第五十一話:巫女の祈りと罪びとの決断
《前回までのあらすじ》
鎌倉の将・源頼朝は、未来から遣わされたトモミクに導かれ、戦国末期へと転移した。当初は「武田家を守る」名目で織田・徳川と戦うが、やがて “二人目の頼朝” である己と、時を渡る巫女・出雲阿国(卑弥呼)の真実を知り、「信長をはじめすべての武家が共存する平和」を目指すようになる。
二条城で惣無事令を構想した頼朝は内大臣に叙任されるが、重病に倒れ、軍団指揮を徳川家康に委ねる決意を固めた。しかし家康を動かすには、まず武力で示威するしかない──こうして義経率いる討伐軍は駿府攻略を開始した。
天正十六年(1588年)十月、駿府北方・朝比奈峠では濃霧のなか、武田梓率いる狙撃隊が徳川伏兵の二段奇襲に苦しめられるも、源宝の布陣と里見隊が救援に成功。一方、浜街道では三重の馬防柵が大火を噴き、坂田金時と太田道灌が死線を切り開く。道灌は肩を貫かれて深手を負った金時を救い出すも、自らも深手を負う。激戦の果てに、ついに家康は駿府を放棄し、蒲原へ撤退を余儀なくされた。
義経は駿府城を略奪禁制とし“預かり”と定め、撤退直前の家康から「もう一度だけ策を講じる時間をくれ」という一筆を受け取る。頼朝は岐阜から二条城へ向かう途上、高熱に倒れて昏々とし、北条早雲は阿国に“神の力”を乞い、阿国は再祈祷を胸に秘して頼朝の最期に赦しをもたらす策を密かに託す。
――家康最後の牙城・蒲原城、そして頼朝の命の火は、今まさに臨界へと向かおうとしている。
《主な登場人物》
源頼朝
鎌倉幕府を開く直前にタイムスリップ。価値観の変化に悩みつつ、頼朝軍団を率い「惣無事令」を目指す。二条城にて病床に伏す。
源義経
平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。那加城にて東国の守りを固める。徳川討伐軍大将。
武田梓
武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。徳川討伐軍に参加。
源頼光
平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。徳川討伐軍に参加。
トモミク
頼朝を導いた謎の女性。立花宗茂のはるか先の未来の子孫によって生み出された存在。
出雲阿国
正体は卑弥呼。時を旅する巫女。力を失ったが再祈祷を胸に秘す。
北条早雲
戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。
羽柴秀長
織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。
羽柴篠
秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝隊の副将。頼朝の看病にあたる。
赤井輝子
狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。
源桜
頼朝の娘。北条早雲に師事。安土城代。
源里
頼朝の娘。武芸に秀で、義経隊の副将。
太田牛一
少し未来の徳川の世からタイムスリップ。二条城代であり、頼朝の側近・参謀。
お市
織田信長の妹。頼朝軍に加わり、京に滞在中。
源宝
一色義道の娘。頼朝の養女。義経隊の若き参謀。作戦立案で頭角。自責と成長の板挟み。
太田道灌
室町時代の名将。文武両道。突撃隊を率いる。徳川討伐軍に参加。
〖第五十一話:巫女の祈りと罪びとの決断〗
[巫女の祈り]
伊吹山山中。一人の巫女が、何日も何日も滝に打たれる苦行を行い、何事かを念じていた。
(なぜお聞き届けいただけぬのですか!私にはいくらでも罰を与えたまえ……!私ごと小さなものの裏切りによって、世の安寧に背を向けるのですか!
ここまで民を思い、人を思い、人の痛みに思いをはせる者を、罪びととして罰するおつもりですか!)
長きにわたり滝に打たれている間に、静かな祈りはいつしか、怒りと悲しみに打ち震える叫びとなっていた。
それでも、出雲阿国はただただ願い続けていた。
どれだけの日が過ぎた事であろう、ふと、冷たい滝が暖かみを帯びたものとなった。
山の中を立ち込めていた霧は晴れ、阿国の冷え切った身体と心を日差し、いや光が照らし始めた……
数日後、出雲阿国、いや、卑弥呼は儀式のための身なり、装束を整え、祈りの言葉を捧げる。
(神よ、何卒最後の願い、お聞き届けください……わが身をもって、神のご意志のままに……)
――そのとき、山間に鈴の音が微かに響いた。
[家康二条城へ]
天正十六年も明け、天正十七年(1589年)二月。
二条城の頼朝のもとに、徳川家康が登城した。
家康は案内役のお市を伴い、また家康との約定であった源宝も同席した。
頼朝は病床からの面談であった。
家康「はじめてお目にかかります。徳川三河の守家康でございます!
