「それでは、第81期特別実戦演習からの生還を祝って!!」
"乾杯"という掛け声は張り上げすぎてもはや咆哮のようであり、それを皮切りに会場は爆発的に宴会ムードに包まれて行く。
地獄と形容するに相応しい演習は、5日目の夕方、この大宴会によって締めくくられるのである。
ただ、「大宴会」とは言っても参加人数は多くない。
参加資格があるのはこの期間中に一度も死亡判定が出なかった者のみで、今回ゲスト参加の高専関係者は別会場。例年、この場に集まれるのは多くて7、8人である。
島で唯一「生きた」施設であるこのビルの食堂は最大40人ほどが入れるように出来ているが、今貸し切られたここには10人ほどの人影しかない。
余分な机は片づけられているので、広い部屋の中央に机が一塊に並べられ、周囲にぽつぽつと4人掛けの丸テーブルが置かれている、ホテルのバイキングのような形式だ。
違うのは、中央のテーブルに用意された料理の数々。
演習期間中は食事する時間もろくに取れなかったのと打って変わり、肉料理、魚料理、麺類、和食、フルーツから酒類まで古今東西ありとあらゆるご馳走の数々が机を埋め尽くしている。
運営スタッフがこの時のために高級レストランのシェフを雇っており、別で食べたいものがあればリクエストもできる。
無論、明らかに10人分では効かない量がその場にはあり、お代わりは自由。
今までの反動とばかりに思いきり飲み食いして、過酷な演習を生き残ったことを称え合うのである。
「……うぉっ!?」
料理の出来栄えはと言えば、空閑の一員としてそれなりに高いものを食べ慣れている徹がローストビーフ1切れでこの声を出す程度。実は最初から徹の隣にいたレアもまた、ずっと無心で料理にがっついている。
「ん~っ……訓練明けにパフェが沁みるッス」
レアがパフェ用の長いスプーンで掬い続けているそれは、どこぞのハンバーグレストランで提供されていそうな巨大なガラス容器に、これでもかと盛られた生クリームとフルーツの塊。
年齢によっては見るだけで胃もたれがしそうなパフェだが、少なくとも今はレアの食欲を煽っているようだ。既に半分ほどが消化され、完全に一人で食べきるペースである。
食べながら泣き出す者も珍しくないと言い、演習を生還した経験のある空閑の人間はこぞって「生涯で一番美味いメシ」にここでの料理を挙げる。空腹は最高の調味料を体現するラインナップであった。
「はは、楽しんでるね。ここいいかな?」
徹とレアが他の面々と同じく料理に舌鼓を打っていると、片手に持った盆に種々の刺身を満載した岸辺リョウが現れる。
トングで鷲掴みしたような盛り方でも素材がいいと美味しそうになるんだな、と変なところに関心していると、リョウの隣にいた徹也が目に入った。
「どうぞ。徹也もほら」
目線で椅子を示すと、リョウは軽く礼を言って徹の隣に、徹也はややぎくしゃくしながら徹の向かいに座る。ちなみに、徹也の皿はステーキが山盛りにされている。ソースや塩コショウ、ワサビなどが入った小皿が5つほど周りにあるので、手元の分が無くなって以降も肉を食べ続けるつもりらしい。
「肉、好きなんだな」
「え、う、うん!」
徹の指摘は、兄というより不器用な父親のようで。
突然巻き起こったギクシャクとした空気に、レアとリョウは思わず失笑してしまった。
「ぶはっ! 徹クンなんすかそれ! 弟でしょ!?」
「いや……思えば全然話してこなかったなと……」
「離婚した元父親みたいになってるぞ」
同席の女二人は散々に笑い飛ばし、徹也はと言えばその場でソワソワしながら徹の続く言葉を待っている。
「今まで父さんたちにしか目を向けてなかったけど……そうだよな、おまえたちも頑張ってるんだもんな。何て言うか、悪かった」
見直したよ。凄いな、徹也。
「だからまあ、今更で悪いけど、兄貴面させてくれないかな」
徹也の顔がいっそう輝き、彼は満面の笑みで首を縦に振る。
訓練漬けで自分より弱い家族のことをほとんど知らなかった徹はともかく、何かと徹也を気にかけていたリョウは彼が徹に認められたがっていたのを知っている。
その空気を察したレアも無粋なことは言わず、目を輝かせて徹に話しかける徹也を微笑ましく見守ることにした。
◆ ◆ ◆
「そういえばリョウさんって、うち来る前は何してたんですか?」
各自が好物を持ち寄って食べまくる時間が過ぎた頃。
