表向きの「企業」としての空閑家は不動産管理業と警備業を営んでいるが、ついでのように観葉植物のリース業も行っていることはあまり知られていない。
リース料は原則ほぼ原価のみの安価だが、警備契約を結んでいる商業施設や公共施設は、必ず一緒に観葉植物を押し付けられるのが伝統になっており、ほとんどすべての施設において、それらの植物は律儀に玄関などに配置されている。
これは一種のマーキングである。遠征中の術師などが急遽補給などの必要に迫られた時、「話の分かる」者のいる店/施設かどうかを一目で見分けられるよう、このような仕掛けが施されているのである。
これらの施設は役場や学校、病院、公営ギャンブル場など負の感情を集めやすい場所に集中して存在し、植木の管理業者、警備員、不動産の管理人などに扮した「窓」が秘密裏に監視を行う体制を整えている。
――裏社会のあれこれに多少詳しい者なら察しがついているかもしれないが、これらは地元の反社会的勢力が行う「みかじめ料」の要求方法に極めて似通ったものである。
そこがどの組の縄張りであるかを示し、ケツモチをしてやる代わりに金をとる。そのやり方に似せて、主に各地方自治体及び大企業、地主などから広く「警備費用」や「地代」として活動資金を回収している。
社会の裏側に潜み、時に法を無視する立場にある空閑家として、集金システムの近代化および欺瞞工作は長年の課題であった。現在行われているこの方法では、最悪露見した場合にも「公金の不正受給と土地転がしを主なシノギとしていたヤクザ」というカバーストーリーを適用でき、コソコソしていることにも説得力が産まれる。
しかし彼らは一応表の秩序に属する存在であり、本当に裏社会の人間という訳ではない。むしろ、「そういう連中」が呪術に手を出すのを止めることも、空閑家の使命の一つに含まれている。
地場大企業の上層部や政治家はもちろん、裏社会の人間もまた、彼ら空閑家の「本業」をうっすらとではあるが把握している。
――霊感商法に手を出したヤツは消される。それが、九州で悪さをするときの鉄則であった。
空閑家は呪術師であり、警察組織でも軍隊でもないため、犯罪の取り締まりなどは管轄外であるから原則行わない。精々、仕事の過程で偶然手に入れた情報を警察に流している程度だ。
その例外が、警察関係者の間で"C案件"と呼ばれる呪術関連犯罪である。
CとはつまりCurseのこと。犯罪の手段に呪術または呪具を用いた可能性が指摘された場合には、その捜査は空閑家に引き継がれる。
そのほとんどは突発的に発生した呪霊による被害や、自然発生の呪術師が傷害や殺人などで捜査線上に浮上するケースだが……稀に、組織犯罪に呪術が絡んで来る場合がある。
呪詛師を雇って標的を暗殺する、組員の術式を使って詐欺や窃盗などを行う、呪霊をけしかけて抗争を有利にする等々。法で裁けない呪術に犯罪組織の頭脳が合体してしまうと、計画的な完全犯罪が容易く量産されてしまい、大きな被害が出る傾向にある。
土地柄、その手の組織犯罪が多かったこともあり、九州は特に呪詛師が反社会的勢力と合流しやすいと言われていた。
そう、言われていたのだ。昔は。
「単刀直入に申し上げましょう。御宅で行っている開運商法、あれに使っているパワーストーンと、製作に携わっている構成員を全て引き渡して頂きたい」
福岡市内のとある貸事務所。いわゆる「組事務所」と違って豪華でもなく、上部団体の長の写真が飾られているでもなく、本当に最低限用意しただけの応接室。
申し訳程度に置かれたソファにふんぞり返るように座った空閑徹大は、目線だけを相手の方によこしてそんなことを言い放った。
「え? ナニ?」
それに威圧的な聞き返しで応じたのは、向かいのソファに腰掛けたジャージ姿の巨漢。趣味の悪い柄モノのジャージに、複雑な剃り込みと入れ墨の入った坊主頭と、いかにも「その筋」の人間であることを全身でアピールしている。
近頃この辺りで流行している、パワーストーンを使った詐欺まがいの悪質商法。その元締めと目されている、いわゆる半グレであった。
「いきなり何言ってんの? つかお前誰?」
煙草を吹かしながら対応する巨漢は、見るからに話を聞こうとはしていない。
「誰って聞いてんだけど!?」
机に置かれたガラス製の大きな灰皿を掴むと、男は思い切りそれを振り上げ――
叩きつけるより先に、「ボッ」という風切り音を響かせて、男の首から上が消失した。
「黙って言う事聞けや」
背後で立っていた空閑均が回し蹴りの体勢から足を戻すと、インソールに仕込んでいた鉄板も、返り血で真っ赤になった革靴の中にしまわれて行く。