この度は我が領土、家臣、民、全てにご配慮賜り、恐悦至極にございます。
重き病と伺い、躊躇いたしましたが、是非ともお話をさせていただく機会を賜りたく、
無理にお時間を頂戴いたしました」
頼朝は力無く目を開くが、その表情は明らかに和んでいた。
身体を横たえたままで心を尽くして話をすることも出来ず、篠にようやく体を起こしてもらう。
頼朝「なんともご無体な事と思われたであろう、綺麗ごとを並べながらも、大軍を貴殿の領土に差し向けて、踏みにじったからの……」
家康「戦乱の世でありますれば!我が力及ばず、それだけの事でございます。
しかし、もう少しましな戦いをし、頼朝様に高く我らを売り込みたく存じておりましたがの、
そちらにおられる姫君、宝殿に完膚なきまでに叩きのめされ申した」
家康は意地悪く笑った。
相変わらず源宝は自分の事が話題となると、人一倍恐縮し、落ち着きなく頭を下げている。
頼朝「ようやく我が軍も、宝殿のお父上、一色義道殿を直接お守りできるようになった。丹波も若狭も我が領土となったゆえ、丹後の一色家には誰も手出しはさせぬ」
家康「しかし、義道殿が頼朝様に宝殿を養女として差し出さねば、あるいは、宝殿の智謀にて自国を守れたやもしれませぬぞ」
頼朝は力無く笑ったが、心から楽しんでいる様子を篠は見て取っていた。
頼朝「誠に。宝よ、よくぞ義経を支えてくれた」
源宝「と、とんでもございませぬ!我が偉大な部隊長の皆様には大変僭越な事を申し上げ、家康殿の軍略に対抗するために、毎晩毎晩、頭が割れそうでございました」
家康「頼朝様、この様な参謀は、某はじめて拝見いたしました。この小さき智謀に負けたとあれば、何の申し開きもござらぬ」
そこで源宝は毅然と口を挟んできた。
源宝「い、いえ!初めから我らの軍勢が数で圧倒しておりましたし……初戦で徳川様の軍勢の集結が遅れておりましたので、そこを……
いや、申し上げたいのは、徳川様はお強うございました!!!!」
家康は腹を抱えて笑った。
家康「御覧の通りです、頼朝様。某、この宝殿には、何かないませぬ」
頼朝も、頼もしくもあり、宝が慌てふためく姿も目を細めて眺めていた。
そこで家康が、急に表情を変え、あらためて頼朝に向き直った。
家康「ところで頼朝様。あまりご体調がすぐれない中で、お時間を賜るのも恐縮でござる。
少しお聞きしたき儀がござる」
頼朝「何なりと。お市殿、早雲殿が直接我が願いを話したと聞いた。また義経も、必死に家康殿に語っていたであろう。
しかし、我が家臣の悪い癖じゃ、わしを良く言い過ぎる。
家康殿を失望させねば良いのじゃが……」
家康「頼朝様のお考えを、人づてで理解申し上げるのは、あまりにも難解でございます。
頼朝様の家臣の皆様から幾たびか耳にしておりましたが、頼朝様が常に口にされる”罪”についてでございます」
頼朝「これは難しき質問じゃの。わしが語れるのは、わしが犯した”罪”だけじゃがの。
罪にもいろいろあろう。
武家は領土を守らなくてはならぬ。また他に大きな脅威があれば、立ち向かうために領土を広げるか、脅威を排除せねばならぬ。さらに天下に平和をもたらすとは、圧倒的な武力が必要。
しかし、大義のためであっても、一人の忌まわしきものが目指す覇権のためであっても、武家の仕事は人殺し。
単純な事よ、人を殺める事は罪。それだけの事。
わしは、長く生き、奪う必要の無かった命をも殺めた、歴史上に類を見ない大罪人である……」
家康「であれば、私とて、大概な罪びとでございますぞ」
頼朝「そうじゃ、今大大名と呼ばれているものは、皆罪びとじゃ。
しかし天下をどうにかするという時に必要な罪とは。
恐ろしき程の罪よ。
わしや義経、多くの時を超えた者たちが集まったには訳がある。
それはこの時代において、過去の罪人が罪を重ね、今の世の者たちの罪を軽減しながら、静謐の世をお渡しする。
それがわしの考える罪と、わしが背負うている罪じゃ。
失望させてしまったかの、家康殿」
