やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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 日曜を生贄にして連続投稿を召喚します。


#52 高専(下)

 昼時の京都駅。

 

 呪術高専入学初日の研修等を受けるために集められた面々は、憲紀が往来で家庭事情込みの重たい話を始めるなどトラブルもあったものの、おおむね問題なく初顔合わせも終わり、後は用意しているマイクロバスに乗って郊外にある高専まで向かうだけ……という所で、もう一つの懸念事項が姿を現す。

 

 そう、彼らは目の前のやりとりが穏便に終わったので忘れていたのだ。

 

 まだ最大の問題児がこの場に到着していないということを。

 

「オマエたち、どんな女がタイプだ!?」

 

 時間ピッタリに現れたドレッドヘアの大男は、集まっている学生たちの姿を認めるや、ノータイムで言い放った。

 

 なお、これによりこの集団は巫女服・狩衣・魔女っ娘・バンカラ・短ランとなり、最後に来た大男が一番まともな恰好という不思議な状況が現出している。

 

「ハァ~……」

 

 事前に面談か何かをしたことがあるのだろう。歌姫は「また始まった」と言わんばかりに大きなため息をついて頭を抱え、桃はいよいよ顔から表情が抜け落ちはじめ。

 

 およそ全く歓迎されていない様子を見ても尚、この男の勢いは削がれなかった。

 

「性癖には、その人間の全てが反映される。性癖がつまらない人間は、そいつ自身もつまらん! ああ、因みに俺は――身長(タッパ)(ケツ)がデカい女がタイプです!」

 

「まず名乗るべきじゃないのか?」

 

「ツッコミどころ本当にそこでいいのか?」

 

 冷静さを保っていた男子2名も、憲紀がズレた返答をしたのを皮切りに空気に呑まれ始める。

 

「ふん。京都1年、東堂葵(とうどうあおい)。自己紹介終わり。ほらさっさと答えろ」

 

 大男は興がそがれたとでも言わんばかりに不機嫌そうに名乗ると、改めて問いかける。なお、既にこのやりとりをやった後なのだろう歌姫は完全に無視、桃はフリーズから復帰していない。

 

「本当、変なところばっかり師匠に似てるんだなあ……」

 

「むっ、師匠(マイ・マスター)を知っているのか」

 

「九十九由基特級術師だろう、昔一度戦ったことがある」

 

 数年前、孤島での演習の前哨戦として組まれた九十九由基と空閑徹の試合は、当時居合わせた術師たちの間ではちょっとした伝説になっていたが、どうやら九十九はそのことを弟子に伝えていなかったようだ。

 

「ならば、オマエには多少期待が持てそうだな」

 

 しかし、仮にも呪術界に接点を持っていたこの男が、空閑徹の強さについて知らないとは考えにくい。

 

 風評や称号ではなく、あくまで直に見た本人の実力だけで評価がしたいと、そういうことなのか。

 

 そう考えて徹が顎に手を当てているうち、憲紀が先に口を開いた。

 

「異性のタイプか……すまないが特にない。強いて言えば好きになった相手がタイプということになるな」

 

 こういう時、憲紀の変な方向の真面目さは、強引に話を進める方向に作用する。

 

 ただ、この回答は葵の求めるものではなかったらしい。

 

「ぬぅん!!」

 

 憲紀の顔面めがけて突然に飛来した葵の拳は、しかし割り込んできた徹の手にぶつかる、さらにその直前で止まる。

 

 徹の手には何かが握られており、それをそのまま葵の方へ投げてよこす。

 

「地元福岡土産の千鳥饅頭、手土産代わりに持って来てたんだ。まあ食えよ」

 

 "原作"を知る徹は、作中で強烈なインパクトを残した東堂葵についてももちろん知っている。

 

 あの癖の強い存在が自分の同級生になることに早くから思い至っていた彼は、初対面で取るべき対策について事前に考慮していた。

 

「つまりお前は、自分の行動指針に殉じるってことだな。その割に、この辺のラインを超えて来ない常識はあるらしい」

 

 マンガ好きの徹が考案した策は、つまり"お約束"を逆用した行動の制限。

 

 嫌われてはいても最終的に味方の立場に収まったこと、そして何より自らの行動指針には従い、「高田ちゃん」に嫌われそうなことが出来ないことを考慮すれば。

 

 創作物において特に「一線を越えた存在」の悪性を表現する方法として用いられる「食物を粗末に扱う」ようなマネは出来ないはず。

 

