優男くんが引き返したことで、俺達の首都への道のりはまた二人旅に戻った。二人旅と言っても御者だったり、集団で移動しているので後列の馬車に乗る人もいたりと完全に二人というわけではないが、少なくとも馬車の中では二人きりだ。
そう、ギルドからの案内というだけあって中は凄く広い。それなのに俺の隣にはあの流星女が座り、こちらに体重を預けて穏やかな表情で眠りこけている。道路を進む馬車の微妙な揺れも、余計に眠気を誘うんだろう。
「ん……ぅ……」
人の肩を枕代わりにしてなんと心地よさそうに寝ていることでしょう。
なんだこいつ。
たまにこいつが俺のことを好きなんじゃないかと錯覚してしまうが、俺はそれが対人経験の薄いぼっち特有の勘違い症候群であることを知っている。そうやって勘違いして撃沈して行くクラスメイトを見たことがある。
好意云々は置いておいても気を抜き過ぎだろ。信頼されていると考えれば悪い気はしないが、異性として見られてない……そもそもこいつに他人に異性としての認識があるかと言われれば怪しいな。
自分が常に包帯で顔を隠しているので、男性という認識も薄いんだろう。
気の強そうな切れ長の目に、美しい真紅の瞳。
視線を惹きつけて止まない、夜空に輝く星の如き金の髪。
その身に秘める強さとは裏腹に、可愛げのある端正な顔立ち。
眠っていればただの無害な美少女。誰もこいつを剣狂いの狂人だとは思わない。
仲間の眠り顔をまじまじと眺めるのって微妙に犯罪臭がする。
そっと視線を流星女から逸らし、移り行く景色を眺めながら考えに耽ることにした。
こいつや優男くん、ギルドの人間というかこの世界の人間全般を見ていて思ったことがひとつある。
それは、俺の魂の強度とステータスとスキルの関係だ。
全体を合計して測った時、果たして俺は本当に人より低い程度だっただろうか。そう考えるにはあまりに、容姿や身体能力、身長から魔法や奇跡の才能、それら全てを統合しても低い気がした。
これまで、俺は女神から提示された通りに肉体面をステータス、剣術や魔法などの技術面の事をスキルと呼んでいたが、結局全ては身体に秘められた素質なんだろう。
身長、容姿、筋力、脚力、知力、体力、他にも魔力や信仰と無数に調整項目が存在した。その中でまず肉体面を割り振り、その後にスキルと記載されていた剣術や魔法、奇跡や呪術の技術面を決定した。
その時に剣士としての必要項目以外は全て切り捨てた。問題は、その切り捨てた“スキルの才能もステータスに注ぎ込んだ”ことだ、お陰で俺は勉強すれば誰でも使える魔法も何も使えなければ、奇跡も呪術も何も使えない。
結果としてここまで強くなれたが、剣術以外の才能を全て捨てて、これだ。
そこでひとつ疑問が生じた。
俺の魂の強度弱くないか?
