燃えている。
全てが燃えている。
藤丸立香は空を見た。黒い空だった。地上に炎があろうともなお黒い。
その空に藤丸は思った。果たしてこれは現実だろうか?
彼は空から目を離し、ぐるりと辺りを見た。
化物がいる。
骸骨がぼろ布を纏って、ケタケタと笑っている。時代錯誤に剣や弓などを持ち出して笑っている。
「これは現実……」だろうか。呟く前に痛みが迸った。
見れば骸骨の内一体が矢を放っていた。その矢が藤丸の肩を射貫いていた。
血が流れる。鋭利な痛みが頭を冷ます。生命の危機に、本能が思考を冷めさせる。
冷まして、冷まして。それで。
化け物に囲まれている。
周囲は炎上している。
誰も来ない。
「……うん」
藤丸は声を出してみた。何も変わらなかった。誰も来なかった。
ただ、自分は化物に囲まれている。物語染みた光景でありながら、肩の痛みがどうしようもなく現実だと告げてくる。
これが物語だったのなら。
謎めいた研究施設で、謎めいた実験に参加し、突如として放り込まれた異常な状況に、何か打つ手もあっただろう。
しかし、こんな物は物語ではない。彼は確かにそう思った。こんな物語がある物か。こんな物語が、凡そ正当なものである筈がない。
だからこれは、茶番なのだ。悲劇とも喜劇とも付かぬ、三流の俗悪なパロディだ。
何せ、自分を狙い襲い来る骸骨共の横面を、吹き飛ばした顔には見覚えがある──。
「──おっ、大丈夫か大丈夫か?」
男にしては甲高い声。鍛え上げられた上半身を素肌で晒し、下には何故か水着だけ。
全体的に浅黒く、薄汚い男は、鎧袖一触に骸骨共を追い払った。
男は「シュー」と溜息を吐くと、地面にへたり込む藤丸へ言った。
「サーヴァント、ビースト
藤丸は、ぼうっとした顔で笑い、言った。
「野獣先輩が救いのヒーローとか、この世界は淫夢動画だった……?」
「ま、多少はね? 伸縮性のある、ボクサー型のっていうんですかね、ちょっとスパッ……ツに近い感じ……?」
「こんな場所でブリーフ問答を始めるとか、流石は野獣先輩だぁ……(感嘆)」
『いやなんで順応できてるの君!?』
耳に響いたのは若い男の声である。藤丸には聞き覚えがあった。彼が拉致同然に連れて来られたカルデアなる機関の職員、ドクター・ロマンことロマニ・アーキマンの声である。
何故彼の声が聞こえているのかは分からぬが、分からぬままに藤丸はぼうっとした顔で言った。
「あー……ドクター? これってカルデアの実験か何かですか? だったら職員に淫夢厨が紛れ込んでいるから解雇した方が良いと思うんですけど(正論)」
『そんな悠長なことを言っている場合じゃないんだ! いいかい、君には上手く飲み込めないだろうけどね、これは淫夢動画でもなんでもなくて……!』
「というかドクターも淫夢知っているんですね?」
『えっそれは……(そんな
受肉した結果、ホモビデオを嗜み始めた救世主の屑が言葉に詰まった一方、藤丸と野獣先輩は呑気な物である。やおら立ち上がって炎上する街中を歩み始め、「はえ^~すっごい……」などと呟いていた。
『いや、と言うかビーストって何!? なんでビーストがサーヴァント!? なんで野獣先輩がビーストでサーヴァント!?』
「野獣先輩はビーストでしょ。意味が重複していません?」
「ま、多少はね?」
『あったま痛くなってきた……』
『いや、君がそんな調子でどうするんだよ』
情けないホモガキの兄ちゃん(約3000歳)に代わって響いたのは女性の声である。これまた藤丸には聞き覚えがあった。世界的に有名な偉人のサーヴァント、ダ・ヴィンチの声である。
紆余曲折あって女性として顕現した彼女は、溜息を吐きつつ言った。
『あー……その野獣先輩? がどんなサーヴァントなのかは……うわ現代知識で入ってきた気持ち悪っ。とにかく、君のサーヴァントとして……いやこんなのをサーヴァントにするの? えぇ……人理終わってない?』
『もう終わってる!(絶望)』
『うるさいなあ……気持ちは分かるけどさ……。というかビーストDCCCXって何なんだよ……ほんとに何なんだよ……(哲学)』
「二人のテンション低い……低くない?」