「当たり前だ。高田ちゃんに恥じるような行いはあり得ない。貰い物を粗末にするような真似もそうだ。有難く貰っておこう」

 

 どうやら、徹の読みは正確であった。

 

「オマエは退屈だが」

 

 ビ、と憲紀を指差して宣言する東堂。だが、徹の方を指差す際にはその表情はいくぶん緩んでおり。

 

「オマエは並の連中とは違うらしい。だからこそ教えろ、どんな女がタイプだ!」

 

 流石にうやむやにはならないか、と一瞬考えてから、徹は観念したように一つため息を吐く。

 

「……背が高くて、金髪で、肉付きが良くて明るい女かな」

 

 九十九の時の回答とほぼ同様。想定先はレアである。

 

 ついでに言えば、九十九の時と違って照れのない本心だ。初めて女を知った時から一貫して徹の女性経験の最前線に陣取っているレアは、いつぞやに本人の言った通りの「特別」を徹から勝ち取るに至っていた。

 

 憲紀は何か言いたげであったが、実際に口を開くより先に、葵の様子が変わる。

 

 繰り返して言うが、この時徹はレアを想定して答えを出した。あるいは、抱えた面倒ごとの大きさから、真依の逆を行く答えが自然と出てきた所もあっただろう。

 

 だがこの時、東堂葵に電流走る。

 

「…………なるほど、()()()()()()か!」

 

 この時、東堂の脳内に存在しない記憶が広がることこそなかったが、彼には一人、「長身の金髪で豊満な明るい女性」に心当たりがあった。

 

 事前に彼女の話をしていたのも手伝って、東堂の(自称)IQ53万の頭脳はひとつの誤った答えを導き出す!

 

「フッ、見る目があるじゃないか好敵手(マイ・ライバル)よ」

 

(結論はそうなったか……とりあえずよし)

 

 徹はそのことに気づかず、そして桃と歌姫はもはや突っ込む気力すら失っていたので、ひとまず当座の問題をしのぎ切ったことに安堵した。

 

(もしかしてこれ……まともなのわたしだけ……?)

 

 桃の受難は、まだ始まったばかりだが。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 徹が高専に入学してから、遡ること数か月。

 

 高専に入ることが決まっていたのは、徹たち3年組や、東京側で入学予定の秤と星ら生徒だけにとどまらない。

 

 この日徹が呼び出しを受けたのは、東京郊外に位置する呪術高専東京校、その体育館であった。

 

「げ、おめーも居んのかよ」

 

 勘弁してくれ、と言いたげなトレンチコートの男、日下部篤也が声を上げる。

 

 今や押しも押されぬ1級術師として大成している日下部だが、かつての演習でボコボコにやられて以来、徹のことは露骨に怖がっているのだった。

 

「まーそー言わないでさ、約束通り日当出すから」

 

 諫めているのは、この集まりの仕掛け人、五条悟。

 

 そしてステージの前に立っている、金髪にスーツ姿の男がもう一人。これが体育館内の全容であった。

 

「それじゃ、徹も来たことだしさっさと始めようか。じゃじゃーん、こちら呪術師復帰希望の七海建人君です!」

 

「……七海です」

 

 五条の紹介を受け、嫌々な感じを隠そうともせず歩み出るスーツの男、七海建人。

 

 日下部はともかく、徹からすれば初見のはずの相手。だが、"原作"を知る彼にとっては、「復帰タイミングは今だったのか」という意外さを除けば、この邂逅は意外なものではなかった。

 

「復帰に伴う等級審査だけならもうちょい簡単でいいんだけど、この際だから1級昇格試験も纏めてやっちゃおうと思ってね。ほら、七海けっこう強いしさ」

 

 という五条の言で、徹はこの集まりの趣旨を理解する。

 

 原作において七海が復帰してから1級まで上り詰めた経緯は不明だったが、まさか復帰と同時に1級昇格試験の受験が認められているとは思わなかった。

 

 徹が思っている以上に、この業界は人手不足であるらしい。

 

「この場合、受け持ちが僕ってことになるから他に2人、1級術師の推薦がいるじゃん? 君ら2人にその試験官をお願いしようと思って。特別一級でも推薦自体は出せるしね」

 

(どうせロクな用事じゃないんだろうなと思ったら……案外まともだったな)

 

