第五十四話:儚く美しい、桜吹雪

《前回までのあらすじ》


鎌倉の将・源頼朝 は、未来から遣わされたトモミク に導かれ、戦国末期へ転移した。

当初は〈武田家を守る〉ため織田・徳川と戦ったが、やがて軍団の目的や、自らが “二人目の頼朝” である事実、そして時を渡る巫女 出雲阿国=卑弥呼 の真意を知り、「誰も滅ぼさず共存で天下を鎮める」 という壮図へたどり着く。 

二条城で 惣無事令 を構想した頼朝は内大臣に叙任されるが、その遠き道のりを目の当たりにし、その直後に重篤な熱病で倒れる。

再三にわたり頼朝の臣従を求められた家康は、軍事的威信を示すため、頼朝の弟 義経 が率いる討伐軍と激突。

朝比奈峠・浜街道の死闘の末、家康は駿府を放棄して蒲原城へ退き、頼朝の説得に応じる条件を模索し始める。

一方、畿内では 織田信長 が本願寺・鈴木勢の挟撃で窮地に陥る。

頼朝は病床から信長救出を決める。しかし信長の最後の居城、信貴慚城までの道を塞ぐのは奈良盆地の 筒井家。そこで頼朝軍は

1)筒井城を電撃制圧し街道を開く

2)信貴山城へ先着して織田軍を“保護”し、本願寺勢を押しとどめる 

という 源宝 発案の“救出作戦”を発動する。

天正十七年三月末――

頼朝は輿に横たわったまま出征を宣言し、総大将に愛娘 源桜、実戦参謀に 北条早雲 を指名。

「わしに何かあっても軍を退くな。信長を守れ」と血を吐きながら命じる姿に、家臣たちは慟哭しつつ出陣する。

同刻、丹後・建部山城 では家康はお市の方を伴い、一色義道との対話を通じ、頼朝の願い、「天下静謐」を継ぐ覚悟を固めつつあった——。

こうして頼朝軍は筒井討伐へ、家康は決断へ、信長は最後の城へ——三者三様の思惑が、四月の桜吹雪とともに交差しようとしている。







《主な登場人物》


源頼朝

鎌倉幕府を開く直前にタイムスリップ。頼朝軍総帥/内大臣。二条城で重病。信長救出作戦を強行。

源義経

平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。那加城にて東国の守りを固める。徳川討伐軍大将。

武田梓

武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。徳川討伐軍に参加。

源頼光

平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。徳川討伐軍に参加。

トモミク

頼朝を導いた謎の女性。立花宗茂の、はるか先の未来の子孫により生み出された存在。

出雲阿国

正体は卑弥呼。時を旅する巫女。力を失ったが再祈祷を胸に秘す。

北条早雲

戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。

羽柴秀長

織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。

羽柴篠

秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝の正室として看病と頼朝隊の副将として軍務を両立。

赤井輝子

狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。

源桜

頼朝の娘。北条早雲に師事。安土城代。

源里

頼朝の娘。武芸に秀で、義経隊の副将。

太田牛一

少し未来の徳川の世からタイムスリップ。二条城代であり、頼朝の側近・参謀。

お市

織田信長の妹。頼朝軍に加わり、京に滞在中。

源宝

一色義道の娘。頼朝の養女。義経隊の若き参謀。作戦立案で頭角。自責と成長の板挟み。

太田道灌

室町時代の名将。文武両道。突撃隊を率いる。徳川討伐軍に参加。

徳川家康

三河国を治める戦国大名。源頼朝の「天下静謐」の後継者として名指され、静かに決断を迫られている。



〖第五十四話:儚く美しい、桜吹雪〗


[丹後国・建部山城―春の夕映え]


