人間の興味・志向は結局変わらない(ぼやき)
彼女が面白いことを言っていた。彼女の出身の某中高一貫校は中学から高校に上がる時に卒業研究をするみたいなのだが、卒業生によると、その時に題材にしていたことに近い人生を歩む人が多いらしい。まちづくりの研究をしていた者がゼネコンに入ったり、ニュース番組の研究をしていた者がテレビ局に入ったりと言った具合だ。本人が意識しなくても、気がついたときには似たようなキャリアに進んでいるらしく、同級生を見てもにも明確に傾向はあるらしい。
そういえば、筆者の出身校にもそういうイベントがあったなあと思い、昔を思い出した。筆者の高校も卒業研究なるものがあって、全員がテーマを決めて提出させられていた。筆者が題材にしたのは、普段noteに書いているような政治経済歴史系の内容である。近代国家の成立とか、そういうのをテーマにした記憶がある。どうにも筆者の卒業研究は気に入られたようで、研究発表会で発表することになった。一緒に発表したのは学年首席など結構優秀なメンツだったので、彼らの中に混じれたのは光栄なことだった。
その時のテーマに沿った人生を歩んでいたらどうなっていたか。多分文系アカデミアに進んでいたのだろう。一緒に選出されたメンツの中にもそういった進路を選んだ人間はいた。今はどうしているのか知らないが、きっと20年後には教授になっているのだろう。だが、筆者は臆病な性格や大学時代の堕落した生活などが原因で文系アカデミアには縁がなく、卒業研究と相関した進路には進んでいない。
別の年の文化祭はクラス演劇をやったこともあった。その時は台本を作る係をやっていたが、結局筆者が一夜漬けで仕上げた作品を使うことになった。面白かったのかはわからないが、小学生にしては使用語彙は高度だったような気がする。本は大量に読み込んでいたし、自作ラノベのようなものも書いていたしな。昔から文章を書いたりするのは好きだったみたいである。
一方で、あまりテーマに選ばなかったものもある。まず筆者はゴリゴリの理数系ではないようである。数学関係の卒業研究をしていた同級生もいたが、そういう系統のものは取り組んだことがない。データサイエンスといったといった業界に進んでいた未来は想像できそうにない。
文系だと英語系に興味を持つ系統の一群もいる。留学とか国際交流に興味があって、キラキラしている人たちだ。ただ、筆者はその国際系にもあまり興味が無かった。比較文化のような系統は好きだけど、国際系とはまた別だろう。筆者はドメスティックに生きていきたい人間である。だから、総合商社や国際なんとか機構に行っていた未来もまた想像できそうにない。
さて、筆者が結局進路に選んだのは文系サラリーマンだったわけだが、今まで取り組んだテーマとは全く関係がないと思う。というか、銀行・証券・生損保や、メーカー・インフラの文系職に就く人間はどういった卒業研究をしていたのだろうか。さっぱり想像がつかない。別のテーマに取り組んでいたけど、普通に文系就職したのかもしれないし、卒業研究自体にあまり力を入れていなかったのかもしれない。
日系金融にいる別の友人が言っていたことなのだが、彼は自称進学校出身で、その時の経験が意外と文系サラリーマンをやる上で生きているらしい。そう考えると、文系サラリーマンに向いているのは違ったタイプなのかもしれない。筆者の出身校は、いわゆる放任型の進学校で、自称進学校とはだいぶカラーが違った。そういった学校の出身者が活躍するフィールドはもう少し違ったところなのだろうか。まあ職種や配属によっても異なるので、いろいろ難しいところではある。
サラリーマン時代を思い返してみるが、今まで慣れ親しんできたり、興味を持ってきたものとはあまりにもギャップが大きかった。仕事内容にも出世競争にも全く興味が持てず、出てくるタスクは苦手なものばかりだった。自分にも得意なものはあるのに、なんで苦手なものばかり要求されるんだろうという苦しさがあった。いわば利き手と逆で作業させられている感覚だった。結局、自分はドロップアウトしているので、自分の居場所はそこには無かったということなのだろう。
もう限界だと思って転職を試みたこともある。紹介されたのは上場企業の経理や法人営業の仕事だった。そこは絶対に自分の居場所ではないという確信があった。幼少期から筆者が一貫して強い興味を持っていたテーマは「東大」だ。そこが何かしらの自分の居場所になるという期待があったし、学生生活は非常に充実していた。新卒で入った会社は業務内容こそ向いていなかったかもしれないが、「東大」というテーマの延長線上にあるという確信があった。転職市場にはそれすらなかった。自分の人生の進路選択が完全な失敗だったことを悟った瞬間だった。
自分や周囲を振り返って思うのは、人間の興味や志向は結構人生の序盤に出揃っていて、そこから長年に渡って変わらないということである。思い切った軌道修正をする際に必要だったのは、今までの興味の範囲に含まれていることと、確実に食えることだった。それはおそらく公認会計士や広告代理店の営業ではなかった。
結局は筆者は医学の道に進んでいる。他に選択肢がなかったのも事実だが、自分の興味・志向と全く縁遠かったわけでもないかもしれない。ずいぶんと昔になってしまうが、小学校の時を思い出していた。筆者の小学校は変わった学校だったので、学習指導要領を無視して学校行事にやたら熱心だった。文化祭的なイベントで調べ学習の延長線上のような出し物を行ったときもあった。その時のテーマは「人体の仕組み」である。同級生には医者の子供が多かったため、彼らはかなり詳しかった。しかし、筆者は人体図鑑をかなり読み込んでいたため、どの医者の子供よりも人体には詳しかった。来客用のクイズも1人で作ったのだが、最後の最難問の答えは「ラモン・イ・カハール」だったのを覚えている。Newtonで読んだ名前だ。その後、医者の子供たちは現役か一浪で医学部に進み、立派な医者になっている。筆者は進級すらしていない。最後尾だ。まあ、仕方ない。人生はマラソン大会とはよく言ったものだ。
人生に迷った時は、20歳までの自分を見つめ直してみるのも、良い方法かもしれない。


コメント
13Hirom4455さん
法学部の場合は進路変更が容易なので、別に法律に興味が無くても問題ないと思うんですけど、医学部の場合は極めて進路が限られるので、入試段階からそういう性質が強いとは思ってます。医学好きそうなのは編入・再受験ばっかですね(笑)。
私は興味の延長線上で突っ走るタイプだったので、医学部受験は本当につまらなかった。。。上位の医学部を目指して浪人している人もいますけど、よほど出世欲が強いのか、医学部とは別の興味なのか、いずれにしても私は無理です。
あいうえおさん
適職選択は難しいですけど、エンジニア系はINTPっぽい人が普通に生きていたりもしますよね。。。
私は全く会計に興味が持てないというか、むしろ人雇って外注したいくらいでした(笑)。
東大職員として東大の中の人になるとかはご検討されなかったんでしょうか?
そういう道を選んだ知人もいます。ただ、自分のキャラや性格を考えると、事務方の人間ではないような気がしたんですよね。