。今回も野獣先輩が大活躍だったね、オベロン(淫夢)」
「君ぶっ殺されたいの?(全ギレ)」
そう言ったのは背中から羽を生やしたプリテンダーのサーヴァント、オベロンである。別に(淫夢)とは付いていない。彼はげっそりとした顔で野獣先輩を見つめていた。
そう、野獣先輩が存在する影響か、何故か第四特異点である1888年のロンドンに召喚されたサーヴァントが彼であった。当初はカルデアの面々を見て、驚き混じりに嫌そうな顔を浮かべていたが、今では別の理由で物凄く嫌そうな顔を浮かべている。
「あのさぁ……野獣先輩とかいうホモビ男優の影響で僕まで召喚されるとか、ほんとどうなってるのこの世界? というか会ったときから思ってたけど、このカルデアさぁ……(溜息)」
「なに? 妖精王だからってレスリングが主流じゃないのが嫌だった?」
「なわけねえだろうがボケ……っとと! いや言い直す必要もないけどね。そんな訳がない(迫真)」
そう言ってオベロンは管制室を見た。そこでは何故か、ロマニがボコボコにされて転がっている。彼をボコりまくっているのはマルタと清姫であった。
「お前、ソロモン! お前が黒幕だったとはよく今まで味方面していられたわね! この落とし前を付けて貰うわよ!(全ギレ)」
「嘘はいけませんよね? ずっと嘘を吐いていたと? ふうん……死んで下さい(全ギレ)」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って! 助けて! 待って下さい! お願いします!(必死)」
そう、第四特異点も修復されるという所、唐突に現われたソロモンと名乗るサーヴァントは、自らこそが人理焼却の首謀者だと語ったのである。
藤丸は不思議そうな顔で「ドクターが? 淫夢語録使ってるのに?」と言ったが、それに対しては逆に「はあ?(無垢)」と首を傾げられるだけであった。
そして這々の体で何とか逃げ帰りカルデアに戻った矢先、始まったのが吊し上げである。何せソロモンは既にカルデアに居るのだ。マルタが有無を言わせずに胸ぐらを掴んだのも仕方のないことだと言えるだろう。
「おいお前、どういうことか説明しなさいよ。お前がソロモンだって言うならアイツは何なのよ? いやそもそもアンタが何なのかって話になるわね! この裏切り者が!」
「君が受肉したサーヴァントだという話は聞いていたが、まさか敵の正体もソロモンだったとは……。いや、これも何かの仕掛けかもしれない。キリキリ吐きたまえよ」
「だから待ってって! ねえダヴィンチ! ボクは裏切り者なんかじゃないよね!?」
「うーん、最近の君の態度は裏切り者かな。真面目な話をしている最中にも淫夢語録ぶち込んでくるから(半ギレ)」
「ら、ライダー助けて!(居ない)」
はあ、とオベロンは溜息を吐いた。『どうにも自分の知っているカルデアとは違うらしい』と脳裏にかつての光景を思う。
彼の存在した過去は、ずっと先の未来のようだった。もっとも、その未来に繋がるかどうかさえ、今となっては分からなくなってしまったが。
何せ不思議なことに、かつてカルデアでドクターと呼ばれていた男が、その正体をこの時点で告白している。オベロンも、『ボクはソロモン。まあ、受肉して元の力は何もないけどね……』と言われ、大変驚いたのだ。
まあもっと驚いたのは別にあったが。その筆頭は存在するはずのない糞汚い野獣先輩なるサーヴァントであるし、他にも「お前もオレと同じかよぉ! 仲良くしようぜ、終末装置!」と言ってくるアンリマユであるし、「この世界には第六法が多すぎる(戦慄)」と呟く遠野なるサーヴァントだった。
そして、何よりも……と、オベロンは藤丸を見つめた。
藤丸は笑って言った。
「じゃあドクターが尋問されている間、暇だからサーヴァントでも召喚しようか。前回はシステム・フェイトが不調で出来なかったからね」