家康「は……しかし頼朝様。
頼朝様は数の多い、少ないで罪の重さを語っておられる。
大義のためにより多くの命を奪うものが罪、大義無くとも命を奪わぬ者の罪は少ないと。
であるならば、頼朝様だからこそ太平を享受している民、領民も数合わせで考えるのであれば、罪から差し引かれるべきかと。
それは罪では無く、頼朝様がお与えになった恩恵では無いのですかな」
頼朝「それを信じ、それこそがわしが目指していた大義であった。
しかしそのために何が起きたか、家康殿も知っておろう。
義経は良き漢(おとこ)であったろう、家康殿」
家康「はい、某はあれ程に気持ちの良い武人はお会いしたことがござらぬ」
頼朝の目が少し細まって、家康に返答した。
頼朝「そうであろう、わしも今や大切に想っており、誰よりも頼りにしておる」
しかし直ぐに、頼朝は険しい目で家康を見据えた。
頼朝「しかし、天下静謐を目指すとなると、話は変わる。
朝廷を黙らせるためには、その義経を討伐せねばならなかった。
また日ノ本を一統するためには、義経の命が引き換えで奥州を制圧せねばならなかった。
あろう事か、いつの間にかわし自身が義経を憎んでおった。
もちろん、わしがしてきたことは、それだけでは無い。
それが天下静謐、万民のためにと思いて、結果として歩んだ血塗られた道。
天下静謐を成し遂げたとして、その罪は許されぬ事。
この後天下静謐を我が軍が目指す事を決めたからには、覚悟が必要じゃ。
ただ救いは、帝も、帝を支える二条晴良様も、流す血を極力少なくし、我が軍団に免罪符をお与えになるだろう。
そして家康殿、そこで、そなたが安寧の世を何としても守るのじゃ。
それが我が願い。
是非ともお聞き届けいただきたい」
家康「だからこそ、頼朝様と義経殿で天下静謐を成し遂げ、その後に私ごときにこの軍団を引き継がせようと……」
頼朝「端的に申せばそうじゃ。それが我が軍団がこの時代に来た意味。
罪を犯すと同時に、より多くの命を残す事で、未来にもつながる事を期待する」
家康「しかし、それは……」
家康は言いかけたが、さすがに無理をしたのか、頼朝は顔が青ざめていた。
篠が、たまらずに頼朝の背中を支えながら、身体を横たえた。
家康はあらためて頼朝に平伏し、精一杯の言葉を届けた。
家康「直接お話を伺えて、嬉しく存じました。
しかし、しばしお時間をいただきたく。某ごときがそのような大任をあずかれるか、今しばらくお時間を……」
家康は伏して懇願していた。
頼朝は弱々しくも再び口を開いた。
頼朝「家康殿の領土は、しばらく酒井忠次殿がしっかりと再建されるであろう……慌てず、考えてくだされ……」
そこまでが、頼朝の力いっぱいの言葉であった。間もなく頼朝は目を閉じた。
しかし、頼朝の表情はいつにも増して満足そうではあった。
枕もとで頼朝を見ていた篠は、部屋にいる一同に目配せをして、退出を促した。
家康は深々と頭を下げ、音をたてぬようにそっと頼朝の寝所をお市の方とともに退出した。
しばらくして、篠が頼朝にそっと語り掛けた。
篠「家康様とお話する事が叶い、本当に良うございましたな……」
頼朝はそれが聞いていたかどうかは定かでは無いが、少し頷いたように篠には見えた。
頼朝の目からは一筋の涙が流れていた……
[お市と家康]
お市と家康は城内の茶室にて話を続けた。茶を点てているのは源宝であった。
軍議や、戦場や、威厳のある高官との会話で慌てふためく宝と異なり、茶を点てる際は見事な集中力と落ち着きで、慣れた手つきであった。
家康は宝から振る舞われた茶を口にし、驚きの声をあげた。
家康「なんと深みのある味わいである事よ、いや大変結構!」
宝「お、恐れ入ります!!」
それまでの落ち着きが嘘のように平伏する。
お市はその様子を見てくすくすと笑っていた。
家康はお市に神妙な面持ちで話しかけた。
家康「もう少し頼朝様にはご存命であって欲しいものじゃ。もう少しいろいろとお話を伺いたかったが……何とも難題をいただいたものよ。
