「海だ―――――!!」
両手を挙げて叫ぶレアは、この面子の中で間違いなく、最もこの場面を楽しみにしていたと言えるだろう。
演習6日目。この日は翌日の「仕上げ」に向け、参加者全員に休暇が与えられている。
もっとも、ほとんどの参加者は前日の乱痴気騒ぎで体力を使い果たしており、割り当てられた自室で泥のように眠っている者の方が多いが。
現在時刻は11時を回ったところ。5日間の地獄を乗り切った者の中で、長めに寝ただけで体力を回復させられたのは、結局レアと徹、徹大、そして空閑家当主・徹司の4人だけであった。流石の徹たちも、割と余裕のありそうだったリョウと徹也が現れないことについて気にしないでおく情けを持ち合わせている。
そして徹大はと言えば、不在中に溜まった仕事を片付けると言って朝から本土とやりとりしている。徹司は今日も"死後の世界"に放り込まれた人員のブートキャンプの監督。「前半戦」すら生き残れない未熟者に休息はないのである。
かくして、島の南端に位置するこのプライベートビーチはレアと徹の貸し切り状態となった。
季節は夏。九州の強い日差しを照り返す海は青く澄んでいる。やや狭いもののきちんと砂浜を有する岸辺には(同行しているスタッフに用意させた)ビーチパラソルとテントが設営されており、南国リゾートとしての役目を存分に果たしていた。
天気は快晴、気温は既に30度を超え、予報によれば最高気温は33度だという。熱中症の心配はともかく、絶好の海日和であった。
「相変わらず元気だなぁ……」
割と平然としている徹も十分おかしいが、こういう時のレアの体力には舌を巻くばかりである。
しかも徹は知らないが、レアは前日深夜のうちに雨宮千景を取り押さえて徹大に引き渡している。
千景、ひいては雨宮家の処遇について休日返上で各方面(主に呪術総監部)と折衝する羽目になっている徹大も大概だが、彼女もまた徹より休息時間が短い。
たっぷり8時間ほど寝た後とは言え、それだけで5日分の疲れを完全回復できるのは「特別一級術師レア」最大の利点であり「盾」たる舞屋の在り方に合致していると徹大などからはみなされている。
そんなレアは現在、黒いビキニの上からTシャツを着て砂浜を歩いている。
演習前の休暇の際、徹と二人で選んだものだ。その時に一度水着姿を見ているので徹としては今更感動することもない……と思っていたが、自室で見るのと海で見るのとでは、やはり違う。
「ふふふ~。どうッスか?」
あえて言葉を省き、徹から何かを引き出そうとするレア。わざとらしく腰をくねらせているのはともかくとして、水着になった彼女はスタイルの良さがこれでもかと強調される。
欧州系の血が濃く出ていて金髪碧眼ながら、日系人らしく顔のパーツは全体的に印象薄めで、髪の手入れを怠りがちなのが逆にうまくかみ合って全体として「かわいい系」の印象を構成していた。
普段は飾り気のないTシャツにジーパンだから分かりづらいが、彼女はそもそも長身で胸が大きく、身体は健康的に引き締まっている。腹筋が割れるほどではないものの、どことなくナード感のある顔つきに見合わず女子アスリートのような体型。
いわゆる「素材は天才的なのに本人に化粧っ気がない」を絵に描いたような質だったレアは、水着姿になったことでTシャツの頃とはまた別口の色気を出している。
「ああ。似合ってるよ」
徹から出た言葉は当たり障りのないものだったが、そもそも自分のためにお洒落するという考えがあまりないレアにとって、わざわざ服装を選ぶのは徹のためが全て。
彼が望むのであれば(人目につかない所でなら)どんな格好でも喜んでやってしまうだろうレアは、唯一求めていた言葉を聞いて機嫌よく頬をほころばせた。
「おぉ? 照れてるんスか~愛いやつッスね~このこの~」
見れば徹はほんのり頬を赤くしている。
レアがその豊満な肢体を惜しげもなく晒していることで改めて彼女の美貌を認識したのもそうだが、つい昨日の夜中までその身体を好きなだけ貪っていた――ついでに言えば、レアから求められる形で――ことまで纏めて思い出され、流石の徹も平常心とは行かなかったようである。
それに気を良くしたレアはますます徹へのイジりを強めていく。
「じゃあこれ。日焼け止め頼むッスよ」
言いながら徹にチューブ状の日焼け止めを投げ渡し、いそいそとTシャツを脱ぎはじめる。
「ふふふ、一回やってみたかったんスよね、彼氏に日焼け止め塗ってもらうやつ」
「お、おう……」
こういう時、なんだかんだ経験の少ない徹は殆どレアに対抗できない。レアも自分が破るまで処女だったくせに何故、と思ったりもしたが、最近では同格同士なら女の方が強いんだろうと思い直し、夜以外は主導権を放り出していた。