「不調っていうか何で稼働しているのか分からないレベルなんだけど……というか君はそれで良いのかよ(ドン引き)」
「ドクターが今更俺達を裏切るはずがないでしょ、ダヴィンチちゃん」
「……ま、そうだけどさ」
そう会話して藤丸は召喚を始めた。その腕に刻まれた令呪が、また新しく刻まれる。都合二十七画の令呪。
肘を越え、肩まで伸びたそれをじっと見つめ、オベロンは「最悪だな」と呟いた。
その内に、召喚陣が光り輝き、一体のサーヴァントが召喚される。
キラキラと輝かしい魔力光が溢れ、散ったその先に現れた影は──。
本だった。
一冊の本がくるくると宙に舞い、「こんにちは! あたしはアルターエゴのサーヴァント、ナーサリーライム! よろしくね!」と声を発する光景に、藤丸は笑って「正気度削れそうだね」と言った。
「まぁ! とっても酷いことを言うのね。もっと正気じゃないのがあっちにいるじゃない! あれは物語を台無しにする汚物よ、汚物!」
「おお! 意見が合いますな、そこのお嬢……お嬢……? ま、まあ良いです。吾輩もこいつは物語をクッソ汚くする汚物とずっと思っていましてなあ!」
「難しい話しかしないオジサンは黙ってて!」
「えぇ……む、難しい話って……仮にもシェイクスピアですぞ吾輩……」
と、シェイクスピアがしょんぼりした顔で、しかしチラチラとオベロンを見つめた。どうやら何とか言い返して欲しいらしい。しかしオベロンとしてはシェイクスピアに恨みこそあれど感謝など欠片もない。
そして、オベロンにとって、目の前のナーサリーライムの方が、ずっと重要だった。
「あれぇ? どうして君がこんな所に? 君はバッドエンドが嫌いなんじゃなかったっけ? それもこんな、読者なんて一人しか居ない場所にさ」
オベロンは挑発するように言った。藤丸が首を傾げる。どうにも彼はナーサリーライムが気に入ってない様子である。
対してナーサリーライムは怒るでも無く冷静に言った。
「一人しか居ないから来たのよ。最後の読者であるマスターには、あたしが傍に居てあげなくちゃ。貴方もそうじゃないのかしら?」
「俺はもっと最悪な理由で呼ばれたのさ。もっとも、俺の望みは叶いそうだけどね。読者が誰も居なくなって、静かに本は閉じられる。物語の終わりって訳」
「そうね、物語は終わるわ。だから始まりの第一も語る必要があるのよ」
ナーサリーライムがそう言って、藤丸にその身体を抱えさせた。身体というか本であるが。そのまま自らパラパラと頁を開き、読み聞かせるように藤丸へ語る。
「あたしはアルターエゴ、ナーサリーライム。童話の化身にして、物語の化身。即ちユミナの化身なの」
「へー、誰? 新しい淫夢キャラ?(暴言)」
「ほんと酷いこと言うわね、マスター! だけど貴方は知る必要があるわ。だって本当に最後の読者なのだから!」
その様を見、アンリマユが「ああ、そういうこと!」と納得したように手を叩いた。
「アルターエゴって……あっ(察し)……そっかぁ……マスターはそこまで行っちまうかぁ……」
「いや人が尋問されている間に勝手に召喚しないでくれない!? というか何!? アルターエゴって何!? もう藤丸君が来てから訳の分からないサーヴァントばっかりで人理壊れちゃ~う!」
「なーにを余裕ぶって言ってんのよこの裏切り者がぁ!(殴打)」
「ダイナマイッ!(致命傷)」
「まあまあ、ドクターにも何か思い付いたことがあるんでしょ? ほら、言わせてあげようよ」
藤丸がそう取りなし、ロマニは「ゲッホゲッホ(致命傷)」と解放された。
そうして自身が思い付いた推論、即ち放置した魔術式が勝手に動き出した云々を語り始めた。相手がソロモンを騙り、その肉体を持っているのであれば、第一容疑者はそれである。
「と言うかソロモン王が人類を恨むはずがないでしょ?