「まあ、何だか事故でも起きたみたいだし、仕方ないんじゃないかな」
『謎に呑気だね君はさあ……!』
『とにかく!』とロマニは説明を始めた。特異点、レイシフト、2004年の冬木市、聖杯戦争云々である。それらをぼけっとした顔で聞き終えて、「つまり?」と藤丸は言った。
「歴史の特異点とやらを修復することで、この事態は元に戻るんですね? この怪物達と、恐らくはまだ残っているであろう、サーヴァント? というのを退けて」
『……恐らく、としか言えない』
「恐らく?」
『情けない事に、何が起こっているか見当も付かないんだ……。そもそも本来なら、このような事態は想定していなかったんだ。君は48人目のマスターでしかなかったのに、今やたった一人のマスターだ』
「ハハア……(フマジメ君)」
よく分かってない顔で藤丸は野獣先輩を見つめた。対して野獣先輩は「屋上あんだけど……焼けてない?」と呑気である。「屋上どころか街が焼けてるよ」と藤丸は笑って返した。
「まあ、とにかく絶体絶命なんですね、ドクター」
『そうだね……。本当に、何故こんな事に……』
「そして絶体絶命なのに俺の相棒は野獣先輩なんですね、ドクター」
『そ、そうだね……(白目)』
物凄くどもりつつ言ったロマニに対し、藤丸はおかしそうにケラケラと笑った。『えぇ…(ドン引き)』とホモガキが引いている一方で、もう一方のホモガキは意外に元気よく伸びをした。
「まあ、それなら話は早いでしょう。解決してみせます。なに、野獣先輩がいるんです。この先何があってもお下劣で終わるに決まってますよ」
『いや……この世界はBB劇場じゃないんだけど……というかBB劇場だったら嫌なんだけど……』
「これがBB劇場だったらCCC劇場と言った方がいい気がするけどな~俺もな~」
「はは、何言ってるのかさっぱり分からないよ、野獣先輩」
「ま、多少はね? とにかく話が纏まったんならほらいくど~」
『いや、どこに?(困惑)』
ダヴィンチが疑問を呈するのも他所に、野獣先輩は歩み出した。藤丸もまたへらへらと付いていく。何故へらへら笑っているのかと言えば、直ちに現われた骸骨の群れが「ンアーッ!」と吹き飛ばされたためである。
その様にして、二人はとにかく目に付いた相手と戦いまくった。霊基の規格が違う為、生半可な怪物やシャドウサーヴァントでは相手にならない。森に潜む巨躯の影さえ、「ンアーッ!」の咆吼で片付けられてしまう始末であった。
その頃にもなれば、藤丸も野獣先輩のステータスを把握し始めていた。それは以下の通りである。
【仮想真名】野獣先輩
【クラス】ビーストDCCCX
【性別】不明
【身長・体重】170cm・70kg
【属性】混沌・悪・獣
【ステータス】
筋力 EX 耐久 EX
敏捷 EX 魔力 E
幸運 EX 宝具 EX
【スキル】
単独顕現:EX
獣の権能:D
ネガ・ストーリー:EX
無辜の怪物:EX
自己改造:C
【宝具】
『
ランク:EX
種別:対人理宝具
世界にそうあれかしと祈られ、顕現したモノ。
この宝具は常時展開され、野獣先輩を野獣先輩として存在させる。
物語の不純物。本来存在してはならない宝具。この世界で最も唾棄すべき力。
『はえ^~すっごいチート……』
「良いだろ遠野!」
「遠野じゃないけど、凄いね。凄いんでしょう? ドクター」
『あ、ああ……このレベルの英霊は、一神話の頂点クラス……いや、それ以上だよ……流石はビーストクラス……』
ロマニが感嘆したように言った。実際、野獣先輩のステータスはTDNホモビ男優が得て良いものではない。全てビーストの霊基があってのものである。それがなければ貧弱一般英霊どころか幻霊が精々の男なのだ。
『しかし、何だこの宝具は……ランクEXの、対人理宝具だって……? どういう意味だ……?』
「いや、何だって宝具にアンリマユの名前が使われてるんだって突っ込むところだろそこはよお!」
『それはそう。……いや、誰だい!?』
ダヴィンチが慌てたように声を上げる。すわ敵性サーヴァントかと計器を駆動させても、何の反応も見当たらない。だというのに声はする。