まだわしには、そこまでの覚悟も無ければ、何をしたらよいかもわからぬ」
お市「そうですね、私もようやくここに来て、頼朝様のお気持ちに触れる事が増えました。
何とかお手伝いをと考えてはおりますが、難しき選択の多い軍団を、良く導かれて参りました」
そう言った後、お市も茶を口にした。
お市「まあ!誠に家康様の申される通りですね!宝様、なんと香ばしく味わい深い事でしょう!」
また宝は平伏していた。
お市「それでも、家康様以外にこの役割を担える御仁はどこにもいらっしゃらないと存じますよ」
家康「お市殿は、昔から某には甘い言葉をかけ、おだてられてばかりじゃ」
お市「いいえ、私は嘘を申し上げたことなど一度もございませぬ」
家康「では幼き頃、将来某の妻になると申した話も誠であったのか?」
お市は微笑みを浮かべながら意地悪そうに口を開いた。
お市「そればかりは内緒でございます。ふふ」
家康とお市のやり取りを聞きながら、源宝はどう接して良いかわからず困り果てていた。
それを見た家康が笑いながら、宝に声をかかた。
家康「年寄りの昔話じゃ!すまぬ、宝殿!」
お市「まあ!わたくしはまだ麗しき女性でございます!」
家康「わはは!これはかなわぬ、真今でもお市殿は天下で最も麗しき女子じゃ!」
益々宝は顔を赤らめていた。
家康の目がおもむろに変わった。
家康「のう、お市殿。なぜ頼朝様は、ああもご自分を追い込むのであろうか。病身であっても、ご立派な方であった。また家臣の皆が申される通り、ご自身が意識されずとも、並みなお方では成し遂げられぬことを、いとも容易く進めておる」
お市「見え過ぎていらっしゃるのですよ、ご自身も、世の中も、人の業も……今の時代にいらして、少し希望を持ち、結局は失望された。
覚悟を決められ、ご自身の役回りをお考えになりました。特にご病気になられてからは……」
家康「まだ心は決まらぬが、頼朝様に何かあった際には、必ず義経様をお支えはしよう」
そこで源宝が申し訳なさそうに口を開いた。
宝「あ、あの、大変僭越ながら……」
家康は、宝が何を言い出すのか楽しみであるように、微笑みながら宝に顔を向けた。
宝「昨年の戦にて、私は徳川様の皆様の心を挫く策、それだけを考えておりました。
心を攻めました……
しかし、多くの徳川様の兵も、家臣の皆様も、家康様をどこまでも見捨てませんでした。
負けは見えておりましたし、私も丹波などでは目にしたことも無い程の、大軍で攻め寄せておりました。
私が徳川様の軍勢で陣を構えておりましたら、きっとずっと泣いておりました……
それは頼朝様に負けぬ位に、家臣の皆様も、兵の出自となる領民の皆様も、家康様をお慕いしているからこそでは無いでしょうか……
あ、あの生意気な言葉ばかり申し上げますが、家康様はご立派です!!!」
勇気を振り絞った宝の言葉であった。
家康はさらに顔をほころばせて返答した。
家康「名軍師殿にその様におっしゃっていただけるのは、この家康の誉れ。結構なお茶に、多分なお褒めをいただき、この家康、本日は良き日であり申した。はっはっは!」
更に勇気を振り絞って平伏しながら、宝が家康に語りかけた。
宝「失礼ついでに、も、もう一つお願いがございます!」
家康「ほう、何なりと申すが良い、宝殿」
宝「義父上が逝かれる前に、安心させるお言葉を賜れませぬか……万が一の際は義経様がしばらくは力を尽くされます。その間に結論を出されてもよろしいかと……」
宝はあらためて平伏した。
家康「宝殿の義父上を想うお気持ちは、この家康しっかりと受け止め申した。しかしながら、大事なことゆえ、また頼朝様には誠意をもってお言葉を交わしたく考えておる。軽はずみな事を申したくは無いのじゃ。ご理解いただきたい」
お市は、宝の頭を撫でた。
お市「でも家康様へのご進言ありがとうございます。今家康様が一番耳を傾けるのは宝様ですから。お気持ちは伝わりましたよ」
お市も宝に微笑みながら言葉をかけた。
