第五十話:蒲原の雪明り

《前回までのあらすじ》

鎌倉の将・源頼朝は、未来から遣わされた存在トモミクに導かれ、戦国末期へと転移した。はじめは「武田家を守れ」という表向きの使命で織田・徳川と戦ったが、やがて “二人目の頼朝” である自身と、時を渡る巫女・出雲阿国(卑弥呼)の真実を知り、「信長含めすべての武家が生き残る平和」という新たな天下静謐を志す。

二条城で惣無事令を構想した頼朝は、内大臣に叙任されるも重病に倒れ、軍団の指揮権を徳川家康へ譲る決意を固める。しかし家康を動かすにはまず武力で示威するしかない――こうして義経率いる討伐軍は、駿府攻略を開始した。

天正十六年(1588年)十月、駿府北方の朝比奈峠では、濃霧の中、梓隊が徳川伏兵の二段奇襲を受け窮地に陥るが、宝の布陣と里の別働隊が救援に成功。一方浜街道では三重の馬防柵が火を噴き、坂田金時・太田道灌が血路を開く。道灌は肩を貫かれて深手を負った金時を救い出すも、自らも深手を負った。激戦の末、ついに家康は駿府を放棄して蒲原へ撤退した。

義経は略奪を禁じて駿府城を「預かり」とし、家康から残した一筆 “もう一度だけ策を講じる機会を” を受け取る。頼朝は岐阜から二条城へ向かう道中、高熱に倒れ昏々とする。北条早雲は阿国に再び “神の力”を乞い、阿国は再祈祷を胸に、頼朝の最期に赦しをもたらす策を密かに託した。

家康最後の牙城・蒲原城、そして頼朝の命の灯――すべてが臨界へと向かう。


《主な登場人物》

源頼朝

鎌倉幕府を開く直前にタイムスリップ。価値観の変化に悩みつつ、頼朝軍団を率い「惣無事令」を目指す。二条城にて病床に伏す。


源義経

平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。那加城にて東国の守りを固める。徳川討伐軍大将。


武田梓

武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。徳川討伐軍に参加。


源頼光

平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。徳川討伐軍に参加。


トモミク

頼朝を導いた謎の女性。立花宗茂のはるか先の未来の子孫によって生み出された存在。


出雲阿国

正体は卑弥呼。時を旅する巫女。力を失ったが再祈祷を胸に秘す。


北条早雲

戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。


羽柴秀長

織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。


羽柴篠

秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝隊の副将。頼朝の看病にあたる。


赤井輝子

狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。


源桜

頼朝の娘。北条早雲に師事。安土城代。


源里

頼朝の娘。武芸に秀で、義経隊の副将。


太田牛一

少し未来の徳川の世からタイムスリップ。二条城代であり、頼朝の側近・参謀。


お市

織田信長の妹。頼朝軍に加わり、京に滞在中。


源宝

一色義道の娘。頼朝の養女。義経隊の若き参謀。作戦立案で頭角。自責と成長の板挟み。


太田道灌

室町時代の名将。文武両道。突撃隊を率いる。徳川討伐軍に参加。


〖第五十話:蒲原の雪明り〗


[家康、最後の構え]


蒲原城(かんばらじょう)二の木戸台。

夜明け前の冷気が、薄霧となって辺りを包み込んでいる。酒井忠次が、黙礼しつつ、おもむろに鎧袖(がいしゅう)を直した。その表情には、悲壮な覚悟が滲(にじ)んでいる。


家康は、夜気に震える自身の甲冑の重みを感じながらも、重厚な責務が肩にのしかかるのを咀嚼し続けていた――


忠次「殿。もはや、柵の裏で、寒さと恐怖に震える兵たちの姿が見えまするな。まあ、よくぞここまで兵も我らについてきてくれたものです――」


家康は、霧の向こう、頼朝軍の布陣であろう方向に視線を向けたまま、静かに答えた。


家康「震えぬ方がおかしい。あの大軍をみて燃え上がっているのは、忠勝くらいであろう。

“恐れを踏みつけにすることなくして、武家などと名乗れるものか”と自らの説得に必死じゃ。

だが、此度の戦は、もはや“生き残るための負け戦”ではない。この徳川が、そして三河武士が、この駿河を守る資格を得るための、最後の試練と心得よ」


傍らに控える本多忠勝が、愛槍・蜻蛉切(とんぼきり)の穂先を、静かに月光にかざした。


忠勝「―――ならば、この忠勝が、殿のために、その道を穿(うが)ちましょうぞ」


家康は、力なく、しかしはっきりと首を振った。


家康「いや……。憎らしきはあの頼朝軍との戦いよ。生き恥をさらして生き延びることを強いておる。

じゃが、戦は戦じゃ。

忠勝、そなたは決して死ぬな。そして忠次、そなたもじゃ。ただ、全軍に、“まだ徳川は終わらぬ”と、その背中をもって、示し続けてくれ……」


家康の声は、静かであったが、その奥には、万感の想いが込められていた。




[梓、斉射 “足下の雨”]


