やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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#55 授業(下)

 

 どうも、役立たず三輪です。

 

 入門1年にして就職先が倒産しました。

 

 いや、倒産? 滅亡? とにかく、一番偉い人が殺されちゃったらしいです。今って平成ですよね*1

 

 去年まで髪の色が変なだけの中学生だったんですが、いや中学生は今もなんですけど。シン・陰流の最高師範に見いだされて、呪術師を目指すことになったんです。

 

 大変な仕事だとは聞きました。表向きは存在しない仕事だから履歴書にも書けないし、家族に打ち明けられる日も来ない、仕事中に死ぬことだってあるって。

 

 でもそれは、消防士の人が危険を承知で火事の現場に突っ込んでいったり、害虫駆除業者の人が虫に刺されたりするようなもので。呪霊というお化け退治の過程で起きることだと、そう覚悟していました。

 

 入門して一年、わたしはまだ呪霊との実戦を許されていません。歳が若いことと一般人出身であることから「まずは体づくりから」ということで、将来の働きを担保として雑用やお手伝いでお給金を貰いながら稽古をしています。まだまだ見習い、戦力として認められてはいません。

 

 その日は祝日で学校が休みだったので、緊急招集がかかった時にすぐ動けたのは幸運だったと思います。

 

 門下生の一員として仕立ててもらったスーツを着て、家から近い普段の道場ではなく、県庁の近くにある大きな道場へ。

 

 この時はまだ、緊急と言っても大物の呪霊が出たとか、そういう方向の話だと思っていて。わたしにも何かできることはないかって、そんなやる気に満ちていました。

 

『いいか落ち着いて聞け。今、俺たちシン・陰流と、空閑家っつう別の呪術師一族の間で戦争が始まった』

 

 ああここってヤクザだったんだ。そう気づいたのは、この世界で二番目くらいに強い人だという空閑徹さんとその一族の人たち? が、ウチの流派に宣戦布告してきたと聞いてから。

 

『え、だって、御三家っていう人たちを中心に、呪術師はまとまってるって話じゃ』

 

『俺もそう思ってたが、向こうさんは違ったらしい。確かに俺らと空閑家は仲悪かったが、そりゃ何百年も前の向こうの家ができた時代のゴタゴタだ』

 

 まさか今んなって持ち出されるとは、と言って、この場を取り仕切っているシン・陰流師範代、日下部さんは頭をガシガシ搔いていました。

 

 わたしが話を聞いている間も、道場の中は吐き気がするようなピリピリした空気でいっぱいで。小走りで行き来している人たちは皆、儀式のときか現場でしか許されていない真剣で武装して、皆見たこともないような怖い顔をしていて。

 

 つまり、道場の中は立派に戦場でした。

 

『わ、わたしも』

 

『やめとけ。……耳貸せ』

 

 日下部さんはチラチラと周りの様子をうかがうと、こそこそ話で内情をぶっちゃけてくれます。

 

『言いたかないが負け戦だ。今の空閑家には空閑徹っつうバケモンが付いてる。っつーか向こうも勝ちを確信したから仕掛けてきたんだろうよ。今のシン・陰門下だと戦ったことあんのは俺だけだが……アレは無理だ』

 

 日下部さんは割とネガティブな人ではあったけれど、正面切って「勝てない」と断言されたのは初めて。特級呪霊相手だって散々文句は言うけれどキッチリ祓っちゃう凄い人の「無理」宣言は、この人がいてくれればというわたしの期待をバッサリ切り捨てました。

 

 だって、一級術師の中でもトップクラス、今のシン・陰流で最強と言われてる日下部さんで勝てないとしたら。

 

『……オマエ13歳の時何してたよ』

 

 突然問いかけられて、わたしは昔のことを思い返しました。

 

『弟の世話とか家のお手伝いとか……あと新聞配達?』

 

『立派だなオマエ。俺ぁ家のプレステで"グランツーリスモ"してた。知ってっか? 車でレースするゲームだ。呪術に触れ始めたのは高専に来てからだった』

 