俺の魂の強度がそれまでだったと言われればおしまいだが、一旦整理したいのは肉体面も技術面も平均値である1から0.1削るだけでも相当なポイントを稼げたことだ。それを集約させることで剣術の才能をカンストさせられて、強靭な肉体も得られた。
普通の一般人は生きていく上で困らない程度の肉体の値と基本的な魔法、奇跡、呪術は勉強すれば初歩的なものは簡単に使えたりするので、1はあると仮定する。
村では治療師程度しか存在しなかったが、呪術も魔法も冒険者が使っていたり、当たり前にある世界だ。まあ呪術は少しマイナー気味だが。
細かな数値までは思い出せない。だが、俺の魂の強度では肉体面を平均的に振った上で魔力、信仰、呪力など、魔法などを扱うための数値を全て1付近にして技術に振ろうとすれば、その段階でポイントが枯渇していたと思う。
つまり、どう考えても俺はこの世界の一般人に満たない。
俺の前世は確かに平凡だったが、そこまで才能がなかったわけではない。
昔通っていた習い事では案外いい成績を取れたりしたこともあった。だが、こちらの世界の俺の肉体は剣術以外は設定通りに全部ダメだ。
槍なんかは力任せに振り回すことはできても、技術面がいつまでも成長しない。
何が言いたいかと言えば、俺の魂の強度は本当に人より少し低い程度なのか?という疑問と、本当にあのステータスは人間の限界だったのか?ということだ。
俺は確かに剣術の才能を最大値である5に設定した。それにも関わらず、流星女との技術に大きな差があるのは、これは魂の強度の影響を受けているのか、他の要因があるのか。
ゲーム的に捉え過ぎかもしれないが、事実として俺の身体にはあの時に設定した数値が反映されていた。5が本当に最高値であるなら、多少練習方法に差があっても、毎日血の滲む思いで訓練してここまで埋められない差にはならないはずだ。
これらの疑念は今回の人生が終わった後に検証するしかないが、かなり重要なことだ。
なにか、重要なことを見落としてる気がする。
クソッ、これならもっと慎重になってあの時細かい部分まで確認するんだった。
今更嘆いても仕方ない、全ては後の祭りだ。
ダメだな。
普段使わない頭をかなり真剣に使って眠くなってきた。
馬車の揺れのリズムと、傍らにある人肌の暖かさが眠気を誘う。
御者曰く後少しで首都に着くらしいので、それまで少しだけ眠るとしよう。
少しだけだ。隣で寝てたらあの女に何を言われるか。
そうして、俺は瞼を閉じた。
心地よい微睡みから目覚めれば、徐々に視界が輪郭を取り戻す。
奇妙なのは、座ったまま寝たはずなのに俺の視点は横を向いていること。
視線を上に向ければ、こちらを見下ろす流星女の顔と彼女の女性的な特徴が視界に映る。
俺は秒で気がついた。
膝枕だこれ!
「やっと起きたの?もうそろそろ着いちゃうわよ」
それはもう勢いよく飛び起きた。
「ちょっ、いきなり飛び起きないでよ。びっくりするでしょ」
びっくりしたのはこっちだよ。
なんで膝枕されてたんだ?寝てたからか?
膝枕って相当親しい関係じゃないとやらなくないか普通。
「いや……悪い」
いや、正気に戻ろう。
こいつはそもそも初手で決闘を吹っ掛けてきて、その上パーティーに強引にぶち込んでくる女だ。人並み外れてパーソナルスペースが狂ってるのは目にしてきた。だから、この膝枕もその延長線上だ。
実際、対して向こうは反応してないことから特別なことをしたとは思ってないはずだ。
なんとか俺は自分にそれを言い聞かせて平常心を取り戻そうとする。
「まあいいけど。ほら、見えてきたわよ」
未だ少し早鐘を打つ心臓の鼓動を感じながら、俺は外へと視線を向ける。
流石は連合国家の首都なだけあって、迷宮都市よりもそれぞれの建物の規模感が大きい。
