呪術師の成長曲線は、必ずしも一定ではない。
黒閃に限らず、生死を賭けた極限の状況下で潜在能力が開花、術式が拡張されることは往々にしてある。
だが、それはあくまで本人の資質によるものだ。
呪霊が人間を乗っ取っている現状、呪力量と出力は「肉体」に依存するが、呪力操作や術式の精度は呪霊の方に操作権限がある。
言ってしまえば、キャラの性能はそのまま、コントローラーの持ち主が他人に代わった状況だ。
問題は、これまで才能に任せて突っ込むだけの素人だった魔法少女が、今や歴戦のプロによって「操縦」されているということ。
――飛来した槍を、徹は首を傾けて躱す。
顔の真横を通過して着弾した槍は、纏っていた呪力とソニックブームを周囲に吹き荒らし、徹の頬にほんの少し切り傷を付けた。
直後に突っ込んで来た魔法少女を眼前に据え、一歩も退かず居合の構え。
開戦当時と同じ突撃と迎撃の応酬。
――違うのは突撃の速度と、呪力操作の精度。
黒 閃
この日、恐らくは史上2例目となる、黒閃同士のぶつかり合いが観測される。
それはお互いの衝撃を打ち消し合い直接的な被害を及ぼすことはなかったが。
これにより空閑徹、魔法少女双方が、120%の潜在能力を引き出すに至る!
「今ので獲ったと思ったんだけどね……」
ビリビリと震える手甲は、呪力によって鉤爪のような刃を生やしていたが黒閃の衝撃で破損している。魔法少女は能面のような表情で手甲を一瞥し、入ったヒビと肉体へのダメージを反転術式で手早く修復、徹に向き直る。
(反転術式! 呪霊の癖に……!)
徹は徹で、その規格外の練度に内心肝を冷やしていた。
元来、呪力そのものでできている呪霊は、正のエネルギーである反転術式を扱うことが出来ない。反転エネルギーに触れただけで身体を構成する呪力と打ち消し合い、消し飛んでしまうからだ。
眼前の存在はつまり、机上の計算だけで反転術式の行使を想定し、おそらくはこのはの身体を実験台としてそれを成功させたのだ。これで、反転術式を叩き込んだら呪霊だけが消滅して魔法少女を保護できるという線も消えたことになる。
一方、作中で自然呪霊すらもなしえなかった離れ業を軽々と実現させた魔法少女は、地面に突き刺さった槍を回収し独り言ちる。
「なるほど、これは厄介だ。出し惜しみすべきではないようだね」
槍を右手に持ち替え、左手をインカムへ。
「……
(!!)
禪院唯。
禪院家から魔法少女の手によって誘拐されたというその存在について、空閑家ではほとんど情報を仕入れられていなかった。
あの日直哉が言ったことを真実とするなら、彼女は禪院本家に連なる血統であり、魔法少女によってその身柄を奪われ――そして、禪院家が存在ごと隠蔽する程度に厄介な術式を持っていることになる。
「んぇ……その声、カワウソさん……?」
「深夜にすまないね。実はこのはが意識を失ってしまって、今は代理でボクが身体を動かしている。また、力を貸してくれるかい?」
息をするように嘘を織り交ぜて前提を説明した真言は、徹の猛攻をしのぎつつ、それでいて淡々と言葉を続ける。
「わ、わかった!」
会話が一段落した瞬間、魔法少女の槍が徹の脇腹を貫く。
(途中から明らかにキレが増した! こいつギアが……!)
それは十数回のフェイントと数百合の打ち合いの果てに生じた結果だったが、コンマ数秒の交差の間で、徹は明確に違和感を得ていた。
「……さっきから妙にボクの右腕を気にしているようだが、あいにくボクの術式は接触をトリガーとしたものではない」
(術式の開示!)
脇腹に空いた穴を反転術式でふさぐまでのわずかな隙、そこで魔法少女は追撃ではなく、術式の開示を挟むことを選んだ。
それは徹の実力を考慮して撃破を確実にするための安定策であり、準備を整えれば余裕をもって撃破可能であるという自信の表れ。
同時に、徹を巻き込んで術式の底上げをした方が、
「ボクの『
説明のための台詞を吐きながらも、槍捌きの手は止まらない。
「大雑把に言えば、相手に『こうだ』と心から信じ、思い込ませれば、それが現実になる」
それは、一種の現実改変を伴う凶悪な力であり、物体の見かけの形状に干渉できる真人のそれと似て非なる力。
「不換紙幣の仕組みと同じさ。政府の発行した紙切れに価値があると全員が信じることで、そこに本当に価値が産まれる。ボクに言わせれば神だってそうやって産まれた人類最古の発明品に過ぎず……っとすまない、話がそれた」
元来お喋りな質なのか、あるいは肉体を手に入れて高揚しているのか。
言葉の洪水は止まることなく徹の耳孔に届き続ける。
「元々、この身体の持っていた術式は至って伝統的な類感呪術だった。それを"名前の一致"と"マスコットのフリ"で彼女の大好きなテレビアニメの登場人物に錯覚させ、ボクから相応の呪力を与えてその在り方を固定化させたんだ。狂人の真似とて大路を走らば、という奴さ。その点、君らが外部から観測してくれて助かったよ」
類感呪術とは、似たもの同士(例えば人間と人形)を同一視し、「現物」の代わりとして儀式を行う呪術あるいは迷信のことだ。例えば、人間の代わりに人形の足に五寸釘を打ち付けることで、呪いの対象となった本物の人間の足も悪くなる……という具合である。
それをベースにどんな応用をしたか、真言は彼女自身に自分は魔法少女だと思い込ませ、実際に魔法少女として活動させ……しまいには、自らの術式の力でそれを現実のものにしたのだと。
