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転売が嫌われる理由とその解決策について

 転売のお話続編.ちなみに以下で出てくる「余剰」とは消費者ならば「最大限払っても良い額と実際の購入価格の差」,転売者・生産者については利益と考えて読んでください.取引に関わる全員の余剰の和が総余剰です.

まずは復習(?)から

 よほど特殊な状況を想定しない限り,メーカーの売り出し価格で「需要>供給」となる市場では,

・総余剰は必ず「転売あり」の方が高くなる
……くじ引きよりも確実に商品への評価が高い人が入手できるから

・消費者余剰も「転売あり」の方が高くなるコトが多い
……商品評価が非常に高い人がいる一方で,評価額があまり高くない人が多数存在するという「いかにも転売が発生しそうな状況」では消費者余剰そものもの転売によって増加する可能性が高い

にもかかわらず,消費者が転売を嫌うのは,低評価消費者は定価のままならば「買えたかもしれない」のに,転売があると絶対に買えない(買わない)……その結果,自身が獲得する余剰の期待値が低下するからです.

 繰り返しになりますが,転売が発生するのは「低価格ならば買うという消費者が多い場合」です.つまりは自身の余剰の期待値が低下する消費者が多数存在するわけですから,多数決をとれば「転売反対」が当然多くなる.というかそうならない市場では転売は発生しにくい

 一方で,高評価消費者……転売者から購入することもやむなしと考える消費者のなかにも転売について否定的な人も少なくありません.ここで注目すべきなのは転売が行われるプラットフォームです.現代の転売の多くはネット上の個別交渉や個別オークションによって行われています.そのため,転売者からの購入価格は一様ではない.

 売買を個別交渉で行う場合,売り手の交渉力(能力?)が高いと,各消費者は「自分が払ってもよい最大の金額」にかなり近い額で購入することになる.「お値段以上」の買物が出来ないという意味で期待される余剰が小さくなる.価格差別が可能になることで消費者余剰の総額も小さくなるかもしれません.

(ただし,買う側も価格比較はするでしょうからそう簡単に完全価格差別のような状況にはならんでしょうが……)

このように消費者側はほとんどの人が転売に批判的となる.ここまでが前回の話.なお,あえて伝統的な経済学で説明しています.心理的・行動経済学的な説明もありましょうが,この辺への関心が高いようだったらまた追撃でエントリを書きたいと思います.

メーカーも転売を回避したい

 今回のテーマは,なぜメーカーも転売を嫌がるのかについて.前回のエントリで示したように,生産者余剰は転売の有無からは影響を受けません(いずれのケースでも定価で生産量全てを売るので話は変わらない).

購入基金説

 第一の仮説は「消費者がフィギュアに使う総額」は決まっていて,転売などでお金を使ってしまうとその他の自社製品を買う資金がなくなる――少なくともメーカーはそう考えているから.古典派の賃金基金説みたいな話ですね(詳しくはラジオ「#43 古典派総まとめとJ.S.ミル」参照).

 これはそれなりに説得的な仮説です.子供向けの商品であればそのまま「おこづかい」という基金に購入総額が縛られていますし,大人についても「趣味に使う金額」を決めている人は少なくありません.まぁおこづかい制のおとうさんもいるでしょう(ただし,大人の「おこづかい制」はやめといた方が良いと思うけどね).

顧客創造説

 つづいて考えられるのは,ファンの喪失可能性です.例えば,それまでにあるキャラクター関連商品の購入から得た余剰が大きいほど同キャラクターへの関心が高まるとしましょう.転売者が存在し,転売が個別交渉で行われると価格差別を通じて消費者余剰はほとんどが転売者のものになります.

 欲しかったものを買えたうれしさはありましょうが,お値段以上の買物を出来た!やっぱりフィギュアいい!○○(キャラ名)サイコー!という経験が少なくなると,キャラやフィギュア・プラモデルそのものへの関心も低下してしまう恐れがあります.これは中長期的に自社の業績を低下させる懸念材料になるでしょう.