遠くにある巨大な城と、その間にある無数の建造物。そして、都市全体を囲う城壁。
如何にもな建物の数々に少しだけ期待感を抱いた。
ここは位置的に城下町だろうか、まだ城までは距離がある。
これを機に災厄への対策に利用できそうな人物と交流を築ければいいのだが。
首都の冒険者ギルドへ来た俺達は、ギルド職員から歓待を受けつつ式典について説明された。
今回の式典は階位認定と同時に1級昇格というだけあって凄いお偉いさんが沢山集まるので、本当にお願いするから失礼がないようにしてくれとそれはもう耳にタコができるほど聞かされた。まあ、これで俺達が無礼をかませば首が締まるのは人を集めてるギルドなんだろう。
他には式典の手順やその日の行事なんかも説明された。
礼儀作法については最低限できていれば、向こうも冒険者な事を理解してるので何も言わないそう。
こういうの、冒険者は色々ネチネチ言われるかと思ったが意外にも理解がある。
そんな訳で、あれよあれよと式典の準備が進められた。
あわよくば人脈作りや観光と考えていたのだが、礼儀作法を覚えたり、ダンスの時間もあるらしく、その時に誘われても踊れないと失礼とのことでダンスまで覚える羽目になってそんな暇はまるでなかった。
そうして迎えた式典当日。
俺は余りに似合わない礼服を着て式典に出席していた。
鏡を見ればタキシードに包帯頭、なんとも奇妙な組み合わせだ。これが令和のファッションか。
こんな包帯野郎でもちゃんと出席させてくれるのだから優しいが、本当の優しさを見せてくれるなら書類上の昇格だけで許して欲しかった。式典にこんな不審者がいたらただの晒し者である。
「帰りたい」
「しょうがないでしょ。式典とパーティーが終わるまで我慢しなさい」
俺の隣の流星女は、黒が基調に差し色に濃い紺色が使われた綺羅びやかなドレスを着こなしていた。随所に流星の二つ名を思わせる淡い色の宝石が曲線であしらわれ、肩まで露出したオフショルダースタイルなのに、彼女のスタイルの良さもあって下品な雰囲気は全く無い。
むしろ、その美貌も相まって貴族の令嬢やお姫様だと言われたほうが納得感がある。
それほどまでにメイクを施してドレスで着飾った彼女の姿は美しかった。
「お前は綺麗で似合ってるからいいな」
「当たり前でしょ」
褒めてやればふふんと自慢気に胸を張って来る。
何がとは言わないが、想像よりデカい。
こいつこんなデカかったのか?
ここ1年過ごしていて年相応かそれより下程度だと思ってたが、多分サラシか何かを巻いていたのかもしれない。とんでもない凶器を隠し持っていた。
思春期男子には流星剣より威力があるかもしれない。
後、前から思ってたがこいつ自分の容姿にはちゃんと自信がある。それなのに距離感が近いのだから、この性格じゃなければ被害者多数だろう。
ほんと、見た目だけなら超絶美少女だからな。
「あなたもまあ……悪くないんじゃないかしら?」
どこ見ていってんだこいつ。
見ろよ、俺のこの顔に巻かれた包帯を。
包帯を外したら会場で悲鳴が聞けること間違いなしだぞ。
「そりゃどうも。気休めだとしてもありがたく受け取っとくよ」
「別に本心よ」
一応、こいつなりの優しさだろう。
以前はそんな素振りもなかったので、仲良くなった証として前向きに捉えることにした。
こんな美少女に言われてもオーバーキルなだけではあるが、素直に受け取っておこう。
「あなたって、前から思ってたけど自己評価が低いわよね」
「適切なつもりだ」
実力に関しては隣にこいつがいるせいで微妙に霞むが、自分の立ち位置は把握してる。
