意味の分からない理屈を前提に行動したりしますよね。
その時はそれが当然だと思ってるんですけどね。
どうも楓が登場するとえげつない回になりがちな傾向があります。
明治時代。廃藩置県と称される一連の行政改革に伴って整理されたところでは、この近隣に点在していたごく小さな村落は、ふもとの集落Aの名を代表として1つの村にまとめられることになった。距離こそかなり離れていたが5村合わせて500人に満たない小規模さから、それぞれに役場を置くのが非効率とされたためである。
だが、なにぶん山奥で観光資源もない閉鎖的な集落である。役場の運営はともかく、お上が大雑把に策定した区分が住民たちに受け入れられるには、戦後の高度経済成長期にこの土地にも車道が通るのを待たなければならなかった。
それからさらに半世紀。今や地元住民もこの土地のことをまとめてA村と呼ぶが、その代償に、かつてそれぞれの集落を違う名前で呼び分けていたのを知る者は極端に少なくなった。
公文書が先に更新されてしまっているため、もはや旧名の情報は当時を知る老人の脳内にしか存在しない。何代か前に村を離れた者などで旧地名しか知らない者は「地図に載っていない村」の出身者ということになる。
――だから、戦後のドサクサに紛れて「5村」から「4村」になっていたことに、役人たちは気づきもしなかったのだという。
◆ ◆ ◆
山奥の「見えない土地」を調査すべく、S県境の峠道から山に入った4人。
言い出しっぺである井口楓の事前調査により元凶である可能性が指摘された祠を訪れた彼女らは、それを認識した瞬間、周囲の景色が明らかに異なっていることに気づく。
こじんまりとした祠は、豪華絢爛な神社の拝殿へ。
人ひとりがかろうじて通れる獣道は、まっすぐに続く石畳へ。
彼女らの背後にはいつの間にか巨大な鳥居が鎮座し、周囲の森林も人の手が入ったものへ。そこはまるで、伊勢神宮の敷地内のようであった。
「これは……!?」
その直後、歌姫はより致命的な事実に気づく。
「ちょっと、空閑と東堂どこ行ったの!?」
そこにいたのは、楓と歌姫の
「結界の入り口をズラされた? いや、物理的にごく狭い範囲を拡張しているから位置の融通が利くってこと――」
ブツブツと口に出しながら検討を続ける楓だったが、拝殿の方から人の気配が現れたことに気づき意識を切り替える。
「新入りさんですかぁ? ようこそ、
二人の警戒をよそに、その人物はのんびりとした口調で二人の前に現れる。
第一印象は「若奥様」。見かけ20代くらいだろうか。巫女装束の女性に見えるその人物は、長い黒髪を後ろで束ねて前に垂らしている。
いかにもおっとりしていそうな顔立ちの美人であり、楓は「途中で死ぬ母親の髪型だ」と失礼な想像が脳裏をよぎった。
まだまだ未婚でもおかしくない外見年齢だったが、楓が一発目から人妻を想定したのは、彼女の着る巫女服の腹の部分が一目でわかるくらいぽっこりと出ていたからだ。
だが楓の意識はそちらより、彼女の発言の方に向いた。
「みなき、むら……」
昭和以前、この地が集落ごとに別の名で呼ばれていた頃の呼び名だ。
慌てて背後を見てみれば、ここは高台になっているようで眼下に集落が広がっているのが確認できる。
「ここに出たということは"玄関"から来たのよねぇ、きっと"ひさるき様"もお喜びになるわぁ」
「えっと、玄関って?」
聞きたいことは山ほどあったが、眼前の女性……に見える存在を刺激するのは得策でないと考え、楓は一番当たり障りのない所から質問してみることにする。
「あら、ふたりとも外の"祠"を見たのよねぇ?」
「え、ええ、見ました」
「よかった。それが"玄関"。村の入口はいくつかあるのだけれど、玄関は選ばれたひとにしか見つけられないの。そういう人は"ひさるき様"が直接、ここにお呼びになるのよ。私はそういう"お客さん"を案内する役目を仰せつかっているのよ」
逆に不自然なくらい間延びした口調で、しかし疑問には答えてくれるその女性らしきものを見て、ひとまず取れる情報は取っておこうと楓は質問を続ける。
「じゃあ、呼ばれなかった場合は?」
「そうねぇ。私はここの産まれだからよく知らないけれど、そもそも村に入れないんじゃないかしら」
村に入れない。
つまりあの結界は、入れる相手を何らかの基準……おそらく"ひさるき様"とやらの独断で選んでいる。
そして祠が見えるかどうかは人による。十中八九、呪霊と同じように素質がなければ見えないのだろう。
その上で、自分たち2人だけが選ばれたということは。
「さ、そろそろ行きましょうかぁ。あまりお待たせしてはいけないわ」
行く、行くってどこに?
