――呪術師は伝統的な在り方をよしとする関係上、組織構造もまた古い時代のものに準じている。
名門一族の人員、前線を引退した有力術師などから成る呪術総監部が全体を取り仕切り、全体の行動方針を定め、術師たちの動きを統制していることになっている。
しかし実際のところ、その統治が行き届いていると言えるのは、呪霊の最大産地たる首都圏と総監部の庭である京都近郊、並びに2校の高専とその関係者のみ。
それ以外の地域については、地元の有力呪術師や名門の分家筋などがそれぞれに権力を持っており、独自の掟や慣習に基づいて呪霊狩り・呪詛師狩りを行う。
地方豪族あるいは軍閥のような彼らが、中央……呪術総監部の権力に従うことで、日本呪術界の秩序は構成されているのである。世の中が21世紀に入ろうと、昔ながらの封建的支配こそが呪術界の本質であった。
その結果、「名門」と呼ばれる家柄も大きく二種類に分けられる。呪術界の中央政府である総監部に世襲的地位を持つ家柄……俗に言う「呪術界御三家」を筆頭とする中央の呪術師と、各地方の頂点に立ち「地元」を支配する地方の呪術師だ。
呪術界の頂点に立つのは御三家の術師たちであるが、地方術師の中にも一部彼らに匹敵……までは無理でも、呪術総監部に相応の影響力を有するものがいる。
基本的に地方術師は自分たちの「領土」に籠りきりでその土地の呪霊発生を対策するのが仕事だ。呪術総監部が日本全土を支配していると言っても、彼らだけで全ての呪霊に対処できるわけでもないし、それぞれの土地柄や地域住民との協力も効率に絡んで来る。
「郷」のことは「郷」の人間が解決するのが基本。高専や総監部は、地元の術師が人手不足や実力不足で対処できない呪霊が出た際に泣きつく先だ。
地方の人間が助けを求めて、彼ら……禪院家などの武闘派の御三家がそれに応えてやることで中央と地方の力関係は保たれている。
大抵の場合で、地方の術師は自分の「領土」から離れることが少ない。大抵はその土地で宗教的指導者や名士として地位を確立していることが多いのもそうだが、前述したようなシステム故に極力「外」の力を借りずに自分たちだけで仕事を完結させるのを良しとする体質が根付いているのである。
それ故、新たに名門が産まれるなどパワーバランスの変化が起きない限りは、お互いの領土を守り合う不可侵状態が自然と保たれる。外の術師のことは殆ど知らない、という者も地方では珍しくない。
そんな中でも、現在の呪術界において際立った実力や実績を有し、中央にまで影響力や名声が届いている地方の名家が現在3つある。福岡の空閑家、長野の守矢家、そして山梨の雨宮家だ。
いくら地元で幅を利かせていようと御三家の戦力には比べるべくもない地方術師たちであるが、彼らは例外。それぞれが高専基準で1級相当以上の戦力を1人以上擁し、高専の依頼を受けて任務をこなすことも多い地方術師として最強格の存在だ。
京都以外に根差す者達を見下している総監部も彼らの存在は無視出来ず、当主かそれに準ずる人間は「中央」にも一定以上の影響力を有する。
また、権勢の根拠保有戦力だけではなく、呪術界の上、ひいては"やんごとなきお方"よりそれぞれが勅命を賜っていることも挙げられる。
雨宮家は、国内屈指の霊地「青木ヶ原樹海」および「富士山」の監視。擁する戦力は雨宮御影(当主・特別1級)、雨宮千景(高専教員・準1級)など。
守矢家は、太古の祟り神「ミシャグジさま」の封印維持。擁する戦力は守矢拓斗(当主・特別1級)など。
空閑家は、大陸から流入してくる海外系術師や呪霊への対処。擁する戦力は空閑徹(特別1級)、空閑徹大(1級)、舞屋レア(特別1級)など。
