――黒閃を狙って出せる術師は存在しない。
あの五条悟をしてなお、その発生条件を全て解析できている訳ではない。
だが、黒閃の出が完全にランダムかと言われれば、必ずしもそうでないことが知られている。
例えば時期。訓練中や遊びの中で偶然発動する事例はほとんど皆無で、命を懸けた場面、死闘の中でこそ繰り出されるものだと経験的に知られる。
本人の気性や行動が、ルーティーンとして黒閃を呼び起こす例もある。俗に「黒い火花に愛されている」と称される人間は、ここぞという時の行動が意図せずして、黒閃の発動条件と重なっているのだ。
つまり、「狙って黒閃を出せる術師」は存在しないが、「黒閃の出る条件に一定の再現性がある術師」なら存在し得る。
例えば、術式効果で作った弱点に直撃を入れた時の七海健人。
例えば、極限状態における決死の一撃が入った時の虎杖悠仁。
――例えば、身内が死んでスイッチが入った時の空閑徹。
黒 閃
黒い火花を纏った刃がこのはを吹き飛ばし、壁と家具をぶち抜いて宙を舞う。
「が、は……ッ」
しかし、生じた音は肉を切り裂く湿ったものではなく、硬質の何かがぶつかった時のそれ。
金属の衝突による火花か、衝撃で飛び散った呪力か。
光がその場を照らすより先に、このはが吹き飛んだ先には大ぶりな消防斧が2本、宙に浮き待ち構えている。
徹の扱う"小刀"のペイロードは優に100キロを上回り、そのエネルギー量を速度に振れば、十数キロの鉄塊を目にも留まらぬ速さで振り抜くことは造作もない。
ゴッ、という重たい衝撃音は、しかし破砕音を含まない。徹は未だ、自分の手を離したものにまで領域展延の効果を及ぼす段階までは至っていないためだ。
このはの背中をけたたましく打ち付けた斧は、彼女にダメージを与えることはできず地面に転がる。
しかし、彼女が
「……ッ!」
以前にもあった展開、このはは歯を食いしばって軌道修正を試みるが、ここまでトータルで0コンマ数秒の超高速戦闘だ。スポーツどころかアクションゲームすらロクにやったことがない彼女では、土台反射神経が追い付かない。
空閑徹も元より、そこを突いて行動し始めるまでに削り切る戦略であった。故に、手筈通りに飛来する彼女を見据える徹は、既に簡易領域を展開し居合の構えに入っている。
無人島での演習の際、日下部篤也の使う「シン陰」の抜刀術に着想を得た神速の斬撃。
それは、呪力操作のプログラム化により領域内に入ったものを反射的に迎撃する機能はそのままに、もう一つの細工が施されている。
――繰り返すが、黒閃を狙って出せる術師は存在しない。
だが、出が偏る術師はいる。
ならば、あるいは単なる運任せであったとしても、出た時の状況を
数ある条件のうち「術者本人に関するもの」を完全に調律できれば、あとは外的要因による変数のみを処理すればよい。そういう皮算用のもとでこの技は作られた。
平常時なら、あくまで「会心の一発が出やすい」に類する技能。2、30回に1回でも黒閃になれば万々歳と言ったところ。
だが鉄火場の緊張、親族の死、そして先刻の黒閃により完全にゾーンに入っている空閑徹ならば、「その1回」を最初に持ってくることは造作もない。
かくして彼は、黒い火花の寵愛をその手で掴み取るに至る!
黒 閃
「が、ごぼ……っ!」
渾身の呪力が込められた一撃を、このはは辛うじて交差させた両腕で受ける。
骨まで達する激痛が脳に届くより早く、手甲を貫通して片腕の半ばほどにまでめり込んだ刀が振り抜かれ、今度は上方向へと打ち上げられる。
勢いを失って滞空するよりさらに早く跳躍してきた徹が追い付き、今度は大上段から日本刀を振り下ろす!
