京都大が先月、沖縄県今帰仁村教育委員会に、同村指定文化財の風葬墓「百按司(むむじゃな)墓」から戦前、京都帝国大医学部が研究目的で持ち出した遺体少なくとも26体を公表せず移管した。しかし、京都帝国大が沖縄から持ち出した遺体は150体以上で、移管は一部に過ぎない。奄美諸島(鹿児島県)の遺骨計269体の保管状況も開示していない。地元住民が返還に関する質問状を京都大に提出している、鹿児島県・喜界島の状況を報告する。

 奄美大島から船で2時間半の喜界島(鹿児島県喜界町)は、14世紀から琉球王朝に、近世は薩摩藩に支配された歴史がある。京都帝大の清野教授は、三宅講師を35年に徳之島と喜界島に派遣し、遺骨を収集した。

 喜界島の住民が京都大総合博物館に対し、遺骨保管状況の開示と「当時の刑法でも遺骨を持ち出しは犯罪」として、倫理的問題がないのか回答を求めている。

 49年に出版された清野教授が著書の京大人骨目録には、喜界島

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喜界島からは、何人分の遺骨を収集したのか