6話以降の大部分の日記が1年動いていますので、細かな時系列を確認したい方は読み直されることをお勧めします。申し訳ございません。
2016年 4月 〈日
簡素な入学式と諸々の手続きを終え、いよいよ高専での生活がスタートした。
もともと私物が少ない質なので、寮に運び込むのは自前で持ってきたスーツケース1つと竹刀袋に入れて持ってきた愛刀くらいなものだ。残りの装備品類は別ルートで移送してあるが、さすがに高専敷地内で現代兵器をぶっ放すと問題になるそうで、銃火器の類は最小限しか持ち込まれていない。
そもそも寮には旧式とは言え家具家電完備なので、呪術師としての仕事道具以外で持ち込むものと言えば、着替えと各種貴重品くらいしかない。その日のうちに開梱作業も終わってしまった。
設備は昔ながらの宿泊所のような感じだが、施設の大きさに対して生徒数が極端に少ないため部屋数が余っており広めの個室が与えられる。
ちなみに、高専は呪術的に「訳あり」の生徒を保護する施設としての側面があるため申請すれば家族ごと寮に住まわせてもらうことも可能だ。
今ではこの制度が使われるケースは稀だというが、術式発現のドサクサで身寄りがなくなることは今でも珍しい話ではなく、そういう生徒の受け皿としての役割も兼ねているという。OBOGの中には、帰る家がないから等の理由で卒業後もずっと高専を拠点にし続けているケースもあり、そういう人は現代社会に入り込めず高専で雇われていることが多いそうだ。そうやって高専は勢力を拡大してきたのだろう。
これから4年間は、実家ではなくこの京都の寮を拠点にし、高専から出される任務に従事することになる。御三家のお膝元で活動するにあたり、呪術総監部をはじめとする上層部には事前に連絡済だ。京都校の楽巌寺学長とも面談している。
普段だったらここまで周到に根回しはせず、適当に顔見せだけして「今年はウチの人間行くからよろしくね」で終わりなのだが、今回は俺の影響力を考慮してかなり広範囲に連絡……というか、半ば「圧力」に近い交渉が展開されている(俺自身は行けと言われた場所に行くだけに徹しているが)。
そもそも空閑家のような名門にとって、構成員を高専に送る意味は薄い。呪術の勉強をさせたければ実家で教育すればいいからだ。呪力の取り扱いから広く浅く教える高専のカリキュラムは、生まれた時から相伝術式の扱いを叩き込まれる名門のそれとはかみ合っていない。
それでも空閑家が次期当主を含む子女を高専に送り出すのは、一族成立当初に締結された密約というか、「暗黙の了解」によるものだ。
(京都や江戸から見て)辺境の新興一族である空閑家が成立したとき、既得権益である御三家や呪術総監部は当然いい顔をしなかった。
江戸時代初期。空閑家……というか空閑やえが怖かった当時の総監部は、彼らが地元から出てくるのを許さず、そのまま地元に封じてそれらしい役職を与えた。同時に、自分の目の届かない所で勢力を増強されることを恐れた総監部は、彼らに一つの首輪をつけた。
次期当主を含む空閑家一門の子女を一時的に京都に預ける伝統は、この時に生まれたものだ。つまりこれは、幕府の行った大名証人制度の類型、早い話人質である。呪術高専という制度が生まれてからはそこへ通わせる形へと変わっていったが、本質は変わりない。
次期当主と総監部との顔つなぎや情報交換を表向きの名目とし、内情としては総監部の懐に人質を出すことで忠誠を示すやり方は、俺や親父殿、今の当主である祖父も通ってきた伝統である。
まあ親父殿が在学中に後輩を妊娠させた逸話からも分かる通り、特に行動を縛られるようなことはない(学長と面談した時はチクリと嫌味を言われる羽目になったが)。あくまで形式が大事なのであって、在学中は普通に生徒としてコキ使われることになる。
