やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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明けましておめでとうございます。
今年も拙作を宜しくお願い致します。


#36 魔法(下)

 中途半端な町だ。

 

 都会を名乗ろうとすれば家の近くのあぜ道と鶏糞の匂いが思い出されるし、かといって田舎を名乗ろうとすると、JRと地元の私鉄双方の特急停車駅がある事実、そして駅の目の前にあるイオンが判断を鈍らせる。

 

 特急で20分も行けば福岡市街に出られるそこは、つまり典型的な地方都市。そして住民である「堤このは」は少なくとも、この街のことを「都会でも田舎でもない街」だと思っていた。

 

 田舎特有の曲がりくねった道のりを、学校指定の白いヘルメットをかぶって自転車で疾走。放課後は、教師の言うことを無視して隣駅の前にあるイオンへ遊びに行く。卒業後は、たぶん電車で3駅ほど行ったところにある県立高校に……受かったら通う。休日は家族の買い出しに付き合わされて、弟2人と一緒に父のプリウスでドラモリ*1とコスモス*2をはしご。

 

 そうやって地元で生きて行くことに、このはは何の不満も持っていなかった。都会のキラキラした生活に憧れない訳ではないけれど、それはテレビアニメやどこか遠くの世界の話で。翻って自分の姿を見てみれば――素材自体はけっこう悪くないんじゃないかと思っているが――化粧っ気も何もない、地味そのものな田舎娘がそこにいて、否応なく夢から引き戻してくれる。

 

 ポニーテールだってお洒落ではなく長い髪が面倒で、かといって短くするのが許されるのは運動部だけ(のような気がする)から妥協案として纏めているに過ぎない。中学生の分際で化粧だのパーマだのやってもねえ、と、謎の目線で評価を下してみないフリをする。

 

 ヘアゴムや靴下どころかパンツの色にまで物言いが付く無駄に厳しい生徒指導に逆らう気もなく、一部の進んでいる女子連中と教師陣の熾烈な争いを遠巻きに冷笑しながら、友人たちと持ち物検査を掻い潜って持ち込んだ漫画の話に花を咲かせる。

 

 モテないどころか、男子と手を繋いだことすらないけれど……今割と楽しいから、まあいいか。

 

 退屈を感じてはいても、彼女の本質は怠け者。同時にそれが与えられた環境に満足する才能としても機能していたから、この先もずっと今のような暮らしを続けて、そして何だかんだそれなりに幸せな人生を送るんだろうと、何となく考えていた。

 

 ――つい先日、3年になり立ての5月中旬。修学旅行先の京都で、「彼女」に出会うまでは。

 

「このはちゃん、土曜はキャナルシティに遊びいかん?」

 

「優希と奈緒子も来るけん、4人で行こうよ」

 

 いつもの友人たちの誘い。普段のこのはだったら、喜んで同行していた。他に用事もないし、家にいた所で買い出しやら家事を手伝わされるだけだ。

 

「あ、ごめん。土曜予定があって」

 

 今までなら。

 

「えー! 最近付き合い悪くない?」

 

「さてはアレやろ、男が出来たっちゃろ!?」

 

「そんなんじゃなかよ~、家の手伝いとか色々あって」

 

 4人とも、美術部とは名ばかりの漫画研究会に名前だけ貸している暇人だった。男子たちと違って運動部に入らなくても軽んじられないのをいいことに、余暇時間の多くを遊んで過ごした。

 

(……女なら、出来たかもなぁ)

 

 そんなことを思いながら友人たちの誘いをあしらって、一人週末の帰路につく。

 

 自転車で15分ほどのそう遠くない道のり。家に帰ってから夕食と風呂を済ませ、買い出しに付き合えという両親の命令を「友達と遊んでくるから」とかわす。勿論遊びの約束はキャンセルしているので、これは嘘だ。

 

「さて、今週の宿題は計算ドリルと漢字の書き取り……うへぇ、面倒くさ……」

 

 2階の自室に戻ると、手早く宿題をまとめてやることを整理。慣れた手つきでメモ書きにまとめていると、背後から囁くような声が聞こえてくる。

 

「――や、このはちゃん。先週ぶりだね」

 

 このはの机には、掌より少し大きい程度の鏡が置かれている。

 