背後の山肌を桜が染め、薄紫の靄が谷へ沈むころ。

小座敷の炉から檜(ひのき)が煙り、障子には風に乗って散る花びらが淡く映えていた。

建部山にて一色義道との、緩やかな、しかし心に重く響く話を終えた、徳川家康とお市は、二人きりの静かな茶席に向かい合う。



家康は一度、盃(さかずき)を置いた。

そこには武辺の緊張ではなく、正直な──敗者の──熱が宿っていた。


家康「拙者は全力を尽くしたが、三州の兵を率いながら駿府を手放すこととなった。

潔く覚悟を決めたつもりが、完膚なきまでの敗北は、やはり生き恥じゃ……」


指先で盃の縁をなぞり、ふっと自嘲の笑み。


家康「頼朝殿は拙者に申される。

『覇道でなく、和を束ねる“管理人”たれ』――と。

敗軍の将に天下の鍵を託されるなど、あまりに恐れ多き事。

いまだ”生き恥”がわが胸を締め付ける……」


お市は包み込むような沈黙で、家康の視線を受け止めた。

そのお市の眼差しに、二十年以上の憂いを湛えた柔らかさが灯る。


家康は炉の火を灰に隠しながら、穏やかに続けた。


家康「それでも、義道殿の御息女・宝殿が語る未来……

あの若さで、ご自身は気が付いておらぬが、宝殿の策は、“日ノ本すべて”を護る策に通じるかもしれぬ……


しかし、世の理(ことわり)に心を痛めながら学んだ義道殿の志が、宝殿へ継がれておる。

拙者も”生き恥”を捨て、あらためて、謙虚に学ぶ覚悟も、持たねばならぬの、お市殿」


茶室を照らしていた夕暮れは、今や力無く障子に面影を映すだけとなっていた。



家康「しかし、そなたと過ごした、あの幼かりし日々。

尾張・古渡(ふるわたり)の館で見た月を、今夜の桜越しに思い出す。

『三河へ行ったら、美しい桜を教えておくれ』――お市殿はそう言われた。


憶えておるか、お市殿」


お市は小さく息を呑み、細長い手で盃を返した。

琥珀の酒がわずかに揺れる。


お市「わたくしは、あの家康様を忘れた事はございませぬ。

奇しくも今、丹後でその“桜”を共に眺めておりまする」


***


敷居の向こう、日暮れの鳥が囀りを収める。

代わりに聞こえるのは膝衣(ひざぎぬ)が擦れる微かな音と、二人分の呼吸だけ。


家康は立ち上がり、障子を開けた。

淡紅の花嵐が廊下へ吹き込み、お市の黒髪にそっと絡む。

家康はその一房を指で払うと、胸へ引き寄せた。


家康「敗北で背負った塵、この花吹雪に洗い流して欲しいものよ……

わしはなお、自らの未熟さを恥じ、重大な決断を恐れておる。

しかし、その胸中を打ち明けられるのは、そなたただ一人じゃ」


お市は頬を染めたまま、少しだけ首を傾ける。

長い睫毛が春の光を掬い、視線は真直ぐに家康だけを映す。


お市「恐れは、人の心を締め付けます。

でも──分かち合えば、胸の内に温(ぬく)い力が灯りましょう……」


家康の手が肩を包み、やわらかく頬へ触れた。

掛け襟の香は控えめな沈香(じんこう)。

二人の間に流れてきた数十年の時が、静かに一枚の花弁となって散る。


やがてお市の小袖の紐を家康がほどくと、襟元から白磁のような肌がこぼれた。

家康の胸板へ触れたお市の指先はかすかに震え、それでも決して離れない。

家康はそっと腰紐を解いた。


香り立つ髪が肩に流れ、ふたりの体温が座敷の闇に溶け合った。

灯明の揺らめきが障子に二つの影を映し、やがて一つに溶け合った。

桜の花びらが乱れ落ち、畳に触れると淡い香に変わる。

肌と肌が触れ合うたび、遠くで松風が唸(うな)り、炉の残り火が低く鳴いた。


家康「そなたの鼓動が、かくも早いとは……」


お市「家康様の胸の音も、わたくしの掌いっぱいに響いております……」


指は肩先を撫で、背を伝い、帯の跡に残った柔らかなくびれへ滑る。