「言った通り、この力はあくまで相手が心から"それ"を信じていないと現実にはならない。だが逆に言えば、
「……何が言いたい?」
徹は刀を振る手を休めず問いかける。
好き勝手喋らせているのは、術式開示の観点から嘘の情報が混ざる可能性が低いため、時間を稼いで攻撃のクセを暴くのと情報収集を兼ねたもの。
ついでに会話に気を取られて槍と砲撃の精度が雑になってくれればいつでも簡易領域で細切れにする算段だったが、むしろその精密性はうなぎ登り。推定コトリバコ超えの呪力総量と出力を前に、呪力操作に一日の長があるはずの徹をして押され始めていた。
「まあ信用創造の応用とでも言おうか、"既になくなっているもの"を"まだある"かのように錯覚させる方法がある」
ここで徹は一時的に領域展延を解除。魔法少女には攻撃が通らなくなる恰好だが、代わりに小刀と大刀の手数で防御に回る。
「つまり、堤このはに『禪院唯がまだ生きている』と錯覚させれば、それが破られるまで彼女の身体は『彼女の中の禪院唯』とコンタクトを取れる訳だ。意識を失った今もね」
その情報が何を意味しているか。
察しの付かない徹ではなかったが、それが剣筋に乱れを齎すこともなかった。
「流石、君みたいな察しの良い善人はこれで崩せることが多いんだけどね。続けようか。当初の計画では禪院唯の方を素体にするつもりだったんだ。彼女はいわゆる忌み子で、消えても禪院家以外は気づけないしね。だが、このはというより良い素体が手に入ったので今の形式に落ち着いた」
ここからが本題だ、と言いながら槍を振りかぶり、地面に突き立てて周辺に呪力の嵐を吹き荒れさせる。
徹が周辺に展開していた「小刀」が吹き飛ばされ、状況はイーブンに戻された。
「実は、堤このはは禪院唯の術式について誤解している。その状態で周囲に観測させボクが呪力を与え、誤解の方を定着させたんだ。術式の内容はごく単純――」
――2~3秒程度のごく近い未来の予知だ。
ここで徹は失策を悟ったが、焦って行動を変えることなく攻撃を続ける。
「正確に言えば、彼女は自分か親しい者に死の危険が訪れた時、それを6秒ほど早く察知することができる。だが今の能力は変質し、危険が迫った際に"未来のビジョン"を見せる能力になっている。効果範囲はもちろん、この身体限定だ」
徹はこれまでに得た情報を、脳内で素早く整理していく。
相手の手札はつまり3つ。
①このはの術式「
②真言の術式「
③禪院唯の術式「未来予知」。ゆめタウンで聞いた「避けて!」はこれによるものか。また、急に動きが良くなったりそうでなかったりするのは、真言の命に届く攻撃だけが事前に判明しているためだろう。領域展開を含む大技の使用は事前に全て察知できると言われたようなもので、逃走に徹された場合極めて厄介になり得る。
その上で、相手の素の呪力量は徹のそれを凌駕しており、出力についても同様。機動力は辛うじて五分か。
間違いなく、これまで出会ってきた中で最強の敵である。
そう結論付け、徹は口を開いた。
「……臆病なんだな。そんなに五条悟が怖いか」
真言の能力構成には明確な意図があった。それは「生存」である。
敵を屠るための武器ではなく、人を欺き罠に嵌めるための悪意でもなく、全てはただ天敵から逃げ、生き残るための術であった。
「そりゃあ怖いとも。人間に限らず動物だって、誰だって、指先一つで自分を殺しうる存在は怖いだろ」
恐怖を認め、それに対処する。
その在り方こそが、真言の老成をよく表している。
真言に慢心はない。彼(女)は自分の手札を十分に吟味した上で、空閑徹を殺して五条悟から逃げ切れると判断している。
「そうか。あと一つ聞きたい」
「何かな」
「本物の禪院唯はどうした?」
だから真言はこの質問に動じることなく、そして徹を笑う事もない。
不要に怒りを呼び起こすことで、土壇場で成長されるリスクを考慮してのことだ。
「殺した。遺体が見つかれば思い込みが解けるから、セーフハウスと称した空き家に詰め込んだ後、このはの目が離れてから手近な呪霊をけしかけて喰わせた」
その冷静さは、他人の怒りを宥める効果すら時に有する。
「充分だ」
――闇より出でて闇より黒く、以て
徹の詠唱が
(何だ? 未来予知にかからなかった……?)
真言がその終端に行き着くより早く、徹の詠唱が完了。縁が「帳」に特有の黒い球体で覆われる。
「……何のつもりだい?」
「簡易領域と帳の役割について、一つ思いついたことがある」
真言に慢心はない。最悪でも今この場から逃げ出せば、殺されることなく逃げ切れると考えている。
「縛りをかけてある。"俺"か、"俺以外の全員"が死ぬまで、帳は解除されない」
「げ――」
言い終えるより先に、真言の首筋からじわりと血が噴き出る。
「こっちの行動が全部読める訳じゃないんだもんな?」
徹の手元には、空になった軍用注射器と、宙に浮く十数本の大小様々な刃物。
ドーピングによる感覚強化と簡易領域での術式増強、縛りによる能力向上まで含めた空閑徹は、術式と領域展延の同時行使という前代未聞の領域に到達する。
真言の推測は概ね正しい。
一つ誤算があるとすれば――
――なりふり構わず逃げ出せば命を拾える間に、逃げ出しておくべきだった。
なお、本来の極ノ番は既に失伝しているため、辻斬御免は空閑徹のオリジナルです。一応戦国当時ですら犯罪扱いされてたはずの辻斬りに免状が出ちゃってるのが徹から見た空閑家のありようって訳ですね。