やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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#37 交戦(上)

 櫛原方面から国道210号線を東へ。地元の総合スポーツセンターを通りすぎて、市営の広い公園と地元では名の知れたうなぎ屋の間の道を降りると、左手に大型商業施設が見えてくる。

 

 九州でもトップクラスの集客数を誇るそこは、平時であれば周辺の広範囲に渋滞をもたらす程度に賑わっているが、現在時刻は深夜11時半を過ぎている。普段であれば施設内に多少は残っている人員も今日は完全に退避しており、敷地内は不気味な程の静寂に包まれている。

 

 白いロングバンが左折し、入り口手前にある交番の向かい、チェーンの紳士服販売店の駐車場に停車する。続けてもう一台。

 

 通常は通り抜け防止に設置されている車止めは撤去され、かわりに機動隊を思わせる盾を持った警官隊が並んでおり、敷地内とは打って変わって剣呑な空気に包まれていた。

 

 普段は小型のパトカー一台と白バイ数台しか置かれていない交番の駐車場には、青地に白の線が2本入った警察の人員輸送車が無理矢理停められ、武装した警官がひっきりなしに行ったり来たりしている。

 

 一方、白いバンから降りて来たのは男1人のみ。都市迷彩柄の戦闘服にタクティカルベスト、頭には四眼の暗視ゴーグルがついたヘルメットと、基本的には米軍の特殊部隊のような恰好をしているが、決定的に異様な点が1つ。

 

 男は釘打ち機のような銃のほかに、日本刀を2本、いわゆる大小の形で腰に差して武装していた。

 

C案件対策担当官(C対)です。状況について教えて下さい」

 

 男は現場で指揮を出している壮年の警官に歩み寄ると、ヘルメットを外して問いかける。

 

 警察管区外の"C案件"であるが、このように事態が大規模である場合、事情を極秘とした上で地元県警と協力することはままある。

 

 そう言った事態の際は、現在県警本部長を務める一族の人間から根回しを行い、事情を知っている警官が現場に送り込まれる手はずとなっているのである。

 

「若殿! ご足労頂きましてありがとうございます」

 

 この男もまた、"C案件"の際に機動隊を動かすよう密命を受けている分家筋の人間であった。男――空閑徹と面識はなかったが、九州呪術界と少しでも関わりのある者で、空閑一族の麒麟児の顔を知らぬものなど存在しない。いわゆる「顔パス」であった。

 

「たった今、敷地全体の包囲が完了したところです。()()()の方からも、展開が完了したと連絡がありました。内部の状況については不明ですが、少なくとも内外への人の出入りは一切確認されておりません」

 

 ヘルメットをかぶりなおして報告を聞いていた徹は、一通り説明を聞き終えると、少し考えてから口を開く。

 

「1点、確認していただきたいことがあります」

 

「何でしょう?」

 

「展開完了から現在までの警察無線、口頭での連絡、私語、何でもかまいません。――()()()()()()()()()、あるいはそれに類する発言がこれまでになされたか調べてください」

 

 一見して、意味不明な要求である。

 

 だが、時に不条理な行為が術式の要件を構成することがある"C案件"においては、敵地のスパイよろしく「鉄の掟」が存在する。

 

「了解しました。すぐに調べさせます」

 

 現場の「C対」人員、つまり呪術師から発せられた要望は、それがどのような内容であろうと可能な限りこれに応えること。

 

 また、その理由や用途などについて口を挟んだり、聞き返したりしないこと。

 

「――確認できました。今から15分ほど前、北西の職員通用口を警備していた者がそのような発言をしたと」

 

「ありがとうございます。ではこのまま包囲を維持、出入りを封じてください」

 

 1分とかからず答えた警官に短く礼を言って、徹はポケットから無線機を取り出しつつ帳に向かって歩みを進める。

 

遊撃班班長(SS01)から全体。目標A(魔法少女)は15分前に北西職員通用口より侵入。目標B(1級相当呪霊)は既に祓除済の可能性が高い。どうぞ」

 