場は少しずつ落ち着いて、話題も少しずつとりとめのないものへ変わっていく。
「あれ、徹クンは聞いてないんスか? リョウさんの前職」
「傭兵だったらしいのは聞いてますけど、詳しくは」
高級ワインの空き瓶を抱えて尚ほろ酔いのレアが、チビチビとウイスキーのロックを消化していたリョウに視線を注ぐ。
「ああ……詳しい所は空閑・舞屋両当主にしか教えていないからな。気になるか?」
「ええ。演習見てて思いましたが、軍隊にいた人の動きですよね」
徹の指摘は、ただ雰囲気や直感に基づくものではない。
元より空閑家には自衛隊や海外での従軍経験者がそれなりの人数いる。
空閑家に産まれ、術式を持てなかった人間の中でも、戦闘部隊の術師を補助する目的(例えば現地での工作活動や連絡要員、物資の運搬、運転手など)で戦地に投入されたり、術式がなくとも呪霊が見える場合は「窓」になったりする。
やはり、呪術師として訓練を受けた人員と軍人として訓練を受けた人間には動きに違いがあるものだ。両者が混在する空閑家では、特に見比べる機会が多くある。
「それで行くと、リョウさんのは軍人の、それも自衛隊のとも違うやり方でしたんで。しかも傭兵上がりにしてはキッチリしすぎてるなと」
「なるほど。九十九特級術師との対戦しかり、やはりよく見てるな」
徹の見立てを聞き、リョウは感心したように身を乗り出す。
「リョウさんは米軍上がりッスからねぇ。うちのおじさんも自衛隊上がりッスけど、呪術の方はギリギリ帳張れるくらいなんで運転手ッス」
レアの言うおじさんとは、初陣の頃1ヵ月以上に渡って戦場を点々とした際、徹たちの乗るロングバンを運転していた運転手のことだ。
ああ、あの人かと徹が思い返していると、リョウが手元のグラスに入っていたウイスキーを飲み干し、少し勢いを付けて机にグラスを置いた。
「そうだな、遠からず雇い主になるんだ。キミにも一通り話しておこう。あまり面白い話でもないが、まあ、酒の肴くらいには……」
言いかけて、眼前の戦士が13歳であることに思い至り、
「……まあいいか。酒の肴くらいにはなるだろう」
「呑みませんよ?」
「ふふ、真面目だな」
突っ込みを入れる徹たちに曖昧な笑みを返すと、そのまま語り始めた。
――母親が日本人でね。どうやら呪術師の一族に連なるお嬢様だったようだが、私の父親……アメリカ人との結婚を反対されて、父親の家に駆け落ちしたようだ。まあ、よくある話だよ。
そして、旧家の人間が結婚に反対するのには相応の理由がある訳だ。私の父親もその例に漏れなかったらしい。実家に絶縁されて財産のなくなった母には用がなくなったようで、私が生まれるのとほぼ同時に、父は行方をくらました。後に残ったのは世間知らずのお嬢様と、赤ん坊の私。まあ、後は大体察しが付くだろう?
しかもどうやら母親は、両親の決めた結婚話をフイにして飛び出してきたようでな。実家に帰ればむしろ殺されかねないとよく嘆いていたよ。今になって日本の呪術界を見ると、確かにノコノコ帰ってもまともな未来はなかったろうな。
まあ、貧乏なりに高校までは通ってたんだが、どういう訳か私はやたら身体が強かった。
自分で言うのもなんだが、母親譲りで見目が良かったからな。気の早い連中に路地裏へ連れ込まれかけたことも1度や2度じゃない。財布から20ドル札とゴム出して来た奴はその10倍はいたろうな。
そいつら片っ端からぶちのめしてたんだが、15の時だったかな、軍のリクルーターを名乗る人間が家に訪ねてきた。後で……それこそ空閑家に入ってから分かったんだが、私は無意識に呪力を使った身体強化をしてるらしい。女性としてはあり得ない身体能力に目を付けられたようだ。
私は研究所にでも叩き込まれる……かと思いきや、行先は海軍だった。因みに身柄の引き渡しにはそこそこの金額が動いたらしく、母親は今もその金でバカンスしているよ。要は売られたんだな。……えらくサッパリしてる? ハンロンの剃刀だよ。能力のなさに悪意を見出しても疲れるだけだ。
行先は
そこは「現状では科学的に説明できないが、間違いなく軍事利用可能な能力を持ってる」ヤツをアメリカ中から集めて作った秘密部隊……と言うか実験部隊でな。単に異常なほど運がいい奴から明らかに術式持ちと思われる外国人まで、私を含めて100人以上はいたよ。ふふ、面白くなってきただろ?