宝は自らの言葉を恥ていたとともに、優しい言葉をかけられたことを心のどこかで喜んでいた。
[新たな危機]
その茶室での平穏な雰囲気を揺るがすごとく、城内が騒がしくなった。
お市「いったいどうした事でしょう、少し様子をうかがって参ります。家康様、少しお待ちくださいませ」
お市はふすまを開け、小走りに城内に茶室を後にした。
しばらくしてお市が血相を変えて茶室に戻って来た。
源宝「何かございましたか……」
お市「本願寺顕如様、鈴木重秀様、我らの友軍ではありますが、いよいよ力が弱まった我が兄を攻める準備をされてるとの事……我々の友軍は対織田を旗印によしみを結んでおります。兄上を攻めるなと我が軍は表立っていう事はできませぬ」
家康「本願寺顕如様は、長島や越前での信長殿の大量の門徒衆の虐殺を忘れまい……積年の恨みを果たすべく、満を持して立ち上がったのであろう……」
お市「家康様、仰せの通りでございます……」
家康はしばらく腕組みをしながら、考え込んでいた。
家康「わしがこの様な事を言える立場には無いがな、いかがであろう、我が国になされた事と同じことをして、信長殿をお救いするのは……」
お市は直ぐに家康の言葉を理解できなかったが、源宝は直ぐに目が輝いた。
宝「あ!大変失礼ながら、家康様の領に侵攻したのと同様、筒井家と織田家に侵攻し、元通りに釈放、領土をお返しする。形式上我が領内の臣下としてお守りする、そういう事ですね」
家康「そうじゃ。ただし、信長殿がわしのように臣従するかどうかはわからぬがの、少なくとも信長殿のお命をお守りすることはできるであろう」
お市「そうですね……それしかありますまい」
源宝は、何か頭の中でつながったものがあった様に、目が大きく見開かれながら、遠くをみつめるように口を開いた。
源宝「そうすれば、形式上は北から援軍を出す形を取り、友軍にも義理を果たせる事となりますし。早速、皆様にお伝えして参ります!
私は、ここで失礼させていただきます……!
いずれにしましても、家康様、良きお返事をお待ち申し上げております!!」
源宝は茶道具そのままに、茶室から走り出て行った。
源宝の後ろ姿を見ながら、家康がお市の方にしみじみと語りかけた。
家康「今までにお会いした事も無い、不思議な女子じゃ。可愛らしく、臆病、それでいて末恐ろしき軍人である」
お市「はい。家康様、この軍団の後継となる条件として、宝様を軍師にお迎えする、というのでいかがでしょうか」
家康「それは良い!それは良い!勇気が出て参った!」
家康は椀に残った最後の茶を口にし、大きく息を吸ってからお市に語り掛けた。
家康「のうお市殿。わしがずっと想っておった方は、実は、そなたなのじゃ……もう遅いがの……」
お市「まあ、お戯れを。このような年寄りに」
家康「先ほどは麗しき女子と申しておったばかりでは無いか!」
お市は微笑みを浮かべながら、家康に言葉を返した。
お市「今更そのような事を申されて、どうされるのですか」
家康「頭を整理するために、少し旅に出たいのじゃが……良ければ、ご一緒いただけぬか。
いや、兄信長様の危機ゆえ、それどころでは無いかもしれぬが……無理強いはせぬ!」
お市はしばらく下を向いていたが、間もなくあらためて家康に微笑みかけた。
お市「かしこまりました……我が軍団の一大事でござりますれば、この私全力をもって、家康様を説得させていただきましょう」
家康は大きく息をついて、額の汗をぬぐった。
家康「かたじけない!お市殿!!!」
神のいたずらなのか、命を落とさずにここまで生きてこられたお市。数奇な運命をたどりながらも、子供の時分に抱いていた淡い恋心が、思いもかけずこの刹那に静かに細やかに花開くのであった。
しかし頼朝軍を取り巻く状況は、頼朝の命の灯が日に日に弱まる中で、予断を許さない状況であった。
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