やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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#58 協力(下)

 7月に入ったとはいえ、まだまだ梅雨が明ける気配はない。

 

 外に出るには億劫だが、涼しくなるほどの勢いでもない小雨が降り続く京都。

 

 呪術高専の京都校はそれなりに設備が整っているものの、全体的に年季が入っており、僻地にあることや生徒数が少ないことも合わせて田舎の分校のような雰囲気が漂っている。

 

 戦後には既に今の間取りだったという木造校舎の一室は、しかし例外的に近代的な機器に溢れている。

 

 大学などに卸されるような大型のサーバーに、デバイスやケーブルが繋がりすぎて何が何だか分からなくなっているデスクトップ型PC。山積みされた本と書類の束、何に使うのかよくわからない冷蔵庫サイズの3Dプリンター。

 

 窓を潰して壁一面に並んでいる引き戸付きのスチール書庫にはびっしりと分厚いバインダーが収められており、背表紙には手書きで見出しが作られ、書庫自体の扉にも何やら走り書きのされた付箋がそこら中に貼られている。

 

 壁と床には様々な太さと色のケーブルが床や壁に結束バンドで括り付けられ、ガンガンに効かせた空調が湿気と熱気を遮断していることが特に空気の違いを生んでいた。

 

 部屋の中央には6人ほどで会議ができそうな大きさの長机があり、ここが昔は会議室だったらしいことを主張しているが、今や機械類とバインダーに侵食されかろうじて一人が書き仕事できる程度のスペースしか残っていない。

 

 まさに「研究室」と呼ぶにふさわしいこの散らかった部屋の主は、京都校で教鞭を振るう才媛、井口楓だ。

 

 予備の会議室として年単位で使われていなかったこの部屋を生徒だった時分から事実上私物化していた彼女は、今や高専の情シス担当であり、本格稼働した高専ネットロア監視部門の相談役でもある。

 

 それらの職務を押し付けられるのと引き換えに最新機器の購入予算を次々と下ろしており、今や彼女と京都のネット部門は国内最先端の電子戦部隊へと成長を遂げている。

 

 そんな彼女は自身の1級昇格がかかった任務のブリーフィングを前にして、山登りでもするかのような、それでいてある程度は見た目も考慮したスポーツブランドの服装に身を包んでいる。

 

 彼女は物置にしている隣室からホワイトボードとプロジェクターを引っ張り出して手早くセッティングすると、近場の自販機で買ってきた缶のカルピスソーダで客人を出迎えた。気が利かない訳ではないのだが、自分が好きだからという理由で人にも炭酸を渡すような所が、彼女にはある。

 

 研究室に招待された大柄な少年――空閑徹は、その気合の入り具合を一瞥して「前線に出るより学者の道に進んだ方がいいのでは」と余計なお節介を焼きそうになったが、それが言葉になる前に渡されたジュースに口をつけて誤魔化した。ちなみに、名門出身にしては大変に庶民的な質である徹にとって、この手のジュースは好物だ。

 

「ヘビースモーカーズ・フォレストって知ってます?」

 

 学者肌らしく持って回った言い回しを好まない楓は、PCや資料などの一通りの準備を済ませると、脳内でどういう理論立てをしたのか開口一番そう切り出した。

 

「……いえ。どこかの地名ですか?」

 

「コンゴ民主共和国の奥地にあるとされる、常に分厚い雲がかかっていて衛星で観測できない地域のことです。アフリカの原野にあるので、内部がどうなっているかは現地人にもわからないんだとか」

 

 この手の話をするときの砕けた敬語は健在で、独特の鼻にかかったような喋り方で知識を列挙していく。

 

「まあ、これは『ドラえもん』に出てくる架空の設定なんですけど」

 

 口にこそ出さなかったが突き刺さる視線の温度が下がっていくのを感じ、楓は慌てて説明を付け足す。

 

「わあ、待ってくださいよ関係ない話をしてる訳じゃなくてですね、えっとこれを見てください」

 

 楓は手元のラップトップを操作すると、Google mapを開いて山奥の衛星写真を表示する。

 

「S県とN県の境目あたりの峠道です。このあたりは特に山道が険しくて、かろうじて市道が1本通ってる以外はひたすら山の中なんですよ。国土地理院の出してる地図にも等高線しか描かれてないような地域です」

 

 USBで外付けされている旧式のマウスを操作して地図を航空写真モードに変更。

 

 楓の指し示すあたりにはかろうじて車道の体裁を保っているような山道と、申し訳程度に点在する休憩所や滝などの記述しか見当たらない。

 