アメリカは先進国の中でも極端に呪術への理解がない国だからな。元々、現地出身の呪術師がほとんど皆無で、私のような半海外呪術師もほとんどは術式を持てない。そもそも他国の呪術師は秘密結社で、ただでさえ伝統的な連中に嫌われているアメリカ人は長年その正体を掴めずにいる。
CIAの上の方はうっすらと存在を掴みつつあるようだが、軍や政治家レベルでは全くのブラックボックスだ。ただでさえオカルト話だから、特に軍人は信じようとしないんだろう。公的には存在を認められていないが、確かに目の前にはオカルトがある。そういう歪みが生んだ部隊だな。
本来シールズの入隊基準は17歳以上の男性のみ(当時)とされてるが、私は特例で歳を誤魔化して入っていた。因みに当時は男装していたよ。この口調は名残だな。
ここで徹底的に訓練を受けた。何しろ私は身体能力が高かっただけで他は普通の人間と同じだったからな。鍛えなければ軍人としては使い物にならない。
それからあちこちの作戦に投入されたが、5年ほどして部隊が解体されることになった。さっき言った通り色々なものの歪みの間に存在していた部隊だ。大統領が変わった拍子に、軍に振り分けられる予算やらの都合で本当に存在しなかったことになったんだよ。多少は進んでいたオカルト……呪力の研究も、今頃はゼロに戻ってるだろうな。
正直、日本呪術界の介入があったと言われた方が納得できるんだが……呪術戦力を加味しても力関係はアメリカ優位だから、どうにも不可解だ……まあ、今の私には関係ないことだな。
そんな訳で軍から放り出された後は、伝手を辿ってPMCに勤めていた。ブラック●ォーターUSAって知っているか? そう、アメリカで一番有名な民間軍事会社だ。空閑家の持つ武器密輸ルートの一つでもあるな。あそこの創業者はシールズ出身でな、快く身柄を引き受けてくれたよ。
そっちに移ってからはもっぱら裏仕事専業だ。会社はイラク戦争への参加を主なシノギにしていたが、要は警備会社の強化版だからな。他の仕事も色々受け持っていて、私の仕事場は主に東アジアだ。
公的に存在しないスナイパー、しかも若い女で顔が日本人。アメリカ人の男では怪しまれる場所で仕事するにはうってつけだった。
で、表向き警備会社の古巣だが、世間の評判の通り色々と後ろ暗いこともやっていてな。指定のターゲットに「先制攻撃」なんてのも珍しくなかった。基本的には上手くやってたんだが、ある時標的を仕留めそこなって、挙句に潜伏場所を特定されてシンガポールの市街でカンフー映画みたいな大立ち回りをする羽目になったことがある。
キミも知っての通り、私の得物はバレットM82だ。私の身体能力ならその気になれば腰だめで撃てるのと、呪力で強化した五感込みで、普通の狙撃銃の有効射程より遠くから撃てるからだ。因みに最高記録は2350メートルだが、流石に2kmを超えると安定しなくなる。「狙って当てられる」という意味での最大射程は1500メートルって所だろう。
50口径のライフル弾の威力は知っての通り、装甲車の側面くらいなら軽く抜ける。その時は距離800メートル程度で間違いなく直撃していたんだが、ターゲットの頭蓋骨に弾かれた。ヒグマの頭に拳銃撃った時と同じだ。結局ほぼ丸一日やり合った後、目玉にもう一発撃ち込んでやっと殺せたが、どうやらそれが何かの任務で海外に派遣された一級術師だったらしい。
この件で日本の呪術界から呪詛師認定を貰った訳だが、私の「呪力を使った身体強化を銃火器の運用に活かす」方針に目を付けた奴がいる。それがキミのお父さんだ。徹大さんは呪術師に現代兵器を扱わせることを考えていたので、私に取引を持ち掛けた。術師殺しの一件を手打ちにする代わりに、空閑家に屈服したという体で銃器指南役を引き受けるようにとね。
交渉の場には徹君こそ居なかったが、徹大さんの強さはよく分かった。ただでさえ術式持ちの呪術師相手では分が悪い。私は提案に乗ることにした。今、徹君を前にして思うが、本当に乗って良かったよ。あそこで首を横に振っていたら、今頃は徹君とやり合う羽目になってたろう。
後は知っての通りだ、と言うリョウの語り口はあくまで冷静で、クールを通り越して不気味なほど感情が乗っていない。
それが豊富な実戦経験に基づく「肝の据わり方」なのか、本人の気質によるものなのか、あるいは過酷な人生を経て大事な何かを失ってしまったのか。それを知るすべは、徹たちにはない。
「……っと、食事中にするような話ではなかったか。すまないな、どうもその辺りがよく分からないんだ」
「いえ、慣れてますので」
テーブルの4人の反応は綺麗に二分されている。
