2020年 送り火 鎮魂走
オートバイが曲がるという
事はどういう事か。
オートバイを曲げるという
事はどういう事か。
二輪の走行原理というのは
速度で変化が出るのではな
い。物理的定理がある。
速度差は、その挙動の振幅
の差として現出し、挙動そ
のものの大小の違いであり
(感知しづらい微細な幅で
あったり、簡単に判る大き
な幅であったり)、速度に
よって基本的な二輪の挙動
が変化するのではない。
変化というか別物であるの
は停止から発進超低速時と
「走行時」の違いだ。
これはジャンル、カテゴリー
そのものが異なるといえる。
二輪にはその挙動定理がある
ので、上掲動画の旋回70キロ
程という低速域旋回において
も、二輪特有の挙動は確実に
出る。
そして、二輪特有の挙動を利
用して操作操縦の制御下に置
く事により二輪は旋回する。
つまり二輪が独自に曲がるし、
乗り手が意図的にそれを引き
出して操作操縦する事により
二輪を曲げる。車が曲がる。
ステムとシャシ周りのバラン
ス設計に缺欠がある車の場合、
二輪車はどんなに最新型のレ
ーシングマシンだろうと曲が
らない。
上掲動画は、「二輪に乗れる
人」ならば、何をどうして
どうやったのか、なぜ動きは
そうなっているのかの判別が
ついて即理解できるだろう。
「二輪に乗れない人」や「二
輪とは無縁の人」にはただブ
ーンと走っているだけの映像
に見えるだろう。
二輪に乗れない人、二輪に無
縁な人は、動画内の走行旋回
で二輪特性を活かしていろい
ろな事を細かくやって車を曲
げている内実を看取する事は
無理だろう。これは確実に。
一つ目のコーナー立ち上がり
からS字切り返しの時にその
操作操縦と二輪特有の挙動が
出ている。
二輪の挙動、操作、操縦、運
転、走行というものは、乗る
側の情念や感情や思念や思い
は関係ない。
二輪車はすべて物理的なコト
ガラに支配されている。
脳内妄想で二輪を走らせる事
は不能だ。これは絶対に。
また、物を見て識別する事に
おいても、個別私的情念や感
情などは阻害要因にこそなれ、
正確に物事を見抜く判断力の
足しには一切ならない。
現実を見て、「なにがどうなっ
ているのか」「なぜそうなるの
か」を正確に射貫くように見
抜かないと、二輪についての
車そのものや走行に関して解
析する事は不能だ。