「て、テメェ何しやがる!?」
周囲を取り囲んでいたごろつき達が慌てて武器を取り出すが、その大半はサバイバルナイフやブラックジャックなどで、銃を持っていたのは2人のみ。
そして騒ぎを聞きつけたか、奥の部屋から微弱な呪力が漏れ出した。
恐らくは戦闘態勢ではなく、感情の揺らぎによって意図せず漏出したもの。呪力操作のお粗末な野良の呪詛師にはよくある失態であった。
「均」
「ええ」
それを見逃す二人ではない。徹大の放った小型ナイフがマカロフを持ち出した2人の目を潰すと、均はその間を縫って壁を蹴破り、隣室から逃げ出そうとしていた呪詛師に向け、懐から取り出した大型リボルバーを3発発砲。
呪詛師は意外にも荒事慣れしていたようで咄嗟に呪力で背中を守ったが、均もまた空閑の術師。対術師を想定したS&W M500の50口径弾薬には流石に耐えきれず、背中と脚に計3つの大穴を開けて倒れ伏した。
この辺りで流石に戦意を喪失したか、取り囲んでいた面々が逃げに転じ始めるのを契機とし、二人は掃討に移行する。
ある者は射撃で。ある者は斬撃で。ある者は打撃で絶命させ、最終的にその場に動くものがいなくなったタイミングで、マンションの駐車場方面から連続した銃声が響く。
ややあって、玄関から軍人のような出で立ちの男が現れた。
「隣室および廊下などから逃亡した7名、および車で戻ってきた4名の処刑を完了しました」
P90を肩から下げた彼と、駐車場付近に展開している面々は、均の指揮する隠密班の構成員だ。均ともども今回のような特に後ろ暗い任務に動員される"掃除屋"であり、空閑家の中でも特に殺しを得意とする兵士だった。
「ご苦労だった。目標Aはこちらで始末した。BとCの確保完了後、所定の通り後始末をし、撤退せよ」
「了解」
徹大は手早く命令を下すと、均を連れてそそくさとその場を後にする。
この貸事務所は4階建てで、問題の半グレは1階と2階に間借りしており、本人たちの素行のせいで3,4階は空きテナントだった。
そのため今回の作戦に際し、周辺住民の避難と帳の展開は非常にスムーズに行われている。帳の外へは音も漏れないことから、銃声を気にせず戦闘が出来ているのだ。
「B確保。C……名簿発見。確保完了と見なす」
目標Aは、今回のパワーストーン騒動の原因となった呪詛師。Bは、呪詛師の作ったパワーストーンの在庫。Cは、顧客名簿または既に販売された石の流通記録。
もとより誰も生かして帰す気はなく、問題の呪力が籠った石(幸運になるどころか、むしろ呪霊を誘引する)は別口で回収の目途が立っていた。
彼ら半グレ集団は警察から空閑家へと捜査が引き継がれた時点で、あるいはもっと前、地元のヤクザ者からの警告を無視してこの商いを始めた時点で、この結末は決まっていたのだ。
証拠品の確保を終えた男は、肩から下げていたP90を合流した別の男に手渡すと、彼を下がらせる。
その後、両手をかざして目を瞑り、集中するような仕草を取ると……かざした手の先にあった遺体が、にわかに燃え上がった。
彼はいわゆるパイロキネシストであり、術式の力で対象物を燃やすことが出来る。発動に両手をかざす動作とおよそ10秒間のタメが必要なため実戦には向かず、戦闘は銃器と呪力強化頼りであるが、一方で破壊工作や証拠隠滅にはこれ以上ない能力として便利に活用されているのだった。
既に関係各所への根回しも完了している。明日の今頃には、火の不始末によって従業員の殆どが焼死することとなった大火事としてニュースを賑わせることだろう。
オカルトに手を出すと消される。
地元ヤクザが決して手を出さないそのシノギは、傍から見ると魅力的なブルーオーシャンかもしれないが。
その実態は、手を出した人間が誰一人生き残っていない、文字通り死の大地なのである。
「しかし徹大さん、良かったんです?」
――帰り道。均の珍しく要領を得ない質問に、徹大は「良かったとは?」とオウム返しで応じた。
「徹君ですよ。あいつ……失礼、彼にはまだ俺達のやり方は見せてないでしょう。徹大さんの暗闘もだ」
この作戦に、徹は同行していない。
今までは「まだ子供だから」ということでこの辺りの本当に血なまぐさい仕事からは遠ざけられていたが、つい最近元服を果たした今、徹は子供ではなく、次期当主が確定した"若君"なのだ。
当主になるということは、家の全てを把握しかじ取りをするということ。いずれは彼ら暗部の指揮も執らねばならなくなるのでは、そう考えての、均の言であった。
「あれは背中を見せるタイプで、実力やカリスマ性には優れていてもやや真っすぐすぎるきらいがある。総じて、私の父と似たタイプだろう」
