2013年 7月 ※日
演習初日はつつがなく終了した。
特級術師・九十九由基さんの登場でその場(俺と九十九さん)は盛り上がったが、開会式代わりの模擬戦が壮絶すぎて逆に場が凍りついていたようだ。
勿論、地獄の実習中にそんな態度は許されないため、全員やる気が足りないということで開会式はすっ飛ばして島外周を3周ほど走って来る羽目になった訳だが(ちなみに九十九さんだけは用は済んだとばかりにそそくさと帰っていった)。
この期間中は①繁忙期の呪霊討伐スケジュールを体感する、②呪詛師の襲撃対策、③術式そのものの強化、④銃火器の集中練習の4つの目標を掲げられるが、これらはどちらかと言うと表向きの理由であるらしい。
正確には「極限状態」を体感することでいざと言う時の判断ミスを減らしたり、土壇場、劣悪な環境下で「あの時よりはマシだ」と奮起することにある。つまり心身を追い込むこと自体が目的なのだ。そのため必要以上にえげつない過密スケジュールを過ごすことになる。
合理主義の我が家らしいと言うべきか、意外に精神論に頼る所は少ない。別に水分補給を禁じられたりはしないし、無茶苦茶なノルマを課される訳でもない。だがそれは理詰めで自分の至らなさを分からされるということでもある。
それは例えば山登りのルート決めであったり、素振りのフォームであったり、純粋な体力であったり、疲れ切っている時の集中力の乱れだったりする。
そういう「隙」を一つ一つ潰して行き、あらゆる状況に対応できるのは勿論、想定外の状況にもある程度の類推適用ができるように経験を積み上げるのだ。
スケジュールで言えば初日は基礎トレーニング、2日目と3日目が銃火器演習、4日目と5日目が術式訓練。内容自体に珍しい所はなく、基礎トレは文字通りの筋トレとランニングと剣術だし、銃火器の取り扱いもひたすら実弾をぶっ放す。これに関しては、高密度なところ以外に変わった所はない。
むしろ厄介なのは、鍛錬の時間より休息時間だ。名目上は1日あたり6時間ほどの自由時間(食事の用意から睡眠まで全てここで済ませる)が不規則に用意されているが、やれ呪詛師の襲撃やら呪霊出現やらという名目で夜中に何度も叩き起こされ、その度フル装備で指定された地点に集合しなければならないのである。なお、取り仕切っている祖父の機嫌次第では、寝ずの番でその地点を警備しなければならないこともある。
そのため鍛錬で疲れ切った身体に鞭打って警戒したまま寝なければならず、基本的にこの期間でまともに眠れる時間はないも同然だ。これは関門の時のような過密スケジュール下にあっても正常な判断力を保つためのもので、最悪5日間程度まともに休めない可能性があるからということで実施されている。
俺は同レベルのスケジュールを実戦で乗り越えた訳だが、普通はそんなことをしたら死んでしまう。そうならないように、事前に予行演習を積んで対処できるようにしておくのである。
俺はその気になれば寝ながら小刀を起動できる程度には鍛えているので号令に遅れることはなかったが、結局この日は2度起こされた。
2013年 7月 Γ日
演習2日目。ゲスト参加の高専組は揃って寝坊、罰走の憂き目にあっていた。可哀想に。
2日目以降の起床時刻は事前に通達されない。時間になった時に一度だけ各部屋に色々な方法で(これも統一されていない)連絡があり、そこから180秒以内に戦闘装備で宿泊施設の玄関前に集まれなければアウトである。
演習期間中は戦時という想定であり、「戦時において呪霊などの襲撃は時間を問わない」という想定による。因みに、3から5日目までは1日ごとに許容時間がさらに30秒ずつ短くなる。
今日と明日はひたすら射撃訓練だ。合間合間に銃抱えて走ったり屋内戦のケース練習などが挟まるが、とにかく実弾を撃って撃って撃ちまくり、反動や感覚に慣れ、射撃精度を向上させることに終始する。
俺はともかく、他の連中は何度も参加している家人であっても険しい。前日死ぬほど走った上で素振りや筋トレをしまくっているので、全身がパンパンに張るわ筋肉痛になるわでまともに手足が動かないのだ。
もちろん、ここで動きが悪かったり根を上げた者は「死亡判定」の烙印を押される。「これが戦場だったら死んでるぞ」というありがたいご教示である。これを受けた者は、即刻隣で祖父が主催する基礎体力増強ブートキャンプ……人呼んで「死後の世界」に放り込まれることになる。
死亡判定を賜ったらそこから6日目までの全過程を基礎トレだけで過ごすことになる上、帰還後も「演習を生き残れなかった」として空閑の戦闘部隊の中では一段格下に扱われることになるのだ。
一族の非術師を落伍者として蔑む風潮のある空閑の術師にとって、自分が落伍者として遇されることは耐えがたい。そのため皆必死である。必死だが、気持ちだけで何とかなるのは3日目くらいまでだと経験者は言う。結局、最後まで生き残れるかは実力次第だと。
