やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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世界一位様に「空閑徹」「舞屋レア」「加茂日和」のファンアートをいただきました。この場をお借りし、重ねて御礼申し上げます。

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#54 授業(中)

 空閑徹が掌印を組むと、溢れ出した呪力が帯状になり、それが球状に編まれる形で身体を覆っていく。

 

「まず、これが彌虚葛籠(いやこつづら)。平安時代に生み出された、今のシン・陰流簡易領域の原型に当たります。やや習得難易度が高く適性で使用者を選びますが、性能は現代の簡易領域と遜色ありません」

 

「シン・陰流の興りと共に廃れており、現代の呪術界に継承者はいません。今私が使っているのは各種の情報*1をもとに復刻したものです」

 

 周囲で見ている術師たちの反応に構わず、徹は次々と掌印を組み換える。すると今度は、徹の足元を中心に円形の領域が広がっていった。

 

「次に、これが"シン・陰流簡易領域"。発動手順を縛りとしてプロセス化することで、呪力さえ扱えればほぼ誰でも発動可能な程度まで習得難易度が下がりました」

 

 徹が印を崩しても、円形の領域は崩れる予兆を見せない。

 

 どころか、術者の意向に沿って形を変えたり、広がったり縮んだり、自由自在に調整されて見える。

 

「このように、慣れれば縛りを破棄して念じるだけで発動・消去から内外条件の変更まで可能で極めて拡張性が高いと言えます」

 

 続けて徹は、机の上に置かれていたナイフを一本「小刀」で浮遊させると、自分の結界内に向けて飛ばす。

 

 小刀が結界の外縁に触れた次の瞬間、そこには地面に叩き落されたナイフと、刀を振り抜いた徹が残心の姿勢で構えている。

 

「……今のが、"シン・陰流居合"や御三家の"落花の情"に用いられる呪力操作を用いた反射迎撃プログラムです。簡易とは言え領域ですので、敵の術式の効力減衰、自らの能力向上、何より領域内まで感覚を拡張する効果により、このような芸当が可能になっていると考えられます」

 

 さらに徹が印を組み換え一歩踏み出すと、足が地面に着くことなく浮いた状態で止まる。目を凝らせば、足の形にピッタリ合うように結界の光が沿っていることが分かるだろう。

 

 そのままもう一歩、もう一歩と踏み出していくと、まるで見えない階段を上っていくように徹の体が浮き上がっていく。

 

「これが"空閑タイ捨流簡易領域"です。シン・陰のものに独自の改造を加え、結界に物理的な……いわば「当たり判定」が発生して足場として使えるようになっていますが、移動用途にしか使えないことが縛りになっており術者本人以外は触れることができません」

 

 同時に作れる「足場」は一つだけで、一度触れてから離れると即座に消失する。

 

 もっと言えば、空閑タイ捨流の技術は彌虚葛籠を超える習得難易度を持つ代わりに、元となるシン・陰にはない「空気を面で捉える技術」が一部用いられており、これをさらに洗練させていくことで簡易領域なしでも「空気を蹴って」跳躍できるようになる可能性が示唆されている。

 

 このことは、徹の現在の命題である「閉じない領域展開」へ繋がる大きなヒントになりうると徹は認識していたが、この場でそれらの情報を口にすることはなかった。

 

 代わりに、徹は持っている刀に呪力を纏わせると、それを刃の形へと成形し刀身を伸ばしていく。

 

「これは余談ですが、このような刀身を補い、伸ばす技術はこの手の結界術とセットにされることが多く、シン・陰流の"朧月"や空閑の"大刀"、禪院家や何なら非術師の剣術流派にも似たような技があります」

 

「どこも考えることは同じで、上達するほどギリギリで避けるようになるからこそ、ほんの少し刀が伸びるだけで現代まで伝わるほど優秀な戦術足りうるということでしょう。何なら空閑家はほぼ全ての技がこの思想に基づいていますから。逆に言えば、これらの技術が伝わっている所はギリギリで避けるような相手……自分と同じ剣の達人を相手取る想定があったとも言えますね」