徹大の父とは、つまり現当主徹司のこと。豪快で竹を割ったような性格、背中で人を付いてこさせるが、細かな所に気が利くタイプではない。
真面目で物静かだから徹大タイプのように周りには思われがちな徹だが、当の徹大はその性根が善良で、だからこそ何かと苦労をしょい込む質なのを理解していた。
「禪院の畜生胎の件を見ればわかる通り、あれに暗部をやらせるのはまだ荷が重い。最低でももう一回り肝が据わるまでは、変わらず私が運用しよう」
徹大は家中の事務仕事や政治的やりとりを纏めてきた事務次官的な人間であると同時に、空閑家の暗部を直接的に指揮して問題を解決させてきた側面も持っている。
「真っすぐなだけでは家の当主は務まらんが、少なくとも裏側の人間が表の頂点に立つべきではない」
徹大の仕事は、表裏双方から当主たる人間を補助するものだ。
当主に代わって後ろ暗い仕事を散々引き受けてきた徹大は、だからこそその役目を自分こそが続けるべきだと考えたのである。
◆ ◆ ◆
ほぼ同時刻、京都。
一族の者が運転する高級車の座席には、男女二人が搭乗していた。
方や、先の元旦にて空閑家次期当主として指名された若き天才、空閑徹。この日はフォーマルな装いで、既に用事を終えた今もどことなく硬い雰囲気を残している。
方や、立て続けに強力な術式を持った子を産み、家中での立場を盤石なものとしている徹大の妻、令奈。これまたフォーマルなワンピースにジャケット姿で「三者面談のお母さん」のような出で立ちなのだが、本人が小柄で非常に童顔なため、背伸びした学生のような雰囲気が漂ってしまっている。父に似て老け顔な徹と並ぶと、親子ではなく姉弟にしか見えない程度には、彼女は若々しかった。
「はぁ~……緊張したぁ~」
そんな令奈は、帰りの車が出て10分以上経った今になってようやく、「ふへぇ~」と変な声を出しつつ全身から空気を抜くようにへなへなとシートに身を預けた。
「お疲れ様です。母さん」
ずるずると落ちて行く母の身体を食い止めつつ、徹も普段の「母上」ではなく、彼女を母さんと呼んだ。緊張が解け、フランクな状態になっていることを強調するためだ。
「ありがと~。ね、日和ちゃんはどうだった?」
それで調子を戻したか、令奈は徹の方を向き直ると、おもむろに本題を切り出した。
この日、二人は先方の指定した料亭の一室にて、徹の婚約者となる加茂家の人間と会っていた。
見合いの付き添いということで、普段は滅多にこの手の仕事には出てこない令奈が動員され、向こうからも父親が出て来ていた。
「何というか答えづらいですね……」
「えーいいでしょ、お母さんに聞かせて?」
こうして甘えたようにしている令奈を見ていると、姉どころか年下のようにも見えて来るな、などと失礼なことを当初は考えたが、すぐに先ほど会ってきた「日和さん」のことに意識がシフトする。
第一印象は、絵に描いたような大和撫子であった。
艶のある長い黒髪をリボンで留めて前に垂らした格好で、おしとやかさと流麗な所作で中身が庶民の徹と零細一族出身の令奈をまとめて雰囲気に飲んで見せる完璧な礼儀作法。
若干たれ目で、時折目を細めて妖艶に笑うことがあり、母とは逆で本当に1つしか違わないのか疑いたくなるほどの色気を湛えていた。また、和装で潰れていたのを考慮してなお、恐らく今まで見た中でトップクラスの胸囲だったと考えられる。
肌も白く艶があって、声も透き通るようで……何と言うか、技術の粋を尽くして徹底的に磨き上げられた宝石のような、隙無しの美を見せられているようだった。恥ずかしい話だが圧倒されてしまって、まともに受け答えが出来ていたかどうか。ある意味で、御三家の威光というものを思い知らされる一幕だった。ここまでは。
暫く小手調べのような会話が続いたが、本題というか、彼女の本領は「後は若い二人に任せて」という話になった後だった。
「……さて、そろそろいいかな」
そんな言葉を発するや否や、それまでの礼儀作法をかなぐり捨てるような勢いで徹の両手をガシと掴み、
「ね! もっとあなたのこと教えて! どんな仕事をしたの? どんな訓練をしているの? 福岡ってどんな食べ物があるの!?」
と来た。眼前の大和撫子がガラガラと崩壊していく様を理解できずに見守っていると、
「あぁはは、ゴメン。わたし普段、ぜんぜん外に出してもらえないから~」
と言って、握った手をそっと戻して元の姿勢に戻った。
一連の行動にどういう意図があったかは知らないが、あれのお陰で随分話しやすくなったのは確かだった。徹が思うには、こちらの方が家格が下なので、その辺に合わせて「庶民モード」みたいなものを作ってくれているのだろうか?