容姿に関しては当たり前の評価を下してるつもりだ。俺が一介の冒険者だとしても、こんな包帯で顔を隠した人間と関わりたいとは思わない。火傷のせいでと言われたら可哀想だとは思うが、その上で口下手なら不気味さや不信感が勝るだろう。
こんな自分とパーティーを組んでくれている彼女には感謝している。
「いい?あなたは1級なのよ。貴族で言えば子爵で、おまけに何処にも属してない、ちゃんと気をつけなさい。誰だって有用な戦力はなんとしても自分の手元に置いておきたがるわ。ギルドが何でも守ってくれるわけじゃないんだから」
「わかったよ、気をつける」
確かに1級冒険者となれば自由な奴も多いがそれと同時に貴族のお抱えだったり、国が保有する団体の所属だったりする奴も多い。
所属先の利益が大きければそれでそのまま冒険者自体を引退してしまう場合もある。無所属となれば、何かしらの手段で抱え込まれる可能性も考えたほうがいいかもな。
「お前も、変なやつに付け込まれないように気をつけろよ」
「は?誰に言ってるわけ?」
こいつの場合、1回弱みに付け込んでも自分に害があると判断したら速攻で斬り刻んできそうだ。
うん、心配ないな。
「いや、なんでもない」
「私はそもそも前回の時に片っ端から話を断ってやったから、今回は挨拶以外じゃ懲りない馬鹿以外は誰も来ないわ。あなたこそ、変な虫付けてくるんじゃないわよ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味、あの変な噂が───」
詳しく話を聞こうとした時、丁度式典開始の合図が鳴ってしまった。
俺達は教えられた通りに授与式を行った。
流石に授与式の最中から包帯のことで露骨な反応をする奴はいなかったが、人の視線を誤魔化すことはできない。これまで散々他人から蔑まれてきた俺は、どうしたってその目の奥に隠された不快感を嗅ぎ取ってしまう。
これでも、露骨に反応したりからかうことがないのだから思っていたよりはマシだった。
そうしてお偉いさんに頭を下げたり、長々と功績をギルドマスターだとか連合国の王様とか、各国の貴賓が称えたりして、最終的にそれぞれの証となる新たなギルドカードを受け取ってパーティーが始まった。
これだけでも死にそうな思いだったが、本当の勝負はここからだ。
俺は、災厄を止めるのに必要な人脈を作る必要がある。
それは何処かに所属するわけではなく、あくまで有事の際に協力を取り付けられる友好な関係を構築するということだ。
わかってはいたが、結果は惨敗だった。
かなり気を遣って話したが、勧誘に乗り気じゃないとなればみんな退散してしまう。
連合国に近いデカい国の王子様から近衛騎士に勧誘された時はちょっと心が揺れたが、俺は所属先が欲しいんじゃなくて将来へ向けた協力者が欲しいだけなんだ。
「やっぱダメか」
これは、また別の機会に協力者探しはしたほうがいいな。
今回は望み薄だ。
ちなみに、流星女は案の定お偉いさんに囲まれまくり大変なことになっていた。
前回は1級だったが、今回の彼女は階位認定だ。集められている人間も違うんだろう。
彼女はなんとか我慢して粗暴な振る舞いを最大まで抑えて対応していた。
たまに青筋がピクピクしてたけどギリギリで耐えてる。
偉い、偉いぞ。頼むから暴力はやめてくれ、指名手配されたくない。
そして、ダンスタイムが始まろうかという頃───
俺は何故か貴族の綺麗なお嬢様達から囲まれていた。
「『剣魔』様、普段はどの様な冒険をなされているのですか?」
「包帯の下は大変の美しいご尊顔だと噂でお聞きしました、どうか外してくださいませんか?」
「『白曜』の冒険者様と親しい間柄と言うのは本当ですか?」
何処の誰だよそんな大嘘流したやつ。
噂に関しては尾ひれが進化してもはや竜である。
後なんか優男くん狙いのやついない?