 余人の目に見えない「それ」は、鏡ごしにだけ不気味なモヤとして観測できる。一般人の視点では、おぞましい何かに映るのだろうが……

 

「ん、今日は早いね"イル"。()()の相談?」

 

 彼女の視界には、"イル"と呼ばれた存在が小ぶりなカワウソをデフォルメしたような可愛らしい外見に映っている。

 

 この存在こそ、このはの置かれた「非日常」の象徴。アニメの世界から飛び出してきた不思議存在。

 

 テレビアニメ「魔法少女プリンシパル☆スター」の主人公、()()()()を補助する精霊、イルそのものだ。

 

「その通り。今週も"怪異"狩りが必要なんだ」

 

 "イル"は慣れた様子でこのはに呼びかけると、しゅるりと机の上に降り立ち、このはのスマホを奪い取って操作を始める。

 

「ブリーフィング、始めてもいいかい?」

 

「はぁ、駄目って言っても始めるクセに」

 

 軽口を叩きつつ、机の上を片付けて聞く姿勢を取る。口ぶりの割にその声は弾んでいて、そこには確かに「非日常」に対する興奮が滲んでいた。

 

 ――この不思議生物と出会っておよそ2か月。

 

 修学旅行先の京都で"イル"に出会ったあの日から、彼女の人生は大きく変わることになった。

 

「それじゃ、今日の()()を始めよう。そういう契約だからね。今回はここだよ」

 

 勝手知ったる手つきで地図アプリ上をスワイプしていたイルの前足が、ある一点を指して止まる。

 

「福岡県久留米市、国道210号線と筑後川に挟まれた大型商業施設。いわゆる"ゆめタウン久留米"だ。ひょっとしたらキミも行った事あるんじゃないかい? まあ、ここからなら車で行くのがいいんだろうけど、キミの身体能力なら10分もかからないだろう。走りで問題なく行けるはずだ」

 

「私のっていうか、()()()のね」

 

「キミの力なんだから同じことさ。続けるよ。こういう人や思い出が集まる場所には、それを餌にする"怪異"が生まれやすい。それは説明したね」

 

 イルはいつも通り、身振り手振りを交えて中学生のこのはにも分かりやすく説明してくれる。少なくとも彼女は、この説明を全て真に受ける程度にはこのマスコットを信頼していた。

 

「知っての通り、この施設は敷地面積、駐車場台数、売上金額ともに九州トップクラスだ。人が集まれば集まる程、生まれる"怪異"は強くなる。今回のはたぶん、今までで一番の大物になるだろうね」

 

 平坦な口調で語るイルだが、その表情は挑戦的な笑みを浮かべており。

 

「ま、"プリンシパル☆スター"の実力を考えたら、この程度は余裕だろ?」

 

「そうだね。あいつら、見た目キモいだけで全然痛くないし」

 

 このはの舐めきった発言も、少なくとも彼女がこの2か月間毎週のように"怪異狩り"をしていながらかすり傷ひとつないことを考慮すれば、ある種当然の驕りと言えた。

 

「頼もしいね。じゃあ、君もお待ちかねだろうし、いつも通りオペレーターは()()にやってもらおうかな。今繋ぐね」

 

 ゆえに彼女は、敵戦力の脅威度も特徴も不明なブリーフィングになっていないブリーフィングに疑問を持ったこともなかったし、それよりも、イルが繋いだ通信の先の相手に、意識の多くの部分を割かれているのだった。

 

「このはお姉ちゃん!!」

 

 イルの能力により、卓上の鏡に映し出されていたこのはの顔が乱れ、次の瞬間にはどこか別の場所を映し出す。

 

 そこはどこかのアパートの一室のようで、ワンルームなのか画角の端に玄関ドアが映り込んでいる。

 

 画面中央には、おそらく10歳にもならないであろう少女の姿があった。

 

「唯! 元気だった?」

 

「うん! カワウソさんがお世話してくれたの!」

 

 鏡に映る黒髪の少女の姿は先週に見た時と同じく元気いっぱいで、このはは"契約"が守られていることをひとまず確信する。

 

「よかった。ごめんけど、今日もお姉ちゃんのお仕事手伝ってくれる?」

 

「うん! いいよ!!」

 

 唯の存在は、このはの魔法少女人生最初で最大の成果だった。

 

