やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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#39 呪霊(上)

 呪霊は通常、野生動物と同じように本能のまま行動する。

 

 その知能は個体によって様々だが、大抵の場合呪力量が多い……つまり等級が高い呪霊ほど知能が高く、人語を解する場合その時点で準1級以上の格を持つことがほぼ確定すると言われる。

 

 と言っても、以前徹が戦ったコトリバコや「原作」に登場した少年院の呪霊のように、特級の力を持っていても賢い動物程度の知能しか持たないものも多く、知能は参考にはなっても決めつけてかかるのは危険だ。

 

 そういった呪霊の性質を利用して、呪霊に「躾」を施し手駒にする場合がある。

 

 呪霊は人の負の感情から生まれるため、ほとんどの場合で人間を憎んでいるが、条件づけ、交渉あるいは恫喝などの手段によって一時的に言うことを聞かせることが出来ない訳ではない。

 

 ただ、そういう手段を重宝するのは、往々にして「呪術師の仕業と悟られたくない場合」――つまり裏仕事。呪術師として戦力が欲しいのであれば、はじめから他の呪術師に協力を頼むか、式神を使えばいい。

 

 そして。徹の眼前を埋め尽くしているワームは、明らかに呪詛師の命によって制御されているものであった。呪力の起こりから行動を探知できる徹の知覚力をもってすれば、その動きが本能のままに人――魔法少女を食らうためのものか、理性に基づき魔法少女を確保するためのものかはすぐに判別できる。

 

 その動きは、明確に何者かからの指示を受けていた。

 

「野良ではない、飼い慣らした呪霊、にしては呪力の流れが不自然……っ、呪霊操術か!?」

 

 呪力を辿ると、魔法少女は既に呪霊の腹の中。それを避けるように繰り出した斬撃は、しかしワームの裏から撃ち出されたイカのような呪霊を代わりに両断し、その威力を失う。

 

「流石は空閑家、躊躇いというものがないね」

 

 呪霊の消滅反応に伴う煙の中を、五条袈裟に身を包んだ大男が歩み出る。

 

 東京高専の汚点。加茂憲倫に代わる史上最悪の呪詛師。かつて問題児であり、最強だった男。

 

「…………夏油さん。お久しぶりです」

 

 夏油傑。

 

 日本呪術界がその捜索に血道を上げるも、未だ行方が分からない筈の男がそこにいた。

 

「おや、覚えていてくれたのか! 君ほどの術師に認知されているとは嬉しいね」

 

 笑顔を浮かべ、極端にフレンドリーな態度で接してくる傑の姿は、詐欺師さながらのうさん臭さに満ちている。

 

("対策"は色々講じてきたつもりだが……)

 

 一方の徹はと言えば、夏油の姿が露わになった段階で追撃は諦め、刀を鞘に戻し居合の構え。「今」「この」タイミングでの乱入は全くの想定外であったが、思考の乱れや焼けついた術式とは反比例するように技が冴えていく。そのように鍛錬を積んで来たし、この程度のことは"想定内の想定外"であった。

 

 徹が高専2年時に発生する、新宿・京都百鬼夜行。その主犯である夏油傑は、長らく徹の想定する"仮想敵"の一人であった。故に、その対策はいくつも考案していたが……それは術式・呪力・体力が万全であるか、お互い同程度の消耗であることが前提。

 

 今この状況に追い込まれている時点で、徹は戦術的に敗北している。

 

 領域展開で術式が焼き切れたタイミングを狙ってきたということは、向こうも白兵戦で徹を相手取るのは難しいと考えているはず。

 

 呪霊操術の強みはその圧倒的な手数。いくつの初見殺しを仕込まれているか分からない以上、不用意な真似はできない。

 

 場を緊張に満ちた空気が覆っている間に、ワームは魔法少女を飲み込んだままどこかへ消えていった。

 

 傑が場に現れた時点で、時間稼ぎという彼の目的はほぼ達成されたのである。 

 

「ずっと、あの時のお礼を言いたいと思っていたんだ。せっかくこうして会えたことだし、一つ話でもしないか? 私としても、呪術師とは出来るだけ事を構えたくない」

 

 徹はこの時点で、夏油の内心を測りかねていた。

 

 彼が非術師を滅ぼすという大義を掲げていることは「原作」でも、今生で空閑家を通じて入ってきた情報でも知っている。

 

 だがそもそも、最後のきっかけになった村の件を考えた時。高専と違ってこれと言って夏油と明確な関係性を持たず、どちらかと言えば上層部側にいる自分を、夏油傑は同胞として判定するか?

