ヴァイア艦「黒のリヴァイアス」の艦内は全てが解明されているわけではない。 知られているのは、政府が手を入れて居住区としたのは艦内の一部であって、いまだ理解できていない場所が数多く存在する。 その中に子供だけが知っている秘密の場所があった。 壁は白く、まるで太陽光を浴びたように明るくて、緑に覆われた――――幻のような一角。 子供達はそれを大人には伝えていない。 そこは楽園。 自分達が守るべき者が眠る場所。 子供とは呼べない年齢に近づきつつある者も増えたが、そこが楽園というのは変わりようがない。 月日が流れようともそこは変わらない。 その中に眠る主はその姿を変えず、守られるようにしてずっと眠りについている。 どんなに呼びかけようとも答えは返らない。 彼はずっと夢をみているのだ。 けっして醒めない夢を。 彼は永遠に子供のまま。 彼の名は―――― |
||
|
+++ |
|
どうしてこんな風になってしまったんだ? 祐希はいつもこの場所に来るとそう思わずにはいられない。 この一角、『 楽 園 』と呼ばれるこの場所に来るたびに祐希は後悔の念にかられる。 ここへ来るたび竦む己の足に舌打ちをして、緑で覆われたそこを掻き分け中へと進む。 その一歩一歩が祐希にとって果てしなく重かった。 気がつけなかった自分の罪がのしかかるような一歩。 今の自分と彼との距離を示すように、目指す場所は遠かった。 それでも祐希は進んだ。 大切な人が眠る場所へと。 目的の場所へとようやくたどり着いた祐希は、その場所に人の姿を見けて足を止めた。 大きな花束を抱えたその者に小さく声をかける。 「……尾瀬」 ピクンと身体がゆれ、見慣れた……否、その顔は涙によって崩れていたが。同僚である尾瀬イクミが祐希を振り返った。 「……祐希」 慌てて涙を拭ったイクミだったが、相手が祐希だとわかると泣き笑いに近い表情で彼の名前を呼んだ。 そんな彼に舌打ちして祐希は己が持ってきたものをイクミが持ってきた花の隣に置く。 祐希が置いたのは小さな箱だった。 綺麗に包装されていて中身が分らない。 「それは……?」 「……兄貴が好きだったものだ」 そういった祐希はそれ以上答える気がないらしい。 イクミが聞いた意味を分っているくせにそうはぐらかされてイクミはため息をつく。 「そっか……」 聞いてみたいと思ったが、答えないと決めた祐希から聞き出すことは大変な労力を使うことをイクミは身をもって体験している。 そうして、思い出す。 彼もまた…… そうだったことに。 一見、御しやすい性格に見えて、その実は頑固者。 目に見えてわかる弟よりも、見た目が穏やかなために思いっきり騙されていたことを思い出してイクミは苦笑した。 「なんだよ……」 「……ちょっと思い出しただけさ」 苦笑しているイクミを見咎めて尋ねる祐希にイクミは笑う。 祐希はその目でイクミに問い掛けたが、イクミは答えない。 最初に祐希が答えなかったのだから、自分が答える義理はないとの判断だった。 そうして―――― 二人の間に沈黙が落ちる。 「このリヴァイアス一の大嘘つきだったよな」 ぽつりと呟いたのはイクミだった。 その声に眠る彼を見守っていた祐希が反応する。 誰のことを示しているのは祐希にはすぐにわかった。 自分も同じことを考えていたのだから。 今、目の前で安らかに眠っている彼…… 相葉昴治のことを――――
「眠い……」 「なに? 昴治クンってば寝不足ですか?」 「そう、ちょっとさ、ハマっているゲームがあってついつい深夜にやっちゃうんだ」 ―――― 嘘つき、本当は眠れない身体に変わっていたくせに。 「……それしか食わねぇのかよ」 「俺、祐希と違ってそんなに肉体労働してないし…… それにさっき、あおいから差し入れがあったから軽く食事とるだけでいいんだ」 ―――― 大嘘つき野郎。 食べ物を受け付けない身体になっていたくせに。 変調した身体を誰にも知られず……そして、誰にも知らせずにすべてを欺いていた昴治。 それを見抜けなかった自分達。 ――――気がついたときは全てが遅かった。 最後に彼の開いている瞳をみたのは…… 5年前。 ブリッジの中で突然倒れた昴治。 フラリと上体が揺れてそれを慌てて支えた祐希とイクミだったが激しい拒絶にあった。 「触るなっ!!!」 そのあまりの大声と雰囲気にブリッジが静まり返る。 常の昴治らしからぬ声だった。 「どうしたんだよ? 昴治?」 「相葉君?」 心配と戸惑いを含んだブリッジの者達の声が昴治にかかる。 「……ごめん…」 祐希とイクミ、そして心配してくれるブリッジのメンバーに昴治は力なく微笑んだ。 切ないその微笑みに祐希とイクミはなぜか嫌な予感を感じる。 「兄貴?」 「昴治?」 そんな彼らに昴治は今度は答えない。 切なげな表情が、何かを堪えるような表情に変わり、右肩を抱えてうめきだした。 