やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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大変お待たせ致しました。


#43 覚醒

 

 深夜。

 

 地方都市の新興住宅地の一角に、"魔法少女"こと堤このはの自宅はある。

 

 地元の信金に勤めている父が見栄を張って建てた二階建て一軒家だが、地方都市で土地が安かったため敷地が広い。そのおかげで、このはは長子特権で(狭いが)2階の端に個室を手に入れていた。

 

 そんなベッドと机を置いたらほとんど埋まってしまう自室の隅で、このはは電気をつけるでもベッドに入るでもなく座っていた。

 

「……イル」

 

 体育座りの姿勢から顔を上げず、ここ数か月ですっかり戦友になったマスコットを呼ぶ。

 

「何かな?」

 

 カワウソを象った"何か"は、変わらず彼女に寄り添っていた。

 

「これで、よかったのかな」

 

 このはの脳裏を過るのは、数日前の敗北と、その後に交わしたやりとり。

 

 無敵の魔法少女"プリンシパル・スター"は、自分を狙って現れた刺客を前に脆くも崩れ去った。

 

 彼女の記憶にある限り、彼女は生まれてこのかた顔を殴られたことなどない。

 

 初めて現実のものとして感じた殺意と死は、ダメージの総量で言えば鼻骨・篩骨・頬骨の骨折と首のむち打ちに留まり、命に別状はない。だが同時に、彼女を一時的に戦闘不能にするだけの衝撃をもっていた。

 

 なお、彼女の術式たる「魔法少女」には、呪物による受肉の際に起こる変身と同じ要領で「変身解除と共に、変身中に受けたダメージをなかったことにする」効果がある。

 

 ダメージ無効化は週に1度しか行えないという縛りはあれど、即死さえしなければ変身解除→変身で即時戦線復帰可能な反則的強さにより、このはが負った傷は既に完治している。

 

 それでも彼女が浮かない顔なのは、自分が遊び半分で行ってきたことの意味を知ったから。

 

 そして、直後に助けてくれた袈裟の大男の思想に触れたから。

 

「"呪術師"は……人間じゃないのかな」

 

 夏油傑の名誉のために補足するなら、彼は極めて紳士的かつ友好的に接触を行った。

 

 このはの境遇を理解し、同情し、そして「イル」の入れ知恵とは言え自主的に呪霊狩りを行う姿勢を手放しで褒めた。

 

 それはこのはにとって初めての経験で、あの刺客とは別口で組織を率いる立場らしい「大人」に行いを認められる体験はたいへん甘美だったが……すぐにその言動の違和感に気づいた。

 

 夏油傑から見た堤このはは"猿の中から生まれた選ばれし者"、自分の同類であったからその勧誘にも熱が入ったが、あくまで彼の思想は「選民による支配」だ。

 

 呪術師をただの人間より高次の存在と位置づけ、ゆくゆくは"人間"にとって代わる。

 

 その在り方は、図らずも自然呪霊たちのそれと似ている。その意味で彼は、最早人の身で呪いと化しているとも言えた。

 

 それは一見、呪術師たちにとって居心地のよい題目に見えるが。夏油らとこのはは似た境遇に見えて、決定的に相容れない点がある。

 

 このははあくまで、自分のことを「たまたま力を持っていた/授かっただけの人間」だと考えている。人間関係は全て非術師によって構成される彼女にとって、力こそが異物で、非術師こそが正常だった。

 

 つい数か月前まで一般人として暮らし、力を持ってからも普段通りの中学生活を続けたが故の思想であった。

 

 思想が合うはずがない。このはは呪術師として迫害されたことも、身の丈に合わない重責を背負わされたことも、呪霊以外の死を目の当たりにしたことさえないのだ。

 

 軽率な呪霊狩りのせいで怒らせてはいけない何か、あるいは誰かを怒らせてしまった自覚はあれど、その行動を誰かに否定されたことも、存在を疎まれたこともない。

 

 ただあの手この手で前線に駆り出そうとしてくるイルの方針に従わされているにすぎず、それ以外の部分はどこまでも普通の子供なのだ。

 

 似た生い立ちに居ながら憎しみを持たないこのはは、むしろその"緩さ"のせいで夏油派の結束を揺るがしかねない。

 

 勧誘が失敗に終わり、夏油が相互不可侵と多少の情報支援に終始するのは当然であった。

 