そんな射撃訓練だが対応する銃火器も様々で、普通の拳銃から短機関銃、アサルトライフル、手りゅう弾あたりまでは全員必修で、そこから術式や想定する戦術、本人の適性などに合わせて狙撃銃、ショットガン、果ては重機関銃や対戦車ロケットまであらゆるものを練習させられる。
一体何と戦ってるんだと思われがちだが、空閑家は呪詛師や呪術を悪用する非術師(主に反社会的勢力)の対処のお鉢が回って来ることが非常に多い。自分が銃に慣れて対人戦を優位に進める以外にも、相手が銃を使ってくることを想定する必要があるのだ。
俺が今回練習したのは必修のもののほかに、対術師戦でよく使うフルオートのショットガン、重機関銃、対戦車ロケット、対物ライフル。身体を呪力強化するとミニガンを腰だめで撃てるのは新たな発見だった。総重量ざっくり100kgらしいので流石に長時間の持ち運びはしんどいが、状況によっては背負って使うのもアリかもしれない。
因みに今日は3度呼び出された。この辺りから、家人にも脱落者(死亡判定)が出始めている。
2013年 7月 §日
演習三日目。昨日に引き続き銃を扱う。
今日くらいになって来ると体力のあるなしで顔つきや動きに明確な差が出始めており、この手の荒事に慣れていない高専生はほとんどがへばっているようだ。彼らは一応お客様なので死亡判定は出ないが、背後でプレッシャーを飛ばしている父に逆らえずゾンビのようになりながら慣れない銃と格闘している。
同じ戦闘部隊の人間でも、この辺りから露骨に体調に差が出ている。俺や徹也はしっかりついてきているのだから、大人組にも威厳を見せて欲しい所である。
女性陣で元気そうなのはやはり、レアとリョウさんのお抱え外国人(両方日系だが)2人組が突出している。流石は特別一級術師と傭兵上がりと言ったところだろう。
この訓練は銃器指南役のリョウさんが取り仕切り、各人に銃器の使い方からメンテの仕方まで教えてくれている。傭兵になる以前の経歴ははっきりしておらず、この姿を見ていると元ネイビーシールズだのデルタフォース上がりだの第75レンジャー連隊出身だのという噂も嘘ではなさそうに思える。
何しろあれだけ大量の武器弾薬を一人で全種類把握して運用しているのには相当の知識量が必要だろう。こうなると縦割り色の強い軍人というよりは、層が薄い故に一人で何でもしなければならないテロ屋あるいはゲリラ屋という見立てをせざるを得ないが。
そんな彼女の本職はスナイパーらしく、呪霊が一応見える程度のほぼ非術師にも関わらず、1000メートル級の狙撃を苦もなく成功させる凄まじい腕前を誇る。伊達に術式無しで呪詛師をやっていただけはある。
そんなリョウさんのすすめで彼女の愛銃であるバレットM82を撃たせてもらったが、狙撃には良くても禁縁呪法との相性はあまり良くないように思う。
元々、レアのゴーレムだったりリョウさんの狙撃だったり、禁縁呪法で対処できない部分をカバーできる人選をお抱えの人間には求めているようなので当たり前と言えば当たり前か。大人しくこの手の役割は彼女等に任せておくことにしよう。
他方で、九十九さんに置いていかれた楓さんが顔色ひとつ変えずに(元の顔色が酷すぎて分からないだけかも知れないが)メニューを消化。
また高専から引率で来ている教員の一人、
楓さんにどうにか話を聞いてみたが……どうやら彼女は力に取りつかれているようだった。彼女なりに慕っていた先輩を殺したことを乗り越えるため生み出した理屈が、「弱かったのが悪い」だったようだ。
強烈な経験が後押ししているのか、既に呪具頼りの3級術師だった頃の面影はない。九十九から教わっただろうシン・陰流をベースに、使えるものは何でも使うアイテムユーザーへと変貌を遂げつつある。
責任を感じないとは言わないが、あの場の判断はあれしかなかっただろう。楓さんが恨むなら甘んじて受けるし、手伝いが必要であればいくらでも手伝うつもりだ。
2013年 7月 Ψ日
四日目。銃を撃ちまくる日々は終わり、今日からは術式訓練だ。
島に点在する訓練用の建物や岩などに最大出力の術式をぶつける、という至極シンプルな訓練を後先考えず全力で、ひたすら反復して行う。
呪力切れでぶっ倒れるまで継続だ。正直この時期が一番キツく、孤島で逃げられないのを分かっていて脱走するものが出たりする程度には危険な工程となっている。
怪我などと同じで、限界まで疲れた時に出る最大出力を使い続けることで、術式そのものの威力を伸ばそうということらしい。
ここでもやはり頑張っているのが雨宮の娘さん……千景さんだった。
既婚者どころか俺と同じくらいの歳の子供がいると聞いているが、よくこの過酷な日程について来るものだ。
そう思ってふと思い返してみると、何となくいつ見ても俺の近くにいた気がしたので彼女がいない時に他の高専メンバーから話を聞いてみたのだが、あの御影さんの娘さんという割に(あるいは、だからこそ)人望はないようだ。何なら「ヒスおば」なる略称が出た時は端の方にいて会話の輪に入っていなかったはずの連中まで爆笑していたし。家庭の方で問題でも抱えているのだろうか?