これらの家は、地方術師の中でも一線を画す存在として扱われる。同様にそれぞれ勅命を帯びている御三家と合わせて「詔勅六家」という呼び方も一部には存在し、周囲の畏敬の念を集めている。
また、こうして並べてみればわかる通り、近年の空閑家の躍進は目を見張るものがある。
元より武闘派一族として有名ではあったが、特級に迫る実力を持つ徹を筆頭に1級相当3人、準1級相当3人という戦力は既に地方術師の領域を逸脱している。本来なら、1級術師1人抱えていれば十分に名門を名乗れる程度なのだ。
既に空閑を「御三家の4つ目」というような扱いに据える者も多くあり、彼らは初代以来の絶頂期を迎えつつある。
――その一方で、その権勢に翳りが出始めている家もある。
空閑家が防人の仕事を始めたのは初代からというか、田舎村から突然産まれた規格外の戦力を恐れて土地に縛り付けるための役目をでっち上げた時からの伝統であり、守矢は守矢で家が成立して以来一貫して今の立場であり続けている。
雨宮だけだ。雨宮だけが、この50年で急激にその力を増して来た。
彼女等はその歴史の長さとは対照的に、呪術界で有力なポジションを占めていたことは今までなかった。当代・雨宮御影が19歳にして特別一級の称号を賜るまでは。
元々、彼女等の相伝である「水雲操術」は戦いに向かない。地元では未だ神の如く崇拝されているものの、それは地元で絶対的な権力を有する大地主であり、市長であり、町議会議員であり、代々水源の管理を担ってきた家柄であることが大きい。
御影の若い時代、それこそ当時の御三家当主にすら匹敵していた戦闘力でもって家を隆盛させた。呪術戦の極致たる「領域展開」のブランドと、雨乞い由来で保守派ウケがいい術式は、歴史が長いだけの雑魚という雨宮家の評価を一転させるに至る。
奈良時代、天元が術師の道徳基盤を説いて以来続く家の不遇を終わらせた救世主。御影はそのように扱われた。
彼女の立てた功績に、非の打ち所は存在しない。そう言われるほどの圧倒的な戦果でもって、雨宮家は御三家に次ぐ地位にまでのし上がった。
強すぎたのだ。
呪術センスに天賦の才を持って生まれた彼女に、子供たちの誰も追いつくことができなかった。
高専基準で準1級クラスに到達した者はいる。それだけでも、彼女の出現が雨宮家そのものの戦力を1段階引き上げたことは分かる。それまでは2級術師が出るのも稀だったのだから、統計的に見れば有意な成果は上がっていた。
だが彼女等は、産まれた時から御影と比べられ続ける。
及ぶべくもない。雨宮2000年の歴史にたった一人出現した天才は、特異点などではなく単なるバグのようなものであり、人工的に再現できるようなものではなかった。
個人の力に基づく勢力には必ず終わりが来る。
御影が50を過ぎて次の子を産めないことが確定した時か。
60を過ぎて孫の世代にもまともな才能がいないと分かった時か。
70を過ぎて衰えた彼女が、それでも雨宮でぶっちぎりの最高戦力で居続けていることを周りが皮肉り出した時か。
御影が年を重ねるたびに、通してきた無理が通らなくなっていった。
それまで彼女が全てこなしていた準1級以上の案件も年々なせる件数が減っていき、御影が死んだ瞬間あの家は瓦解するだろうと、表だっては喋らないが確信していた。
御影本人は駄目ならそれはそれで仕方がないと割り切っている。彼女は無駄に60年も戦場を渡り歩いた訳ではない。誰もかれもが自分のように強い訳ではないと知っているし、また昔に戻るだけだと達観している。あるいは、これだけ貢献してやったんだから自分が死んだ後は流石に自分たちで何とかしろと思っているのかもしれない。
だが周りの人間はそうもいかない。