 男の子はそういうの好きですよね、と適当に相槌を打とうとして、そもそもこれが何の話につながるのかわからないことに気づきます。

 

『俺が空閑徹と戦ったのは3年前。あいつが13歳の時だ。当時すでにあいつは特別1級で、条件次第で特級を倒しうる1級最強の存在だと言われてた』

 

『……もしかして日下部さん、負けたんですか?』

 

 記録に残っていない対戦の情報。それが意味するところは。 

 

『"抜刀"を素手で取られてワンパンされたよ。持ち上げたら話がデカくなりそうだったんで今までは黙ってたがな。正直あれは、数をそろえて策を講じりゃどうにかなるってレベルを超えてると俺は思うね。ありゃ確かに五条悟とは別方向の存在だが、五条が怪物なら空閑は兵器だ。中身のイカレ具合は同じだね』

 

『必要最低限の休息以外を全部鍛錬に回して、才能が伴えばハイペースで強くなる。そんなもん誰でも知ってる。だが実際やれる奴は居ねえし、出来るとしたら人間じゃねえ。だが空閑徹には出来た。出来ちまったから、今までは「無理」だったそれが「甘え」になっちまったんだ。分かるか?』

 

『正直言えば、五条を見た時よりよっぽどメンタルにキたぜ。人生の全てが上手く行ったとしたらの"理想の自分"より2回りくらい強い奴が目の前に現れるんだからな。なまじ同じ世界にいるから質が悪ぃ。自分に足りないもの、サボってきたこと、得られないもの、そこへ至るまでにどれだけのものが必要になるか、全て突き付けられることになる。俺だったからまだよかったが、剣に生きてますみたいなマジメな奴をぶつけちまったらどうなるか』

 

 かつてなく饒舌に語る日下部さんは、きっと誰かにその脅威を伝えたかったんだと思います。直に聞いたわたしだって、あの五条悟に次ぐらしい超強い人だってこと以外、具体的な強さは理解できませんでしたから。

 

『その空閑徹さんがすんごい強いのは分かりましたけど、じゃあわたしたちはどうしたら』

 

『……ここだけの話、俺ぁハナっから勝とうとは思ってねえ。さりげなく五条悟の反応も探ったが、ありゃ完全に話が通ってやがる。詰みだ。今の俺の仕事は敗戦処理。この道場には、俺のツテを総当たりしてまともな連中をかき集めた』

 

 ケジメは俺ら大人が取るから、オマエは身の振り方考えてろ。

 

『そんな、身の振り方って言われても』

 

 それにケジメって、そんなことをしたら、日下部さんは。

 

『確実に大丈夫だ……とは言ってやれねえが、空閑家の連中は決して話が通じない訳じゃねえ。降伏した連中を相手に虐殺するようならとっくに呪詛師として狩られてる。まぁ、お前らにとっちゃ上司がすげ替わるだけ、ってのが最善だな』

 

 そんな、いきなり歴史の教科書に出てくる人みたいなこと言われても。

 

『……悪いな。内ゲバに付き合わせちまって』

 

 そう話を締めくくって、ほかの高弟たちと話しに歩いていく日下部さんの背中。

 

 ほかに何人かいる武装した人たちの表情。

 

 今の話を聞いて理解しました。

 

「死ぬこと」が、今ここにあります。わたしたちは死ぬかもしれないんです。いいえ、今この場にいる何人かが、たぶん今日殺されるんです。

 

 呪霊相手の殉職ではなく、わたしたち以外の呪術師によって。

 

 ……わたしは甘かったんだと思います。

 

 わたしみたいな、ちょっと髪の色がおかしいだけの中学生がいきなり始められて、犯罪や身体を売る以外で大金を稼げる仕事なんてない。

 

 そんなこと分かってたはずなのに、ちょっと髪を褒められただけでその気になってホイホイ入門して、それがどれだけ危ないことかも知らずに言われた通りに刀を振るって。

 