いつでも危害を加えられる場所に人を送り込むのが空閑側の誠意なら、それ(謀殺)をやらずに無事卒業させるのが総監部側の誠意。外様である空閑家はそうやって中央との主従関係を保っているのである。
……それを考慮すると、分家とは言え震災直後で大騒ぎになっている時に高専から次期当主を引き抜いた増崎家のやらかしが浮き彫りになる訳で。取り潰し寸前の大騒動になったのもさもありなん、自分で言うのもなんだが規格外の実力に仕上がっている俺がわざわざ伝統に従うことになったのもこのあたりの不義理が影響しているという話だ。
京都とは言え高専に関われるのは「原作」を考慮すれば好都合なので何も言わなかったが、困るのは高専の教職員だろうな。頭を抱える歌姫先生の構図をすでに3回は見ている気がする。
2016年 4月 §日
入学初日からの数日間は、オリエンテーションを兼ねたあいさつ回りに終始している。
入学時期が数か月単位で前後することが頻繁にある関係上、どこから生徒が合流してもいいように呪術的な授業の大半は個人指導に近い形が取られているそうだ。そもそも1学年の人数が少ないため、各学年に1人付く教授(名目上高専なので教諭ではなく教授)が各々の実力に合わせてカリキュラムを組んでくれる。
1年担当は歌姫先生だ。特に問題がなければ、先生が4年まで持ちあがるらしい。原作では交流戦の引率も務めていたので、案外この数年の間に教務主任とかに出世するのかもしれない。ただ、今の歌姫先生は原作ほど吹っ切れた歳ではないので婚期への焦りが最高潮にある(しかも何の因果なのか顔に傷がない)。迂闊な話題は出さないようにしておこう。
俺はというと事前の連絡通り生徒兼教員のような立場で、実技や実習の時間は教える側に立っている。五条悟や家入硝子と比べて理論派に属する俺の戦闘技術を少しでも受け継げる奴がいれば、というのが表向きの理由。壊しても大丈夫な人材を使って将来師範役になった時の練習をしろというのが裏向きの理由だ。
東堂以外の同期2人は戦闘技術云々の前に体づくりが必要なので、俺の相手はもっぱら上級生か東堂だ。ちなみに3年4年を含めても一番筋がいいのは東堂。九十九さんの薫陶があるとはいえ、入学1週間で俺の小刀をある程度見切ってワープゾーン代わりに逆用してくる変態性には恐れ入る。
実技以外の座学や一般教養の分野では普通の生徒と同じ扱いだが、通常はある程度授業時間が取れるよう配慮される一方で、俺だけは座学のはずの時間にも容赦なく任務が充てられるという違いがある。
まあ、前世で大学まで出た身の上だ。呪術高専の限界まで削りに削った一般教養*1程度なら、移動中に教科書を斜め読みするだけで概ね思い出せる。
ちなみに教員とも一通り戦ったが、一番強かったのは学長だった。体感では一級相当だろう。京都校は特に御三家の力が強いためか、高専所属の人員に強い人が少ない。
原作で登場した歌姫先生と学長、今は先輩の新田さん、いつの間にか高専職員になっていた井口さん*2のほかは2級~準1級の先生方が何人かいる程度。頭数は揃っているが、1級クラスの数と質なら俺抜きの空閑家の方が上かもしれないレベルにある。
もともと高難度の任務は大した数がない、相応の報酬があれば禪院の炳などが処理できる、そして何より五条悟が全国どこでも出向いてくれるという状況から、一級上位の案件を処理できる大ゴマより、五条悟の負荷を少しでも軽減できるほどほどの人材が多く必要というニーズに応えているのだろう。
それ自体は妥当な戦略だと俺も思うが、結果として一級の出動が必要な西日本の案件のうち、御三家と空閑家が受けなかった案件は全部高専経由で俺に回ってくることになったらしくとんでもない仕事量が押し寄せてきた。このレベルでやることが積みあがっているのは関門の特級の頃*3以来だ。
所詮は一級レベルなので大した経験にはならないが、最低限術式持ちで知能のある呪霊と乱取りできる状況は貴重だ。ありがたく色々な戦略を試させてもらっている。