お市は家康の耳許に、長い吐息を落とした。

その熱が合図となり、家康は静かに畳へ導く。


桜色の小袖がゆるく開き、白い腕が家康の背を引き寄せた。

ふたりの呼吸が重なり、深くなる。

鼓動が重なり、速くなる。

やがて、言葉ではない同意が交わされ──


桜の花雨より静かで、春雷より甘い衝撃が、互いの身体を貫いた。

畳がきしむ音さえ、遠い潮騒となり、

ふたりはただ、長い渇きを潤すように何度も心を重ねた。


香り立つ髪が肩に流れ、ふたりの体温が座敷の闇に溶け合った。


***


いつしか炉の火は尽き、外は最初の鳥の声。

お市は家康の肩に頬を重ね、まだ熱の残る胸の中で目を閉じている。

家康はゆっくりと襖を閉ざし、外気を遮ると、その髪を撫でた。


家康「……頼朝殿の志、桜が散るまでにはこの身で受ける、覚悟を決めねばならぬの。

そなたが示してくれた想いを胸に、必ず、頼朝殿の望みを継ごう。


多くを失ったが、そなたの想いを得た。」


お市「戦場を駆け抜ける女将となる覚悟を決めてから、女の幸せは捨てておりました。

しかし、思いもかけず、幼き頃からの想いを、今遂げる事ができました。


わたくしも、家康様の歩まれる道を共に参りましょう。

たとえ茨(いばら)であれ、春の桜を胸に……」


障子の向こう、黎明の光がわずかに差し込み、

二つの影は寄り添ったまま、ゆっくりと新しい一日を迎えた。



桜の花びらが静かに舞い続ける。




[春霞の関が原へ、三騎疾走す]



その頃、関ヶ原付近で三騎の馬が猛然と山城に向けて土煙を上げながらかけていた。


先頭を走るのは、出雲阿国であった。その後ろには若武者が二人、馬に強く鞭を打ちながら出雲阿国の後を駆けていた。


阿国「急がなくては……!」


阿国も力いっぱい馬に鞭打ちながら、決意の眼差しで山城の方面を見据えていた。




[桜吹雪の中:頼朝軍進軍]


天正十七年(1589年)4月下旬。


織田軍高屋城の戦況の報告が、続々と頼朝軍に届いていた。


本願寺顕如が石山本願寺に一万を超える僧兵を温存する中、鈴木軍の高屋城への攻撃は苛烈を極めた。

城郭を容赦なく撃ち倒し、城に火をかけ、織田の息のかかる人も、物も、全て燃やし尽くすがごとくの勢いで攻めかかっていた。


既に抵抗する力の無い高屋城の落城は、時間の問題であった。


***


一方、筒井城では、筒井家の残存する兵を集め、頼朝軍を苦しめてきた島左近隊が、千五百余りの兵で筒井城下に布陣していた。頼朝軍の先鋒が狙撃隊だと見るや、玉砕覚悟で突撃を仕掛けてきた。


先鋒として戦闘態勢を維持しながら、筒井城に進軍していた里見伏が、突進してくる島左近隊を見ながら呟いた。


伏「もう、勝負はついています。

くだらぬ”意地”で、命を粗末にするのですね、男という生き物は……」


里見伏は鋭い眼で島左近隊を見据え、まったく動じる気配はない。


伏「宝殿の策を用いよ。足許を狙って敵を足止めせよ。命中は不要、怯ませるだけで十分だ。」


その声とともに、伏隊の狙撃手たちが鋭い射撃を断続的に浴びせ、突撃兵を次々に行動不能にしていった。


伏「頃合いです。撃ってください!

敵が逃げ出すまで何度でも隊列を入れ替え、撃ち続けてください。」


伏隊の狙撃隊の苛烈な斉射が、隊列を入れ替えながら、絶え間なく島左近隊に浴びせられていた。

島左近隊の多くの騎馬も歩兵が負傷して身動きがとれなくなり、恐怖に慄いた兵は逃亡を図っていた。


間も無く里見伏隊は筒井城は包囲する。


***


筒井城内では城を枕に討ち死に覚悟の籠城を主張する武人もいた。しかし、頼朝軍が捕虜の命を奪うことが無い事が広く知れ渡り、命を繋ぐ逃げ道に傾く将兵が多く、討ち死にの覚悟を示すものは一握りであった。