「わたしは……人間と一緒に居ちゃいけないのかな」

 

 このは自身考えないようにしていたことで、"イル"の誘導によって考えないようにされていたことでもある。

 

「あくまで、ぼくの考えだが」

 

 悩むこのはに対し、イルはいつもの平坦な口調で、しかしこのはをしっかりと見据えて答える。

 

「ぼくに言わせれば、区別や種族なんてものは人間が勝手にそう決めただけだよ。君は君だ、やりたいようにやればいい。まあ、自分は特別なんだと驕ってみせるのは、典型的な人間らしさだとも思うけどね」

 

「……それ、慰めてくれてるの?」

 

「まぁね。ボクは見ての通りヒトではないけど、ヒトのことは好きなんだ。こうして協力してもらっていることだしね」

 

「回りくどいなぁ、もう」

 

 くす、と笑いながらイルの物言いに答えていると、このはは少し気持ちが軽くなっていることに気づく。

 

「でも、ありがと」

 

「どういたし――っと、これは」

 

 イルの宇宙人じみた冷静さが崩れた。

 

 それだけで、このははただ事でない事態を悟った。

 

「抜かったな、どうも()()()()()。おそらくこの家を中心として帳が降りているね」

 

「えっ!? と、帳ってどういう」

 

「ゆめタウンの時と同じだ。奴らこの家を特定してきたようだ。急いで変身を!」

 

 イルの語気に気圧されたまま、変身のため窓を開け放つ。

 

 この時、イルと魔法少女の探知を躱すため、用いられたのは"帳"よりも原始的な、神道系の結界術である。

 

 術師5人と呪具5つを五芒星状に配置した相互協力術式によって維持されるそれは、通常であれば厄災を結界の内に入れないために用いられる。

 

 しかしここではその内外条件を逆転させ、敢えて"この世のものならざるもの"を中心に向かって吸い寄せ、そして外へ出られないように留める効果が付与されている。

 

 つまり、イルや魔法少女は「招かれるべき存在」として歓迎されていたから、その効果を知覚することができなかったのだ。

 

 呪術の現代化に伴い薄れていった「呪術戦」の戦術ドクトリンは、伝統に忠実な地方術師にこそ生き残っていることも往々にしてある。

 

「……っ!! 変、身!!」

 

 晴れているようで星ひとつ見えない夜空は、しかし彼女の変身条件を辛うじて満たした。

 

 全身が光に包まれ、変身が完了していくのを待たず、このはは窓から飛び出す。

 

 警戒すべきはあの男だけだ。ならば、不意打ちの可能性のある屋内に留まるよりも、視界を確保する方が先決。

 

 "対処法"の一つとしてイルから教わった通り、彼女は2階から飛び出し――

 

 着地するまでのわずかな時間に、彼女の感覚はいくつかの情報を同時に捉える。

 

 自宅の周囲を取り囲むように停まっている黒のセダン2台、白のロングバン2台。恐らく家を挟んで反対側にも。各車両に2人ずつ、警察の機動隊じみた重武装の人物が待機している。

 

 玄関先も勝手口も既に武装した人物に固められ、この窓以外の出入り口が全て封じられているらしいことを視認。

 

 そして自分の落下予測地点を振り返れば、広くない中庭の中心に立つ一人の兵士。タクティカルベストとヘルメット、四眼の暗視ゴーグルからなる特殊部隊員のような恰好で、しかも腰に差した刀に手をかけているとなれば、思い当たる人物は1人しかいない。

 

 ここでこのはは、自分が完全包囲の前に誘い出されたことを理解する。

 

「魔力認証! スターライト☆キャノン!!」

 

 喉元までせり上がって来る恐怖を振り払うように、震える声で最大火力を準備。

 

 しかしそれが完了するより早く、視界にこのはの姿を認めた兵士が、左手で家の方を指さす。

 

 それと同時に、兵士が指差した先、縁側に何者かが現れる。

 

 両手を頭の後ろに組み、銃を突きつけられた状態でよろよろと現れる中年の女――

 

「――母さん!?」

 

 驚いたこのはは、慌てて砲身の展開を止める。彼女の砲撃では、母親を巻き込まずに兵士だけ攻撃するのは不可能だった。

 

「あんまりこういう手は使いたくないんだけどね」

 

 人質の後ろから出てきた男は、大型のリボルバーを突きつけたまま、軽薄そうな口調で呼びかける。

 