そんな異常事態に慌てた様子の二人の声に、藤丸は不思議そうに首を傾げた。
その傍には、全身に複雑な紋様を刻み込んだ、異様な風体の男が佇んでいた。
「あれ、気が付かなかったんですか? こちらアヴェンジャー、アンリマユ。さっき会って契約したんですよ」
「おっとこれは失敬! コイツを見ているとオレが外れ者だって事をついつい忘れちまうなあ。では改めて! サーヴァント、アヴェンジャー。コンゴトモヨロシク……って別ゲーだろそれはってなあ!」
『あ、アヴェンジャー!? それに、アンリマユだって!? それは……!』
「そう、アンリマユっていうのは、たしか古代ペルシャの悪魔の名です。拝火教における最大の悪魔であり、人間の善性を守護する光明神と九千年間戦い続けるという、悪性の容認者。拝火教はこの善悪二神による確執が主軸になる物語で、天使と悪魔の二元論を形にした最初の宗教です」
『く、詳しいね藤丸君……』
何故か異様に詳細なアンリマユの説明を始めた藤丸であったが、しかし当のアンリマユは不満顔である。「殻を被るのはオレだけで良いってのによ!」と、吐きそうな顔で野獣先輩を見つめていた。
「いくら何でもコイツに名前を使われるのは勘弁してくれよなー。そりゃあオレは三流英霊だけど、英霊は英霊ですよ? 原典に対するリスペクトが欠けているよな。あっ、そりゃあオレもか!」
「これもうわかんねぇなぁ……お前どう?」
「はは、意味不明なのが二人に増えました。意味不明ですね」
『おっ、そうだね(白目)』
そんなわけで、藤丸と野獣先輩に加えてアンリマユはシャドウサーヴァントを全て倒し、遂には特異点の元凶である聖杯に相対した。
その前には一体のサーヴァントが陣取っている。クラス:セイバー、アルトリア・オルタであった。
『藤丸君、気を付けて! 相手はかの有名なアーサー王だ。いくらビーストだからって……』
「いや、既に私は……」
「†悔い改めて†!!!(Buster CHAIN)」
「ぐああああああああ!?(致命傷)」
『えぇ……(困惑)』
何か言いかけたアルトリア・オルタに対し、無慈悲に咆吼を放った野獣先輩であった。そしてそのまま倒してしまった。物語もクソもないのであった。
ダヴィンチは困惑してドン引きするが、藤丸とアンリマユは「よし、終わり! 閉廷!」「オレの出番がないって所が最高だな!」と大喜びである。その反応にも同じく『えぇ……(ドン引き)』と顔を強ばらせるダヴィンチであった。
そして、同じく「えぇ……(ドン引き)」と呟きながら、主の消え失せた大空洞に一人の男が姿を現わした。
藤丸はまた見覚えのある奴が出てきたな、と思った。何か常にニコニコ笑っていた帽子男ことレフ・ライノールである。
「なんだそのサーヴァント……いやサーヴァントなのか……? ビーストとは……まさか……」
『なっ……!? レフ教授!? 何故ここに!?』
「はん。決まっているだろう。哀れにも、悍ましくも、生き延びてしまった塵芥の末路を見ようと思……」
「焼くときは!!!(Buster CHAIN)」
「ぐああああああああ!?(致命傷)」
『えぇ……(ドン引き)』
黒幕面して出てきたレフを鎧袖一触に吹き飛ばす野獣先輩であった。「すげぇ黒くなってる、はっきり分かんだね」と余裕げに笑っている。藤丸も「やりますねぇ!」と呑気に返し、アンリマユも「黒幕が最初から出張ってんじゃねえよ! これブーメランな!」とゲラゲラ笑っていた。
そうして死に体のレフを死体蹴りしつつ、三人はその断末魔を聞いた。何とかが人類をぶっ殺すために七つの特異点を作ったという話である。
『そんな……! 人理の焼却だって……!? ふ、藤丸君、これは大変なことになったぞ!』
「ホラホラホラホラ! 見とけよ見とけよ~!」
「あはは、野獣先輩は面白いね。レフ教授は面白くないの?」
「レイプされかけているのに笑えるかァッ!!!」
『えぇ……(ドン引き)』
そんな絶望的な話を聞かされても藤丸は、レフの服を脱がそうとする野獣先輩のホラホラステップに爆笑していた。
ロマニは内心で『この子マジか』とドン引きし、ダヴィンチは『もう終わりだねこの人理』と溜息を吐いた。