武田梓は、梓隊の副将である長曾我部輝(ちょうそかべてる)と弥助(やすけ)に、急ぎ此度の戦略の概要を、再度確認するように伝えていた。


この戦より、武田梓の新しい副将となったのは、土佐の長曾我部元親の愛娘であり、羽柴秀次の奥方でもある、長曾我部輝であった。その武勇は、四国において、すでに誉れ高きものであったが、輝自身の強い希望もあり、梓隊の参軍として此度から活躍していた。


弥助は、かつて織田信長の近侍として仕えていた、肌の黒き巨漢の武将である。イエズス会からの指示だったのか、あるいは本人の自由意思であったかは不明だが、早くから頼朝軍に身を寄せ、忠節を尽くしてきた。その並外れた腕力から放たれる砲撃の腕前は、軍団内でも屈指のものであり、武田梓隊が新設された当初から、副将としての重責を担っていた。


その長曾我部輝が、此度もまた、直接敵兵を討ち果たさず、あえてその足元を狙うという指示された戦術について、梓に真意を問い返す。


輝「梓様。これは、かの武田流の、深遠なる軍略にございますか? 半身(はんみ)を殺(あや)めずして、敵全軍の戦意、その気を殺(そ)ぐ、と。確かに、跳弾(ちょうだん)にて足首を砕かれれば、敵兵は、もはや歩けなくなりましょうが……」


梓「輝様。これは、武田の軍略に限ったものではございませぬ。この軍団の狙撃隊を率いる将であれば、誰もが考えることでございましょう。しかし、それを大規模な実戦において、具体的な戦術として運用することを提案したのは、我らの若き名軍師、宝様なのでございますよ」


輝「さようでございましたか! わたくしも、いつかは、宝様のように名軍師と呼ばれるようになりとうございまする!」


武田梓は、輝のその純粋な言葉に、優しく微笑み返した。


梓「ふふ、輝様であれば、必ずや、そうなれましょう」



やがて、宝と示し合わせた刻限となった。


梓が、手に持った銀の拍子木を、高く、そして鋭く鳴らす。

それまで鳴り響いていた軍太鼓(ぐんだいこ)の音が、ぴたりと止み、立ちこめていた朝霧が、まるで生きているかのように、さっと左右に裂けた。


梓「―――撃ち値(ね)は、“かかと”! 決して、命を散らしてはなりませぬ! 敵の心を、ただひたすらに、挫(くじ)いてください!

全軍、放てぇぇーーーっ!!」


轟──。


数千の鉄砲から放たれた鉛弾(なまりだま)が、雨のように徳川兵の足元へと降り注ぎ、土煙と、兵たちの悲鳴が、戦場に木霊(こだま)する。柵の裏で、槍を構えたまま、その衝撃と恐怖に、ただ身を捩(よじ)らせる徳川兵たち。

梓は、狙い通り、敵兵の膝が、恐怖に震え始めているのを確認すると、小さく、しかし深く、息を吐いた。


梓「家康様……。これ以上、この雪を、無益な血で、赤く染めさせるのは……」




[道灌と十兵衛、策を交わす]


時を同じくして、太田道灌隊の本陣では、道灌が、先の戦で血の滲(にじ)んだ脇差(わきざし)を使い、地面に三本の線を引いていた。坂田金時を欠いていたが、傍らには、副将柳生十兵衛(やぎゅうじゅうべえ)が控えている。


道灌「良いか、十兵衛殿。左翼、そして中央の馬防柵へは、まず拙者が騎馬にて突撃を試みる。しかし、それだけでは、あの堅固な馬防柵を打ち倒すことはできぬ。


我らが敵をひきつけている間に、右翼の馬防柵は、其方(そなた)が率いる斬り込み隊にて引き倒してもらいたい。


梓隊による、最初の鉄砲斉射が止み次第、わしは、ただちに騎馬にて突撃をかける。ただし、その間も、右翼の馬防柵に対しては、引き続き、梓隊が、集中的な砲撃を行う手筈(てはず)となっておる。