何にしろ彼女は徹の遠征先での話や郷土料理の話を喜んで聞き、何かにつけて「行ってみたい」「やってみたい」と楽しそうにしていた。
箱入りで楽しみが少ないんだろうか、と当初は思っていたが、思えば彼女の話はあまり聞けていない。
だが、徹はこれでも呪術界の闇に散々触れてきた。経験則的に、彼女が何を言いたいのか、うっすらとだが理解でき始めていた。
つまり彼女は、今の居場所から攫って欲しいのだ。
躾が厳しくてネガティブな話題を出せなかったが、あれは空閑家への興味ではなく、実家を含む他の場所へ行きたくないこと、一刻も早く家を出て行きたいことの裏返しだろうと、徹は察しを付けていた。
父の交渉がまとまるまでかなりの時間を要したこと、御三家のパワーバランスなどもろもろを考慮した時、一つ見えてくることがある。
あくまで可能性の話だが、徹との婚約話が持ち上がらなかった場合の日和は、憲紀がいる以上どこかへ嫁に出されることになる訳だが……行先のかなり有力な候補に、あの禪院直哉がいる。
それらを考慮した時、日和の妙にこちらに友好的な態度にも納得がいった。
そして、あまりにも完璧すぎて得体の知れなかった彼女が、急に理解の及ぶ所まで降りてきたような感覚に陥った。それらをひっくるめて、印象を問われれば――
「……とても、しっかりした人でした」
――こうなる。
流されるままにここまで来た母とは真逆、自らに許される範囲で限界まで努力し、少しでも良い居場所を勝ち取ろうとしている努力家。
これが徹から見た日和の印象になる。
それは、彼にとって好ましいものだ。
「そうだね~、ひょっとして格の低い空閑に来るのを嫌がってたらどうしようと思ってたけど、乗り気そうでホントによかった」
母の言で、ふと気づく。
本来、御三家に属する人間は(五条悟が例外的なだけで)たいていが強い選民思想の元で動いており、名門たる空閑家も「得体の知れない田舎武士」として敬遠する向きは強い。
元より、このレベルの家格の当主クラスともなれば、結婚相手は好きな人ではなく生涯のビジネスパートナーだ。プライベートな付き合い云々の前に、子供を何人残し家の運営で協力し……という理性的な部分での協力が求められる。
格下に向ける嫌悪感が少なくとも表面上伝わってこないのは、ひょっとしたら非常に良縁なのかもしれなかった。
「利害の一致だって"いいところ"だよ~。特に困ってる時は、それを何とかしてくれた人にキュンキュンしちゃうんだから~」
という恐ろしく芯を食った台詞を前に、本当に同席してなかったんだよな……? と一瞬いぶかしんだものの、この人は昔からこういう鋭い所があったなとすぐに思い直した。
「徹くんもついに結婚かぁ~、お母さん寂しくなっちゃうな~」
「まだ婚約ですよ」
昔から、令奈は子供たちのことをくん/ちゃん付けで呼ぶ。特に徹は産んだ時期が若かったために、自分の子供という実感があまり湧かなかったせいだと言っていた。
「今だから言うけど、徹くんの時はどうしても自分が産んだ~って感じがしなくてさ~。いや、産んだんだけど、まっさらじゃなかったって言うか、よそで育てたのを急に持ってきちゃったような感じがしてさ。結構悩んだりもしたんだよ?」
――続く言葉を聞いて徹が動揺しなかったのは、荒事で慣れた精神力の賜物であった。
「徹也くんからは全然そんな感じもしなくて、最初だったからうまくお母さんやれなかったんだな~と思ってたけど、だからどっちかって言うと友達みたいな距離感になっちゃってたかも?」
「けど、徹くんは立派に育ってくれたもんね~。ちょっと頑張りすぎるところもあるけど、こ~んなに強くなってくれてお母さん鼻が高いよ~」
そこから始まった令奈の親バカっぷりを、少なくとも徹は微笑ましいフリをして聞き続けねばならなかった。
ちなみに、みかじめ料を観葉植物のリース料や警備保障という名目にして誤魔化すのは昔本当に行われていた方法で、一時期は店に出ている観葉植物の種類を見ればどこの組の縄張りか一発で判断できるようになっていたそうです。今はどうか知りませんが。
加茂日和の外見に関してはだいたい東郷美森とファサリナの間くらいを想定して頂ければと思います。中身はどっちかというと乃木園子ですけどね。