本部(HQ)了解。予定通りプランAにて対処願う。どうぞ』

 

「プランA了解。現時刻より突入する」

 

 プランAとは、徹の持ち込んだカメラ付きナイフ6セットを投入して偵察しながら本人も突入。駐車場周辺にまだいると思われる「魔法少女」を発見次第攻撃、可能であれば鎮圧するという案だ。

 

 徹也は"帳"外から再契象により支援、リョウは別行動で、所定の狙撃ポイントにて待機。

 

 タイミング含め完璧に罠にかかった「魔法少女」を狩るべく、空閑家は最高戦力の投入を決定していた。

 

『なお予定通り、不測の事態には後詰として待機させている第三班を投入する』

 

 後詰とは、つまり徹が土壇場で躊躇した場合、確実に「魔法少女」を無力化するための督戦隊のようなもの。これは野良の呪術師の引き抜き交渉であると同時に、徹に後ろ暗い任務が務まるかどうかを確認する試金石でもあった。

 

 最善の結果は魔法少女の生け捕りであるが、今回こんな準備を整えられたのは、たまたま金曜日に発生した呪霊が高耐久かつ遅延行為に向いた術式を持ち、程よく強力で周囲に致命的な被害は出づらいタイプの1級だったという幸運があってのこと。

 

 県警を巻き込んでの大規模作戦は何度も実行できるものではない。すでに何度も空閑家側の捕捉を逃れ続けている実績と、ここで取り逃がした場合に生じる将来的なリスクを考量した結果周知された作戦が上記である。

 

 まず殺す気で当たって、死ねば最低限の目標は達成。その上で、無力化に際して()()()()()()()()()御の字として「交渉」に移る。

 

 そういう「及び腰」の作戦を立てねばならない程度に、「魔法少女」の性能は危険視されているのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 このはが異変に気づいたのは、いつも通り大した苦労も無く呪霊を祓い終えた直後だった。

 

 いつもなら人っ子一人いない時間帯と場所を見計らって"怪異狩り"を行うのに、周囲に人の気配がある。

 

 それも1人や2人ではない。この一帯を取り囲むように数百名単位で人が集まっていると、変身により鋭敏になったこのはの感覚器は告げていた。

 

「わわ、何これ!?」

 

 ただ事でない雰囲気を察し、立体駐車場からこっそり外の様子を見てみると、何やら黒く粘りのある球体のようなものに敷地全体が覆われているのがわかった。

 

『ちょっと厄介なことになったね。どうやらキミの行いが"組織"にバレたらしい』

 

「組織!? あたし何も聞いてないんだけど!?」

 

『静かに。組織って言うのは、今のキミと同じように、キミのと似た力を使って怪異狩りをやってる連中のことさ。だが正義の味方ってよりは、むしろ国から公金を掠め取り企業からみかじめ料を吸い上げるヤクザ者みたいなやつらでね。当然、そのシマで勝手に狩りをしてるのがバレたら何されるかわかったもんじゃない』

 

 相変わらずすました口調で"不用意に関わってほしくなかったから説明を省いたが"などと嘯くイル(変身中は霊体化してインカムに憑りついている)がつらつらと述べる言葉は、そのどれもがこのはにとって初耳のもので。

 

『こうなったら仕方ない。いい感じに相手して、隙を見て逃げよう。キミは単独で狩りを続けるべき――』

 

 フリーズしたこのはを誘導するように言葉を並べるイルだったが、それを言い終えるよりも、そしてこのは自身が再起動を果たすよりも。

 

 横一閃の()()()()がこのはの首元を捕らえ、その身体ごと吹き飛ばす方が早かった。

 

「……今ので死なないのか」

 

 乱暴に叩きつけたスーパーボールのごとく無秩序に跳ね回るこのはの肢体はしかし、ぶつかった拍子にヒビが入ったりかけたりしている立体駐車場の柱と違い無傷。

 

 回転しながら宙に滞空したタイミングで、一足飛びに距離を詰めて来た何者か――空閑徹のかかと落としが顔面に直撃。

 