慌てて駆け寄る皆だったが、昴治はまたも拒絶を示す。 そして彼が必死で呼んだのはこの艦の主である、ネーヤだった。 「ネーヤっ!!」 切羽詰った彼の声にすぐにネーヤは現れた。 「コウジ……」 突然現れた彼女にブリッジにいるものたちはその表情を見て息を呑む。 ネーヤは泣いていた。 いつもあどけない表情でいる彼女が涙を流していたのだ。 「……ごめん、限界……みたいだ」 「ゴメン……ね、コウジ」 固まっている皆を他所にネーヤは泣いたままで昴治に近づく。 イクミや祐希達の間をすり抜けて昴治の傍へネーヤは進む。 「ゴメン…… コウジ」 「ネーヤの所為じゃないよ……」 笑おうとしたのだが痛みに失敗したらしく、昴治は泣き笑いのままネーヤを許す言葉をかけた。 「なにいってんだよ、あんたたち!」 昴治とネーヤ以外には今の会話はまったくわからない。 なにが限界で、なにがゴメンなのかも。 けれど、二人は説明をしなかった。 ネーヤは昴治しか見てなかったし、昴治は痛みで言葉を発せる状態ではなかったから。 「コウジが痛いのはイヤ……」 「ネーヤはコウジの最後のノゾミをかなえるヨ……」 ネーヤの言葉とともに昴治の右肩からすさまじい光が放たれた。 あまりの強烈な光にブリッジにいたメンバーの視界は一瞬真っ白になったのだった――――
「……大嘘つきで大馬鹿野郎だぜ、兄貴は」 体内にヴァイアを抱え込んだ人間なんて人類始まって以来のことだった。 その重要性とそんな自分の特異性に気がつかないでいた昴治はたしかにどこかずれていた。 イクミの撃った銃で右肩を射抜かれて……命が危うい状態になったとき、スフィクスであるネーヤはある決断をしたのだ。 流れる血を補うために昴治にヴァイアの細胞を与えた。 その時は確かに、命の危機を免れたけれど、彼の身体は書き換えられてしまったのだ。 人間としてのものと、ヴァイアとしてのもの…… 常に、二つのものが昴治の身体を凌ぎあっていたのだという。 昴治の身体を診断した大人はそういった。 人とヴァイアの細胞を組み込んだ体。 死んだように動かなくなった身体は眠っているだけだという。 大人達はやっきとなって昴治を起こそうとした。 自分達の実験のためだけに。 昴治としての人格を呼び覚ますためではなく、己の欲望のために昴治を利用しようとした。 そのことに祐希達は怒った。 大人達の勝手なやり方に。 自分達の大切なものを利用しようとする大人達への怒り。 その心にネーヤが反応して、大きく艦内が変動したのだ。 昴治が眠る場所が特別な空間へと―――― そして、この『 楽 園 』が生まれた―――――――― 以来、昴治の存在は大人達には知られていない。 艦内の変動により昴治の身体は取り込まれたとツヴァイはこの事件を報告したのだった。
「月日が経つのは早いよな」 「…………」 同意を求めるようなイクミに祐希は答えなかった。 確かに月日が経つのは早い。 自分はすでにあの時の兄の歳を越えてしまっているのだから。 けれど、ここにくると忘れてしまう。 目の前で安らかに眠っている兄は本当にあの時のままで。 収められた棺に映る自分の成長した姿の方が夢じゃないかと笑い飛ばしたくなる。 けれど、これは夢ではなくて…… それは目の前で話をしているイクミの成長した姿が教えてくれる。 「……いつまでも夢みてんじゃねぇよ」 今も変わらぬ姿のまま夢見る兄に向ってそういう祐希の瞳には、うっすらと涙が光っていた。
―――― 祐希もイクミもかっこよくなったよね…… ―――― コウジ…… ―――― あいつらだったら大丈夫。 ―――― コウジはツラクないの? ―――― 辛くないよ、今の俺は少しでもあいつらの手助けができるから。 ―――― ……サビしくない? ―――― 少しはね、でもネーヤがいる。 ―――― ネーヤはずっとコウジとイッショにいるよ。 ―――― うん、見守ろうね、皆を。ずっと一緒に……
黒のリヴァイアスの動きは他のヴァイア艦の動きを陵駕していた。 それはスフィクスであるネーヤともう一人……楽園と呼ばれた場所に眠る主の所為であることをリヴァイアスクルーは知っていた。 彼らはずっと語り継いだという。 リヴァイアスの奥深くに楽園があり、そこに眠っている主がずっと自分達を見守ってくれていることを―― |
||
| ← TOP● |
||
| 2000.12.13 執筆・掲載 2002.12.05 再掲載 あとがき (2000年 掲載時) 昴治至上主義……ってことで思われている昴治が好きってのがでちゃってます。 完全に亡くなっているのなら過去になることもあるかもしれないけど、 眠っているという状態は返って生殺しかもしれないと思いつつ書いたものでした。 昴治は永遠に子供のままでいてほしいという願望からこんな感じに……(^^;) |