さす三輪。
2016年 6月 Ψ日
1ヵ月近くを要することになったが、ようやく戦後処理も一段落した。
シン・陰流は新当主に就任した日下部さんの下で今まで通り運営されていくことになった。空閑家は名目上その上に付いた形になるが、もともと「シン・陰」の技術を取り入れ、展開するための侵攻だ。組織運営に口出しする気は初めからない。
今回の一件、空閑家はあくまで俺の行為を追認したという形なので、シン・陰流はまるごと「空閑徹によって制圧された戦利品」という扱いになった後、呪術総監部と禪院家を見届け人として空閑家当主……俺の祖父に俺から権利を献上する形で力関係の更新が行われている。
もともとシン・陰流が担当していた業務や鍛錬などは全て据え置きとして、空閑家がそれらの技術を利用できるように特約がついただけだ。
正直、もう少し各方面に被害が出る前提で空閑家から人員を派遣するつもりでいたのだが、日下部さんが優秀な人材を大量確保したうえで降伏してくれたおかげで組織規模をほぼ保ったまま戦後処理が完了しそうな勢いである。
彼らにとって一番の幸運は、前当主の死後に役職を引き継いだのが日下部さんだったことだろう。もし下手に誇りある武人が選ばれていたら復興がこうもスムーズにはいかなかったに違いない。
そういう訳で、戦後1ヵ月も経っていない現在、すでにシン・陰流は以前同様の行動が可能なまでに回復してきている。
あと残っている目下の問題は、旧体制で運用されてきた「一門相伝の縛り」の運用くらいである。
当主を継承した日下部さんを交えてヒアリングした限り、シン・陰流の結界術には一般に知られている「一門相伝の縛り」以外にも、門下生に対し「当主による招集命令を断らない」「寿命の一部を吸収して当主に還元」という2つの縛りが機能しているという。
招集命令については発動に空閑家側の承認を必要とする形への組み換えが済んでいるが、寿命の縛りが曲者である。その名の通り、門下生から分からない程度に寿命を徴収し、当主が蓄えておくシステムだ。
どうやら前当主はこれを利用してかなりの長期間を生き延びてきたらしく、俺が殺害するまでそもそも代替わりしたことがなかった可能性すらあるとのこと。特許技術を一つ奪い取るだけのつもりが、図らずも大きな陰謀を一つ潰してしまったらしい。
なにしろ前当主という形で効果が実証されている寿命延長技術である。政治的にどれだけの効果を持つかは言うまでもなく、シン・陰流本体の戦闘能力や結界術などよりこれの方が技術的に価値があるかもしれないほどの代物だ。
個人的には存在するというだけでロクな結果を生まなそうなのでさっさと捨ててしまいたいところだが、最終的に破棄する前提で少しずつ解析を進めていく方針となった。日下部さんはともかく既に空閑家上層部が知ってしまっていることと、何より代価なしに縛りを解除することで、ただでさえ直近で何度も前提を揺るがしてきたシン・陰流結界術の存在にとどめを刺してしまう可能性を考慮した結果である。
シン・陰流の各種技術は、扱いやすさを極限まで追求した代償にほとんどの技術が大規模な「縛り」による効果の補強ありきで成り立っている。
空閑家主導での技術のバラ撒きによって今後長いスパンで一門相伝の縛りが意味を喪失していくことを考えると、ここで寿命の縛りまで無くしてしまったら、いよいよ簡易領域そのものが効果を失う可能性が出てくるため、解体作業には慎重を期す必要がある。
代替できる縛り内容を検討するか、いっそ縛りなしでも結界を構築可能な強者のための技術へと再構成するか。どちらにせよ長期的な計画が必要で、短期的には高等級術師の大幅強化ができたものの、安定には長い時間がかかりそうだ。
極論、渋谷事変まわりさえ乗り切ってしまえば腰を据えて対策する時間もとれると見ているのでそれで構わない。これを応用して五条悟を不老にしたら最強じゃないかと一瞬考えなかった訳じゃないが、本人がそういうの嫌いそうなので実現することはないだろう。
2016年 6月 Λ日
シン・陰との折衝にある程度のケリがついたので、今は高専の任務に戻っている。
戦後処理の最後の仕上げに学長からお小言を頂戴する羽目にはなったが、「呪術総監部による厳重注意」それ自体を必要なコストとして織り込んでいた俺を見て感情的になっても無意味と察したのか、呆れた様子で形だけ注意されるにとどまった。
事前の根回しの甲斐もあり公式な処分はそれだけで完了したものの、担任の歌姫先生からは別口でたっぷり叱られることになった。
政治的には利益衡量が済んでいるが、先生はあくまで担任として無茶を咎めてくれたのだろう。実際、「あんたそんなことばっかりやってたら誰にも心配してもらえなくなるわよ」という指摘はもっともだと思う。
親父殿とはかなり早い段階から親子ではなく上司と部下の関係に徹しており、母は一貫して遠巻きなので正面から心配してもらったのはずいぶん久しぶりな気がする。自分で思ってるよりそれが嬉しかったようで、電話口で近況を報告した時のレアに「バブみを感じてる」とかなんとか言われてしまった。
前線に出て以来一貫して一人前の戦士(社会人)扱いを受けてきたために、年相応の扱いなのが逆に新鮮に感じる。
2016年 6月 §日
座学として、呪術界における任務の構造について授業することを求められた。
一般教養は教員免許持ちの補助監督などが持ち回りで対応している高専だが、呪術に関する座学をやれる人材が本当に足りていないらしく、本来は井口先生の受け持ちになるそうだが、教員としては新人である井口先生のサポート要員として、戦友のよしみでおよびがかかったという訳だ。