「確かに何もないですね」

 

「そうそう、都会っ子で"実家? 何もないよ"みたいなこと言う奴に見せてやりたいですよね。まあそれはともかく、この辺は見ての通りの有様なんで、県境になってることもあって誰も住んでない、人も峠攻め目的のドライバーくらいしか通らないみたいな土地柄なんですよ。だから最近までロクに調査もされてなかったんですが、さっきのヘビースモーカーズ・フォレストの話がここで出てくるんです」

 

 エンジンがかかってきたのか饒舌に語り始めた楓に、徹は最低限の相槌だけ打って続きを促す。

 

「半年くらい前、陸自の部隊がこのあたりを測量したそうなんです」

 

 これがその時できた地図ですと言って、カバンから折りたたまれた模造紙を二枚取り出す。

 

 データは航空写真が載っているだけのネット上のものとは比べ物にならないほど正確で、植生から段差の有無、遮蔽物になる岩や小さな洞窟の有無まで記されている。

 

「で、かなり詳しく調べた結果ですが、こことここ、それからこっちですね。この区画に、定規で引いたみたいに土地自体に境目があることが分かったんです」

 

 言いながら手近にあったバインダーを取り出すと、中ほどから1枚の写真を引っ張り出す。

 

「ほらこれ。うっすらとですが、地面の色が違ってますよね。微生物の配分とかも全然違うらしくて、あとで近隣に根を張ってたキノコの菌糸から測定したところだと、境目の向こう側とこっち側でざっくり10kmは離れてないとこうはならないらしいんですよ」

 

 そこには迷彩服に身を包んだ隊員らしき人員のほかに、地面の色の違いがある直線を境にくっきりと浮き出ている様子が写っている。

 

「……呪霊による結界、いや生得領域?」

 

 徹がポツリと漏らしたのは、いわゆる空間をゆがめてくるタイプの呪霊による結界術。つまり、そこには何かの領域があり、それを認識できていない一般人には「強引に空間を切り取った痕」だけが観測できている状態なのでは。

 

 それを聞いて、楓は待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。

 

「わたしも同じ考えです。この話には続きがあって、この調査が行われた間に、投入されたドローン1機と隊員1人が行方不明になってるんですよ」

 

 それを聞いて、徹はおおむね状況を把握した。空間をゆがめるタイプの生得領域――異界持ちの呪霊の根城を、自衛隊が偶然発見してしまったのだろう。

 

 呪霊の格だけなら準1級以上、一方で住人皆無の山奥に居り、能動的に被害を広めてはこないタイプの呪霊。こういう類は特に、難易度も合わさって依頼が塩漬けになる傾向にある。「原作」ほどではないとはいえ依然人手不足の呪術界では、残念ながらしばしば起こることだった。

 

「その状態で半年放置となると……その隊員の人は生還してますね」

 

「はい。お察しの通りこの行方不明になった隊員は、捜索を開始して2日後に無傷で見つかりました。当時はちょっとしたニュースにもなりましたね。で、ここからが問題なんですが」

 

 ――"境目"の向こうで、集落を見たって言うんですよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 翌日。

 

 某県境の峠道の路肩には、とてもこんなところに用があるとは思えない黒のセダンが2台停車している。

 

「車で行けるのはここまでです。問題の地点まで、ここから直線距離で約7キロ徒歩ですね」

 

 張り切って車を降りた楓は、いつにも増してスポーティな装いで、背中には大きなリュックサックを背負っている。

 

 ブリーフィング時点と違うのは、同行者の数。

 

「というか東堂、なんで付いてきたんだ? 他人の昇級試験なんかほとんど無給だぞ」

 

「フッ……妹弟子が困難に挑もうというんだ、兄として手を貸すのは当然。高田ちゃんも身内を見捨てるような男を好きになるはずがないしな」

 

「兄弟子は兄ではないからな?」

 

 早速気持ちが高ぶったのか短ランを脱ぎ捨て半裸になっている筋肉質な男子生徒、東堂葵。

 

 葵とは対照的にバンカラ風の学ランをきっちりと着こなし、マントを翻している男子生徒、空閑徹。

 

 掛け合いをしている様はただの高校生だが、将来の呪術界を背負って立つことが期待される若手の有望株だ。ついでに言うと二人の身長は現時点でほぼ同じであり、ドレッドヘアで「アメフト系のゴリマッチョ(西宮談)」である葵と「うち(贔屓)のキャッチャーみたいなガタイ(歌姫談)」である徹が並び立つ様はとても16歳には見えない。