また、まともな教育をしてやれないからと無制限の書庫アクセス許可証を学長から強奪――快く譲ってもらっており、また忌庫番の井口さんが顔見知りなので呪具などの調査も実質フリーパスになっている。この二点については東京校も上回る明確な利点であり、古い時代に学生が持っていた術式や失われた相伝術式のデータ、何より人質として出された歴代空閑家当主を外から見た情報などを得られるようになったのは大きい。
原作介入のための準備期間と思っていたが、案外できることは多いようだ。
2016年 5月 Π日
呪術界の最高意思決定機関は呪術総監部だが、その総監部はごく少人数で構成されていて人員や活動内容が極めて不透明。おそらく御三家やそれに近しい名門など大組織の長による合議制だろうことは予想されているが、その実態は判然としていない。
そんな状態でも彼らが問題なく呪術界の統治を行えているのは、彼らが実質的に、情勢に沿った決定を下すだけの機関であるからだろう。つまり総監部は「結果」であって、「過程」に当たる政治的やり取りは御三家を筆頭とする有力者たちの間で完結している。
ゆえに彼らは絶対者であると同時に傀儡で、たとえ皆殺しにしたところで直下に控えている名門から人が補充されるのみ。頂点に立つ彼らでさえ、呪術界という巨大機構の「替えの利く部品」に過ぎないのだ。
そんな呪術総監部に「強い影響力を持つ」とされる組織は、大きく8つほど存在している。
五条家、禪院家、加茂家の御三家。その直下に存在する地方有力一族、空閑家と守矢家。だいぶ落ちるが呪術高専2校。そして、シン・陰流。
シン・陰流はいち流派ながら高専やフリーの呪術師に高いシェアを有し、かつて剣道部や柔道部出身者が各界の有力者とコネクションを持ったように、呪術界の中に一大勢力を築きあげた。
彼らの「簡易領域」、入門して鍛錬さえすれば誰でも領域対策を持てるというのは絶大なアドバンテージだ。一方で、当主からの出動要請は断れない、入門者相伝の縛りのせいで技術としての普及が進んでいない等、一部弊害も出ている。
……何故いきなりこの話をしたかというと、空閑家とシン・陰流の総本山が不倶戴天の敵対関係だからだ。
そもそも空閑家で使われている「空閑タイ捨流簡易領域」は彼らの使うシン・陰流簡易領域を空閑家初代が見て盗み、独自に発展させたもの。いわば海賊版なのだ。
シン・陰流から見れば門下でもないのに奥義を勝手に使う一族で、放置すれば沽券に関わるのだろう。俺も高専に入る直前まで知らなかったのだが、シン・陰流の総本山は空閑一門の関係者を名指しで永世出入り禁止扱いにしているという。
かつてシン・陰側が一方的に吹っ掛けてきた喧嘩とは言え、当時の空閑家は新興で味方のいない勢力。兵力の質では空閑家が上回っていたが、全国に大量の使い手を抱えていた全盛期のシン・陰流を相手に争いは泥沼化。
初代・空閑やえ死後150年にわたって続いた紛争状態は、空閑家が呪術界における九州平定をほぼ完了させた江戸中期になって「空閑タイ捨流を空閑一族の外に出さない」という条件で一応の停戦を見た。一説には、空閑家が九州から出てこなくなったのはこの時代に本州で散々シン・陰の奇襲にやられたからだとも言われている。
さて繰り返しになるが、何故いきなりシン・陰の話をしたのかというと。高専での技術指導の際に俺が上記の取り決めを破り、空閑タイ捨流……からさらに本人用に簡易化調整した簡易領域を七海さん筆頭に一級術師に教えて回ったから。宣戦布告である。
今回に関しては、事前にこれら忠告を一通り受けた上で、俺の判断でシン・陰流との
根拠は二つ。第一に、呪術界の戦力底上げに邪魔だから。
この先、領域持ちの呪霊が平気な顔をして登場する「七海さんで最低レベルの時代」がやってくる。その時戦力に数えられる人数を一人でも増やし、また今ある戦力を最大化させるためには、彼らによる技術の独占は障害になる。