「で、ビーストって何なんです?」
特異点からカルデアへと帰還した藤丸は、今更ながらにそう聞いた。「いや本当に今更だね!?」とロマニは言ったが、そもそもこんな事すら知らないのが藤丸という少年なのだと思い直し、顔を引き締めて言った。
「ビーストというのは、人類悪とも呼称される災害……いや、事象かな。人類の内から現れ出て、人類を飲み込み、人類が打倒すべき悪の事だ。通常のサーヴァントじゃ何人が束になっても敵わない。霊基そのものが違うんだよ」
「じゃあ、そんな凄いのになんで野獣先輩がなっているんです?」
「ん、んにゃぴ……(誤魔化しソロモン)」
「んにゃぴ警察だ!(インパルス藤丸)」
藤丸の当たり前の疑問に答える術をロマニは持っていなかった。そもそも野獣先輩がサーヴァントとして召喚されることが異常だというのに、何故かビーストの霊基まで宿している。滅茶苦茶も滅茶苦茶、説明のしようなんてないのであった。
しかし、そんな意味不明な存在である当の本人はどこ吹く風で、アンリマユと一緒にヘラヘラ笑っていた。
「ぬわあああああああああん疲れたもおおおおおおおおおおおおおん!!!」
「キツかったなぁ! つーかオレを戦闘に出すんじゃねーよ! 部活レベルが精々だっての!」
「あっ、お前さANRMYさ、さっきトッ、特異点から帰るときにさ、冬木の教会の方チラチラ見てただろ」
「えっ、そんなん関係ないでしょ(すっとぼけ)」
頻りにぬわつかぬわつか言いながら、野獣先輩はねちっこくアンリマユに絡んでいる。その様子に藤丸は笑った。
「良かった。二人とも、仲良くやっていけそうだね(節穴)」
「アンタの眼は節穴かよマスター! 幾ら同類だからって全然違えかんな! オレは人類への復讐者で、コイツは……あー……一応聞いとくけど、アンタの原罪って何?」
「見たけりゃ見せてやるか! しょうがねぇなぁ~」
そう言って野獣先輩は自らのステータスを更新した。「えぇ……なにそれ……」と勝手極まる振る舞いに、ダヴィンチは先程から困惑の声を上げっぱなしである。
それを他所に、野獣先輩は野獣ポーズで自信満々に答えた。
「COAT社より発売されたゲイポルノビデオ、『真夏の夜の淫夢』に登場する人物。
元は
彼を旗印とした『淫夢厨』は、あらゆる物語をその語録とミームで覆い、尽くを糧として、風評被害を広げていく事になる。
彼は最早、TDN男優ではない。その存在はおはぎに見出され、ステーキに見出され、そして世界に見出される。
どこにでも居て、どこにも居ない獣──以上の特性を以て、彼女のクラスは決定された。
ホモビ男優など特性の一つに過ぎぬ。其は人間が望み、人類が嫌悪した、最も唾棄すべき人の業。
その名をビーストDCCCX。
人類悪の1……か2くらい? 115くらい?(適当)にして『爆笑』の理を持つ獣ですねぇ!!!」
「いや長えよ。ソレ自分で考えたのかよ。あと爆笑の理ってなんだよ(哲学)。なあソロモンよー!」
「えっ、ボクぅ!?」
急にアンリマユに振られたロマニは狼狽え、次いで「と言うかなんでボクがソロモンだって知ってるわけ!?」と慌てて言った。
「そりゃあオレってばこのヤジューセンパイと同じく、ある意味での特権者だし? オレもある意味での人類悪? いや人類悪なのかな? でも元を辿ればビーストだよな! プロトタイプではって意味でな!」
「ねえ藤丸君、どうにかして(白目)」
「はは、アンリマユもアンリマユで意味不明だね。俺が知らない語録でも使ってる?」
「流石にオレの言動まで語録扱いはNG(真顔)……ってこれも語録じゃねーかってな! ギャハハ!」
「本気でもう終わりだねこの人理(白目)」
呆れ果てた顔でダヴィンチが言った。
しかしまあ、騒がしくて明るいのは良いことだとも、彼女は思った。
何の因果で藤丸立香という少年が生き残り、何の因果で野獣先輩なんてゴミサーヴァントが召喚されたのかは分からないが、たとえ訳が分からなかろうとも、今はそれに期待するしかない。
藤丸の手の甲には、
絶望的な旅路は、始まったばかりだった。