二つ名呼びもやめて欲しい。違うんだ、俺は剣聖になりたかったんだ。
そもそも、俺の願いが叶わないのは大分前から知ってた。
この世界、剣の才能に恵まれまくった剣聖の一族みたいなのがいるらしく、剣聖の二つ名は彼らの指定席なのだ。そして、冒険者界隈は何か余程インパクトがある部分がなければ、使用する武器の名前にプラスしたみたいな付け方が多い。
俺の場合は毎日剣に取り憑かれてるみたいに剣を振ってたせいで付いた。それならその名前はあの流星女につけてやって欲しかった。あいつのほうが剣に狂ってるから。
あ~、マジでどうしよう。優男くん助けて。
こうなってる理由はわかる、彼女達は子爵家より下の階級の貴族の娘達なのだ。
いわゆる玉の輿を狙ってるんだろう。貴族の娘なんて、能力が高ければ地位が高い人間しか就けない仕事に携われることもあるらしいが、実際は他所の家と関係性を深める為に結婚するのが仕事みたいなものだ。
とはいえ、この包帯男を相手に玉の輿を狙う胆力よ。
この世界の貴族って案外怖いかもしれない。
「酷い火傷跡なので、申し訳ないですがお見せすることはできません」
「どうかそう言わず、せめて少しだけでも」
マジでこの場で包帯全部外してやろうかこいつら。
全員絶叫して逃げ出す自信がある。
焼いたお陰で肌自体はマシになったが、顔の造形の悪さや、無駄に裂けた口が改善されたわけでもない。
目元だけにすれば、なんとか目付きが鋭利な人程度の印象で済むだけで包帯を外せば化け物評価だ。
「でしたら初めのダンスは是非私と!」
ひとりが言い出せば次々に私もと誘いを口にしてくる。ダンスは基本女性から誘うのは下品だから男性からとか聞いたのに、いいのかこれ。
不味い。冒険者同士の上下間を気にしない適当な会話に慣れすぎたのと、コミュ障が合わさって上手く断れる気がしない。
「ダメですよ皆さん、冒険者様が困ってるじゃありませんか」
騒ぎ立てる令嬢達を止めたのは、この場で格別の美人だった。
確か、この国の公女様か何かだった気がする。
彼女が現れたことで、他の令嬢達はその場を譲るように少し遠巻きになる。
なるほど、これが貴族のパワーバランスか。
「悪い、助かっ……すみません、助かりました」
「喋りやすい方で結構ですよ。感謝も不要です、当然のことをしたまでですから」
にこり、と公女様は可愛らしい微笑みを浮かべた。
これが表面上のやり取りだとしても、グッと来てしまう自分は貴族としての本音を隠し通した交渉とか絶対無理だなと思った。
美少女の笑顔は全てに優先される可能性がある。
「いえ、本当に助かりました」
「感謝は良いと言ってるのに。ふふ、噂通り紳士的な方なのですね?」
あーダメだ、多分俺はハニートラップに引っかかるタイプの人間だ。
俺はゲームで主人公を好きになってくれるキャラが一番好きだったんだ、しょうがないだろ。
「でも、そうですね……そこまで感謝していただけるのであれば」
わざとらしく人差し指を口元に当てながら、流し目でこちらに視線を送る。
「聞けば、まだ誰の後ろ盾も協力者もないと聞きました。よければ、私がご相談の相手になりたいのですが、如何でしょう?勿論、あくまで相談ですよ」
「いや……そういう相手は、できるだけ慎重に選びたいので」
下手に何処かと協力関係を結んだせいで、厄災に対処する為の人脈に制限を設けるのは好ましくない。特に、貴族は派閥争いがあったりして、何処かの家門へ付けば他からの協力を要請できなくなる可能性もある。
それに、まだ何処で厄災が発生するかわからない。大陸自体が違う可能性だってありえる。
「そうですか、残念です。でも、私はあなたのことを凄く高く買っています」
「ですから、彼女達と違い私はあなたに正当な報酬を用意することができますよ」
断ろうとすれば自然な流れでこちらの手を取って、蠱惑的に提案してくる。
こいつ、断ろうとすればぶっちゃけて籠絡しに来やがった。