徹自身、無理に恰好つけて失敗するよりいいだろうと考えていたし、何よりこういう時のレアは本当に楽しそうだった。
自分がイジられるだけで楽しくなってくれるならいいか、と割り切った徹は、夜以外ではほとんど唯一と言っていいレアの仮面が取れる機会を大事にすることにした。
「じゃ、うつ伏せで寝そべって」
「んー……胸が潰れて苦しいんスよね……胸の周りに穴掘って埋めとこうかな」
「見てる分にはいいんだけどな」
「昨日あれだけやったのに元気ッスねぇ。けどまあ二人だけだし、ちょっとくらいなら触っても」
「それは駄目だ。身内に見られたら気まずすぎる」
「ん~~~けど、徹クンのモノですっておおっぴらに示せるって考えるとアリっちゃアリかも……ふひゃっ」
「ナシだナシ。ほら日焼け止め広げてくぞ」
初めて繋がった当時と比べて、若干気安く……悪く言えば雑になったやりとりで、しかしこのフランクさが二人にとっては心地よかった。
「ちょっと抱えるぞ」
「おわっ! 普通にお姫様抱っこできるのヤバいッスよね、色々と」
日当たりのいい所に置かれたビーチチェアにレアを転がしたり。
「あの島まで競争だー! とかやるッスか?」
「見たとこ2キロくらいは離れてそうだぞ。あのブイまでくらいにしよう」
「ッスね」
二人で泳いでみたり。
「結局こういうのの方が落ち着くんスよ」
「レアは特に術式的に相性いい……なんか凄いディ■ニーっぽい城出来上がってるな」
「ノイシュバンシュタイン城ッス。ゴーレムの設計は手作業スからねえ」
砂と水でちょっとした城のようなものを作って徹を驚かせてみたり。
そうこうしているうちに昼下がりになり、昼過ぎに起き出して来た
「や。うまい事やってるようで安心したよ」
「……兄貴」
事前に用意していたランチボックス(バーベキューするという案もあったが、2人きりになる可能性を考慮してこうした)で軽めの昼食をとっていた2人に近寄ってきたのは、やたらフランクに話しかけて来る筋肉質な男だった。
海水浴場に相応しく海パン姿であるため、その鍛え込まれた肉体がよくわかる。身のこなしから見ても相当な強者だろう。それでいて暑苦しい訳ではなく、寧ろ爽やかさ……を通り越して軽薄さを身にまとっている。
「なんだよ、昔みたいにお兄様って呼んでくれないのか? ……まあいいや。徹さん、妹がお世話になってます。自分は――」
――
レアと違って日本人らしさの方が外見に強く出ており、顔は似ても似つかない黒髪黒目で、肌も浅黒い。
演習中も離れた所でカリキュラムをこなしていたため、今まで話に聞くことはあっても、実際に徹が会ったのはこれが初めてであった。
「なるほど……流石
流石に本家の後継者ともなると違うな、と頭を掻きながら一人ごちる均からは、敵意や悪意のようなものは感じられない。
しかし、彼が現れた瞬間、レアが目に見えて身を固くしたのを徹は見逃さなかった。
「それで、どのようなご用件ですか?」
「いやいや、ちょっと様子を見に来ただけだよ。本家の若殿の噂は聞いてたし、それが妹とデキてるとなれば兄貴としては気になる所だろ?」
徹が礼節に厳格でないタイプと見るや敬語を外して馴れ馴れしく語る均からは、しかし感情らしい感情を感じられなかった。
(うちのお抱えはこんなんばっかりか……)
徹がレアの兄について知っていることは多くない。
レアが時々語る軽薄で色を好む人物像と、レアとはまた違うタイプの天才肌で何でも卒なくこなすタイプであること。
空閑家相伝、禁縁呪法を持って産まれ、高専換算で準1級レベルの戦力を有する実力者であること。
それでいて高専の等級は得ておらず、レア以上に「お抱えの傭兵」に徹し、汚れ仕事を含む「素性が割れていない方が都合のいい」任務もこなす人物であること。
任務の都合上、入り婿ではなく本家から嫁を出す形での婚姻が行われたこと。
そして、レアとの関係が良くないだろうこと。
「妹は強かったが、そこ以外の出来が悪くてね。兄貴としては心配なんだよ。……いやまあ、12歳、13歳? って聞いた時はマジかと思ったけどね。こんな益荒男だったら話は別だ。俺も安心して妹を送り出せる」
言うだけ言って、最後に「レアをよろしくな」と締めくくり、均は去っていった。
彼の言葉を額面通りに取るなら、確かに妹とその彼氏に挨拶しにきただけ、という気軽さだった。
しかし、どうにも引っかかる部分が多い。
そもそも、「妹の彼氏」というのはそんなに気になるものだろうか? わざわざ何度も兄妹関係を強調する必要はあるのか?
レアをいじめていたという話は全く聞かないし、一族からの覚えもかなり良いのに、レアからあれだけ嫌がられているのは何故だ?