また里見隊の包囲以降、続々と集結する頼朝軍は総勢十万を超え、筒井軍が目にした事もない絶望的な規模の部隊に城は取り囲まれていた。


潔い討ち死にを主張する将は、開城を望む多くの将兵に惨殺される凄惨な事態となっていた。

降伏を望む筒井城内の将兵が早々に白旗を上げ、筒井城は開城した。


頼朝軍が筒井城を開城させたとほぼ同時に、鈴木軍も織田軍の高屋城を占領した。

この時点で筒井家に残る城は十一城、織田家に残る城は信貴山城。


総大将源桜の号令の下、頼朝軍は十市城への進軍を急いだ。


桜「進軍を止めずに、筒井軍十市城を囲みます!」


***


軍勢を二手に分け、頼朝隊は源桜の部隊と、長岳寺・山辺の道古墳群・石上神社を経由し、桜吹雪の中を十市城に向け進軍していた。


源桜は、あまりにも美しい桜吹雪に、父頼朝に声をかけた。


桜「父上、御覧くださいませ。戦中とは申せ、何と綺麗な桜吹雪でしょう。」


しかし輿の中の頼朝からの返事は無かった。


桜「父上……?」


再度声をかけたが、同じであった。

桜はおそるおそる、頼朝の輿の戸を開け頼朝に直接声をかけようとした。


桜「ちち……父上!!!」


輿の中の寝具には、おびただしい鮮血がみられ、頼朝に意識は無かった。


桜「輿を降ろしてください!医師を!!!」


桜の尋常ならざる声を聞き、篠、太田牛一、北条早雲も急ぎ駆けつけてきた。


頼朝を診た医師は顔が青ざめていた。


医師「おそれながら、頼朝様は虫の息でございます……急ぎ筒井城に引き返し、そちらで介抱をすべきと存じます!」


牛一「篠様、急ぎ頼朝様と筒井城に戻りましょう!

早雲殿、一部の二条城の軍勢を退かせますが、桜様と早雲殿に指揮をお任せしたい。」


早雲は神妙な面持ちで頷いた。


早雲「頼朝殿の強いご意志であった。このまま進軍を止めぬ!」


冷静に歯を食いしばっていた早雲であったが、問題は源桜であった。

大きく成長し、戦地で動じる事も無く冷静な桜であったが、今の桜は常軌を逸していた。


桜「父上!!父上!!

私も筒井城に参ります!!」


次の瞬間、北条早雲が涙に濡れる桜の横っ面を、強くたたいた。

源桜は桜が敷き詰められた道にそのまま倒れこみ、そのまま体を丸め、起き上る事なく慟哭していた。


桜「父上が倒れたら──総大将であるこの桜は、何の意味もなくなるではありませんか!」


早雲は容赦しなかった。


早雲「この親不孝者が!!

頼朝殿がどのような思いで、そなたを総大将に命じたか、考えてもみよ!!


頼朝殿はの、自らの命よりも、我らがすべきことを常に考えておられる!

それが分からぬおぬしでもあるまい!!


さあ、立つのじゃ!!!桜!!!」



桜は、倒された体を四つん這いにしながら、刀を地面に刺して起き上がった。

そのまま自らの馬に力無くまたがった。うつむいたまま、涙を止める術を知らず、しばらく鎧と鞍を濡らしていた。


しばらくして、桜は大きく息を吸い込み、前を向いた。


桜「全軍……進みます!!」


早雲も、桜の様子を目にし、自らも馬の手綱を絞り、馬を勧めた。


諸将の口は重く、誰一人として言葉を発するものは無かった。



桜吹雪と地面に敷き詰められた桜の花びらは、鎧や武具の音を柔らかく吸収しながら、大軍勢の進軍を阻むことも、迎えることもせず、静かに頼朝軍の進軍を彩っていた。



闘いの行く末も知らぬまま、桜は吹雪となって大地を覆った。

やがて、桜はすべて散り、ただ風のみが残る。

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源頼朝 戦国時代編 @Tempotampo

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