「これはFateであってブルアカではないんですがそれは……(呆れ)」
「いやFateもブルアカも何なのさ……?」
野獣先輩が呆れ顔で言ったのに対し、ロマニは遠い過去を思い出すように言った。
曰く、ソロモン王というものは生まれながらに完成された王であり、人間に対して特に何かを思ったことは無いのだと言う。
その精神は『コヘレトの言葉』に象徴されており、その中には『これもまた空であって、風を捕えるようである。』という語が頻出する。喜びも悲しみも、賢きも愚かしきも一切は空であり、『わたしは心をつくして知恵を知り、また狂気と愚痴とを知ろうとしたが、これもまた風を捕えるようなものであると悟った。それは知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増すからである。』と著者であるソロモンは述べている。
つまりは一切皆空の精神である。覚者と違うのは、その結びに『神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。』と主への信仰を見せているところだろうか。
そういう思い出話をし、ふとロマニは言った。
「そういえば言われたっけなあ……『貴方は何も感じないのですか。この悲劇を正そうとは思わないのですか』って。もしかしたら、人理を焼却したのはそれが原因なのかも」
「へえ、ではソロモンさん。貴方はその言葉にどう返したのです?」
「……と、『特に何も。神は人を戒めるためのもので、王は人を整理するだけのものだからね』とか、『他人が悲しもうが己に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ』とか、言ったような……(震え声)」
「やっぱり貴方が原因ではないですか!(全ギレ火炎放射)」
「アツゥイ! アッツ! アッツイ!(FFソロモン)」
黒幕ではなかったが原因ではあったことが発覚し、ロマニは再びリンチの憂き目に遭った。
その内に藤丸はマルタから『コヘレトの言葉』の説教を受けていた。傍にはナーサリーライムが自らを開いて文献を見せている。それらをぼうっとした顔で聞き終えて、「つまり?」と藤丸は言った。
「何が言いたいのこれ? 『一切は空である。』とか『人は一生、暗やみと、悲しみと、多くの悩みと、病と、憤りの中にある。』とか言ったかと思ったら、『そこで、わたしは歓楽をたたえる。それは日の下では、人にとって、食い、飲み、楽しむよりほかに良い事はないからである。』とか言い出すし、最後には『事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。』って、何?」
藤丸は首を捻ってそう言った。どうにもよく分かっていない様子だが、マルタもまた「まーそうね……」と微妙な表情を浮かべていた。
そう、この『コヘレトの言葉』という書は、諸行無常を唱えたいのか、現世の幸福を伝えたいのか、それでも神を賛美しようとしているのか、ぶっちゃけ言いたいことがよく分からないものなのである。
ああ言ったかと思えばこう言い、文中に思想が混濁している。個人が書いたと言うよりは、幾多ものテキストを繋ぎ合わせたような歪さを持っており、そもそも明らかにギリシア哲学の影響を受けているので、成立はソロモン王が生きていたとされる紀元前10世紀よりずっと後の事と見られているのだ。
それでも、かの有名な死海文書の内に『コヘレトの言葉』の断片が見つかっているので、炭素年代測定によって推定される紀元前250年ごろから紀元70年の間までには聖典として成立していたのだろう。キリストが読んでいたかどうかは分からない年代である。
ということを二世は語った。考古学的に神話を否定されてマルタは「アンタねえ……」と物凄く苦い顔をしていたが、「事実は事実だ」と二世は飄々と言う。
「ソロモン王が著わしたとされるのは『コヘレトの言葉』の他に『雅歌』と『箴言』だが、その三つはどれもこれも性格が違い、文体も違う。言ってしまえば知者と名高きソロモン王に仮託した文献に過ぎないのだろう」
「へー。そこんところどうなの? ドクター」
「ボクはちゃんと書いたけど!?」
「だってよ、孔明」
「まあ、そうだ。確かに彼は『コヘレトの言葉』を著わしたのだろう。考古学的には否定されるが、しかし魔術世界において神話を語るに、考古学ほど当てにならぬものはない。何せテクスチャという概念があるからな」
「テクスチャ?」
藤丸はロマニを見ながら言った。ロマニは清姫の手によって再び捕縛され、野獣先輩とアンリマユから強制空手部ごっこをさせられている。アンリマユは出していないが、野獣先輩はチンコを出して、ロマニに「うわぁ!? ほんへと違ってモザイクがない!?」と悲鳴を上げさせていた。