その梓隊が右陣への砲撃を停止したその一拍の『静』が、十兵衛殿の襲い口ぞ」」


十兵衛は、その言葉を聞き、凍てつく空気の中、白い息を吐き出しながら、不敵に微笑む。


十兵衛「承知つかまつった。静寂(しじま)の後に、戦場(いくさば)に“嵐”を招いてご覧にいれましょう。


……そういえば、我が父・宗厳(むねよし)が、以前、申しておりましたぞ。『かの太田道灌どのは、ただ勇猛なだけでなく、己を犠牲にせぬ勇気、すなわち、真の生(せい)の道を、知る御仁だ』と」


道灌は、その言葉に、一瞬、目を伏せ、


道灌「…柳生宗厳殿に、そこまで言われては……いやはや、面目無い限りじゃな。しかしそれを現実の戦略として体現しておるのが、他でもない、我らの主君頼朝様―――さて、参るぞ!」


十兵衛「はっ! 必ずや、道を開いてみせましょう。しかし、道灌様の、その先陣は、いわば囮(おとり)のようなもの。くれぐれも、ご無事にて!」


道灌「いや、十兵衛。我らの部隊に与えられておる役回りは、常に最も危険なものばかりぞ。…許せ、十兵衛」


十兵衛「何を申されますか! それこそが、武士の誉(ほまれ)にござる!!」


道灌「…心強きかな、十兵衛殿。では、参ろう!」



その時、遠く、武田梓隊からの、第二射の斉射が、一瞬、止んだ。


道灌「者ども、我に続けぇぇーーーっ!! 徳川勢へ、突撃をかけるぞ!!!」




[第一柵突破/梓ふたたび]


馬防柵の前では、徳川勢の鋭利な穂先を持つ長槍が、まるで生き物のように、容赦なく、道灌隊の騎馬隊めがけて、突き出されてくる。騎馬を馬防柵にぶつけるわけにもいかず、馬上から槍兵と柵を隔てて戦わねばならない。


梓隊の斉射で第一の柵を守る徳川兵の相当数が負傷し、もしくは戦意を喪失、逃亡していたが、斉射が止まったことを確認した後続兵が道灌隊に応戦してくる。


(よし、狙い通りじゃ!)



その道灌隊の様子を見ていた武田梓が手筈通りの指示を出す。


梓「今です! 右手の、手薄になった箇所へ、集中的に、鉄砲を浴びせてください!」


梓隊が右陣に集中砲火を浴びせたことで、右陣の兵はほぼ壊滅する。



太田道灌の騎馬の後方に音もなく控えていた柳生十兵衛隊が動く。


十兵衛「今だ!! かかれ!!!!」


柳生十兵衛率いる斬り込み隊が、敵の右翼の柵柱に、網代槌(あじろづち)を、力任せに撃ち込む。守っていた徳川兵の一人が、悲鳴に近い声を上げた。


徳川兵「右翼が抜かれた! 皆、逃げろ!!!」


第一の柵を守っていた多くの兵が、柳生十兵衛隊に右方から馬防柵を突破されたところを目の当たりにし、第二の柵を目指して殺到する。そこを、柳生勢の新陰流(しんかげりゅう)の達人たちの恐るべき剣技によって、あえて致死的な攻撃は避けながらも、背後から容赦なく蹂躙(じゅうりん)していく。


家康本陣に報が届き、伝令が喘(あえ)ぎながら、家康の前に膝をついた。


使者「も、申し訳ございませぬ! す、すでに、 第一の柵が……!」


家康「……随分と早くに第一の柵を突破されてしもうたか!!


しかし二度と同じ手は受けぬ!!

敵の騎馬隊は陽動!!騎馬隊をすり抜けてくる歩兵隊に備えよ!!」


家康は第一の柵を捨て、逃亡する兵を回収し、第二の柵で急ぎ防御を固める。

そして本多忠勝に声をかけた。


家康「あの歩兵隊、並みの腕では無い。頼めるか、忠勝」


忠勝「は!良き敵を見つけ申した!では!」


家康「忠勝!」


忠勝「はっ!」


家康「勝ち目が無くとも、死ぬでない!武士の誉れなどと申して命を捨てても、わしは弔わぬぞ!」


本多忠勝は厳しい眼差しが一転、にやりと口角を上げた。


忠勝「承知しております、殿。」


忠勝は麾下の部隊を率いて、最前線へと走って行った。




[二重突破、挟撃]