今まで御影のお陰で総監部で強い権限を維持してきた。ワンマンチームと言えど尊敬される立場に立ってきた。数々の特権と利権をその手中に収めてきた。
人は最初から持っていないより、持っているものを奪われる方が嫌がる生き物だ。
御影が思っているより、50年は長い。
今の雨宮の人間は、その半分以上が冷遇時代を知らないのだ。産まれた時には偉大な御影が活躍していて、そのおこぼれを貰ってぬくぬくと生きていた人間が御影の下を固めている。
ずっと冷遇され続けている方が、あるいは組織としての寿命は長かったかもしれない。少なくとも今までの雨宮家は、「呪術界では末端だが地元では名士」という立ち位置のもとで、どこの術師の家も婚姻を渋るなかで必死に相伝を継いできた、結束力に定評のある家柄だったのだから。
今でも雨宮に富士山とその樹海を任せるのは荷が勝ちすぎるという意見が根強く(以前は高専東京校の業務の一部だった)、また突然デカい顔し始めた雨宮の家人に反感を持っている者は多く。それらが御影の死をトリガーに爆発することは、ある程度事情に詳しい者なら容易に予測することができた。
眼前に迫る「没落」の2文字を前にして、周囲の人間は見切りをつけてどんどん離れていく。
呪力を知らない地元山梨の人間すら、自分たちを支配する者達が没落の危機にあることはなんとなく知っていた。人の口に戸は立てられない。田舎ならなおさらで、流石に呪力絡みのことは隠し通せても、「御影は立派だったがその子供たちがボンクラぞろいで後を継げる人間がいない」というくらいの概要は、地元の人間なら一人の例外なく知っていた。
それでも家から逃げられない一族の人間は、ただ祈るように「御影の再来」を求める。
期待を裏切られた時、祈りは容易に反転する。
それが向くのは――
「――直接血が繋がってていちばん期待されてるアンタ、って所ッスよね」
深夜の廊下。周りを起こさないようある程度声を押さえつつ、レアが指摘した雨宮家の抱える問題は、直接見て来たかのようにその実情を捉えている。
「付け加えるなら、いちばん等級の高い私ね。他の兄弟姉妹はもう諦められてるわ」
2級にすらたどり着けなかったもの、と付け加える千景。
「あなただって呪術師の一族の出身でしょう。女の地位が産んだ子供の質で決まることくらい分かるわよね?」
彼女はおもむろに、長い黒髪をかき上げて顔の右側を露わにする。
右耳がなく、不格好に開いた穴だけが残ったそこを見せつつ、千景は読経でもしているような平坦な口調で告げる。
「……これは、長男が非術師だと分かった時だったかしら。激昂した伯父に素手で持ってかれたわ。ウチは徒手空拳強い人多いから」
続いて、服の袖をまくって肩口に空いた穴を見せる。塞がってこそいるが、三か所開いた穴は痛々しい傷跡となって残っている。
「これはアイスピック。ストレスで次男を流産した時の。まあ、あの人も必死だったんでしょう。こんな家に婿に来ちゃった所は同情するわ」
あとはそうね、と一瞬悩むような素振りを見せて、すぐに再び口を開く。
「私、少しだけ歩き方が変でしょう。上の娘が犯されそうになってるのを止めた時に階段から投げ出されて。骨折の治り方が悪くて脚の長さが合ってないのよ。"大した術式もないお前の娘を、せめて産む方で役立たせようとしてやってるんだ"、だったかしら」
知らないのは御影さんだけよ、と千景は言う。
「いや、あれは知ってて何もできないのかしらね? どうせ止められないのだし、どんな手を使ってでも強い子供が産まれれば問題ないものね」
暗く笑う彼女の目は、一貫して光を宿していない。
「……で? いきなり不幸自慢して何がしたいんスか」
「少しくらい同情してくれないの? 薄情ね」
心にもなさそうな声色でそう述べてから、すぐに言葉を続ける。