「私達は、あなたが望む大抵のものをご用意する準備があります」
「名だたる名剣も」
「巨万の富も」
「地位も、名誉も」
「それとも、英雄は色を好むというものでしょうか?」
公女様の仕草は何処か色っぽく、惹き込まれそうな妖しさがあった。
「私は、それでも構いません」
ヤバい、死ぬほど断りづらい。別に俺だって自分の力と権力、地位だけが目当てで人間性や人柄が好まれた訳では無いのは十分理解してる。
理解しても尚、こちらのことを評価して、夢のような対価を差し出すと言われれば誰だって心が揺れてしまうはずだ。
どう断ればいいか思考を巡らせる中、突然首の後ろに冷たい殺気が突き刺さる感覚がした。
振り返れば、それはそれは綺麗な笑顔の流星女が立っていた。
明らかにブチギレてることだけはわかる。
向こうで何があったんだよ。
「すみません、失礼します」
公女様の意識も流星女に向いた隙に手を解いて離れる。
流星女へ近寄ると、彼女は何も言わずに手の甲を差し出した。
恐らく、ダンスに誘えということだろう。
困っているのを察して助け舟を出してくれたんだろうが、こいつの内に秘めてる感情と行動が一致しない。端から見れば美しく着飾った美少女が遠回しにダンスに誘えと急いているのだから夢のような光景なんだろうが、俺からすれば不気味だった。
「……次の一曲、お相手願えますか?」
「喜んで」
手を差し出せば、指をへし折るのかという勢いで握られる。
凄まじく痛いが、取り敢えずダンスが終わるまでは我慢だ。
1曲だけ踊り終わればバルコニーとかに退散しよう。
多分、あのしつこい貴族達に囲まれて怒りが爆発寸前なんだろう。
でもそれを俺にぶつけるのはやめて欲しい。
ダンスが始まれば、不格好なものの習った通りにステップを踏み始める。
流星女はダンスの才能もあるのか、俺と違い随分と優雅にリズムに合わせて動けている。
「お疲れ様、それと助かった」
「……」
何も言わない。お淑やかな淑女のような微笑みを返してくるだけだ。
うざ絡みして来ていた奴らを皆殺しにしたりしないか心配になる。
「大丈夫か?」
「……」
でも何故だろう、彼女の綺麗な赤い瞳の底に宿る殺意は俺に向けられている気がした。
「おい?」
「……」
彼女はただ静かに微笑み何も言わず、黙々とステップを踏む。
かと思えば、突然こっちの足を思い切り踏みつけてきた。
クソ痛ぇ。
大丈夫だよなこれ、足の指折れてないよな。
俺は足の指が折れてるのではないかという疑惑に耐えながら、最後まで気合いで踊り抜いた。
1回バルコニーに出ようと提案しようとした時、強引に流星女が俺の腕を引いて会場を後にしてしまう。
一応主役なはずなのだが、いいのだろうか。
「途中だろ、いいのか?」
問題とは思うが、こいつを止める手段は存在しないのでどうしようもない。
相変わらず彼女からの返事はない。
城の廊下をカツカツと歩き、貴族なんかが利用する個室の休憩部屋へと連れ込まれる。
部屋へ入った途端、俺は力強く壁に叩きつけられた。
彼女はそのまま抑え込むようにして俺の顔の横に手を伸ばし、射殺さんばかりに睨みつけてくる。
燃えるような赤い瞳には、明確な怒りとドス黒い感情が込められていた。
いっそここで殺してしまおうか、そんな雰囲気さえ彼女には漂っている。
「どういうつもり?」
「何がだ」
こいつの行動は突発的なことが多いが、行動自体は正直だ。
だが、それが何により引き起こされたのかわからなかった。
「落ち着け、何か誤解がある」
「誤解なんてないわ」
彼女の怒りはわかったが、それ以上に距離が近い。
強い執着を秘めた瞳に釘付けにされてしまう、彼女の瞳が数センチもない距離にある。
怒り狂った、執着心に溢れた彼女の表情さえも美しいと、場違いなことを考えてしまった。
香水か、彼女の匂いかわからない、酷く濃く甘い香りがする。
理解できない状態に、彼女を落ち着かせようとすることしかできない。