 

「……それは通りませんよ夏油さん。あなたは今空閑と禪院がそれぞれ追いかけているものを横からかっさらってしまった。追撃は免れません」

 

 空閑タイ捨流簡易領域。

 

 術式の付与された領域は使えずとも、弱者の領域として設計されたこれら技能は鈍らない。

 

 しかし完全な臨戦態勢に移行した徹を見ても、夏油の笑みは崩れなかった。

 

「正しい対応だ。呪術界の一員としてこれ以上ないだろう。……では、()()()()()()、空閑徹くん?」

 

 崩れたのは、徹の無表情の方。

 

「……さあ。趣味でやってる訳ではないので」

 

「仕事に私情は持ち込まない、か。ますます立派だよ。その歳でよくそこまで仕上げたね」

 

 夏油はあくまで会話継続の構え。数分もすれば徹の術式は回復し、そうなればこの距離での交戦には大きなリスクが伴うだろう。

 

 それでも夏油が姿を現しているのは――。

 

「だが……彼女のことは私に任せるんだ。呪術界(きみたち)では彼女を救ってやれないよ、徹君」

 

 夏油の背後の空間がひび割れ、奥に広がった真っ暗闇の中から、異形の軍団がゾロゾロと現れる。

 

「…………そうでしょうね」

 

 徹にも分かっている。

 

 このまま空閑家で魔法少女を保護したとして。彼女はリョウと同じようなお抱えの傭兵の立場になる。……それだけならいいが、彼女の場合特殊かつ強力な術式を持ち、それが価値の全てを構成するタイプの術師だ。こういうタイプの術者は、名門に抱えられてからの待遇が悪くなりがちな所がある。

 

 元呪詛師のリョウがまともな扱いを受けているのは、彼女が術式を持っておらず、そのスキルが鍛錬と知識によるものだからだ。彼女にもし子供が出来たら、その子は父の術式を継ぐか術式なしで産まれる。皮肉なことだが、だから彼女は安心して指南役を任されているのである。

 

「君たちの在り方が悪いとまでは思っていない。ただ仕様的に手の届かない所には、私が代わりに手を伸ばそうというだけさ」

 

「では、あなたなら救えるとでも?」

 

 魔法少女は、術式以外は完全な一般人だ。名門に、呪術師の家に相応しい立ち振る舞いは、物心ついてからでは身につかない。順当に行けば空閑家を後見人として高専に放り込んで教育し……徹か徹也に妾として与えられることになるだろう。

 

 それが恐らく、徹の政治力で実現し得る最大限幸福な未来。仮に禪院家が魔法少女を確保すれば、その時は……徹が執着しているのを知れば確実に真依2号として投入してくるに決まっているし、そうでなければ直哉の玩具が一つ増えるだけだ。

 

「少なくとも、救おうとはするさ。自分にできることを、精一杯ね」

 

 きっと、あの双子の時もそうして、今もそうし続けているのだろう。

 

「そうかもしれません。ですが……それでも、ハイそうですかとは、行かないんですよ」

 

 徹が改めて刀に手をかけると、説得失敗を悟ったか、夏油もその呪力を励起させる。

 

「あくまで今を守るのか。……思えばあの日からそうだったね。君はそう、大人だった」

 

 懐かし気に言う夏油は、しかしその語気をほんの少しだけ荒げた。

 

「最後にひとつ教えてくれないか。何故君はそこまで頑張れる? 理想も報いもないマラソンゲームを、何故そんなにも速く走り続けられるんだ?」

 

 吐き捨てるように出した言葉は、きっと本音だった。

 

 それは徹に向けたものでもあり、呪術界そのものが抱える矛盾と向き合ってのものであり、そして、徹や夏油ですら影すら踏めぬ、遥か天上の存在を見てきた者としての言葉だった。

 

 だから、ほんの1秒ほど考えて、あの日と同じように口を開いた。

 

「……"生き残りたい"、それだけですよ。強者でも弱者でもない。適者生存です。自分がより長く、よりよく生きるために必要なことは何でもやる、ただそれだけです」

 

 それは、徹のオリジンだ。

 