「あのお方に身を捧げて、御子を孕むのよ。幸い今日も"ひさるき様"は猛っておられるから、夜を待つまでもないと思うわ」
当然でしょう、と言わんばかりに、それまでと同じ声色でさらりと述べられた事実を咀嚼して、楓は思った。
――ああ、
自分としたことがうっかりしていた。
まずは客人として……というか女性として、務めを果たさなければ。
「そ、そうですね」
自分は処女なので勝手がわからないところはあるが、そこは上手くリードしてもらえるだろう。
(で、でもちょっと緊張するなあ……猛ってるって言ってたし、結構乱暴に求められちゃったりして……)
大事なお役目とは言え、痛かったらやだなあ……と年甲斐もなく想像を膨らませながら、案内役の女性について歩く。
「さ、ここよ」
案内された地下の一室は、地下とは思えない豪華な和風建築によって城内の一室を思わせる不思議なつくりになっていた。
さっきから何人もの女性とすれ違っており、そのたびに「よかったわねぇ」「光栄なことよ」「羨ましいわ」「頑張ってね」と口々に選ばれたことを祝福してくれる。
その誰もが案内人と同じく本心からの柔和な笑みを浮かべていることが見て取れ、よほど幸せな暮らしをしているんだなと思わず感心するほどだ。
案内された部屋は控室のようなものらしく、近くにはお役目明けと思われる裸の女性たちが何人か休息を取っていた。
「ちょうど次はあなたたちの番ね。さ、服はこっちに」
案内役に先導されるまま、着ている服を脱ごうと、まずは背負っている大きなリュックを下ろした。
その途中、リュックに取り付けられている小さな鏡と目が合う。
鏡には当然、自分と同じように虚ろな目で服を脱いでいる歌姫の姿と、薄暗い室内が映し出され――一瞬だけ、チラリと輝いた気がした。
もちろん、この鏡はただのアクセサリーなどではない。
古来より呪い返しや偽装の看破に用いられてきた鏡という呪具。今回の任務に際して楓が選び、持ち出したこの鏡も、それらと同様の効果を持つ。
本来なら身に着けているだけで効果の発動する1級クラスの呪具だが、生得領域相手とあって直接視認しなければ効果を発揮できなかったようだ。
ともあれ、この瞬間。楓の脳は呪術による干渉を離れ、正常な思考を取り戻した!