2013年 7月 ¶日
今日で五日目。過酷な日程も一区切りとなる。
というのも、今日の夜から明日の夜にかけて、6日目は丸1日が休養日に当てられるのが伝統であり、最終日の演習に備えて休んで良いことになっているためだ(既に死後の世界に送られている者は除く)。
この島は今のように訓練漬けだと分からないが、緑豊かで砂浜海岸があって山があってとレジャーには最適な構成である。レアの水着などは明日のために用意したものらしい。
そのため今日は休日前のごとく浮足立っている者と、いよいよゾンビのようになっている者で二分されている。
はしゃいでいる筆頭は、何と言ってもレアだろう。そもそも俺の合宿知識の大部分はレアから聞き出したもので、彼女は女だてらにこの日程を計3度にわたって"完走"、死亡判定を食らったことがないらしい。術式的に近接は苦手なのかと思っていたら、十分に呪術廻戦らしい鍛え方だったという訳だ。
この辺りになると俺も大分疲れが溜まってきて、後からこれを書いている訳だがところどころ記憶が飛んでいる部分がある。
もう皆まともな状態ではないので、食事中に意識を途切れさせるのは勿論、極限の疲労と容赦ない追い込みで正常な判断を失う者、よく分からない理屈で良く分からないことをし出す者、突然糸が切れたように泣き喚く者、立ったまま意識を失う者など、「いよいよ」という修羅場特有の異様な空気がその場を覆っている。
別に、こんなことを乗り越えなくても呪術師は務まる。だがある日いきなりこういう修羅場に遭遇することもある稼業だ。高専のように少年兵を使い潰す運用が成立するならともかく、一族の人数には限界がある。
突然目の前に絶望が降ってきても死なないようにするには、常日頃からその絶望を薄めて味わい、身体を慣らしておかねばならない。旧型のワクチンと理屈は同じである。
覚えている限り、この段階でも正気を保っていたのは俺とレア、リョウさん、父、祖父、レアの兄、あと微妙なラインだったが徹也。楓さんは……あれは正気なんだろうか? 元とブレてないという意味では彼女も含まれる。
俺より年下の徹也がまさか最後までついて来るとは思わなかった。俺よりさらにガタイがいいだけあって根性のある奴だ。正直言って、今まで兄弟のことは全く眼中になかったが、今は見直している。
後、高専組ではメカ丸だけが最後までまともだった。まあズルみたいなものなのでノーカウントである。引率の歌姫先生は2日目に寝坊をかまし4日目に決壊して泣きじゃくり今朝は半ば幼児退行と散々な醜態を晒し、千景さんはかなり粘ったが今日は頻繁にブツブツ言い出してはメカ丸に突っ込まれて正気を取り戻していた。
こうして周りが壊れかける程度の負荷の中にいると、それでも普段と変わらないテンションでいるレアの異常さが浮き彫りになる。彼女のあの軽薄さの仮面はとんでもなく強固で、俺も2度しか「素」と呼べそうなものは見たことがない。
本人が言うには「仮面の被り過ぎで剥がれなくなっちゃった」とのことだが……昔の彼女には一体何があったというのだろう。
夜半までかけてこれら日程を消化し終えると、翌々日の朝まで自由時間となる。これが普通の週末だったらこのまま飲み会にでも繰り出す者が多いのだろうが、流石にこのデスマーチをこなした後にそれが出来る者はほとんどいない。
故にこそ、この時間に虚勢を張って、生き残った者達で打ち上げをやるのだ。あるいは徹夜テンションでおかしくなっているだけかもしれないが、少なくともほぼ4徹の身体で「生存組」がバカ騒ぎした記憶が確かに存在している。
ある意味で死線を潜った仲間であるから、えげつない訓練課程が終了した解放感もあって皆大はしゃぎであった。流石に酒は飲まなかったが……いや、飲まなかった筈だが……あれは、どうだったろうか……?
ともかく、会が進行すると流石に皆次々と寝落ちしていき、レアも俺の疲労を慮りつつ休養日にビーチへ出ることを楽しみにしながらその場で寝落ち。どうにかこうにか宿泊施設の部屋に放り込んで自室に戻り――
――その深夜、事件は起こった。
事件の詳細については次話かその次くらいで描写します。
24/9/23 時系列の矛盾を修正しました。