「あはは、面白いね(鬼畜)」
「ちょっと待ってよ!? これを面白いで済ませるの!? 君本当にどうかしてるよ!?」
「で、孔明。テクスチャって何?(ガン無視)」
「あ、ああ……(ドン引き)」
「ひぎぃー!?」というロマニの悲鳴を聞かないようにして、二世は語り始めた。
曰く、テクスチャとは世界の上に広げられた織物である。人理という人間世界もまた、星の上に広がったテクスチャの一つに過ぎず、各神話世界もまた同じである。神話における創世記とは矛盾するものだが、この概念を適用すれば矛盾は解決される。『その世界ではそうだった』という事になるのだから。
故にこそ、各神話で語られるような世の終末は到来せず、救世主もまた現われない。今現在星に張られている人理という名のテクスチャは、人知を越えた奇跡を認めることはない。
だからこそ、ユダヤ教というテクスチャの内において確かにソロモン王は『コヘレトの言葉』を著わしたが、人理というテクスチャにおいては、考古学的に否定されるのである。
そんな事を言っている内にダヴィンチがロマニを助け出していた。「誰か助けてあげなよ……状況的に仕方がないけどさあ……」とぶつくさ言っていたが、ロマニに「あ、ありがとナス!」と言われ、思わずその顔に全力ビンタを放った。
「えっ!? なんでボク叩かれたの!?」
「君がどうしようもないホモガキだからだよ(全ギレ)」
誰も助けなかったのは野獣先輩に関わりたくなかったからだが、ロマニのあまりのホモガキっぷりに同情も消え失せたようである。シェイクスピアは「王の中の王はどこですかな……? ここですかな……?」と呆れ顔で言い、遠野は「俺も魔術の解説でお茶を濁したかったな……」と呟いていた。
ともかく、これでロマニの潔白は証明されたようなものである。何が悲しくてこんなホモガキを黒幕扱いしなければならないのかという思いもあったが、ロマニの言う『ソロモンとは別人』であり、『ソロモンの遺体に巣くった魔術式』こそがその正体であるという言葉はもっともらしく思われた。
「……と言うわけで、アイツはボクじゃない! ボクは無実! 終わり! 閉廷!」
「閉廷って言われてもねえ……」
と、遠野は呟いた。実際、黒幕の正体が露見したにせよ、その対抗策など全く見つからないのである。
遠野がその身に宿す直死の魔眼もまた、ソロモンという霊基には通じないように思われた。その死が彼には理解できなかったのである。「殆ど星みたいなものだよ、アレ」と、自らの思い人を想起しながら遠野は言った。
「まあ、野獣先輩ならなんとかなるでしょ(適当)。頼むよ、野獣先輩」
「おかのした!」
「いや、コレに全てを託すとか不安しかないのですけれど……」
と、清姫が嫌そうな顔で言い、そして思い付いたように言った。
「ソロモンさんは元々アレを使役していたのでしょう? アレへの対抗策などの一つや二つ、ありませんか?」
とりあえず言ったようで、あまり期待してはいなかったようだが、ロマニは「ああ」と意外に軽く頷いて言った。
「まあ、あるにはあるけど……『
「えっ」
いきなりとんでもないことを言い始めたロマニに対し、ダヴィンチは「ちょっ」と顔を強ばらせた。他の面々も大体同じ反応である。
しかし藤丸は「へー、じゃあ今ここで使ってよ(鬼畜)」と何時も通りのぼうっとした顔で言い放った。
「いや話聞いてた!? 聞いてたら酷いね君!? 使ったらボクまで消えるんだけど!? 嫌だよそんなの! ボクはまだまだ人生を楽しみたいんだ!(必死)」
「じゃあ仕方ないか……(納得)」
「まだまだ見ていない淫夢動画だって沢山あるんだ!(ゴミ)」
「じゃあ死んだ方が良いんじゃないかな……(掌返し)」
そんな事を言った藤丸に対し、「ファッ!? 頭に来ますよ!」と野獣先輩がねちっこく絡みに行った。
「お、お前さマスターさ、俺に対して酷い……酷くない? そこのSLMNだって俺のお陰で生きるっ! って思ってんだからさぁ~」
「はは、そうだね。野獣先輩のお陰で俺はここまで来られたからね。じゃあドクター、一緒に頑張ろっか」
「そ、そうだね藤丸君……! 正直それ以外で何とか出来る気がしないけど、頑張ろう!」
「一緒にホモビでゲラゲラ笑うためにね!(人間の屑)」
「うん!(救世主の屑)」
そうして二人はがっちりと手を握り合った。それを見てダヴィンチが「もう終わりだねこの人理」と白目を剥いた。
「と言うかですね安珍様。あの魔術王もどきがビーストなる霊基ならば、そこの汚物とかち合わせれば勝てるのでは? どちらも死んでしまえという意味で」