第一の柵を越えた道灌は肩で息をつき、梓へ手旗を掲げる。


梓の拍子木が再び鳴り、鉄砲閃光が二列目の柵を白く灼いた。

道灌の騎馬隊が、今度は、左右両翼の馬防柵に対し、同時に突撃をはかった。


しかし徳川軍は、柳生隊が中央から突破することに備えていた。さらに中央部に梓隊からの砲撃を受けることも想定し、第三の柵の後方に兵を待機させていた。


太田道灌は部隊に指示を送る。


道灌「ふん! 此度は我ら騎馬隊を恐れてはおらぬらしいわ! この程度の兵力で、我らを迎え撃とうとは甘く見られたものよ!このまま、一気に柵をも打ち倒せ!」


徳川軍は寡兵であったものの、中央からの歩兵隊の攻撃に備えたことで、両翼からの騎馬攻撃に対応する兵数が少なくなっていた。間もなく、道灌自ら指揮を執る左翼の馬防柵が崩れ始める。


そこへ中央から柳生十兵衛隊が猛然と突撃し、左と中央の馬防柵が引き倒された。

徳川軍は頼朝軍の第二の柵突破を許してしまう。



ここで頼朝軍は次の作戦段階に移行する。


後方に控えていた、源頼光赤備えの大旗が、まるで風に千切れんばかりに激しく揺れていた。


頼光「―――“百足(むかで)の子は、千里を馳(は)す”と言うぞ! 者ども、続けぇぇーーーっ!」


太田道灌隊の比ではない規模の大軍騎馬が砂煙を上げ、徳川陣に突進する。


さらに、第二の馬防柵が突破されたことにより、それまで後方に控えていた、義経隊、武田梓率いる鉄砲隊の、前進をも許すこととなった。左右に分かれた鉄砲隊が同時に陣を圧迫する。


徳川方の兵たちは、地獄絵図のような光景を目の当たりにし、砦のふちで、若い徳川兵の一人が、絶叫した。


徳川兵「ま……守りきれん! 殿ぉぉーーーっ!」




[忠勝と十兵衛]


崩れ落ちた木片の、その只中で。

中央を突破し、最後の第三の柵へと攻めかかろうとした柳生十兵衛隊の前に、敢然と待ち受けていたのは、徳川最強の猛将・本多忠勝隊であった。


柳生新陰流を身に着けた精鋭の兵たちも、この本多忠勝が振るう、天下三名槍の一つ「蜻蛉切(とんぼきり)」の前には、さすがに苦戦を強いられていた。


十兵衛「ふふ。これは、まこと、良き敵(かたき)と遭遇(そうぐう)したものじゃ!!」


忠勝「ほう、その見事な太刀筋……。さては、柳生の者か!!」


十兵衛「いざ、参る!!!」


忠勝の、薙(な)ぎ払うかの如き鋭い穂先を、十兵衛が紙一重で受け流し、二人の刃金(はがね)が、激しく火花を散らす。


十兵衛の、その引き締まった口の端から一筋の血が流れ落ち、同時に、忠勝の、太く逞(たくま)しい左前腕が、浅く、しかし赤く裂けていた。

十兵衛は、刹那の勝負で忠勝の槍を受け流しても、胸の鼓動が止まらないのを感じていた。忠勝は左腕から血が滴り落ちるのを見て、ふっと笑みを零す。しかしその瞳の奥には、依然として“挑む者への畏敬”が光っていた。


しかし、もはや頼朝軍の猛攻に徳川軍は劣勢となり、多くの将兵が潰走をはじめていた。


忠勝「その身こそ鬼か……どちらが『鬼の剣』か決めたかったが」


十兵衛「いずれまた。――命を賭けぬ勝負も、悪くは無かろう」


互いに一歩退き、同時に武器を揚げて会釈を交わす。本多忠勝は、駆けつけた家臣に抱えられながら、残った兵たちに叫んだ。


忠勝「全軍、これより蒲原(かんばら)へと退く! ここより先は、“武門の誇り”よりも“主君の命”を、何よりも優先と心得よ!」


家康は馬防柵が次々と引き倒され、両翼から鉄砲隊に包囲される戦況を見て、これ以上の抵抗を断念せざるを得なかった。


家康「ええい!! もはや、これまでじゃ! 全軍、ただちに蒲原城へ、退く!!」


援軍もなく、寡兵のまま籠城することはすでに敗北を意味していた。それでも家康の意地は、頼朝軍への降伏を頑として認めなかった。


(命を捨てぬよう、と将兵には語りながら、負けを認めず意地で戦を続けているのは、このわし自身であるか……)