 徹の失礼な感想は五条の日頃の行い("原作"でのエピソードも含む)によるものだが、考えてみれば徹は他の面々と違い、五条からロクでもない絡み方をされていないことに思い至る。

 

 それが五条なりの強さへの敬意から来るのか、あるいは「よその子」だからなのかは分からなかったが、フラットに接しているように見えて徹には思う所があるのかも知れなかった。

 

「もちろん、手心を加える必要はないよ。先輩のよしみで機会はセッティングしたけど、むしろブランクがある分厳し~く見てやって欲しいかな」

 

 灰原の時みたいになっちゃ寝覚めが悪いしね。

 

 急に威圧感を増した悟の言動に反応を示したのは、多少たじろいだ日下部のみ。徹と七海は普段通り突っ立ったままだ。

 

「あー、んじゃ俺は合格でいいや」

 

 同じく、最初に声を上げたのも日下部であった。

 

「えー? 折角体育館借りたのに暴れなくていいの?」

 

「ヒトを戦闘狂扱いすんな。第一な、そいつがどのくらい鍛え込んでるかなんてのは一目見りゃ大体分かんだよ、シン陰流舐めんな」

 

「しかも七海は術式含めゴリゴリの近接タイプ、つまり見えてる筋肉と呪力がだいたい全てってことで、そう大きく外さずに評価はできる」

 

「オマエ昔から真面目だったからな、大方復帰を決めてから今までキッチリサビ落とししたんだろ。1級はこれから次第だが準1なら今すぐでも務まる程度にゃ仕上がってる。推薦するに十分だ」

 

 つー訳だから俺は帰る。上には丸一日審査してたって言っとけよ。

 

 まくし立てるように根拠を並べると、日下部は体育館の鉄扉を引き、そそくさと出て行った。

 

「あらら、3分で合格出ちゃった。まーやる気なくても実力は本物だし、書類とかはキッチリするタイプだから大丈夫でしょ。徹はどうする?」

 

「そうですね。日下部さんの見立てには概ね同意しますが、折角なので少し手合わせさせて下さい」

 

 徹の目にも、七海の肉体は既にかなりの完成度であり、呪術師復帰のため相当な密度で鍛え直したことがうかがえる。呪力の流れも非常に穏やかで、術式性能がもう少し高ければ、あるいは領域対策を何かしら持ち合わせていれば即1級として通用するように見える。

 

 考えてみれば、徹は今まで誰かに1級推薦を出したことはない。

 

 昇進を控えた準1級術師が本当に相応しいか協議する場には必ずと言っていいほど「現場代表」として呼ばれ意見を求められるため、実は1級昇進の可否に口を出せるだけの政治的影響力を徹は有しているのだが、本人はそれに無自覚であった。

 

「五条さん、彼は?」

 

 そうして、模擬戦のためコートの真ん中まで移動しようとしたところで、七海から質問の声が上がる。

 

「ああ、初対面だっけ。彼は空閑徹、僕以外の術師の中だと多分最強なんじゃないかな」

 

「聞きたいのはそういうことではありません。徹君、歳はいくつですか?」

 

「この間15になりました。年上の方を審査するのは恐縮ですが、これでも4年ほど特別一級を勤めています」

 

 平然と答える徹だが、それによって七海はただでさえ険しい顔をより歪める。

 

「……どうやら、呪術界は変わっていないようですね」

 

「本当ロクでもないよね~、まあ学徒動員育ちの僕らが言えたことじゃないけど。それに、そいつの実力見てもそんな余裕ぶっこいてられるかな?」

 

 五条の言を受け、七海は気が進まないようではあったがコート中央の徹と向かい合う。

 

「とりあえず、捌いてみてください」

 

 最後の「い」が七海の耳に届いた瞬間、その眼前には徹の拳が飛来している。

 

 慌ててそれを弾くと、続けざまに回し蹴り、さらに右をフェイントにした左フック、着地点を簡易領域で若干ズラしての前蹴りのコンボ。

 

「……ッ!」

 

 ガン! という人体同士がぶつかり合ったとはとても思えない音を響かせて、七海は数メートル後ずさる。

 

「……折れてもいないようですし、十分ですね。戦闘力は合格ラインだと思います」

 

 徹の前蹴りは、きちんとブレーキのかかったトラックを吹き飛ばす破壊力がある。

 

 本気でないことを加味しても、それをクロスさせた腕で防ぎ切って見せた七海は、肉弾戦という意味では一級相当の戦力であると言えた。

 