 

 彼ら二人が席を圧迫するため2台目のセダンに分乗していた最後の1人は、いつもの巫女服に身を包んで比較的軽装。

 

「すごい眺め。ドームより西に来たの初めてだわ」

 

 バックアップ要員にして高専1年の担当教授、庵歌姫である。フル装備の楓と徹、着た切りといった感じの(片方に至っては半裸)歌姫と葵。術師としてのスタイルがちょうど服装に出る結果となった。

 

 歌姫については、単に人手が必要な性格の任務だったことと、一年生と新任教授だけでの任務遂行を不安視した本人の希望が合致したことにより同伴となった。結果的に1級1人準1級3人というやや過剰な戦力が集った訳だが、それでも彼らに楽勝ムードまでは漂っていないのには理由があった。

 

 この地に存在するという「姿の見えない土地」、それに関する調査を楓は事前に進めており。断片的ながら"集落"に関する情報を仕入れていたのだ。

 

 公的な記録として、その地域に村は存在せず、いかなる行政記録などにも記載がないこと。

 

 直近の人里は山1つ越えたところにある小さな村であるが、こちらは何の異常もないこと。

 

 しかし郷土史に詳しい地元の役場職員や、一部私立大学の民俗学者によれば、江戸時代から明治時代ごろまでもう一か所、山中に集落が存在していた形跡があること。

 

 前述した人里の住人からのインタビューにより、かつて「山向こうにあった隣村」に行ったことがあるという人間が出てきたこと。

 

 また、ネットの怪談話として「実家があったと記憶している村にどうやってもたどり着けない」という内容の書き込みがあり、その特徴がこの地域と一致していること。

 

 村人から聞き出した「抜け道」が、今は岩によって途中で寸断しているが実在していたこと。

 

 そして、周辺住民の内では「山向こうから来たと称する人と関わってはいけない。それは"良くない神"の眷属だからだ」という旨の言い伝えが昭和中期ごろまでは存在していたこと。

 

『この案件の解決を嚆矢として、塩漬けの案件とか放置されてる噂なんかを検証・対処する新たなプロジェクトチームを発足させたいんですよ』

 

 そう語る楓には強い決意が見て取れ、それが選んできた任務にも波及しているように思われた。

 

 "土地神"と言われるレベルにまで成長した呪霊あるいは精霊というのは、過去にもいくつか例がある。

 

 そのどれもが地元住民からの信仰を得て非常に強力な存在と化しており、等級換算では「低くて一級」という最高峰の評価を付与され、レベルが低いとされる田舎の呪霊では例外的な強敵となる。直近でも、高専生の灰原雄を殉職させた存在として特に名が知られていた。

 

 そういう案件が関わっている可能性が高いとあって、この戦力でも油断なく探索は進み、そして。

 

「おそらく、この祠が境界線の始点です」

 

 そう言って楓が指し示した先には、獣道の行き止まりに古びた祠がある。祠と言っても木造の簡素なもので、周囲の背の高い草木に半ば埋もれるようにしてひっそり存在するものだ。

 

 しかし4人は、その威容を見て意識を切り替え、すぐさま戦闘態勢に移行する。

 

 祠が、新築同然に磨き上げられていたからだ。

 

 そしてその手前には、明らかに先ほど供えられたばかりであろう榊の葉と、新鮮な桃が2つ。

 

「気を付けて。この祠を『認識』したことで、わたしたちは"かれら"と縁を結びました。呪術的には、既にパスが繋がっています」

 

 楓の説明を背に、4人は背中合わせになって敵襲を警戒する。

 

 当たり前だが、この4人が通ってきたのは半ば人跡未踏と言っていい山林の奥深くだ。

 

 このような場所に祠を維持し、お供え物ができる知性を持った存在は居ない。

 

 ――非術師の常識に則るならば。

 

 

「祠から呪力!」

 

 

 徹が言い終えるより先に、彼らの足元は整備された石畳に変わっており。

 

 祠は、荘厳な拝殿へとその姿を変えていた。




名前  :井口楓(いぐち かえで)
性別  :女性
年齢  :21歳(58話時点)
身長  :156cm
所属  :京都高専教授/同忌庫番
階級  :準1級呪術師
趣味  :呪具や呪物の解体・無力化のための研究
好物  :濃い味付けの料理
苦手  :モツ
ストレス:ずっと不眠気味なこと
備考  :休学以来明らかに部屋が汚くなったらしい。
     最近ようやく夢でうなされなくなった。
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