黒 閃
――徹はあずかり知らぬことだが、将来的に一級最強と呼ばれるまでに大成する日下部が奥義とするのは「自動攻撃プログラムを敵が領域内にいる限り発動し続ける」戦法。
その機能を、徹の簡易領域は先行して実装することに成功していた。
頭をわずかに外し、頭皮の一部と頭蓋骨のカケラを削ぎ落しながら、刀がこのはの右肩を直撃。腕が切断はされなかったが、深々と胴へ切り込む傷を得る。
勢いそのまま地面へ叩きつけられるこのはを一瞥もせず、ただ
黒 閃
このはが展開した防御魔法(結界術の一種と推定される)はその場で割られたが、それまでと比べてダメージが少なかったことと、何より徹の持つ刀を折ったことから一定の効果は認められる。
だが、追撃は止まず。徹は微塵も動揺を見せずに刀を捨て、このはの顔面めがけて後ろ回し蹴りを見舞う。
黒 閃
"脳ではなく脊髄で考えて襲って来る"と称される苛烈な自動攻撃は、可能な限り"黒閃"発動時の条件をなぞって攻撃するように設定されている。
それは本来、相手に動きを読まれてカウンターを取られやすくするリスクをも孕んでいるが、"相手にカウンターを取られることを前提とした高速移動"のルーチン構築の分野には先人がいる。
1度は領域展開の撃ち合いまでした仲だ。その手の内をラーニングして、移動法の参考に取り入れる程度は容易であった。
「フーッ」
流石にスタミナが切れたか、徹はひとつ大きく息を吐き、そのタイミングで簡易領域も途切れる。
折れた刀の代わりを"小刀"で取り寄せ、装備。ここまでのルーチンが完了してから、徹はもう一つ息を吐いた。
――魔法少女などという珍妙な術式。術師にとっては絶対の価値基準である家柄を持たぬ存在。絶対の最高戦力たる空閑徹の存在。そして、その空閑徹もまた、原作外の強者へのマークはなかった。
わずかずつ、しかし確かに蓄積されてきた驕りは、今確かな形を伴って現れている。
脅威を排除したいのなら、初めから五条悟にでも丸投げすればいい。少なくとも、禪院直哉の介入があった時点で素直に引き渡しておけば事態は解決していた。
取り込みたいのであれば、適当な使い捨ての人員でも接触させて友好的に勧誘すればいい。少なくとも、攻撃する前にダメもとで試してみる分には損は無かっただろう。
この中途半端に雑な対応は、五条悟にも匹敵する「概念的無敵」の術式を心からは信じられない名家のプライドと、それを初見で
ましてさらなる強化フォームへの覚醒の可能性など、提唱したレア本人と徹くらいしかまともに取り合ってはいなかった。
「……だから言ったんだ、侮るなって」
しわ寄せはいつだって、一番弱いものに。しかし徹の父を含む皆は、まさか準1級の均までもが「しわ寄せ」を押し付けられる過酷な現状を想定できなかったに違いない。
原作開始の数年前にあたる今は、ちょうど戦力の空白期。呪術界全体は五条悟を頭痛の種にしつつも、彼が存在するというだけで「秩序そのものの崩壊」などを考慮する必要は一切なかった。
だが、その認識はもう捨てなければならないだろう。そういうレベルの存在が今、現れたのだ。
「っと」
思考に呼応するように土煙の向こうから莫大な呪力の
全呪力を回避に回して飛びこむ前の居場所を、人間がまるごと入れそうな太さの極大ビームが通り過ぎる。
土煙が晴れた先、死に体に見えた彼女は、ボロボロのマントに所々黒ずんだコスチュームを身にまとい、しかし無傷でそこにいた。
「ダメージが通ってない……訳じゃないな」
今のこのはから立ち上る呪力出力は、明確に徹のそれ……どころか、彼の見てきたトップクラスである九十九由基やコトリバコのそれをすら上回る規模。
これまでの呪術界の常識を覆す黒閃5連撃を食らっても尚平然としているのは、「攻撃が効いていない」訳ではなく、「効いてはいるが、圧倒的な呪力量のせいでダメージを減らされ、反転で回復されている」。つまりシンプルな地力で押し負けている状態に近い。
このはのコスチュームはそれまでのレオタード然としたところから、関節や肩部分などを覆う鎧のような部位ができ、腕と一体化していた杖は独立して槍のような姿を取っている。
その節々からは、圧縮され、エネルギー化した呪力がオーラのように発光。
「……やる」
ぼそり、と吐き捨てるようにつぶやくと同時、全身から立ち上る呪力の勢いがさらに増し、関節の鎧部分から青い炎となって噴き出す。夏油傑の「うずまき」などで起こるレベルの現象が、通常の状態で既に起こっていた。
「殺してやる! あんたら全員!!」
吠えたのと同時に、竜巻のごとき呪力が辺りを薙ぐ。
「そうだ、それでいい。何も我慢することはない。これだけのことをされたんだ、もっと怒っていいんだよ」
それを煽る何某かの声もまた、徹の耳には届いていた。
(やはり協力者がいる? いや……これは……)
操られている?
そう考え始めた時、徹の眼前には槍が迫っており。
けたたましい金属音と共に、刀とぶつかって火花を上げる。
(早い!! が……)
徹の簡易領域展開が間に合うまでに4発。展開後、遅れて飛んできた追尾弾を捌くこと18発。
(当てに行く
呪力の放出をジェット噴射のように利用して飛び回り、時折追尾弾と極太ビームを打ち込んで来る。
その動きは余人には捉えられないものだったかも知れないが、魔法少女どころかさすらいの騎士然としたこのはの攻撃は簡単に捌かれて行き、徹にダメージを与えるに至らない。
どころか、適宜与えられるカウンターや小刀による援護と妨害により、ジワジワとダメージが蓄積してさえいる。
呪力出力、総量ともに上回っているのはこのはだが、純粋な技量差で徹に圧倒され、その差異でもってこのはは少しずつダメージを蓄積させていった。
「はぁ、はぁ……なんで……っ!!」
槍による攻撃。呪力の砲撃。投擲。体当たり。
そのすべてを回避され、或いはカウンターを合わせられ、彼女はほんの少しずつ削られて行く。
「手こずっているようだね。ボクも力を貸そうか?」
このまま、詰め将棋として戦いが終わるかと思いきや。
眼前の敵を排除できないもどかしさか、敵を排除できない無力感か。
あるいはそれらが「詰み」への道筋を整えようとしている時、徹の聴覚は再び「あの声」を聞いた。