メカ丸の砲撃を受け、あたりは爆風と閃光に包まれる。
「ははは!! いーい火力ッスね! "標準機の出力かよ!?"も完全……再……現……」
レアが"元ネタ"であるロボットアニメの台詞を引用してメカ丸を褒めようとして、その台詞が途切れていく。
煙の中から、服が少し焦げたくらいで体は全く無傷に見える徹が、のしのしと歩み出るのが見えたからだ。
「げ」
だが、ここまでは(考えたくもないと言われながらも)想定された事態。
(頼んだッスよ……!)
レアの心の声に答えるように、遠方でスコープが光を反射したように見えた。
「――さて、夕べの
そこからほぼ1km先、島の西部に存在する小高い丘。ほとんど崖のような急斜面の中ほどに、草むらに覆い隠すよう作られた急ごしらえの足場の上。
腹ばいの姿勢で愛用の狙撃銃を構え、呪具の力も借りて息を殺していた岸辺リョウは、煙の中にターゲットの存在を認めると、何ら気負うことなく引き金を引いた。
特徴的なVの字型のマズルブレーキが火を噴き、轟音が響き渡る。
その中には、金属同士をぶつけた時のような鈍い音が混じっており。
レアの視界には、こめかみに斜め上方向から強い衝撃を受け、若干よろける徹の姿が映った。
「っつつ……流石にかなり痛いな」
あまりの破壊力に自壊したようで、弾丸は粉々に砕けてあたりに散っている。
実弾である。超音速で撃ち出された50口径の金属塊が、呪力強化された徹の頭蓋骨に負けたのだ。
徹は確かにこめかみから流血していたが、それもすぐに治癒していき、どう見ても有効打を与えられたようには見えなかった。
「あっちか」
徹は自分のこめかみに受けた衝撃から弾道を概ね予測し、発射点の割り出しに成功している。
もちろん、リョウは命中を確認した瞬間に斜面を滑り降りて逃走している。
後にはブービートラップ付きの足場が残っているのみだが、移動したことで呪具の隠密性を失っている上、大雑把な場所さえ分かってしまえば、わずかな残穢とその向きから対象の位置を割り出すことは容易であった。
狙撃に専念できないよう、先ほど防御に使ったナイフを1本「小刀」で浮かせ、リョウの方に飛ばしてよこす。
「さて」
ここまでのおよそ1秒間、凍り付いたように動けずにいたレアたちは、徹がこちらを向き直って初めて動作を再開させた。
「演出利かせすぎっスよ!?」
呪詞の発音を見落とさぬよう、空閑家の人間は読唇術を叩き込まれている。
後衛として禁縁呪法持ち3人の後ろに隠れていたレアからも、その発言ははっきり
――"
「やば――」
咄嗟に土砂を隆起させ遮蔽を作りつつのけぞったレアだが、自分のすぐ上を「飛ぶ斬撃」が通り過ぎていくのを見るにつけ、一拍遅れて血の気が引く感覚に襲われる。
"大刀"。
背後、軌道上に存在した建造物はまるごと真っ二つ。
レアの身体の震えは、コンクリートが崩れる轟音と地響きによるものだけではないだろう。
「いやいやいや殺す気じゃないスか!!? 大丈夫ッスかメカま……る……」
横を見やれば、胸元から文字通りの真っ二つになったメカ丸が崩れ落ちる所だった。
「ギャー!!」
確かに彼本人は遠隔操作で傀儡を動かしているため、機体を破壊されても死ぬことはないが。
それでも、周囲の人間に威圧感を与えるには十分な絵面であった。
「~~~っ」
戦いが本当の修羅場に入るに連れて、高専生と空閑家の人間の差が如実に現れはじめる。
つまり、実戦経験の多寡。
作戦が失敗しても、仲間が死んでも(本当に死んだわけではないが)、冷静に次の手を考える練度というのは、一朝一夕で身につけられるものではない。
その動揺を見逃す徹ではなかった。
「ぁ」
「いてっ」
「何これ……あ」
「げっ」
「ひっ!」
反応は様々。声や音の発生場所もバラけている。