家康は苦笑しながら、蒲原城に向かった。




[蒲原城包囲と和議の座]


徳川軍が、蜘蛛(くも)の子を散らすように、蒲原城へと逃げていく様を見て、義経が全軍に対し厳命を下す。


義経「全軍、攻撃やめい!!! 逃げる敵兵を、深追いするでない!!! ただ、城を囲み、そして待つ。」


多くの兵は今回の目的をよく理解していた。無駄に敵兵を殺すことを禁じられている一方、手を抜けば自らの命が危ぶまれる強敵でもあり、難しい戦いを余儀なくされていた。


頼朝軍の将兵は勇敢であったが、攻撃停止命令を聞いて安堵を覚えた。


仮設の陣所で、各部隊長が集まり、この後の対策を講じていた。


頼光「これでは城を囲んで降伏を勧告しても、家康殿は応じる気配が無いではないか」


義経「左様。ここは拙者が直接乗り込み、兄上のお気持ちを再度家康殿にお話しするしかないと考えておるが」


頼光「素直に応じてくれたらよいのだが。敗残の兵を見逃したため、まだ蒲原城内には相当数の兵が残っておる。乗り込むには少し危険ではあるまいか」


頼光の進言はもっともであった。駿府城と蒲原城での合戦は、お互いの兵力を惜しむ余裕などなく、鉄砲攻撃では足元を狙って殺傷力を抑えたものの、騎馬隊・歩兵隊同士の戦闘は凄惨を極めた。


義経は頭を抱えながら口を開いた。


義経「まずは降伏勧告を申し入れようぞ。宝殿、すまぬが今すぐ書状を起こしてくれ」


宝「はい……精一杯書きまする」


まさに、その時であった。陣所の入り口が、にわかに騒がしくなり、あわただしく、複数の足音が、こちらへ近づいてくるのが聞こえた。


「失礼する!!」


そう言って、幕舎(ばくしゃ)へと入ってきたのは、二条城よりはるばる駆けつけた北条早雲と、織田信長の妹君、お市の方であった。


早雲「間に合ったかの、義経殿が家康殿を討ち果たす前にたどり着けてほっといたした!」


義経「いやいや、そうせぬために策を練っていたところよ、早雲殿」


早雲「ここまで戦い続けたからには、家康殿は臣従など全く考えておらぬじゃろうからの」


義経「いや、早雲殿にはかなわぬ」


お市が口を開いた。


お市「私が使者として城に赴くわけにはまいりませぬか。さすがに家康様は私に手をかけることはなかろうかと……」


早雲「徳川殿が幼少の折、織田家の人質だった際、徳川殿はお市殿に世話になったと聞いておる。徳川殿が、お市殿に手をかけるような御仁ではあるまい」


頼光「早雲殿はそれでお市殿をお連れしたか……」


頼光は手段を選ばず事を進める早雲に、たまに疑問を呈していた。


お市「いえ、頼光様、これは私自身の意思です。家康様には直接申し上げたいことがございます。そのうえで、義経様、早雲様とお話しいただけるようお願いしたいと存じます。まずは私に事態を打開する機会をお与えいただけぬでしょうか……」


太田道灌と源頼光は、頼朝の病状が極めて危険であるとはまだ知らない。そのため、お市がここまで危険な役回りを担うことには戸惑いを隠せなかった。


義経「かたじけない、お市殿。頼光殿、道灌殿、何かあれば全責任は拙者が取る。今はお市殿に頼るしかないやもしれぬ」


頼光「義経殿がそこまでおっしゃるなら、反対はせぬ。しかし何かあれば、わしは容赦なく蒲原城を落とす!」


義経「承知した……」


お市「皆様、ありがとうございます。それでは最善を尽くします。数日たっても連絡が無きときは、どうぞご決断を」


集まる諸将は揃ってお市に頭を下げた。


***


固く閉ざされた蒲原城の城門。お市の方が、たった一人で徳川家康との面会を求めてきたことを知り、人一人分の幅でのみ開かれ、お市が入城するとすぐに閉ざされる。


義経は一刻一刻が長く感じられ、城門が再び開くのを待つ時間は、まるで永遠のように重苦しかった。

日が暮れても城門は開かなかった。

蒲原城の篝火が灯り、頼朝軍の陣にも松明がともされた頃、蒲原城の城門がようやく開いた。徳川の兵が頼朝軍に向かって声を張り上げる。


徳川兵「わが主・家康様がお目通りを願いたいとのこと! お入りくだされ!!」


頼朝軍からは義経、北条早雲、そして震える若き参謀・源宝が城門を跨いだ。頼光、道灌、梓は、何かあった際に独自に判断し部隊を動かせるよう城外に待機している。


夜半、囲みの篝火が障子に揺れる。

義経・北条早雲・お市・源宝が床几を正す。

家康は鎧を脱がぬまま広座敷の上段にゆったり腰を据えた。




[家康 “天才・義経” への先入観]