 

 流れるように説明を続ける徹を、この場にいる術師たちは食い入るように聞いている。

 

 ――どこからか鐘の音が聞こえた。

 

 その刹那、会場の風景が塗り替えられ、術師たちは自分が夕暮れの丘で佇んでいたことに気づく。

 

「最後に、これが領域展開。今回は術式効果、必中効果ともに発動させていないので、皆さんが死ぬことはありません。もし特級呪霊などが領域を使えてこの状況になった時、領域対策のない術師は全員即死、痕跡は欠片も残りません」

 

「今までに見せた技は全て領域展開の前には脆弱なものです。しかし、なすすべなく死ぬ「ゼロ」と、撤退したり情報を残したり、援軍の到着まで時間を稼ぐなどといった「イチ」は違います。ゆくゆくは1級術師への昇格条件として何らかの領域対策技を必須とする方針ですので、今のうちに身に付けておくことをお勧めします」

 

 領域を解除してそう締めくくると、会場はしばしの絶句のあと、拍手とどよめきに包まれた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「素晴らしい講義だったよ。高専の座学4年分より、さっきの2時間の方がためになったね」

 

 舞台裏。そそくさと会場――東京高専の地下室を出ようとしている徹に声をかけたのは、最前列で興味深げに話を聞いていた銀髪の呪術師、冥冥だった。

 

「ありがとうございます」

 

「しかし良かったのかな? あんな大人数の前で領域展開を晒すような真似をしてしまって」

 

 冥冥はフリーランスの呪術師としては界隈トップクラスの実力者だ。普段は金を積まれた分しか働かない彼女が態々こんな話をしているのは、先の講義がそれだけ掟破りなものだったことを示している。

 

「技術の秘匿という意味であれば、()()()()()()()()()()技術の上限は外れていないので問題ありません。禪院家は多少煩いでしょうが……少なくとも当主が直毘人さんであるうちは大丈夫でしょう」

 

 シン・陰流に属する結界術、その秘奥を丸裸にしてなお、その技術は自分の権限で開示可能だと、仇敵である空閑家の次期当主が言い切ってのけた。

 

 その発言が意味するところを冥冥は敏感に感じ取り、脳内の損得勘定を素早く走らせていく。

 

 全国に散っているシン・陰流構成員の減少、それまで独占されていた業務やポストの争奪戦、門下生が中枢に入り込んでいる民間企業の業績予測、間隙を縫う形での空閑家の進出、それに伴う九州企業の成長――

 

「今朝から日下部を見かけないのはそういう訳か。これは乗り遅れたな」

 

「さすがに今回の件を知られてたら家の防諜体制丸ごと再編成でしたよ」

 

 二人して悪い笑みを浮かべる。

 

「隙を晒すべきじゃないという意味であれば――術式が焼き切れた私を殺せるレベルの人間が1級の中にいるなら、わざわざこんな無茶をしなくてもいいんですがね」

 

 半ば煽るようなその発言を聞いて、しかし冥冥は表情ひとつ変えずに同意を返した。

 

「それはそうだろう。私の知る限り、今の呪術界で真面目に五条君を追いかける気があるのは君だけだ。織り込み済みで時間稼ぎ用の技術を教えたんだろう?」

 

 冥冥は伝え聞く徹の練度と講義中に見せた呪力操作の完成度から、仮に自分が神風(バードストライク)を大量投入しても徹は術式なしで簡単に捌き切ってくると見積もっている。

 

 今でこそ一級でもトップクラスと言われる替えの利かない仕事人だが、一度は伸び悩み苦難の末に今の立場まで這い上がってきた身。自分が死ぬ気でたどり着いた境地を何食わぬ顔で走り抜けていく怪物を後輩に持つのは、これが初めてではない。

 

 冥冥は自分の戦闘能力に確固たる自信を持っているが、それはあくまで仕事道具だからだ。身内と金以外に対して彼女は無関心ゆえに寛容であり、自分がお払い箱になるようなことをされない限り、文字通り「一銭にもならない」悪感情を彼女が持つことはないだろう。