共通しているのは、彼らに動揺が走った隙を突いて、身体のどこかに小さな刃物が刺さっていること。
「……隠密した小刀で裏をかくのは九十九戦で見せたろ」
学んでないな、との辛辣なコメントを言い切るのと同時、徹の呪力が膨れ上がり……各地一斉に血が噴き上がるのがレアからも見えた。
現在の徹の「小刀」最大展開数は、ドーピング抜きなら16本。
徹大たちの「大刀」を防ぐために使った3本を除いた13本で、高専関係者と未熟な空閑家の人員11人を同時撃破した。
察知して防いだ2人は、井口楓と庵歌姫。前者は徹の見立てより成長率が高かったようで、後者は演習中の醜態を見ていたため知らず知らず侮っていたのだろう。
血の池の中にバタバタと倒れていく人を見て、レアはいよいよ余裕がなくなってきたのを感じる。
ここまで、順当に追い詰められている。中堅どころの戦力をゴッソリ持っていかれたことで、後に残っているのは戦力外レベルの有象無象と、空閑家・高専の主戦力6人。
「あ、はは……」
乾いた笑いが口からこぼれ、飄々とした表情の仮面にヒビが入る。
分かっていたことだ。
相手は格上、空閑家の戦力でどうこうできる相手ではないと。
だからこそ、挑み、足掻くことに意味があるのだと。
その頼もしさを知るからこそ、その恐ろしさも分かっているつもりだった。
ここまで、弄した策はことごとくハマっている。
徹大の頭脳とリョウの知識、徹司の経験によって隙を作り、こちらの持ちうる火力をぶつける。
徹の呪力量と出力を考慮すると、生半可な術式や火器では直撃させてもまともなダメージが入らないことは分かっていた。
だからこそのタンクローリー、グレネードランチャー、「大刀」の連打、デザートイーグル、そして50口径の対物ライフル。
その大部分は徹の元に届き……そして、純粋な耐久性能、力業でもって押し切られている。
ならば――
「あたしが出るッス。歌姫サン、援護を」
「え、ええ。分かりました」
事前の打ち合わせ通り、レアの周囲に生き残った面々が集結する。
この人数ではこれまでのようにちまちま削る作戦は通用するまい。もはや詰みに近い状況であることは皆が理解する所であったが、試すべき手はまだ、残されている。
「Shem-ha-mephorash」
中世以前の文献に語られる術式「
通常は専用の呪符を地面に貼って作る「それ」を、ビルの残骸にありったけ貼り付ける。
「……完了です!!」
そのそばで、戦いが始まってからずっと踊り続けていた歌姫が、ちょうどその舞を終えた。
直後、歌姫の呪力がレアを覆うように広がり、レアの貼った呪符へとそれが集まっていく。
呪詞、掌印、楽、舞……実戦における取り回しを求める呪術師たちによって少しずつ省略されていったそれらを、歌姫は略さない。
それを略さず、術式を儀式、縛りへと昇華させ、対象の術式の限界を超える出力を実現させる。
単独では術式無しと同様の働きしかできないが、五条悟の術式さえも「強化」できるという点で、彼女の術式は呪術界においても注目されている。
「術式順転……"石人"!!」
レアの宣言と同時に呪符が光り出し、ビルの残骸が粉々に砕かれ、崩れたそれは、やがて巨大な人型を取って立ち上がる。
全高およそ18m。コンクリートと土砂で出来た角ばった巨体は、その所々にフェンスらしき赤い線や窓枠だったと思しき穴を持ち、そして顔面部分には工事用の投光器がモノアイのごとく配置。
「焼き払え!! っス!!」
右手を突き出しながらレアが号令をかけると、岩の巨人は轟音を立てながら歩きだし、近場に設置されていた鉄塔を枝のごとくへし折って持ち上げ、徹のいる方向へ叩きつけた。
音と煙、そして振動でレアたちの視界が奪われる。