「――ッ『シン・陰流』簡易領域!!」
その状態で迷いなく行動できたのは、間違いなく九十九由基による修行の賜物だったろう。
暗示の影響を完全に断ち切るため、初手で簡易領域を展開。案内役がアクションを起こす前に降ろしたリュックと歌姫の手を掴んで即座に逃走を図る。
最後っ屁とばかりに徹から持たされていた
そのままがむしゃらに走り続け、どうにか人気のないところまでたどり着いた。
「はっ、はっ、はっ、ひゅっ、ひゅーっ……うぇっ、げほっ、ごほ」
どの程度の距離を稼いだのか、たまらず石の床にへたり込む。限界まで走り続けた反動で呼吸困難寸前に陥っている楓だが、感じている不快感の原因はそれだけではない。
「うぷ、おぇっ、げぇ……っ!!」
修羅場を幾つもくぐって、以前よりよほど肝が太くなったつもりでいた。
今更滅多なことでは動じない自信があって、だから一級推薦を受け入れてここまで来たのだ。
「ひっ、うぐ、なにあれ、なにあれ、なにあれっ……!」
そういう覚悟を全て無に帰するだけの「異常」がそこにはあった。
暗示、あるいは洗脳が解けて最初に感じたのは異臭だった。
獣臭さと、風呂に入っていない人間のすえた臭い、それと――楓にはいまいち理解できなかったが――性臭。それらが混じり合った凄まじい臭気が、あの障子の向こうから漂っていた。
あの控室にいた全裸の娘たちは、みな幸せそうな……というか「やりきった」と言わんばかりの顔で横たわっていたが、同時に今にも死にそうなほど衰弱していて。
そして、ここに来るまですれ違ってきた人間たちの中で、腹が膨れていなかったのは彼女たちだけだった。
第一、妊婦が巫女装束というのが土台おかしいのだ。厳しい所では非処女という時点であれこれ言われるくらいなのに。
つまりこの神社そのものが、ひさるき様なる何者かを祀るために用意された形だけのものなのだろう。
ここは、あの障子の向こうにいたナニカ――結界の主の宮殿だ。
当たり前だが、呪霊は人と子供を作れない。だが例外はある。性交(のまねごと)を通じて子機のような存在が女性に取り付いたり、人間の男に呪霊が取り付いて女を犯させたり。
アレがどのタイプかなどは分からないが、確実なことが一つある。
あのままあそこにとどまっていたら。鏡の呪具が起動してくれなかったら。
自分も彼女らの一員として、何の疑問も抱かないままあの化け物に処女を捧げ、その子供を――
「うぷ、えっ、おぇ……っ!!」
胃の中が空になるまで吐き続けても、全く吐き気が収まる気配がなかった。
鳥肌が収まらない。体の震えも。ふとした拍子に気が遠くなりそうで、絶望的な恐怖と嫌悪感が波のように思考を蝕む。
「ねえ、戻らなくていいの?」
隣から聞こえた声は、普段通りの歌姫のもので。
「もど……歌姫先生、まさかまだ」
「何のこと? それよりほら、あんたが変な方向に走るから案内の人とはぐれちゃったじゃない」
――"ひさるき様"を待たせちゃ悪いわよ。早く行って■■■■してもらわなきゃ。
それは楓の独白よりも露骨で直接的な発言であり、さっきまでの自分がどういう精神状態だったかを否応なく楓に突き付ける。
「嫌っ!! やめてください!! あんな化け物にどうして!!」
「ちょっと何言ってんのよ! 聞かれでもしたらどうすんの! せっかく"ひさるき様"に求めていただいてるんだから、■■■■を捧げるのは当然……っていうか何なら名誉なことじゃないの!」
あんたどうかしてるわよ、と言わんばかりに言い募る歌姫は、全裸であるにも関わらずそれを気にする様子が一切ない。
「ああもう、今から戻って許してくださるかな……せっかくのお役目なのに」
歌姫の様子は限りなく平常に近い。ただ少し目が虚ろで、発言がおかしいだけだ。
シン・陰流簡易領域に巻き込まれて必中効果を一度遮断されたはずの彼女が復帰できていないのは、耐性の差というよりは装備の差である。
楓は気づいていなかったが、この敷地内には意識を虚ろにし、一種のトランス状態に近づける薬物が焚かれており、術式に関係なく暗示にかかりやすい状態が保たれるようになっている。
逆に、楓が呪具ひとつで洗脳効果から脱出できたのは、装備していた呪具の効果で薬物による物理的影響をケアできていたためだ。
あえて単純化した暗示を複数のソースから高度に掛け、長期間にわたって維持する。その技術の高さは間違いなく、この領域の主の知性の高さを窺わせるものだ。
この結界に入ってから30分も経っていない。空間が歪んでいることを考慮すると時間の流れも外とは異なっている可能性が高く、分断された葵と徹が突っ込んできたとしても、到着がいつになるかはわからない。
故に楓は選ばなければならない。
歌姫をこのままにしておくか、先の鏡を使って歌姫に現実を突きつけるか。鏡を使ったとして治るのか、治ったとして歌姫はそれに耐えられるかは未知数だ。
彼女の窮地は依然、去ってなどいない。
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