「言ったわよね、勝手に何処かへ行ったら許さないって」
「頼むから、落ち着いてくれ」
「私は落ち着いてるわ」
何処がだよと突っ込みたくなるが、何も言えなかった。
「別に、あなたが何処の誰を好きになろうと、誰を特別扱いしようと、友達を作ろうと、恋人を作ろうと、結婚して子供を作ろうが構わないわ。でも、あなたは言ったはずよ。いつか私を越えてみせると、夢を期待に変えてやるって」
「あなたが何をするのも自由よ。でも、約束を破ること、私から離れることだけは許さない」
壁に突いた手をそのままに、反対側の手で俺の肩を掴む。
食い込まんばかりに肩を掴まれ、酷く痛むが抵抗する気にはなれなかった。
「約束を破って、私から離れて、ひとりになろうとするなら私は地獄の果てでも追いかけて、二度と私から離れようだなんて思えないよう、私の存在をあなたの身体に刻み込んでやるわ」
そこまで言われて、彼女の底にある感情に見当が付いたからだ。
彼女の怒りは、きっと孤独への恐怖の裏返し。
初めて対等に競える相手で、自分に勝とうとしてくれる。
孤独を分かち合えて、一緒に同じ方向を向いて歩める。
そんな人間が離れるかもしれない恐怖。
怖いよな、俺もぼっちは怖いよ。
「わかってる。何処にも行かない、これからもずっと俺達はパーティーだ」
「お前が離れてほしいと思うまで、離れる予定は無い」
「こっちだって、化け物扱いされたり、実力だけを敬われて、素顔を晒せる相手なんていなかった。孤独だった。お前は毎日隣に立って、普通みたいに接してくれた。一緒に歩む勇気をくれた」
確かに、こいつは傲慢傍若無人の剣狂いな上に、人の言うことも聞かないで手間がかかる奴だ。
でも、それ以上にこの世界に来て初めて、真正面から関わることができた相手だ。
「一方的にお前だけが執着を向けてるだなんて、思うなよ」
不必要な情報は削って、事実だけを伝える。
自分も、少なからず彼女に依存してる自覚がある。
こちらから行かずともいつだって向こうから接してきてくれて、自分よりも強くて頼りになって、こんな素顔を知ってるにも関わらず気味悪がらずに扱ってくれる。
そんな相手に、執着しないわけがない。
おまけに美少女だしな。
「っ、そ、そう……」
ここまではっきり言えば、不安が癒えたのか狂気的な執着は鳴りを潜める。
死ぬほど込めていた力も抜けて、自然とこちらに寄り掛かる形になった。
どうしていいかわからず、とりあえずそのままにしておいた。
「ごめんなさい」
「別にいい、怪我もしてない」
自分を大人だと言う気はないが、彼女はそれ以上に精神的に未熟で、不安定だ。誰よりも強いのに、どうしようもなく脆い。
強がって独りで立ち振舞い、他人を寄せ付けない癖して胸の内には孤独を抱えてる。
今回は、彼女を勘違いさせた俺が悪かったと思おう。
「落ち着いたか?」
「落ち着いたわ」
落ち着かせられたのは良かったが、また自分で認めたくないものを認めてしまった。
他人に執着したくなかった。だって、他人に関心を抱き執着すれば、それはこの人生が終りを迎えて、次の人生を始めるときに果てしない足枷になる。
俺達の寿命は無限じゃない。いつか死ぬ。
そうなった時、また孤独と向き合わなければいけない。
まあでもいいや、落ち着いたみたいだしな。
将来のことは将来考えれば良い、思考放棄だ。
「独りは怖くて、寂しいわ」
顔をこちらへ埋めたまま、抱きしめられる。
彼女の胸の鼓動が聞こえそうな気がして、暖かい。
「そうだな。俺も怖いよ」
俺の言葉に返事するみたいに、より強く抱きしめられた。
あぁ、撤回する。
やっぱり最悪だ。これで未来が怖くなった。
それでも、こいつの孤独を癒せるならいいんだと自分に言い聞かせる。
「お前こそ、俺のことあっさり捨てたら恨むからな」
「馬鹿ね、しないわよ」
結局、俺達はパーティーが終わるまで会場に戻ることはなかった。