井口先生……井口楓さんは京都高専在学中から忌庫番としての任に当たるほど呪具知識の豊富な頭脳派であり、知識量を買われて3年前の特級呪具「コトリバコ」の件でも捜査を主導していた術師である。
本領は知識の方で術師としての実力は3級程度、術式もないと聞いていたが、今の楓さんは特級術師・九十九由基の指導を経てかなり強くなっているようだ。聞けば等級も準1級にまで上がっているという。前線から書類仕事までマルチにこなすユーティリティプレイヤーとして非常に重宝されているようだ。
原作では「呪具使い」と言えば禪院真希だったが、フィジカルギフテッドを利用した力押しの彼女とは全く違う知略と道具をフル活用する戦闘スタイルは、どちらかと言えば禪院より空閑家向きである。コトリバコの件以来の縁ということもあるが、呪術界における「武器に頼るようでは軟弱」の風潮が変わってきているのを感じる。
閑話休題、授業の手伝いについてだが、とりあえず俺の知っている範囲のことを記載しておく。授業ではどこまで言っていいのかを含め、資料として清書して後程確認を受けることにしよう。
……ついでに、このあたりを話してそれとなく空閑家への所属を勧誘してみるか(怒られそうだが)。
大体、呪術師をやるような人間はただ報酬を積んだだけでは動かない一筋縄でいかない奴が多い印象だが、いつの間にかシン・陰と俺との連絡役として付いて回るようになった三輪の例もある。
交渉の時に俺に啖呵を切った時は流石芯が強いなあと感心したものだが、良くも悪くも権威に従順というか、今ではすっかり俺の下が馴染んでしまっている。明らかにシン・陰流から人身御供……とまでは行かずともお手付き要員じみた扱いを受けているだろうに、それを苦にするでもなく俺に剣術の教えを乞うのは、あれはあれで一種の才能じゃないだろうか。
というか本人、そのまんま「どんな手を使っても仲良くしてもらえと言われましたが、私はそういうのよくないと思いますので!」って言ってたからな。絶望的に人選ミスだろうあれは。毒気抜かれてしまった。言葉の裏を読む必要がない分、一周回って逆に俺から好印象というよくわからない事態になってるぞ。
……仕方ない。年相応以上に純粋な三輪を見てるとなんだか癒されるのは認めざるを得ないので、かなり癪だがシン・陰流側の謀略は成功だ。妙な提案を飲まされないようにだけ気を付けておこう。
2016年 7月 Σ日
後輩の様子を見てきた。
という名目で、京都高専に保護されているメカ丸の身体を治す方法を模索している。
シン・陰の縛りを解体する過程で取れたデータをもとに、彼の天与呪縛を解き明かすことは呪術界そのものの発展にも寄与するということで、空閑家全体を動かして研究を進めている。
このまま事態が推移した場合、今から約2年後のどこかのタイミングで彼は真人とあの脳みそに唆されて高専を裏切ることになる。
それまでに人前に出られるレベルまで彼の縛りを緩和するのが最善。無理でも、研究名目で監視の人員を配置し続けることで相手の動きを封じる。
現状では成果を出せていないが、研究すること自体には本人の承諾を得られたので一歩前進だ。少なくとも本体の居場所を把握できた訳だから、最悪の場合でも「宵祭り」が完了するまでに駆け付けられればいい。
今回の交渉のMVPはやはり三輪(本人からは名前で呼ぶように言われているが、余計な詮索を避けるため目下固辞している)だろう。本人には何も伝えていないしただ付いてこさせただけだが、目論見通りメカ丸の真の姿を見ても何ら動じずすぐに「そういうもの」だと受け入れてしまった。
14、5歳のメカ丸にとって、同年代の女の子が自分を拒絶しなかったことは間違いなく救いになる。原作にはなかったシーンだが、三輪なら初見でもやってのけるという確信はあったし、だからこのタイミングを利用して引き合わせた。
もともと、原作のメカ丸はあんな境遇でも多少ひねくれたくらいで済んでいたいいヤツだ。彼はきっと変わる。今の前向きさを取り戻したメカ丸なら、きっと原作以上に強くなれるし、いつかは縛りを破棄して健康体を手に入れられるだろう。
俺にできるのは技術による解決のアプローチだけで、モチベーションを与えてメカ丸の心を救ってやれるのは三輪だった。やはり彼女は凄い才能の持ち主だと思う。
2016年 7月 Π日
井口先生から、新たなプロジェクトチームに誘われた。
高専の保有するネット対策チームと連携する形で構成され、都市伝説や怪談として広がっている呪霊被害を逆探知して、被害が広がる前にこちらから潰しに出向くのだそうだ。
曰く、ここ数年の俺(と五条先生)の働きで総監部の塩漬け案件や緊急案件が多少減ったことで、高専にも多少なり余裕が生じ、その余剰リソースを使って「後手」に回ってばかりの状況を打破したいのだという。
原作では呪術師は年々力を増す呪霊にかかりきりで、呪詛師に対処しきれないほどの人手不足であったことを考えると、俺の頑張りも少しは報われているようでうれしくなった。
そんなプロジェクトチームだが、もちろん協力を快諾したところ、井口先生の一級昇格のための任務への随伴(1級案件にメンター付きで出撃し、問題なしと認められれば準1から1級に昇格できる)を求められた。
さては最初からそれが目当てだったのだろうか。まあ、志自体は立派だと思うので甘んじて協力しておこう。