家康「まずは敗軍の将に礼を示されたこと、面目ない。

お市殿とは昔話に花が咲き、さらに太田牛一殿の壮大な物語を楽しく聞かされておった。

長らくお寒い中、お待たせいたしました。」


家康は慇懃無礼に頼朝軍諸将へ挨拶する。


義経「家康殿、またこうしてお話できる機会をいただき、大変光栄に存じます」


家康「あれはもう一年以上前になるかの。

しかしこの一年にも及び、わが領土は断続的に蹂躙されておった。

当方の損害に比べ、憎らしきほどに貴軍は当初と変わらぬ兵力を維持されておる。

我らが何をしようが、手も足も出ぬ。

……この一連の進軍の妙と軍略、さすがは伝説の軍神・義経公であらせられる……」


義経は苦笑しつつ、近くに立つ源宝の方へ手を招いた。


義経「いや、そうではない、家康殿。我らの“鬼謀”のほとんどは、この若き参謀の胸から生まれた。


刈谷の初戦で汝の“鶴翼逆転”を打ち砕き、岐阜では苦戦を挽回し、駿府では三重の柵の弱点を看破したのも──皆、ここにおる宝殿でござる」


義経の影に隠れかけていた宝は、おずおずと前に進み出る。夜着の袖が震えている。


宝「わ、わたくしは……丹後一色家の娘で頼朝様の養女、た、宝と申しまする。

作戦の紙を広げるたびに手が震え、柴の舟が沈む夢ばかり見る小心者です。

ですが、お優しき軍団の皆様に支えられ、参謀を拝命しました。

兵の命と殿のお志を思えば……必死に考えねばなりませんでした」


家康は初対面の敵を前に、ただおびえているだけの少女を見て面食らった。しかし、目を細めて宝に言葉を投げかける。


家康「……『謀は深く、貌は弱く』か。

孫子に曰く、『将に五危あり──必死は殺、必生は虜、忿速は侮、廉潔は辱、愛民は煩』。


『兵の命』と申されたが、そなたは『必生』の危を帯びておらぬか?

命を惜しみすぎれば計も鈍ると兵法は戒めるが」


宝は想定外の家康の言葉にたじろいだ。一瞬まばたきをしたが、深呼吸し、静かに答える。


宝「は、はい。だ、だからこそ同じ孫子の『九地篇』にはこうあります。

『将は静かにして幽、正にして治』──

敵にも味方にも感情を悟らせず、静かに場を治めよ、と。


家康様仰せの通り、『必生は虜』ではございますが、此度は家康様の兵の『命』を考えておりまして、どちらかというと、自分たちが生き延びることを主眼としてはおりませんでした。


……あ、しかし、わたくし自身は『恐れ』を隠す術はございませぬ。

逆手に取り、『怯えた小娘』と侮らせて策をめぐらせばよかったのですが……」


家康は眉を上げ、「ほう」と低く唸る。


宝「駿府では殿の三門大筒を『恐ろしい』と泣きながら絵図に描き、

味方には『真横は死地ゆえ、弾を地に当て衝撃で膝を折らせ』と……

敵の《心》へ撃つためにこそ、わたくし自身の涙を偽りませなんだ。

まこと目が回るほどに、怖くて怖くて……」


思わず漏れた本音に、義経が苦笑して頭を撫でる。家康はあっけにとられた表情を見せたが、黙考ののち、膝の上で拳を握った。


家康「……徳川は『強き将』を掲げ、『怯む者』を叱り上げて参った。

だが頼朝殿は、『怯えをも鍛えて刃に換える才』を探し出し、さらけ出させ、活かす場を与えた──そのことが、儂らを凌いだか」


お市が静かに口を開く。


お市「兄・信長も……己の剛と才を磨く一方で、『弱きを育てる膝』を持ってはおりませなんだ。

頼朝様は、強き弱きを超え、人の力を頼りとされます。あれだけのお力がありながら、ご自身にそのような自覚はなく、ただ家臣を頼り、それでいて、自らの責を負う覚悟を持たれております」


