やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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今回で九十九戦は決着なので初投稿です。


#25 演習(下)

「領域展開」

 

 徹の結んだ不動剣印を中心に、研ぎ澄まされた呪力が膨れ上がる。

 

 それを感じ取り、九十九はいち早く走り出した。

 

(嘘だろ!?)

 

 天才と称されているとは言え12歳。術式が領域とセットになっているタイプでもなく、また空閑家歴代の禁縁呪法使いで領域展開まで至っていたのは初代のみ。

 

 何より、九十九の持っていた情報の目玉は「極ノ番」だった。

 

(そのレベルの術師だったか! 読み違えていた!)

 

 九十九は徹への評価に今日何度目か分からない上方修正を掛けつつ、その発動を防ぐため思考を巡らせる。

 

(空閑徹は雨宮御影と共に戦ったことがある……その時見て覚えた!? この子ほどの才能ならあり得ない話じゃない! だとしたら――)

 

 そう、九十九には遠距離攻撃の手段が少ない。

 

 自分は反動を受けないということは、反動を使って移動できないということ。

 

 自分にしか術式の効果が及ばないということは、自分の身体から離れた所に影響を及ぼせる手段が限られるということ。

 

 それを克服するため、術式対象に含めるべく作り出されたガルダであったが、既に徹に両断され、消滅してしまっている。

 

(このために態々居合で迎え撃ったのか!)

 

 徹の術式を考えれば、領域内で待っているのは必中化した禁縁呪法による不可避の斬撃と、それを起点に始まる傷口の無限拡大。すなわち「必中必殺」の奥義であることは明らかだ。

 

 取り得る手段は領域での押し合い、発生前に潰す、簡易領域での時間稼ぎ……

 

(やるしかない……!!)

 

 九十九は即座に、自らも領域を展開することを決意した。

 

 この時点でガルダがまだ健在だったら、彼女は領域の押し合いに乗ることはなかっただろう。

 

 ここで領域のための印を結んだ時点で、彼女の意識は完全に徹の手に集中している。

 

 故に彼女が領域を展開すべく印を結んだ瞬間、九十九の両手が塞がり、注意は完全に徹()()へ。

 

「領域展――」

 

 

 

 

 とすっ。

 

 

 

 

「――は、ぇ……?」

 

 

 九十九が間抜けな声を上げるのと同時に、その場を覆い尽くすほどに肥大化していた徹の呪力が()()()()()()

 

 彼女の背後、腰のあたり、服の隙間に突き刺さったサバイバルナイフが転げ落ち、砂の地面に突き刺さった。じわりと広がっていく血のシミはごく小さなもので、その傷口がごく浅いものであることは明らかだ。

 

 ただし、その柄と傷口から発せられているのは、ごく薄く、よほど注視しないと見落としてしまいそうなほどかすかな、()()()()

 

 状況を飲み込むにつれて顔が渋くなっていく九十九を前に、徹がすまし顔で言い放った。

 

「俺、領域展開は使えないんですよね」

 

 乗ってくれて良かったです、と胸をなでおろした様子の徹を見て、九十九の中で思考の歯車がかみ合い出す。

 

 ――ノールックの小刀操作は()()()だけで、()()()()訳ではなかった。

 

 ――技術の大盤振る舞いは、「領域を使いかねない」と納得させるための立ち回り。

 

 ――ガルダを使った遠距離攻撃での領域封じを防ぐため、多少無茶をしてでも事前に潰した。

 

 ――埋まって動作不能になったと思われた「小刀」は回収出来なかったのではなく、想定から消えるまで伏せていた。

 

 そう、徹は確かにコトリバコ戦で雨宮御影の領域展開を2度見た。

 

 だが、そこから彼が学んだのは「標準的な領域展開1回分の呪力量」である。

 

 徹ほどの呪力量と出力をもってすれば、領域展開並の呪力をブラフに使い、他方で小刀1本を使うだけのキャパは確保可能。

 

 結果として九十九は、眼前の領域展開もどきに気を取られ、忍び寄っていた本命の「小刀」に気づかなかった。

 

 禁縁呪法の強みは、人を殺すのに大技を必要としないこと。

 

 "浅い"はずの切り傷を致命傷に変え。躱した筈の斬撃が飛び来たり。あらぬ方角から刀が現れ。あらゆる想定外をもって"間"を外し、傷一つ付ければそれで勝ち。

 

 現代兵器も領域展開ブラフも何のその。卑怯卑劣も褒め言葉になる戦国生まれの喧嘩殺法、それこそが空閑の兵法であった。

 

()()()()()?」

 

 小刀によって傷を負った時点で、徹はいつでも術式順転"蝕"を使用できる状態にある。

 

 九十九の反転術式による治癒が徹の呪力出力を上回れば理論上は押し切れる。だが呪霊と違い回復に反転術式が必要な人の身では、特級術師であろうと押し返すのは非常に困難。

 

 つまり九十九の背中に出来た小さな傷口は、どうしようもなく()()()であり。

 

「……いや。ここまでにしよう。参った」

 

 まんまと「領域勝負」に誘い出された時点で、九十九は詰んでいたのだ。

 

「はーしんど! すっかりしてやられた」

 

 腰の傷に付着していた徹の呪力が完全に消えたのを見計らい、九十九は手早く反転術式を展開して体の傷を修復。そのまま力尽きたと言わんばかりに砂浜に倒れ込んだ。

 

「よく言いますよ。さっきの攻防、全然本気じゃなかったでしょうに」

 

「領域ブラフに対応できなかったのは本当さ。落花の情もどきと言い簡易領域と言い、色々面白いものを見せてもらったよ」

 

 見下ろすのも悪いかと横に腰を下ろし、憮然とした表情で問いかける徹に、あっけらかんと答える九十九。

 