 知り合って、助けたいと願った日から、このはは魔法少女になった。

 

「距離的に今は無理だが、夏休みにでも会いに行ってあげるといいよ」

 

「お姉ちゃん来てくれるの!? やったー!!」

 

 唯とこのはの間に血縁関係はない。

 

 唯はただのワケありの女の子で。そしてその命脈は、どうしようもなくこのはの働きに依存しているのだった。

 

「うん、きっと……絶対そうするよ。じゃあ唯、いつも通りお手伝いお願いね」

 

「うん!!」

 

 このはの言いつけに答え、花が咲くような笑顔を見せる唯。

 

 それを微笑ましく見守ると、星をあしらったデザインのインカムを耳に装着。一呼吸置いてから席を立ち、自室の電気を消して窓を開けた。

 

 湿気の多い九州の熱帯夜は、しかし雲一つなく晴れ渡っている。

 

「いいね」

 

 プリンシパル☆スターは星の加護により変身しているという設定のため、変身する時は晴れた夜空の下、直に星の光を浴びなければならないという制約がある。

 

 このはは少しの助走をつけると、開け放った窓から外に向かって飛び出した。

 

 耳のインカムに触れた瞬間、このはの身体が光に包まれ、着ていたパジャマは短いスカートとセットになった水色のレオタードのような装束へと置換される。

 

 手には「その手」の魔法少女に特有のステッキが現れる。先端には金色の装飾に囲われるように青く輝く球体が浮かんでおり、片手用の短い持ち手は金属質な銀色。

 

 白く清純な印象を抱かせる手袋と裏腹に、膝まであるブーツはゴテゴテと装飾されたゴシック系。全体的にキュートというよりクール系にまとまった印象の「魔法少女」がそこにいた。

 

 ここまでの行程を空中で完了させたこのはは、月の光を背に着地。ここまでが、いつもの変身のルーティーンであった。

 

 なお、プリンシパル☆スターの能力の一つとして、自分の姿を目撃した者の認識をごまかし、「星の光が綺麗だった」としか認識・言及できないようにする効果がある。

 

 だがこれはあくまで戦う力を持たない一般人にしか効果を及ぼさない上、戦闘中は他にリソースを取られる関係で効果が弱まる。だが堂々とビルの屋上や高速道路を走り抜けても不審に思われないために、素人のうかつな動きでも最低限の隠密性を確保できていた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 「堤このは」は、生まれつき"怪異"をその目でとらえることのできる存在。少なくとも、彼女はそう説明を受け、事実「それ」としか思えないものをいくつも退治してきた。

 

 今回もそういう、いつもの流れ作業の中の一つに過ぎないと。

 

 この時の彼女は、まだそう思っていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――記録 2014年6月7日(金) 18時27分

 

 福岡県久留米市 ゆめタウン久留米 本館3F駐車場

 

 空閑興行警備部商業課より入電:甲七十二号観測拠点にて緊急通報あり。

 1級相当と目される呪霊の発生を「窓」の目視で確認。

 

 2014年6月7日 18時40分

 

 呪霊の性質を鑑み、カバーストーリー「老朽化による崩落の恐れ」と帳を併用しての隔離に留める。全館の営業終了後に術師を派遣。

 また、問題となっている「魔法少女案件(M事案)」発生の可能性を考慮し、空閑徹司の判断により遊撃部隊の投入を決定する。

 人員については別表を参照*3

 

 2014年6月7日 19時03分

 

 対象区域周辺の避難誘導及び立ち入り禁止措置完了。

 

 2014年6月7日 21時00分

 

 全館営業終了。全館職員には22時までに完全退避するよう通達済み。

 退避完了後、術師が現着次第帳の範囲を拡大し呪霊討伐を開始する。

 

 2014年6月7日 22時13分

 

 全館職員の退避を完了。

 同時に、交通規制及び立ち入り禁止範囲を敷地全域まで拡大。県警による検問を開始。

 

 

 

 2014年6月7日 22時41分

 

 空閑 徹 現着。

*1
ドラッグストアモリの略。福岡県朝倉市に本社を置く

*2
同じく福岡県福岡市に本社を置くドラッグストア

*3
空閑徹(特別一級)、舞屋レア(特別一級)、空閑徹也(術師等級なし)、岸部リョウ(元1級呪詛師)

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