それが晴れるか晴れないかという時、煙の中から弾丸のごとく飛び出す徹の姿が映った気がした。
全開の呪力操作と全身のバネを使って飛び回る徹は、もはや人の目で捉えうるスピードを超えている。
その手元には、既に雑魚狩りに使った刃物が戻ってきている。
それらを指の一振りで再び飛び回らせ、ゴーレムの肘・膝関節と首元、胴体の中心部に突き立てる。
それでもなお、レアのゴーレムは仕事をした。
「術式順転"蝕"!」
「術式反転!! "石停"!!」
徹がさらなる術式を発動させたのと、レアの術式反転の発動は同時だった。
レアの術式は、土・粘土・石などの材料を用いて人形を作り、仮の「命」を与えて動かすこと。
その反転は、動く人工物から「命」……に見える動きを奪うこと。
電子機器から式神まで、生物以外の動きを全て封じるその術は、効果範囲内の小刀の効果を当然のごとく封じ、ただのナイフに成り下がらせる。
禁縁呪法の苦手とする大質量での圧殺・刀では切れない防御性能。それらと合わせ、
無論、術式反転の範囲内でレアはゴーレムを動かせない。事前に作っていたゴーレムは、術式反転の効果を受け即座にただの土塊へと帰る。
徹へと攻撃するため、彼に向かって前のめりな姿勢を取っていたゴーレムは、そのまま絶大な質量を伴う瓦礫となって振りそそぐ。
「まだまだッスよ!!」
瓦礫の構成物は、土と砂、コンクリート、鉄骨。
――そして、この時のために混ぜ込まれていたプラスチック爆薬。
「……っ!」
威力増強のため周辺に釘や尖った鉄片を配置されていたそれが、レアの合図をもって一斉に起爆。
飛び散る瓦礫と前後して、いったん身を隠していた徹大たちが突入する。
効果範囲では呪具も機能しないが、徹の手数は封じた。
その上で、前衛に徹大・徹司・均。中衛に徹也、後衛にレア。
今の空閑家が投入し得る(徹以外の)最大戦力が整――
「空閑タイ捨流"簡易領域"」
――う直前。
「拡張術式"播"」
一瞬にして地面が蜘蛛の巣状に割れ、術師たちは足元を崩される。
対応して跳べたのは徹大と徹司のみ。地面に足を取られたものは、ひび割れが足まで伝播し、肉体がボロボロと崩れ去る。
「~~ッ!!」
徹也が再契象で取り出したショットガンを構えるより早く、徹はその真横にまでたどり着いていた。
「悪くはない。次は追撃をもっと激しくすると良い」
言いながら、徹也の首筋に当身を一撃。
さらに均が最後っ屁とばかりに繰り出した「大刀」を苦もなく回避し、均は間もなく失血により気絶。
徹大と徹司の二人による「小刀」7本を軽々と刀で叩き落とし、簡易領域の円を足場に跳躍。
徹の全速は、呪力全開の状態なら限りなく音速の壁に近づく。
「あの上段、正直ヤバかったです」
ある程度削られた今でも、それは乱戦の中で徹司に対応できるものではなく。その速度を乗せた足で鳩尾を蹴り飛ばされた徹司は、抵抗する間もなくその場に崩れ落ちた。
「やっぱ敵に回したくないな、レアは」
レアの意識が徹を捉えるより早く、背後から現れ優しく肩を掴まれる。
「ひっ、ぁ……」
痛みはない。けれど身をよじっても微動だにしない確かな力加減を感じて、レアはひとつビクリと震えると、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
土台、単体戦力で徹に勝てるものは空閑家に存在しない。
連携さえ崩れてしまえば、あとは勝算皆無の1対1が繰り返されるのみ。
土台、徹の絶大な呪力による防御の前では、有効打と呼べるものが存在していない。それを否応なく見せつけられる結果を見て。
その刃が徹大の首筋を捉えた時、彼は曖昧な笑みを浮かべて投了を宣言した。
長くなりましたが、これで演習編は終わり。
あともう1編挟んで高専編に入ります。