 関連して,比較的「支払える最大額」が低い――例えば子供が商品購入を経験できないと長期的なファンの縮小を招く可能性があります.子供の方が長い期間顧客でいてくれる.その子供のファンを失うことはより長期の企業,または業界の収益にとってマイナスだと考えられる.

 かつて経済学の入門講義でのメジャーな論題に「巨人はなぜチケット価格を上げないのか」というものがありました.30年弱前だと,ドームの巨人戦ではたいていダフ屋(チケット転売屋)がいた.ダフ屋がでるくらい人気(供給より需要が多い)なのに巨人はなぜチケット代を上げないのかという質問.唯一の正解があるわけではないですが,

 親の金やおこづかいで観戦に来るためあまり高いと生で野球を見る機会が少なくなる子供は,高いチケット代を負担できる大人よりも長期的には多くの金額を球団にもたらすはず.だからこそ,家族連れや中高生でも入手できるチャンスがある価格設定が行われる――というのがひとつの模範解答です.

(現代のプラモデルやフィギュアがこのような若年顧客配慮モデルに適合的かどうかはわかりません.詳しい人助けてください.)

転売防止への工夫

 生産者は社会的意義や所得再分配の正義のために転売に反対しているわけではありません.転売が自身の利益を損なう可能性があるからこそ転売を防ぎたいと考えるわけ.一方で,転売反対が利潤動機に基づくならば,生産者自身も販売方式や価格設定において転売を防ぐ工夫をするはず.自社で転売を防ぐ仕組みを模索せずに,転売に反対するだけというのでは……その本気度が疑われます.

 伝統的に行われてきた手法のひとつはファンクラブモデル.ファンクラブ会員への先行販売は多くのアーティストのチケット販売で行われています.なんならファンクラブ会員歴が長い人向けの超先行販売,歴の浅い人向けのそこそこ先行販売,一般販売など複数のステップを踏むのもよいでしょう.

 また,販売(または先行販売)を自社サイトでのクレジット決済に限定することで一人が複数回購入しづらくするといった工夫を行っているメーカーもあります.

 ただし,これらの方法にも限界がある.需要超過状態を招くおそれのある低価格で商品を提供する理由の一つが長期的に見ると顧客価値の高い若年顧客を維持するためだったことを思い出してください.会費を払ってのファンクラブ加入,クレジット決済ともに子供にとってアクセスが難しいこともありましょう.親に内緒で買いたいものもあるだろうしね.

 ここでもう一つの方法が商品提供ラインの複数化です.特典付きの高価版を先行販売し,その後しばらくしてからノーマル版を普及価格で販売する.いや。。。その「特典」こそが欲しいのだという人もいるでしょうが,これならば,少なくとも商品の本体は比較的低価格で提供できることになる.

 さらに,そのキャラ等への支払い可能額が高い人……要はディープなマニアは転売屋経由で「特典版」を高価購入しようとするでしょう.転売活動を「特典版」に集中させることで「通常版」での転売を減らすことができます.これも実際によくみかける販売方式上の工夫です.

 これらの複数の工夫を通じても対応できない転売がある場合にはどうしたらよいのか……私自身は公的な介入は望ましくないと考えています.私的な取引に公的介入を行う,さらにはコストをかけてその取り締まりを行うにはよほどの理由づけが必要です.生命に関わるもの(医薬品やその反対に危険薬物など)以外では十分な理由づけができないのではないでしょうか.

 その意味で,興行に関する規制――いわゆるチケット不正転売禁止法にも私は批判的です.むしろ,取り締まりが頻繁ではないこと,量刑が重くないことから犯罪であることをいとわない少数の転売者に取引が集中し,転売市場での価格支配力が高まるコトの方がより大きな問題を生みうるでしょう.

 業界として悩ましい問題である転売を防ぐ仕組みについては,その業界の状況に適合した形で企業横断的なファンサイトの構築,販売ルールの構築などにより実りのある解決策があるのではないでしょうか.

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明治大学政治経済学部教授.経済政策・マクロ経済学の実証分析が元々の専攻のはず.最近は地域経済の問題に関心があります.
転売が嫌われる理由とその解決策について|飯田泰之
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