一切気にすることなく飲食を続けている徹とリョウ、あからさまにげんなりしているが、ポーズだけで実際食欲が減退した様子がないレアと徹也。
少なくともこの程度の思い出話は、地獄の演習を生き残ってきた面々には大した影響を与えなかったようだ。
「流石だな。さて、そろそろ
例の時間、という発言とともに、リョウがいたずらにニヤリと笑う。
表情にはどことなく色気が混ざっており、その手の耐性を持たない徹也は早速顔を赤らめている。
徹は徹で、リョウの発言に心当たりがなく小さく首を傾げた。
「……おいレアさん。教えてないのか」
「えっと、いやー、その……」
そろそろ空閑家のやり口に慣れ始めている徹は、弄る側に回ったリョウと顔を赤らめてあたふたしているレアを見て、何となく行われることに察しがついた。
「今の演習のカリキュラムは私が組んだ。モデルは
「……なんとなくつかめて来ました。食事だけじゃないんですね?」
徹の指摘に、リョウはただ笑みを深くする。
「そうだ。解放感やら生存本能やらを、男は手っ取り早く発散できるからな。遺伝で能力の殆どが決まる関係上、演習を勝ち抜ける優秀な男の種を残すべし、という理論に合理性が乗っかってしまう――少なくとも今日いっぱい、演習を生き抜いたやつは
勿論自由参加だから、キミのお父さんなんかはさっさと戻って寝てるがね。
そう付け加えたリョウは、横でわたわたしているレアを揶揄うように続ける。
「正規の軍人と違って誇りとか愛国心みたいなものがあまり意味を成さない職場だ。感謝されることはなく、功績が公になる日は来ない。となれば、これくらいの飴は用意しないと誰も進んで命を張ろうとは思わないだろ。超法規的行為を強制される職種なんだから、超法規的な褒賞が得られて当然だ。それが合理というものだよ」
それは彼女の気質故か、あるいは本質的には外様の人間であるが故の余裕か、少なくとも諳んじるように述べる彼女からは、何の悪感情も感じられない。むしろ若干楽しげですらある。
「君たち二人も例外じゃない。というか、むしろ一番モテるんじゃないか? 女たちにもそれなりにメリットがあってやってるってことは、分からない君たちじゃないだろ?」
徹にとっては、初陣でレアから教わったこと。
そして恐らく、徹也にとっては今初めて教わっていること。
その差を敏感に感じ取り、リョウが言葉を続ける。
「と言っても、君くらいの歳で自分からどうこうは大変だろう。必要なら教えてもいいが?」
人の心の機微には疎い徹である。ここでようやく、リョウが演習期間中ずっと徹也の近くにいた理由を理解した。
肉食動物にロックオンされた徹也に心の中で黙祷を捧げつつ、しかし徹は助け出す必要はないと結論づける。
「……徹也。俺も通った道だ、有難く勉強させてもらえ。空閑本家の男でいるなら、今日学ぶことはきっと役に立つ」
「話が早くて助かるよ。かなり年下なのは抵抗あるが、そこを加味してもここまでいい男は早々居るものじゃない。お互いにとって悪い話じゃないはずだ」
「え? え?」
げんなりした顔で述べる徹、笑みを深めるリョウ、そっぽを向いて知らないフリをしているレア、状況を飲み込めていない徹也。
「徹君はどうする?」
「ここから腰を軽くする元気は……、いえ、レアと飲み直そうかなと」
言いかけて、視界の端のレアが露骨にしぼんでいくのを見て予定を変更。
見事レアの機嫌のV字回復を成功させ、リョウはフッと笑って応じる。
「父親譲りだな。ああ、因みにこの演習、女性が生還した場合は相応の金銭が追加支給されるのと、よほどの事じゃない限りワガママを聞いてもらえることになっている。我々の分の報酬もあるから心配は無用だよ」
それを聞いて徹は、レアがこの年まで無理矢理結婚させられずにいた理由を把握した。文字通り実力で黙らせていたのだ。
「じゃあ、行こう、レア」
「おわっ!? は、はい……」
蜜月をジャマしても悪いとレアの手を掴み、歩みを進める。
徹にしては珍しい強引さがレアの変な所に刺さったのか、彼女はいつも以上にしおらしくなってそれに続く。
色々と飲み込んで無事、演習最終日の宴を終えたかに思えた徹だが。
この時すでに、別会場でささやかな祝賀会を楽しんでいた雨宮千影の姿が無くなっていることに、まだ誰も気づいていない。
バイキングでの行動指針
徹大 →魚料理と野菜中心にさっぱり済ませる。あまり食べない
レア →開幕からスイーツに走る
徹 →とりあえず全種類1品ずつ
徹也 →肉
リョウ→好物全振り
レア兄→程々に酒飲んだら退出
正気失い勢→吐くほど飲むし食べる。何食ったか覚えてない
24/9/23 時系列の矛盾を修正しました。