 轟音と共にコンクリートの床面をぶち抜き、階下に叩きつけられる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 痛みや衝撃に関わらず、肺から強制的に空気が吐き出されて意図せず声が漏れた。

 

 しかしこのはが自身の身に起こっていることを理解するより早く、徹は腰にマウントしていた釘打ち機のような銃を左手に持って躊躇いなく引き金を絞る。

 

 機関銃特有の繋がった轟音と共に、CBJ-MS専用のタングステン弾の雨が降り注ぐ。

 

 たっぷり3秒間の機銃掃射を受けている間側面方向からも複数の刃物が飛来したが、いずれもこのはの身体に突き刺さることはなく。

 

 ここまでされても尚、傷一つ付いていないこのはの姿がそこにはあった。

 

「けほ。何それ、バカみたい」

 

 魔法少女に変身している限り、彼女の敗北は無い。むき出しの殺意を前に多少声は震えたが、それでも彼女の余裕は崩れない。

 

 故に彼女は無防備にむくりと起き上がり、攻撃の手を止めた徹を真っ直ぐ見据える。

 

「あんた誰か知らんばってん。仕事のジャマばせんでくれる?」

 

『魔力認証クリア。形態変更:スターライト☆キャノン』

 

 怒りと共に方言の滲んだ啖呵を切ると同時に、ステッキが機械音声を発しながらその形を変えて行く。

 

 一瞬の後には、このはの右腕全体を覆うように銀色の長い砲身が伸びる砲撃形態(スターライト☆キャノン)が完成していた。無論、砲口を向ける先は徹だ。

 

「傷ついた側から治ってるとか、硬すぎてロクにダメージが入らないってより、"無効"という概念自体が絡んできてるな……」

 

 一方徹はそれを意にも介さず、何事か口走りながら無防備に近づいてゆく。

 

「と、止まれ! 大砲向けられとる(って)分からんか!?」

 

「やっぱり対処するなら昼間か、変身前。それか――」

 

 何ら気負うことなく近づいて来る男を前に、彼女はついに気圧され威嚇砲撃を試みる。

 

 大出力のスターライト☆キャノン(砲撃)が直撃すれば、間違いなく目の前の男は消し炭になるはずだ。それでも、こうなっては仕方ない。

 

 先に攻撃してきたのは向こうだ。そう心の中で予防線を引き、中心から若干外れたところに照準をセット。

 

 意を決して大砲のエネルギーを開放した瞬間、徹の姿が掻き消えた。

 

「!? 消えっ――」

 

 厳密には、砲撃と床面の隙間に滑り込んでダメージを最小限に抑えつつ、間合いを詰めている。

 

 自分の砲撃が眩しすぎて目くらましになったこのはをよそに、それまでの戦闘機動さえはるかに超えるスピードで突如飛び回り始めた徹は、勢いそのままこのは目がけてパンチを繰り出す。

 

 だがそれまで通り、どうせ無傷で済むはず。

 

『ダメ! このはお姉ちゃん、よけ――』

 

 インカムに響く唯の悲痛な警告も間に合わず。砲撃後の隙を潰すでもなく無防備に棒立ちしているこのはの顔面に、徹の拳がめり込み――

 

 

 ――何本かの前歯をへし折り、鼻血と共にこのはが吹き飛ばされ、駐車場の柱に激突してようやく止まった。

 

「ごぶっ!? が、ひゅっ……ぇ……?」

 

 真っ赤に腫れあがった頬を押さえ、ボロボロと口の中に広がる永久歯の欠片を吐き出し、変形した鼻では息が通らず口でどうにか呼吸をしながら、それでもこのはは状況が飲み込めなかった。

 

 無敵だったはず。"プリンシパル☆スター"は、その作中で「変身が解除された場合」や「変身前に攻撃を受けた場合」などを除けば、ほぼまったくダメージを受けたことがない。

 

 星の加護による変身が続いている限り、このはにダメージが行くようなことはあり得ない。あり得ないはずなのだ。

 

