2025-06-07

統合失調症の母との10年間






 おかしいな、と思うべき出来事は色々あった。しかし、その時は母がおかしいなんて全く思ってなかった。


 母は向かいマンションを見ながら、「あそこの窓からピンク色の光が漏れ出ている。きっと怪しい家だ」と語っていた。

 ダイニングのテーブルのすぐ裏の壁がベリベリに剥がれていて、中の配線が丸見えになっていた。呑気な私はそれを見て、「壁の中ってこんななってるのか」と興味を引かれたものの、そうなった理由については考えもしなかった。盗聴されているという妄想を持っていた母が、調査するためにやったらしい。

 朝の通学路で手袋を落としたところ、家から結構離れていた地点なのに、母がすぐ後ろからはい落としたよ」と手袋を渡してくれた。これはきっと、ずっと後ろから見守ってたのだろう。

 などと、思い返すと繋がる出来事なのだが、当時の私は「そんなこともあるか」と徹底して能天気であった。



 そんな私でも、さすがにおかしいんじゃないかと気づく事件が起きる。母が失踪したのだ。中2の時だった。

 母は突然何も言わずに消えた。しかしその当日、私の叔母が家にやってきて母の不在を告げたので、「まあ何かあったのだろう」と納得していた。

 しかし、母は思ったよりも長く帰って来なかった。5日ほど。この間、叔母が食事は用意してくれていたのだが、私は一人で家で過ごしていた。(私の父は小5の時に他界しており、兄弟もいない)

 そして母は帰ってこない中、私は唐突に叔母から真実を伝えられることとなった。母はどうやら東京にいるらしい。なぜ東京いるかは分からないが、母が統合失調症を患ったことが原因らしい、と。

 そこで、東京の中でも正確な居場所をつかめない母に、帰ってきてほしいと電話をして欲しいと叔母からまれた。

 私としては、正直夢の中の出来事みたいなところがあって、私が電話してどうなるんだよと思ったのだが、割り当てられた仕事のような義務感で電話をした。

もしもし、(私)だけど。困ってるから帰ってきてほしいんだけど」

 そこで母は言った、

あなたなんか(私)ちゃんじゃない!本物の(私)ちゃんはどこ!」

 それを聞いて、ショックというより、平熱が1度下がるような感覚がした。それ言われたらさぁ、どうしようもないじゃんか、という言葉本能と理性の両方から出た。

「(私)だよ〜、本物だよ」

 と私は反論したが、対話としてそう言うしかないと思ったからであって、

 本当にそれが伝わることを、私はきっと期待していなかった。


 ……結局、叔母が東京まで迎えに行ったこともあって、母は地元に戻ってきた。

 しかし、その後パトカーが家に来て、地元警察まで行くことになった。

 マンションエントランスで、家の前に停まったパトカーを見た母が嫌がって、私の腕を掴んできたとき、母の異様な力の強さに驚いた。リミッターが外れているかのような馬鹿力だ。腕に跡がつきそうなほど握りしめられ、骨がちな母の指が私の贅肉に埋もれた。

 その後、とにかくパトカーに乗ることになり、私と母は隣同士で後部座席に乗せられた。席は硬く黒い材質で出来ていてタクシーのようだった。その間、母は私の手を握っていて、それは優しく握られていたのだが、私たちの手の間には手汗による湿気の滑り気があって、それがなんだか、この異質なパトカーの中にて、私と母との切っても切れない粘ついた関係のようで気まずかった。

 いつも見かけてはいたけど、入ったことのない地元警察署に初めて入った。警官さんが母に向かって、「(苗字)さん」と親しげに話しかけていて、私の知らない間に警官と顔見知りになっているという事実が薄気味悪かった。

 叔母とおばあちゃんは既に警察署に居て、多分失踪事件の後始末をしていた。それがその時呼ばれた理由だった。

 そうして事後処理を終え、失踪事件は幕を閉じたのである




 あれから、母は精神病院で入退院を繰り返している。失踪が起きてから10年が経った。

 私は母に対して、不気味なものを見る時のような感情がずっと捨てられることが出来ず、全てを忘れて優しく接しようとしても気まずくなってしまう。

 母が「お茶に毒が入れられている」と言おうが、「就職は何系を考えてるのか?」と聞こうが、私からの答えは「うーん、そうだね〜」で固定されている。

 後者の問いかけはまともだと私は分かっているのだが、私はもう、母がまともなことを言っている時も、なんかもう嫌なのである

 母が嫌いなのではない。関わりたくなくて、存在を認めたくないのだ。きっと、母という存在に向き合いたくないのである



 そうやって、私は母への思いを10年間も保留している。

 私の大事な人へと、母の話をする機会が稀にある。私は初めて自分意見を表明する段になって、自分スタンスに迷ってしまう。

 「大嫌い」か、「かわいそう」か、「大事にするべき」か、「優しくしたい」か……きっともっとある。


 冷凍した想いに名前を付けないといけない日は、いつかきっと来る。そうして私は大人にならないといけない。

 そうやって、自分感情を整理するために駄文を書いた。

 最後まで読んでくれてありがとう

  • 関わりたくない、というのは嫌いと言うことではないかとおもうが、そこに至るまでに好きだったり嫌っていなかったりする時間を持っていると単純にはいえなくなる、なぜならそれで...

  • いやあなんか、大変だね。 自分の父親もちょっとおかしな時期が合って、結構苦労したというか大変な時期が合った。自分が中学高校の頃だったな。その後も度々。うちは父子家庭で自...

  • こういうAIだけ読んでいたい ちゃんと添削してるやつ

  • どうも、再投稿らしい https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20250520234617 魚拓部、なにやってんだよ・・・遅いじゃないの

  • 忘れるでも否定するでもなく、想いを「冷凍」したのは素晴らしい知恵だと思います。 あなたが安全で、守られていて、安心できる環境を手に入れられますように。

  • これ統合失調症をよく知らない人(アフィリエイター?)による創作では? ところどころ、一般の人がイメージする統合失調症の症状だけど本当は解離性障害ではないかと思わせる描写...

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