トランプ政権がハーバード大学を弾圧する本当の狙い 米国

トランプ政権がハーバード大学を弾圧する本当の狙い 米国
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留学生のハーバード大学への入学を禁止

 米国のトランプ政権とハーバード大学の対立が、ますます深刻化している。6月4日、トランプ大統領は「ハーバード大学でのリスクに対処することで国家安全保障を強化する(Enhancing National Security by Addressing Risks at Harvard University)」と題する「大統領布告(proclamation)」に署名した。

 ホワイトハウスはその目的を、「ハーバード大学で勉強したり、交換プログラム参加のために入国する外国人の入国を停止することで、国家の安全保障を保護する」と説明している。対象となるのは、正規の大学入学生を対象とする「Fビザ」と、職業学校に通う学生を対象とする「Mビザ」、交換留学生を対象とする「Jビザ」の3種類である。

 同宣言には「F、M、Jビザによるハーバード大学の新規入学者の入国を停止する。トランプ大統領は国務長官に、宣言の基準を満たしていないF、M、Jビザで入国している同学の留学生のビザの取り消しを検討するように指示した」と書かれている。

 『ワシントンポスト』は「トランプ大統領は外国人学生や研究者がハーバード大学の授業に出席したり、研究したり、あるいは教えるために入国することを制限しようとしている」と指摘している(6月4日、「Trump proclamation seeks to restrict international students from Harvard」)。

 ハーバード大学は「留学生ビザの取り消しは、ハーバード大学の憲法修正第1条(表現の自由)の権利に違反する、政府が取ったもう一つの違法かつ報復的な措置である」と、今回の措置を批判する声明を出した。「もう一つの」というのは、すでにトランプ政権は学生ビザの取り消しを求める「大統領令(executive order)」を出しているからだ。

 だがボストンの連邦地裁は同命令の差し止め命令を出しており、実際に国家安全保障省は大統領令を実行できない状況に置かれていた。そうした状況を迂回(うかい)するために、トランプ大統領は改めて「宣言」を出したのである。それが「もう一つの」の意味だ。

 この措置が留学生や留学予定の学生に大きな不安を与えている。また同学にとっても、留学生や研究者の入国が禁止されれば、人材面だけでなく、財政面にも大きな打撃となる。同学の学生のほぼ25%は留学生であり、留学生は授業料を満額払い、大学の財政面でも非常に重要な存在なのだ。

 ビザに関連する以外にも、トランプ大統領はハーバード大学に対して“報復的”な措置を講じている。まず同学に対する連邦政府の補助金22億ドルの支給を凍結する措置を取った。さらに医療や科学分野での研究委託費の凍結も決め、その総額は90億ドルに達する。学校法人に与えられる「非課税措置」も取り消す決定を行っている。大学を兵糧攻めにし、政府の圧力に屈服するのを狙っているのである。

弾圧の本当の狙い

 ただ、この問題には背景がある。それを理解しないと、なぜ両者が厳しい対立関係にあるのか理解できない。

 発端は2023年10月に始まったイスラエル・ハマス戦争にある。コロンビア大学をはじめ、多くの大学で「野営地」を設置し、反イスラエル運動が始まった。保守派は、この学生運動を「反ユダヤ主義」の運動と見なした。トランプ政権が発足するとすぐに政府内に「反ユダヤ主義と戦うタスクフォース」が結成され、主要大学に対してキャンパス内での反ユダヤ主義的行動を取り締まるように求める書簡を送った。

 ハーバード大学は反ユダヤ主義を是正する措置を講じるとしたが、トランプ政権は納得しなかった。キャンパスでの反イスラエル的行動に留学生が参加していたことから、トランプ政権はハーバード大学に対して、留学生の政治活動や学業などに関する資料の提供を求めた。だが同学は政府の要請を大学の自治を侵害するものとして拒否した。それに対する政府の“報復措置”が、留学ビザの取り消しなのである。

 「ハーバード大学でのリスク」とは、ハーバード大学が「過激な留学生」を放置しており、それが安全保障を阻害することを意味している。さらに言えば、対象は留学生の大半を占める中国人留学生だ。これはトランプ政権内の反中国派が、中国人留学生は米国の知的財産を盗んでいると考えているためだ。

 政府の要求は、これにとどまらなかった。というよりは、“本音”は別のところにあるのだ。それは大学での教育内容と学校行政から、「DEI(多様性、平等性、包括性)」を排除することである。

 授業でDEIを教えることを禁止するだけでなく、教職員の採用と昇進に際しても、DEI基準を使わないように求めた。トランプ政権は公立学校でのDEI教育やDEIの人事への適用を禁止する命令を出しており、それを大学でも実施する狙いがあった。

 DEIはもともと、奴隷制度から解放された黒人の大学入学を優先する「アファーマティブ・アクション」から発展したものである。保守派はアファーマティブ・アクションやDEIを、「白人に対する差別」だと見ていた。さらにDEIは、人々の平等を規定する「公民権法」に反するとも主張している。

 保守派は、入試で黒人を優遇し、ユダヤ人やアジア人を差別していると、ハーバード大学を相手に訴訟を起こすなど、同学に対する攻撃を繰り返し行ってきた。ハーバード大学は黒人を優遇していないと主張したが、最高裁で敗訴している。また保守派は、大学の教職員の採用や昇進も人種やジェンダーではなく、能力に基づいて行われるべきだと主張している。

 ハーバード大学はトランプ政権の要求を、大学の自治と学問の自由に対する干渉であると、対決姿勢を示してきた。コロンビア大学が政府の要求を丸のみしたのとは、対照的である。

 もう一つ重要な要因がある。それは、保守派は「エリート大学」に対して根強い不信感を抱いていることだ。彼らはハーバード大学などのエリート大学はリベラル派の思想を植え付ける場所で、イデオロギーの多様性を否定していると考えている。事実、同学の教員の約90%は自分はリベラルだと答えている。理由はなんであれ、リベラルが牛耳るエリート大学を解体することを狙っているのだ。

 さらに授業料の高騰で、大学が労働者階級の子どもたちにとって、手が届かない存在になっていることに対する不満がある。特権階級化したエリート大学は、ますます庶民と切り離されているといういら立ちがある。

 今や労働者階級は、トランプ大統領や共和党の最大の支持層になっている。トランプ大統領のハーバード大学攻撃の背景には、そうした社会的、経済的、思想的な要因も存在するのである。

 日本の報道は表面的であり、事柄の本質を伝えていない。政府の決定が最終決定だと思い込んでいる。連邦地裁が留学生ビザ取り消しの差し止め命令を出したように、司法のチェックが入る。大統領令や大統領布告が、そのまま政策になるとは限らない。三権分立が存在しているのである。

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