「……レアの推測通りだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いっぽうの徹は、殴った手に力を入れて刺さった歯を取り出すと、"実験結果"をブツブツと口に出しつつ歩みを進める。

 

 堤このはは変身中、ほぼあらゆる攻撃を受け付けない。

 

 これは()()()()()()()だ。正常に動作している限り、変身中のこのはは殺せないし傷もつけられない。

 

 術式が、正常に動作している限り。

 

 そう。すなわち。

 

()()()()()()()

 

 相手が五条悟の無下限呪術であろうと、術式効果を展延で中和してしまえば攻撃は当たる。

 

 五条悟相手なら、そこからのシンプルな殴り合いでも最強だから試す価値もなかった。

 

 だが今のような術式だよりの素人相手にとっては、この一発で勝負が決したと言っていい。

 

「ぁ、うぁ、あ……あぁぁあ゛ああ゛あ゛あ゛!! 痛い痛い痛い痛い!!!」

 

 一拍遅れてやって来た痛みにこのはは耐え切れず、頬を押さえてのたうち回った。

 

「おい」

 

「ひっ!?」

 

 だがそれも、徹の一喝で黙らせられる。

 

 徹が一歩足を進めるたび、彼女はびくりと震えて徹を見やる。

 

 彼女にかかっていた「無敵の魔法」は、解けた。

 

 それまでおもちゃ同然だった日本刀が、銃が、人の殺意が、呪霊が、夜の闇が。

 

 このはを取り巻くすべては、彼女を容易く殺害しうるのだと。

 

 今この瞬間、彼女は初めて理解した。

 

「いや……いやっ、来、ないで……」

 

 瞳孔は収縮し、焦点は定まらず、呼吸は荒く。震える脚は、歩き方を忘れたように動かず。

 

 徹の履くブーツの足音が、いやに響いて聞こえる。

 

 その4歩目で彼女は変身を保っていられなくなり、7歩目、直に触れられる距離まで辿り着いた徹が屈んで視線を合わせた瞬間、このはは小水を漏らした。

 

 間抜けな水音と共に生温かい液体がへたり込んだ足元に広がって行く中、腰が抜けた状態で、それでも立ち上がろうと、逃げ出そうと、寝間着のワンピースがめくれあがるのも構わず脚をばたつかせる。

 

 だが結局それは、自分の出した小水でぐしょぐしょになった下着が、今だに止まらない粗相によってもっとひどい状態になっていくのを見せつける程度の結果しかもたらさなかった。

 

「うっ……ぐしゅ、ひぐっ……いやぁ……」

 

 いよいよ完全にパニックになったのか、すすり泣くことしかできなくなったこのはを前に、徹は無表情のまま懐から結束バンドを取り出す。

 

 このはを拘束する、その寸前。

 

 インカムから緊急通報が飛ぶより早く徹はその呪力を関知し、「彼が通るはずの場所」に刀を()()

 

 刹那、けたたましい金属音と火花が散り、そして着地した何者かの姿が、ようやく肉眼でも捉えられる速度になる。

 

「なんや、もう大体終わっとるやんけ」

 

 現代に似つかわしくない袴姿に、金髪。

 

 典型的な「禪院家の男」の顔をした"炳"筆頭、禪院直哉がそこにいた。

 

「直哉さん。……包囲を破った方法は聞きません。何しに来られたんですか?」

 

 彼の術式は禪院家現当主と同じ投射呪法。何人で囲んでいようが、一般人の目に止まらぬままここまでくる方法はいくらでも用意できる。

 

 そして彼の性格では、出会いがしらの術式使用も、敵対行為とはみなされないよう色々とギリギリを突いているに違いなかった。

 

 そう考えたからこそ、徹は理由だけを聞いた。

 

「せっかちやなぁ、まあええけど。そこの小便まみれの子に聞きたいことがあんねん」

 

 

 

 ――禪院唯っちゅう、俺の親戚の居所についてな。




??「月明かりが通っているな。おかげで、貴様の痴態が良く見える」
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