「おっ、そうだな!(肯定) そのための俺、あとそのための召喚? まあ安心しろってなぁマスターさぁ~」
「ちょっと待ってくれ! ま、まさか野獣先輩こそ、人理が選んだ抑止力とでも言うつもりか!?」
「えぇ……」とドン引きしたように孔明が言った。確かにビーストにはビーストをぶつけんだよ! 精神で事を片付けてしまうのは容易いか。と孔明は思うが、それにしたって野獣先輩はないだろう。そう思い、ダヴィンチと同じく「もう終わりだねこの人理」と言った。
「えっ、そうなの!? 俺が遠野として呼ばれたのも抑止力のせいだったりする!?」
「だとすれば辻褄は合うが……それにしたって最悪すぎるだろ……(ドン引き)」
「そうなの? 野獣先輩」
「んにゃぴ……」
「んにゃぴ警察だよ!(インパルスソロモン)」
「……まあ、確かに君の存在で物語は最悪になったようだけどね」
そう言ってオベロンは、淫夢ごっこを繰り返すバカ(約3000歳)を無視し、ぐるりと管制室を眺めた。
この騒々しい馬鹿騒ぎは実に静かなものだった。何せこの場には藤丸とロマニ、そしてダヴィンチを初めとしたサーヴァント以外、誰一人として存在しない。
管制室の外、廊下は明かりが落とされ、人気もなく、しんと静まり返っている。
『それ以上に』とオベロンは思った。『このカルデアには、居るべき人間が存在しない』
ただ無数の名が刻まれた墓標が、管制室の片隅に、代わりとばかりに鎮座している。
その中の一つにオベロンは目を留めた。目を留めて、再び溜息を吐いた。
「なんで死んじゃったかなぁ……マシュ・キリエライト……」
「それは」
「うん?」
ふと、オベロンは振り返った。藤丸がぼうっとした顔で笑っていた。懐にナーサリーライムを抱えて笑っていた。
「懐かしい名前だね。どうして知っているの? オベロン」
「はあ、どなたでしょうか? 安珍様のお知り合いですか?」
「あっ、お、お前さKYHMさぁ!? さっきヌッ、脱ぎ終わったときにさ、中々出てこなかったよなぁ!?(唐突)」
「脱いでませんけど……? なんですか? その、妙に焦ったような……」
眉根を寄せ、清姫が言った。それに対し、野獣先輩は「まずうちさぁ!」と藤丸の肩を叩く。しかし藤丸はその手を払いのけ、ぼうっとした顔で続けて言った。
「ねえ、彼女はどんな人だった? 俺はよく知らないんだ。よく知らないままに死んじゃったから」
『ああ、これは不味かったか』オベロンはそう思い、昏い瞳をじっと見つめた。
『ああ、だからそうなのか』その瞳に、オベロンは今までの不可思議に納得がいった。
藤丸は、本当に最後の人類になったからこそ、職員のサポートなしで、マシュ・キリエライトなしで、幾多ものサーヴァントを召喚出来たのだ。
歪な形のタイプ・アース。星の最強種と呼ぶには、余りにちっぽけな生き残り。
「……君はどうやら、この世界とは違う世界で、ボク達カルデアと出会ったことがあるみたいだね」
ロマニが静かに、管制室の片隅に建てられた墓標を見つめ、言った。
ダヴィンチが顰め面を浮かべ、藤丸に声をかけた。
「藤丸君、そんな事を知っても何にもならないよ。そんな、上手く行った世界の事なんて聞いても仕方がない。もう皆死んだんだ。だけど人理が修復されれば、きっと皆だって……」
そこまで言って、ダヴィンチははっとして清姫を見た。
清姫は目を見開いていた。何かを言いそうになりながらも、信じがたいように唇を震えさせ、口を噤んでいた。
「……そう、ですよ。ねえ、安珍様」
ようやく絞り出したように清姫は言った。笑みを繕っていた。それを見て「へえ」とアンリマユが笑った。
「驚いたな。マジでぶっ壊れてんじゃない? だが、歴とした献身だろう。勘弁してやりなよ、なあ?」
アンリマユの言葉に、ダヴィンチは溜息を吐いて言った。
「……きっと、だ。私のこれは推論だ。決して嘘じゃない。だからこそ、今は目の前のことだけに集中しよう。分かるね?」
「だからこそ、前に進むために、死んでいった人達の思いを背負う必要があるんじゃない? ははは」
「……君がこれ以上何かを背負う必要はないよ」
「皆はそう言っていないよ。俺にはずっと聞こえているんだから」
その言葉に、孔明が「チッ」と舌打ちし、苦しそうに顔を背けた。遠野は沈黙を貫いていた。
場に沈黙が下りた。
「可哀想に」
ナーサリーライムが声を発した。
「可哀想に。可哀想にね。だから語りましょうか、マスター。貴方には全てを終わらせる権利があるの」
ナーサリーライムはそう謳う。くるくると宙に舞って頁を開く。
「だって第一魔法とは無の否定、つまりは物語の始まりに他ならないのですから」
藤丸は、ナーサリーライムを手に取って、その中を見た。