家康は宝を見据えた。


家康「名を宝と申したな。

わしはそなたに負けたのじゃな。わしの軍略なぞ、おぬしの掌の上であったか」


宝「……『敗北は一瞬の恥、学ばぬは永劫の恥』と申します。

わたくしは此度、勝てたと胸を張れることは何もございません。砲術の鍛錬はいたしましたが、怖くて戦地には立てませぬ。


しかし、負けても生き延びねばならぬと父より教わりました。

それこそが、父が私を頼朝様の養女として差し出した心意気と心得ておりまする。


どうぞ、同じく家康様も、生きて勝ちを掴まれますよう、伏してお願い申し上げまする!


あ、また生意気なことを、大変申し訳ございません!!」


宝は慌てて平伏した。


家康は深く息を吐いた。


家康「恐れ入り申した……『弱き者』の言葉が、胸に刺さるとは思わなんだ。

しかし一体『強気、弱き』とは何たるか、考え直さねばなるまい。


今わしの前で土下座している少女は見た目こそか弱きものよ。

しかしこの少女がさらに頼朝軍をかくもおそろしきものに変えたのじゃからの……」


そのまま義経へ視線を向ける。義経は改めて一礼し、静かに口を開いた。


義経「家康殿、実を申せば、兄──頼朝は、もはや長くはない。

それでもわしら兄弟のような『古き鬼どもが背負うべき罪』を背負い、惣無事令を望み、その後を『今を生きる将』に託したいと申される」


家康は眉をひそめた。


家康「この敗戦の直後に、不可思議な話をよく耳にするものよ……」


義経「端的に申し上げる。

兄が今わが軍団を託したいと考えておるのは、家康殿なのじゃ。

岡崎にてお会いした際は、そのお話などできようがなかった。


早雲殿が臣従を何度もお願いしておったのは、家康殿にこの軍団を継いでほしかったからなのじゃ。


家康殿、二条へ参じ、兄上と語り合ってはくれまいか」


家康は次々と投げかけられる想像だにしなかった言葉に、返答に窮した。


家康「我らはまだ敵同士である。またわが領土を蹂躙されたのは、そちらであろう。その敵に対して軍団を継ぐとは、戯言を申されておるのか」


お市が口を開いた。


お市「頼朝様は上洛を果たし、惣無事令を発布し、天下安寧を目指されておりました。その後は多くの武家の共存という難しき舵取りをされる覚悟を持たれておりました。私はそれに対し、『なんと甘きお心か』と、頼朝様に直に申し上げたこともございました。


そしてやはり朝廷は、上洛だけでは、強き軍事力だけでは、頼朝軍をもって惣無事令の発布をお認めになりませんでした。


頼朝様は不本意ながら、この先の罪を重ねる覚悟を持ち、朝廷が認めるまで領土を広げる鬼となるしかない─

家康様を臣下と迎えるためには、正々堂々とぶつかるしかない、そうご決断をされましたが、ご心痛はいかばかりであったかーー


その刹那に倒れられました。


しかしその罪は今の時を生きる家康様にではなく、頼朝様と義経様が背負い、朝廷から鬼の軍団の罪に対する免罪符『惣無事令』が発布された軍団を、正しき武人たる家康様に引き継ぎ、古の鬼たちは歴史の表舞台から去る──それが頼朝様のお考えなのです」


早雲が続ける。


早雲「つまりは、こういうことじゃ。


頼朝殿も、我らも、“過去の亡霊”が背負う業は、我らが地獄へ持って往く。

そして徳川殿、そなたが後の世を灯す灯籠となって欲しいのじゃよ」


家康も唐突な話ながら必死に耳を傾けていた。


家康「では聞くが、なぜ某なのじゃ。上杉、武田、北条と良い関係を結んでおったであろう」


お市「先ほどの牛一殿の壮大な物語にて、家康様が目指された世こそ、今の頼朝様にとって最上の選択肢であると分かったのです。


当然、頼朝軍がこの世に存在しなかったとしても、必然的に家康様が天下を取られておりましたでしょう。


しかし、その道のりは信じられぬほど多くの血を流すものでございました。私も、このように家康様とお話しする事も無く、兄も、武田も北条も、多くのすぐれた武人や民が歴史から姿を消しておりました。