第二に、シン・陰流を滅ぼすまではしなくても、当主かそれに近い連中を何人か叩けば方針を転換させうると考えたから。
シン・陰流の特色として、現在の当主が誰であるか当主以外にはわからないようになっている極端な秘密主義があげられる。
だがその割に、門下生同士の派閥争いはあまりなく、高弟と呼ばれる腕利きたちも元弱者のたたき上げであるためか、呪術界の頂点付近で沼の底のような果てしない権力闘争を繰り広げている妖怪たちのような覇気は感じられない……というか、高弟たちですら「部下」なのだ。彼らでさえ方針に意見する立場になく、そして彼らは何百年も前のいざこざを今更持ちだすような質じゃない。
以前(現行シン・陰流で最強と称される)日下部先生を見て確信した。あそこは当主によるワンマンチームで、当面は代替わりを予定していない。
組織全てが替えの利く部品で構成された呪術界とは異なり、シン・陰流にはシステム的脆弱性が存在する。それは当主だ。当主の権限を盤石にするあまり、頭さえ挿げ替えてしまえば一気に無害化する公算が高かった。
それを裏付ける意味も込めて、敵対に当たり、五条先生には事前に連絡を通してある。言いふらされるリスク込みで、シン・陰という庇護を失った後の弱者の受け皿も考慮しておく必要があったためだ。ここで難色を示されるようだったら決行はやめようと思っていた。
が、五条先生の回答は爆笑のち快諾。その代わり、流れる血は最小限にするようお達しが出た。
勝算は二つ。第一に、上記取り決めが「縛り」ではない旨が伝わっていること。
わざわざこれが現代まで伝わっているあたり、ご先祖もいつか殺すとは思っていて「その時」のための条件を整えたのだろう。つまり、取り決めを破ってもシン・陰流を怒らせるだけで、縛り不履行による罰は下らないことが事前に分かっていた。
第二に、井口楓が味方に付いていたこと。
シン・陰流を相手するにあたり、一番厄介なのは「本人以外には当主が分からないようになっている」という仕組みである。対人戦特化と言っていい空閑家による斬首戦術の嵐を生き抜いてきたのだから、並大抵の手段では割り出せないことが分かっていた。
そのため、調査の大半が呪力の外側で行われる。空閑家が抱えている私立探偵による金や物資の流れを基とする捜査と、全国に散っている「窓」のうちシン・陰流に関連する人間の偏りから「一番怪しくない地点」をピックアップ。
周辺の物件で登記簿の不自然な移動や身分の背乗りが発生している地点を県警と公安の資料から照らし合わせ、地元の噂話などから総合して不自然に長命な人物をあぶり出す。呪霊関連事案の際には術師に全情報が開示される規則を逆手に取り、調査対象に呪詛師の冤罪をでっち上げて警察資料をすっぱ抜く荒業である。
長命な人物ほど科学技術を軽視する傾向にある。どんな技術を駆使したか知らないが、相手は推定空閑やえの時代からの同一人物だ。先端技術を使いこなす手腕にかけては空閑家に一日の長がある。
最後の最後、数十か所に絞られた候補地点の中から京都校忌庫番の役職に復帰している井口さんプレゼンスの元、高専から引っ張り出した人探し系の呪具の数々を投入して特定されたのは、とある寂れた駄菓子屋であった。
そこまで分かってしまえばあとは簡単、けじめは俺がつけた。
必要だったとは言え、初めて明確に争いを主導し、初めて呪詛師でも呪霊でもない人間を手にかけた。
一連の顛末を、仕事の一環として受け止めている自分がいるのが我が事ながら少しだけ恐ろしい。魔法少女の時、やはり俺は一線を越えたのだろう。
原作に登場したセリフ。一度殺すと、その先「殺す」という選択肢が現れ続けることになる。
確かに今、俺の前には殺す選択肢が新たに登場し、そして俺は、それを選んだ。