「これは利己です。ですが私は旧家の人間だ。"己"と定義されうる範囲が夏油さんより広い。代わりに、自己とはあくまで一族に内包される一個の概念に過ぎず、その内側で生きて、足掻いて、"出来ること"を選び取り、積み上げていくほかに、"私"の存在する余地はない。その途中で、もし主張や生き方がぶつかることがあれば――」

 

 

 ――それはもう、呪い合うしかない。

 

 

 徹の術式はまだ焼け付いている。

 

 それでも彼は、言い切ったのを合図に飛び込んできたイカ状の呪霊数十体を丸ごと切り払って見せた。

 

 続くムカデの呪霊を頭から両断し、返す刀で夏油へ斬撃を繰り出す。

 

 しかしこの時点で、既にどこからか取り出した三節棍を夏油は保持。徹の刀を絡め取……られる前に、徹の前蹴りによって体ごと吹き飛ばされ、刀の拘束が解ける。

 

(呪力強化の質では既に追い越されている、やはり白兵戦は不利か……!)

(術式無しじゃ容易に踏み込めない、どうにか撒いて魔法少女の追跡を……!)

 

 考察は一瞬。直後、夏油の背後から新たな異形が現れる。

 

「国外での呪霊発生は極めて珍しいが、ゼロではない。"これ"はその中の一つだ」

 

 それは一見して少年であった。

 

 アフリカ系で髪は坊主にしており、12~3歳に見える。ボロボロのシャツと短パンを履き、サンダル姿で、しかし顔だけは写真を上から塗りつぶしたように真っ黒で、"なにもない"。唯一手入れが行き届いているのは、その手に持ったAK-47だけだ。

 

 ――それは、米国における子供の死因第一位。人は自ら発明したその力があまりにも簡単に命を奪うことを恐れ、恐れるが故に手放すことが出来ない。

 

「特級呪霊。畏れの元は……"銃"だよ」

 

 不敵に笑ってハンドサインを出すと、同じ背格好、同じ服装、同じ装備の子供がもう3人現れ、夏油の周囲を固める。

 

「だが、君を相手するならこれだけでは不足だ。もう一体、この呪霊も使おう」

 

 さらに夏油の背後から空間に亀裂が走り、巨大な猫のような異形が姿を現す。

 

「特級仮想怨霊、鍋島の化け猫。君の所にお邪魔した時取り込んだものだ」

 

 徹の術式は、未だ回復していない。

 

 本来なら、即時撤退を選ぶべき状況。だが、無限に等しい手数を誇り、何より術師と違って「逃がさない」ことに重きを置いた術式効果持ちが非常に多い呪霊操術を相手に背を向け、術式無しで逃げ切れる可能性は高くない。

 

 この場の最善策は、術式が回復するまで夏油を足止めしつつ時間を稼ぎ、回復次第領域展開を含む大技で一気に制圧、夏油本人に魔法少女の居場所を吐かせること。

 

 普通はそう考える。東京の術者なら。

 

「――それは雑魚の思考だ!」

 

 夏油が講釈を終えた瞬間、徹は呪力強化を全開にして跳躍。呪霊5体からなる布陣をすり抜け、夏油の首元めがけて袈裟懸けに刀を振り下ろす!

 

「知ってるさ」

 

 その直前。

 

 夏油の右手を中心に、禍々しい呪力の塊が形成され――

 

「極ノ番・うずまき」

 

 

 

 

 

 ――この日、ゆめタウン久留米上空では根本から二股に分かれた火柱のような光が観測され、火元とみられた本館は3F駐車場と屋上、2階テナントの一部が崩落、駐車場に放置されていた自動車12台が廃車になるなど甚大な被害を記録した。

 

 幸いにも閉館後であったため人的被害は出なかったが、最低限の修繕が完了するまで約2ヵ月間に渡って長期休業を余儀なくされる。

 

 事故調査委員会はテナント職員の配置ミスにより配電設備とガスボンベが接触、爆発したものと発表され、施設が以前の活気を取り戻すまでには長い時間を要することになる。

 

 なお事故後復興の際、地元の名士である空閑家から多額の援助の申し出があり、これにより当初の予定よりかなり早く修繕作業が完了したと言われている。

 

 また当日、職員通用口付近で少女が目撃されたとの情報があり、ネット上などではテロ事件説を始めとする陰謀論がまことしやかに囁かれているが、現在の所警察・消防からそのような発表はなされていない。

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