 徹からすれば評判の事もあるので負ける訳にもいかず、有力な手札をいくつも切らされた手前試合に勝って勝負に負けた気分であったが、術式情報が割れたのは九十九も同じ。

 

「それにキミだって、極ノ番を使ってないのはわざとだろ?」

 

 九十九の問いかけに、徹はただ意味深に笑うことを答えとした。

 

 二人はそれ以上何も言わず、戦闘でボコボコになった景観は、それでもプライベートビーチらしく穏やかな波の音と日差しを運んでくる。

 

「……最近、弟子入りを志願してきた子がいたんだ」

 

 やがて、九十九がぽつりぽつりと喋り始める。

 

「私はあらゆる可能性を俯瞰して見極めようと心がけている。少なくとも見込みのない子に口先だけで希望を与えるようなことはしない。その上で、見込みあるよ。あの子」

 

 それが戦友・井口楓のことを指しているんだと、徹は理解していたが。

 

「……夏油さんにかけた言葉もですか?」

 

 気づけば、その言葉が徹の口をついて出ていた。

 

 九十九は一瞬驚いた顔を見せると、すぐに元の不敵な笑いに戻る。

 

「どこから知ったのか……は、まあ考えるだけ無駄か。……そうだ。そこに可能性があり、相手に実現可能性があるなら、それは一つの選択肢として考慮されるべきだ。どんなにイカレたアイデアでもね」

 

「研究者ですね」

 

「ずいぶん言葉を選んだね。マッドサイエンティストめって顔に書いてるよ」

 

「では、マッドサイエンティストですね」

 

「あはは! キミそっちが素かい? 面白い所もあるじゃん」

 

 九十九はひとしきり笑い終えてから、再び真面目な顔を作って話を続ける。

 

「結果的に夏油君が呪詛師に転身したことを、私は肯定も否定もする気はない。同時に、私がそれを後押ししたとも思わない。自分の意思で何かを選ぶんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()んだ。夏油君の()()は、行動によって夏油君自身が決めたんだよ」

 

「選択肢を提示したことは認めるが、相手がそれを選んだことにまで責任は持てないと。個人主義的ですね」

 

「一々言葉を選ぶ必要はないよ。私は無責任な女だ。実際、正直に言えば夏油君……というか、今の呪術界がどうなっても構わないと私は思っている」

 

 九十九の口から飛び出した爆弾発言は、しかし徹にとって納得のいくもの。

 

「夏油君との話を知っているキミならこれも知ってるだろう。呪術界でやってるのは対症療法。それ自体は必要なものだが、私は原因療法を調べているんだ」

 

「呪力からの脱却……でしたか? 俺には高尚過ぎて分かりませんね」

 

 皮肉で返した徹だが、九十九の反応は真っすぐなものだった。

 

「分からないだろうね。何せキミはまだ守るべきものがいっぱい残っている」

 

――これは、私みたいに全部失くした人間の役目だよ。

 

 九十九の目は力強く澄んでいて、ある種狂気を思わせるものでもある。

 

 それは徹にとって、「この人の"命より大事なもの"はそれか」と確信するに足る、彼女の根幹であった。

 

「ミクロの視点、個人レベルで大切なものを全て失った時、人は大義に縋るのさ」

 

「テロリストの在り方ですね」

 

「手厳しいなぁ。だが否定はしないよ。一度やり合った(よしみ)で言えることがあるとすれば」

 

 私とは、分かり合えないままでいた方が良い。

 

「会って話して分かりましたよ。どうやらその方が良さそうだ。けれど、お弟子さん達は大事なものではないんですか?」

 

「葵には悪いが、大義が先だね。楓にはその旨説明した上で、呪具の知識とのギブアンドテイクという形を取ってる。……ん? 達? 楓はともかく、葵の話キミにしたっけ?」

 

「五条先生じゃないですけど、しっかりイカれてますね……後、特級の情報くらいは調べますよ」

 

 勿論、東堂のことを知っているのは原作知識によるものだが、12年も秘密を抱えて生活していることで、この程度のうっかりをリカバリーすることなど造作もなかった。

 

 

「とーるくーん!!! 大丈夫だったッスかー!?」

 

 会話が途切れた所で、丘の上で勝負の行方を見守っていたレアが二人のもとに駆け寄って来るのが見え始める。

 

「おっと、そろそろ時間か」

 

 それを見て寝そべった姿勢から立ち上がり、服に付いた砂を軽く払う九十九。

 

「悪いけど、この後も予定があってね。上にはうまい事言っておくから、今日の所はお暇させてもらうよ。ガルダも作り直さないとだしね」

 

 港にはいつの間にかもう一隻の小型艇が到着しており、何やら急ぎの用事があるらしいことを予感させる。

 

 あるいは、この後始まる地獄の演習から逃走しただけかもしれないが、ともかく九十九は戦うだけ戦って去って行った。

 

「ああ、楓は置いていくから。存分にしごいてやって」

 

「えぇ……」

 

 強くなりたいらしいから丁度いいでしょ、と言い放ち、今度こそ九十九は港の方へと歩き出した。

 

 この様子では言っても無駄か、と諦め、徹もレアの駆け寄って来る丘の方へと歩みを進める。

 

 

 

 

 

「ところでさ」

「何ですか?」

「領域展開できないって言ってたけど、あれ嘘だろう?」

「どうでしょうね? 呪術師は嘘ついてナンボですから」

 

 

 すれ違いざまの直球をあいまいに躱して、徹はヒラヒラと手を振る九十九に軽く手を振り返した。




初出の領域展開をこの形にすることは以前から決めてました。
設定自体は考えていますが、お披露目はもう暫く先になります。ご了承ください。
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