――舞屋にあって空閑の相伝を発現させ、天才と称されてきた均。その均より明確に強いレア。幼少の均たちは、どのような比べられ方をされてきたのだろう?
均本人は「兄として」と言ったが。あの様子はむしろ、自分を振った女の交際相手をわざわざ見に来るような意味合いが強かったのでは――
「唯一……屈服させられなかったもの……」
「? 徹クン?」
「あ、いや。食ってから何しようか考えてた」
種々の推測を1本の線により合わせることは、恐らく可能だ。
だが徹は、少なくともこの件が"終わったこと"である限り、それ以上は踏み込まないことにした。
徹が事実を知った所で過去に起こったことを変えられる訳ではないし、それを知ることをレアは望まないと考えたからだ。
だからレア本人が言い出してくるまで、彼ら兄妹の胸中は当事者だけが知る所。それでいいのだろう。
不適切とされる内面を見事な出来の仮面で擬態する、その在り方は兄妹で似てるんだなと、妙な感心だけが徹の中に残った。
◆ ◆ ◆
「では、これより最終日の演習についてのブリーフィングを行う」
その日の夜。
宿泊施設の大ホールには、「死後の世界」から合流してきた数十人を含む島にいる術師全員が集められていた。
1週間の演習の締めくくりは、7日目を丸ごと使って行う大規模な模擬戦なのが恒例行事。
今回もそれは変わらず、この場に集められた全員が、明日には島中央の廃墟エリアに放り出されて戦うことになる。
基本的なルールは高専で行われている交流戦と同様。違うのは、呪霊狩りレースという一応の建前すら存在せず、完全な対人戦であること。
術師たちは例年、「呪術師」と「呪詛師」の2班に分けられ、いわゆる紅白戦を行う。
術式・呪具・武器弾薬その他の使用はいっさい自由。ただし行うべきは相手の無力化であって、殺害および重篤な後遺症の残る攻撃は、発生した時点でそのチームの反則負けが決まる。
「試合時間は明日午前8時から16時まで。ただし、途中でどちらかが全滅した場合にはその時点で試合終了とする。質問のある者は?」
壇上でルール説明を行う徹大は、心なしかやつれて見える。「流石の徹大さんもこの日程は堪えるのか」と同情的な目線が多く向けられたが、原因は昨夜起こった事件を抱えている精神的ストレスであって、肉体的疲労は大したレベルにない。
そして話を聞いていた参加者たちは、ソワソワとした雰囲気を隠そうともせず、質問も出ない。
ここまでのルールは事前に説明されているというのもあるが、なにより今回の演習には「空閑徹」が出る。
その強さを知る者達は、皆一様にこう考えている。
――徹のいる方が勝つ。
つまり、この後行われるだろうくじ引きか何かでいかに徹を引き当てるか。徹を敵に回さない方法の模索しか頭にないのである。
「はい。……チーム分けの目印などはあるのでしょうか?」
その思考があったからか、高専生の一人が投げかけた質問も、チームの割り振りを想定したものであった。
「それに関しては問題ない。容易に判別がつくようになっている」
返ってきた答えは、徹大にしては珍しく持って回ったもの。
しかし、それを参加者たちが疑問に思うより早く、徹大は言葉を続けた。
「では、続けてチーム編成について説明する」
ホールが一瞬ざわめき、緊張に包まれる。
「例年、呪詛師側と呪術師側の戦力はおおよそ拮抗するように調整するのが常なのだが、皆知っての通り今回は特殊な状況にある。そこで、特例としてこのように設定させてもらった」
呪詛師。空閑徹。
呪術師。それ以外の全員。
「以上。当日は私も呪術師側で参戦させてもらう。厳しい戦いになるだろうが、特級クラスの戦力を相手取る貴重な機会だ。各自、気張って望むように」
数秒の間を置いた後、会場が混乱に包まれたことは言うまでもなかった。
顔80点身体100点の女、レア
徹に色々と教え込んだ結果、身に着いた技術は禪院の味噌っカスを助けるのに使われたらしい。
それなりに思う所はあったが、結局キツめの嫌味をいくつかぶつけたくらいで許してやった。
兄貴がワンパンマンのスイリューに似てる。
名前 :雨宮千景(あまみや ちかげ)
性別 :女性
年齢 :35歳(30話時点)
身長 :ほぼ160cm
所属 :雨宮家/東京高専
階級 :準一級術師
趣味 :子供の寝顔を見ること
好物 :サラダ
苦手 :肉
ストレス:生活のほぼ全て
備考 :レア曰く「失敗したオカルトマニアみたいな見た目」。
名前 :舞屋均(まいや ひとし)
性別 :男性
年齢 :24歳(30話時点)
身長 :約180cm
所属 :空閑家/舞屋家
階級 :未登録(準一級相当)
趣味 :女遊び
好物 :ジャンクフード
苦手 :甘いもの
ストレス:妹のこと
備考 :表向きは一般の大学を卒業してNPOに就職したことになっている。