「言った通りよ。強い子供が必要なの。今の雨宮は御影さんに狂ってる。禁縁呪法でも水雲操術でもなんでも、彼女と同格……は無理でも、せめて1級になれる人間が必要なのよ」
「自分で鍛えりゃいいじゃないスか」
「ふふ。逆に聞きたいのだけど、私が鍛えたら1級術師になれるように見えるのね?」
千景を一瞥して、レアは初めて困惑したように眉をひそめた。
「……無理ッスね。むしろそんな貧弱な呪力量と出力でよくそこまで練り上げたッスね」
「呪術には真摯なのね。ありがとう。まあその通りよ。私じゃ正面からは戦えない。最大限効率のいい"霧隠れ"による暗殺1本を徹底的に鍛えてようやく準1級。この際だから言ってしまうけど、それも半分不正みたいな昇級審査で無理くり上げてもらったのよ」
あくまで千景は平坦に、感情の籠っていない声で話し続ける。
「大丈夫よ。仮に禁縁呪法を継いだ子が産まれても、長く続いてる術師というのはどこかで交わっているものだわ。言い訳はいくらでもできる。あの人だって薄々気づいてても何も言わないに決まってるわ。辻褄は合わせておくし、それで全部解決する」
「それをあたしが許すとでも? そもそも他家の要人の寝所に忍び込もうとしてんスから、何なら殺されても文句は――っ!?」
一つ。可能性に気づいたレアの顔から、若干血の気が引いていく。一方の千景もまた、初めて表情から余裕が消えた。
「……もうそこまで分かっちゃった?」
「流石にちょっと引くッスよそれは……あんた自殺する気ッスね?」
――そっちは予備案だけどね。
千景が今日初めて、柔和に笑った。
「胤が手に入ればそれで良し。駄目でも、あなたは私を殺さざるを得ない。刺客だもの。流石に人死にが出れば話は大きくなるし、他家が関わっているとなれば調べざるを得ない。醜聞はあれど次期当主候補の徹君の身辺を脅かしたとなれば、いくら雨宮家でも上の強制捜査は免れないでしょう」
「話になんねッスよ。適当に気絶させて抗議文と一緒に叩き返せばいい」
レアがゴーレムを進軍させると、千景はそれまでとは打って変わり、観念したように両手を挙げる。
「――娘が死んだわ」
レアが目を見開く。
「あら、知らなかった? 確かに公的にはまだ生きていることになってるけど、地元の人間は皆知ってるわよ。死因もね。……トイレで首を吊ってたの。13歳の子供がよ?」
「それで、次の日には新しいもっと出来の良い子を作ろうと作戦を立ててる自分に気づいたら、なんだかもうどうでもよくなっちゃって。娘に葬式も上げずに何やってんでしょうね。私たちは」
力なく笑う千景だが、レアは警戒を解かない。
「だから、賭けることにした。"私"の作戦が上手く行っても、死んでも、それが私の運命だと。煽ってもみたけれど、レアさん、思ったよりしっかりしてるのね。目論みがバレた時点で私の負け。慣れないことはするものじゃないわ。……これも私らしいかしらね。結局、何も変えられない」
千景はしかし、最後にレアを睨みつけた。
「でも忘れちゃ駄目よ。これが、呪術師の家で女をやるということ。弱ければ何も、何も――」
言い終える前に、レアのゴーレムが彼女の首を締め、手早く失神させる。
「…………知ってるよ」
誰にも聞こえないように、レアは小さくつぶやいた。
詔勅六家の思想チャート
武闘派
↑
禪院 │ 空閑
守矢 │
│
保守派←─────┼─────→革新派
加茂 │
│ 五条
雨宮 │
↓
頭脳派
上層部は空閑家のこと田舎武士だと思ってますが、同時に防人だとも思ってるので見下しはしても殺しにはきません。西洋で言う所の辺境伯みたいなポジションに落ち着いています。
空閑が居ないと自分が海外勢やヤクザ連中とケンカすることになるので。