「しかし、私が聞くのもなんですが精神面は大丈夫ですか?」

 

 徹自身、この時点の七海が戦力として劣るとは微塵も思っていない。優秀な戦力はいくらあっても困らないし、彼が欠ければ渋谷に限らずあらゆる場所で危機が広がるだろう。

 

 精神面についても、呪術界に七海ほどの「できた大人」はいないと言えるほど良識的な男だ。

 

 だからこそ、そしてその末路を知っているからこそ、徹には聞いておきたいことがあった。

 

「私に限らず、使えるものは何でも使わないとやっていけない業界です。報酬はあっても、誉はありません。これからもきっと、貴方から見てロクでもないもの、悍ましいもの、汚らわしいものを、山ほど見過ごさなければいけなくなる」

 

「……例えば私は、自分と同じくらいの歳の女の子を殺す任務に就いたことがある。恐らく貴方もそういう仕事を任される。それでも、術師を続けられますか?」

 

 ()()()()()()()()()とは問わない。

 

 ただ金のことだけを考える暮らしに嫌気がさして、「やりがい」を求めてここへ来た。それは知っている。彼には、命より大切なものがあるのだ。

 

「子供に心配されるほど、私の精神はヤワでは……いえ、一度逃げた訳ですから、聞かれて当然ですね」

 

 灰原の死を経て、七海は高専卒業の際に呪術師の道を選ばなかった。それでも今、呪術師の世界へ戻る意思は固いようだった。

 

「ロマンチックなことを言うつもりはありません。ただ、表の世界にも同じ汚さはある。君の例えを引用するなら、私は独居老人の全財産を詐欺同然の投機に流し込ませて社長賞を貰ったことがあります。同じクソなら自分にとって適正のある方を、そう思ったまでです」

 

 それは、原作で述べられていた台詞の再現。

 

「そうですか……では最後に1つだけ」

 

 徹が言い終えた瞬間、音も気配もなく突然、二人のいる景色が塗り替わった。

 

「っ! これは……!?」

 

「見ての通り、領域展開です。必中・必殺効果をオミットして、掌印と詠唱を省略しました」

 

 晩鐘劍ヶ丘。

 

 血と刃にまみれた丘には、二人以外に生きた人間は存在しない。

 

「これは、今の所五条さんにも出来ない技術です。あの人が実力を隠していなければですが。……常々思っていたんですが、特に五条さんと同世代の皆さんは、五条さんを絶対視しすぎるきらいがあります」

 

 それは、あの日の「もう五条さん一人でよくないですか」に対する、数年越しの回答だった。

 

「五条さんに出来ないからと言って、存在しない訳でも、不可能な訳でもない。足掻く余地は確かに存在しています」

 

「七海さん。あなたには()()()()()()()、呪術界を前に進める覚悟はありますか」

 

 五条悟は最強だが、1人である。その弱点をカバーできるはずだった夏油傑は、既に呪詛師に堕ちてしまった。

 

 1級最強術師として徹がなすべきことは、つまり呪術師の模範たる1級術師の、そのまた模範たること。そして、五条悟は怪物ではなく、理屈の先に地続きで存在していることを証明するため、特級術師と五条悟の間に存在し続けること。

 

 1級術師の間に蔓延する「最悪五条悟にやらせればいいや」という慢心、あるいは諦観を打破することが、目下の徹が目指すところであった。

 

「無論、あります。五条さんに任せるだけなら、転職するにしても表の世界で警察官でも目指せばいい。術師に戻るからには、最善を尽くします」

 

 それに、と七海は続けた。

 

「今、やらないといけないことが一つ増えましたしね」

 

「内容を伺っても?」

 

 徹の問いかけに、七海はニヤリと笑って答える。

 

「高専入学前の子供を最高戦力扱いしてしまう情けない大人たちの顔面に、一発入れてやりましょう」

 

 真面目くさった顔で述べる七海を見て、徹は思わず破顔した。

 

 

 

 この翌日、空閑徹・日下部篤也両名の推薦により、七海建人は術師復帰と同時に準1級昇進という異例の出世を果たす。

 

 その背後で五条悟が動いていたことは公然の秘密であり、空閑徹が初めて他人を1級に推薦したことと合わせ、上層部の頭を大いに悩ますのであった。




 七海復帰。
 徹が裏でやっていた一級術師の意識改革やら何やらが少しずつ実を結び始めます。
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