「お父さんと弟二人も同じ状況だ。変身を解除して投降しろ」

 

 発言に合わせてリボルバーをゴリ、と後頭部に押し当て、軽薄さが一転、ドスを利かせた声色でこのはに迫る。

 

「3つ数えるまでに決断するんだ」

 

 考える暇を与えないように、あくまで優位を保ったまま。

 

 

 空閑家でなくとも、呪術界の縄張りで勝手に呪霊狩りをすれば、遅かれ早かれ目を付けられることになる。

 

 自身はいい。このは程の使い手なら、五条悟以外のどんな追っ手をけしかけられようが地下に潜って活動できる。

 

 だが、日本呪術界という巨人を相手にすることは、残した隙を徹底的に突かれ、疲弊させられ続けるということでもある。

 

 たとえばカリスマの元に集った狂信的集団。あるいは、生存に人間社会のリソースを必要としない呪霊。

 

 そういうものでなければ、少なくとも組織だった行動は不可能。それが現代における呪詛師の常識だ。

 

 権力を敵に回すということは、法と行政が敵に回るということ。親兄弟が、友人が、恋人が、配偶者や子供が不自然なほど厳格な法の適用に晒され、仮に本人が逃げおおせたとしても、10年とかからず親類縁者全員が自殺か、非正規の手段で国外逃亡を強いられることになる。

 

 家族を人質に取られる可能性を、一般出身のこのはは全く考慮していなかったが。

 

 

 何故、イルは想定していなかったか。

 

 

「――このは。まだ手は残っているよ」

 

 否。想定できなかったはずがない。

 

「君の力は、未だ無意識のリミッターの下でしか扱えていない」

 

 知っていて、伝えなかったのだ。

 

「1つ」

 

「本当はもう少し慣らすつもりだったが、身体は既に、もっと高い出力に耐えられるようになっているはずだよ」

 

 それは、空閑家でも脅威として考慮された事態のひとつ。

 

 彼らは知る由もないことだが、「スターライト☆キャノン」の魔力……呪力出力は、かつて伊達藩で"大砲"と謳われた石流龍のそれとほぼ同等。

 

 それを考慮しても尚、認識阻害・概念的無敵・ダメージフィードバック無効という異次元の防御性能から考えれば、全く釣り合っているとは言えない。

 

 彼女には何らかの隠し玉がある、あるいは、未だ実力を出し切れていない。

 

「2つ」

 

「あとは精神。気の持ちようひとつだ」

 

 

 

 

 

 このは。君は……本当はもっと、強いんだよ。

 

 

 

 

 

 ――有識者、舞屋レアは語る。

 

 プリンシパル☆スターには、今の初期形態のほかに、強化形態と暴走形態が1つずつ、あと最終回限定の合体フォームがあるッス。

 

 合体はまあ、名前の通りだとして……強化形態は暴走を克服した後、絆の力で誕生する高機動フォーム。暴走形態は星の力を過剰に投与された主人公が、一時的にそのエネルギーに呑まれることで一時的に変じた火力特化フォーム。

 

 変身前攻撃も学校への襲撃という形で作中1度、第2期7話に行われてるッスけど、まさにこの時が強化フォームのお披露目だったんで、昼間の襲撃はちょっとリスク高いッスね。

 

 だからまあ、イレギュラーに対処するとしたら、自分なら民間人や親族を人質に取るッスかね。作風的にそこまでダークじゃなかったんで作中では例がなかったッスが、暴走形態と強化形態の大火力攻撃を防ごうと思ったらこれしかないと思うッス。

 

 唯一怖いところがあるとしたら……完全に悪の側に入ってしまうことっスかね。主人公補正を敵に回すの、ちょっと縁起でもないッスよね。知らない強化形態とか出てきそうで。

 

 

 

「3つ」

 

 

 

 最後通牒となるカウントが読み上げられること。

 

 あたりが閃光に包まれること。

 

 大口径リボルバーの発砲音があたりに響くこと。

 

 そして、中庭に立っていた兵士と、人質を取っていた兵士――舞屋均の額に大穴が開くこと。

 

 それらが同時に起こり、そこには。

 

 

「――素晴らしい」

 

 

 青黒い炎とボロボロのマントを身にまとう、このはの姿があった。




 4/22追記:一部表現を加筆修正。
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