 いやだ。

 

 死にたくない。

 

 死にたくない。

 

 死にたくない。

 

 戦う覚悟はあったはずなのに、いざ「戦場」に来てみたら、わたしは結局、全部を日下部さんや、ほかの強い人たちに任せて震えていることしかできなくて。

 

「――来るぞ」

 

 日下部さんがそう言うのと同時、道場の戸が開き、学ラン姿の男の人が入ってきました。

 

 よく見ればわたしと同年代くらいの、それは、つまり――

 

「空閑家の名代として参りました、次期当主、空閑徹です。失礼ですが、()()()()の方にお取次ぎいただけますか」

 

「俺だ。日下部篤也だ」

 

「分かりました。日下部さん、単刀直入にお聞きします。降伏し、空閑家の傘下に入っていただけますか?」

 

「否はねえ。もとより俺たちに抵抗の意思はない。俺たち全員でかかってもオマエ1人に勝てないし、オマエは余計な血を流さなかった。それに敬意を払いたい」

 

 交渉はあっけないもので。

 

 日下部さんの宣言は、徹と名乗った人ではなく、わたしたちに向けてのもの。

 

 余計な事はするなよという、日下部さんの警告。

 

 だから、きっとわたしはパニックになっていたんだと思います。

 

「――なんで」

 

 気づいたら、口から言葉がこぼれていたんです。

 

「なんで、わたしたちを襲ったんですか」

 

 呪霊じゃなくて人間と戦うなんて聞いてない。わたしはただ弟を養いたかっただけ。同じ呪霊狩りをしている同族を襲うなんておかしい。

 

 口から次々に言葉が溢れてきます。

 

「だってわたし、あなたに何もしてない!」

 

「バカ、お前――」

 

 日下部さんが制止するより先に、徹……さんがこちらを振り向き、意識をわたしに向けました。

 

 たったそれだけで、その"力"の一端が理解できてしまって。全身に鳥肌が立ったような感覚がして。

 

 あ、わたし死ぬんだって、確信しました。

 

 悔しいなあ。なんであんなこと言ったんだろ。

 

 ダメなお姉ちゃんでごめんね。余計なこと言わなきゃ、きっと生きて帰れてたのに。

 

「……確かに、君たちには何もされてない」

 

 へたり込んだ姿勢のままで、ぎゅっと目をつぶって痛みに備えていましたが、飛んできたのは斬撃とか衝撃波ではなくそんな言葉で。

 

 恐る恐る目を開けると、徹さんがわたしの目の前まで歩み寄っていました。

 

「ひぇっ! あ、あのっ」

 

「だから、君たちには何もしない。今回の件は、君たちの上、シン・陰流の()当主と我々空閑家の間で起こったことだ。もう決着はついてる」

 

 そう言葉をまとめて、少し考えるそぶりを見せてから、

 

「ゴタゴタさせて申し訳なかった。追って補償はする、損はさせない」

 

 そう言って、屈んでわたしと視線を合わせて、はっきりと宣言したんです。

 

「いい弟子をお持ちですね」

 

「直弟子じゃねえ。だが目をかけてる」

 

「わかります」

 

 そのまま徹さんは日下部さんの方に向き直り、何事もなかったみたいに交渉を再開しました。

 

 実際にこの後、わたしたちの生活は結局ほとんど変わることなく。

 

 わたしの家族への生活援助は、丸ごと空閑家が引き継ぐことになりました。

 

 散々怖い思いをさせられたので、思うところがない訳じゃないですけど。

 

 あの時、徹さんにとってはチリみたいなものだったろうわたしの言ったことにまっすぐ答えてくれたことが、なんだかうれしかったんです。

 

 だからあの件が終わった後、パンツを替えるためにさりげなくトイレダッシュする羽目になった件は、記憶からなかったことにしようと思います。

*1
作中時間は2016(平成28)年。

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