頼朝様は歴史の流れを家康様にお戻ししたいのです。


ただし、それまでに極力流す血を少なくし、それでも流した血の罪は自らと義経様と、その他の古の武将たちが背負う──それが決意なのです。


またそのための強い武力も必要と考えておりますが、武力だけでは悲劇がまた繰り返されるでしょう。


それこそが、帝からいただく免罪符『惣無事令』により武力を私物ではなく公のものとして返上したい理由なのです」


家康は腕を組み、長く目を閉じた。瞳を開けて静かに語り始める。


家康「まだ今の話だけで頼朝殿のすべてを理解することはできぬ。しかし、おぬしらの話で、少なくとも頼朝殿と話をしてみようと考えるに至った」


再び家康は目を閉じ、しばらく一点を見つめた後、口を開いた。


家康「……三十日は要らぬ。二十日後、必ず京へ参る。

ただし──家臣・領民、残らずの安堵を約せ。


その上で、強きも弱きも活かす政(まつりごと)が何か──

頼朝殿の覚悟というものを、

儂自身の目で、頼朝殿に問いとうございまする」


お市の顔がようやく和らいだ。


お市「お待ちしております、家康様。しかし、お急ぎくださいませ。

頼朝様のご容態は日に日に悪化しております。

何卒、一日も早く頼朝様とお話しいただきますよう、伏してお願い申し上げます」


家康「もう一つ条件がある。

頼朝殿とお話しする際は、その名軍師殿の同席もお願いしたい」


源宝はまた想定外の言葉にたじろぐ。どう返答すればよいかわからず、義経の顔を見る。義経は優しく頷いた。


宝「は、はい!私でよろしければ、その……喜んでお義父上とともに、お待ち申し上げております!」


家康の頬に、一瞬、少年のような笑みが浮かんだ。


義経「家康殿、今までの領土、家臣、すべて元通り家康殿にお返しいたす。源氏の旗さえ城に立てていただけたら、一切の干渉はせぬ。よろしいか」


家康「ははっ!」


家康の礼は今や敵としての礼儀を重んじたものでは無く、臣下としての礼、源宝の目にはそのように映っていた。

家康は義経一行へ深く礼をした。




[書置きと雪灯り]


交渉が終わり、家康はそっと墨を含ませた筆を滑らせる。


『二十日の後、上洛仕る。

先途の恥は胸に秘し、

今を生きる者として――徳川家康』


障子を開け放つと、雪明かりが室内へ滲む。

家康は白息を吐きながら天を仰ぐ。


家康「弱きを助け、強きを殺さぬ──それが『安寧』と申すならば、頼朝殿よ、いかに難しき事を目指されておるものか。

しかし、徳川もまた、その柱とならん」


遠く、包囲陣の焚火が瞬き、

雪は静かに降り続け、夜は白く深く、京への道を照らし始めていた。




[雪待月の二条]


年も明け、天正十七年(1589年)初頭。

京、二条城。


病床にあった頼朝のもと、太田牛一が徳川軍の全面降伏を伝えてきた。

同時に、家康からの書状も頼朝に渡した。


頼朝「家康殿が京に参られるそうじゃ。義経には難しき事を強いたが……しかし此度はどの程度の血が流れたのかの。」


牛一「我が軍は多くの将兵が脱落したものの、戦死者は数千程度。しかし、徳川軍はほぼ全軍が壊滅、万を超える将兵の命を失う事となりました……」


頼朝は目を閉じた。もう頼朝には起き上がる力は残されていなかった。


頼朝「徳川が臣従してくれたことは、幸運であったが、やはり罪は深まるばかりじゃの。わしも命を永らえ、この罪をわしが引き受けねば……」


との言葉を発したところで、頼朝は大きくせき込んでしまった。

牛一は急ぎ頼朝の口元の鮮血をふき取り、背中をさすった。


牛一「しかし、此度は一色義満様のご息女、宝様の智謀をもって、少なくとも我が軍の被害は少なく、また、徳川の多くの将兵の命も失わずに済んだとも、義経様より報告を受けております。新しき時代、今の時代に生きるものの、希望でもあるかと……


決して悲観ばかりされぬよう、お願い申し上げます、頼朝様……」


頼朝「そうであったか、あの宝がの。それは嬉しき知らせじゃ……」



頼朝は目を閉じ、阿国の名を小さく呼んだ。

障子の外では、冷たい風に鈴の音が揺れている。


(まだ、わしは生きておる。しかし時が無い……)


――霜夜の鈴音と、蒲原の白雪。

二つの時空が同じ月光に照らされ、やがて“古の鬼”と“未来の継ぎ手”を結ぶ一本道へと収束していく。

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