 

「ええ。2級以上で御三家とシン・陰流のどちらにもコネのない術師……の中から、まともそうなのを五条さんに選んでもらいました」

 

「五条君まで噛んでいるのか、大盤振る舞いだね。いいのかい、話を通す順番を間違えたら総監部が黙っていないだろう?」

 

 五条悟の名前を出しても怯むそぶりがない時点で「そうだろう」と半ば察していたが、この時点で冥冥は一連の作戦が少なくとも五条家・空閑家合意の下で進められていることを確信する。

 

「そこは確認済です。もとより、総監部にとってシン・陰は居ても居なくてもいい便利な雑兵でしたから。空閑もシン・陰も同じくウザい新参者なら、俺の機嫌を取るため餌として差し出すのもやぶさかでないそうですよ」

 

 言い草から見て五条との会談を絶妙な時期に設定して事前に話を通したことを気取られないようにしたのだろうことを確認すると、徹はさらに言葉を続けた。

 

「ああそれと、冥冥さんを含め、1級クラスの方は必要ならマンツーマンでお教えしますよ、結界術」

 

 五条悟や空閑徹の投入を上が決定する基準は、大きく分けて2つだ。

 

 1つ目は、1級や準1級の誰かが失敗した案件の尻拭い。どうしようもなくなった炎上プロジェクトを丸ごと吹き飛ばして無かったことにするために投入されるケース。

 

 2つ目は、何らかの理由で等級がつけられないケースだ。この業界において「等級不明」は、出会った全てを殺し尽くしていたり、強力な暗示・洗脳能力持ちであったり、村落規模の共同体を支配している可能性をもって特級に準じる扱いを受ける。

 

 怪談や都市伝説として一般に語られるクラス(1級以上)の呪霊、あるいは土地神の中には俗に「異界」と称される生得領域*2を有するケースが非常に多い。

 

 そのような呪霊は基本的に自分の領域から出ず、逆に領域に入った獲物は生きて返さないため、術師は初見で祓い切るか行方不明(死)かの二択となって情報が極端に漏れづらくなる。簡易領域の習得は、このような案件において「偵察」という新たな選択肢を齎す画期的なものだ。

 

 それが分かっているから、冥冥もホイホイと頷く訳にはいかない。

 

 彼女のようなフリーランスは、義理と不義理を積み上げた結果、本人も自覚していないまま組織の飼い犬に仕立て上げられるケースがいくらでもあるからだ。

 

「怖いね。謝礼として一体いくら包めばいいのやら」

 

「お金も縛りもいりませんよ。この先、空閑家が本州の術師と仲良くやっていくための投資の一環です」

 

 徹の答えに、冥冥は表情を変えず、しかし面白いものを見たという風で応じる。

 

「タダより高いものは無い、嫌というほどわかっている。君のその政治力はどこから来たんだい?」

 

「強いて言えば父ですね」

 

「……ああ、京都の伝説のOB、ということは君は」

 

 狭い業界だ。空閑徹の父が学生の身で後輩を妊娠させた件、知名度は全国区である。

 

 事件はおよそ16年半前、徹の父が高専3年だった頃に起きている。それを知る者であれば、徹の出自に当たりをつけることは可能だ。

 

「その時に生まれた子供です」

 

「…………」

 

 冥冥はプロである。ビジネスの場で余計な感情を持つことはない。

 

 ただ冷静に、「()()に近い代物が生まれる可能性があるのなら、風聞や倫理をかなぐり捨てても釣りがくるのか」と脳裏で算盤を弾いていた。

 

「自分でそれを証明した以上、この後輩はこの先も苦労しそうだな」と。

 

 そして、「少なくとも空閑徹の存命中はこちらに付いた方が得だ」とも。

*1
主に、徹が以前戦った真言の使った彌虚葛籠に由来

*2
原作に登場した少年院の特級呪霊のような、必中効果を有さない原始的な領域




長くなったので分割しました。次回までかけて対シン・陰回りの評判やら何やらを描写していきます。
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