その攻防は、時間にして5分にも満たなかった。
「原作」にて九十九由基がその実力をあらわにしたのは死滅回游編も終盤に差し掛かってから。乙骨が虎杖の処刑人に名乗り出たあたりまでしか原作を読んでいない徹はそのことを知らない。
しかし彼は、先の一合と黒閃に伴う極限の集中力により、その術式を大凡読み切っていた。
(パワー……いや重さ、「質量」か!!)
五条悟の"茈"のような、仮想の質量を身に纏う術式。そして九十九本人だけが、増大した質量の影響を受けていない。
質量とは、物体の「動きにくさ」の度合いのこと。つまり動かすのにはより多くのエネルギーが必要で、同じ速度で動いている物体でも、質量の大きい方が大きな力を受けて動いていることになる。当然、ぶつかった時生じるエネルギーも大きくなる。
つまり本来なら、動いている最中に物体の質量が増し、重くなったら、その分だけ動きは遅くなるはず。速度を維持するにはエネルギーの追加、つまり「力み」が必要だ。だが彼女の拳は、通常のアッパーカットと同じ軌道、同じ加速で徹の刀とぶつかった。
「速度」が変わらないまま「質量」だけが増したなら、その分だけ運動エネルギーが爆発的に増大することになる。「九十九は野球ボールを投げたのに、相手に当たったのは同じ大きさ・同じ速度の鉄球」という芸当が、彼女には可能なのだ。
そして増加した質量の影響を九十九自身が受けていないとしたら、彼女側に発生するはずの反作用は無視されるということ。
すなわちインパクトの瞬間、反作用が「仕事をしたことにならない」程度の硬度と質量が、彼女の拳にあったことになるのである。
故に(ほぼ)無反動。大袈裟なタメや力みなく、彼女はトン単位の質量を難なく振り回すことができるのだ。
同時に、徹には懸念しなければならないことがもう一つある。
初手の蹴り上げは、恐らくこの術式の内容を隠すため「超パワー」で言い訳できる範疇に収めてのもの。だが次手のアッパーには出力を抑える理由がない。
殺さないように手加減したか、あるいはあれ以上質量を増すのは間に合わなかった?
そう思考を進めた直後、徹の脳裏をよぎるコトリバコ戦の光景。共に戦った地方の有力呪術師、守矢拓斗。
眼前の術師が彼と同じように自爆上等で質量を増やし続けたら、そして、質量の増加に上限がないとしたら――
「なるほど、特級だ」
呪具「竜骨」の刃こぼれを確認し、再び構えを取る。流石に高専基準1級相当、この程度の扱いは問題ないらしい。
「怖いね、今の一合でどこまで
九十九が言い終えるより早く、先に仕掛けたのは再び徹。
残った"小刀"を遠巻きに囲うように配置、手数を利用して複数か所からの一斉攻撃を仕掛ける。
「"大刀"!」
掛け声に合わせて放たれる無数の斬撃を受け、九十九は
その一振り一振りが猛烈な衝撃波と暴風を伴っており、大量の砂利を巻き込み吹き荒れる風にかき消されて斬撃は消滅。
ある程度風が巻き起こり再び視界が途切れたタイミングで、
「セイッ!!」
思い切り蹴り飛ばす。
そう、九十九の術式の効力は、自ら生み出した式神にも及ぶのだ。
対する徹は、自らの眼力によって彼女の術式が作動したのを読んでおり、その絶大な威力を知るにも関わらず足を止め迎撃の構え。
蹴りの威力で前面の砂が晴れ、居合の構えを取った徹の姿が九十九の目に飛び込んでくる。
(それは悪手だろ!?)
驚愕をよそに、
足元は砂地。こんな場所でまともに踏ん張りが利くはずが――
そこで気づく。徹の足元が砂ではなく、呪力を放つ円盤のようなもので覆われていることに。
――
簡易領域で有名なのは、古来より「シン・陰」の一門相伝とされる結界術。だが長い歴史の中で、それを教わることなく見て盗んだ者がそれなりの数いた。
当時九州剣術のスタンダードだったタイ捨流にその技術を持ち込み、呪術師向けの総合戦闘術に仕立て上げ後世に残した"空閑やえ"も例外ではない。
そこから400年の時を経て、空閑の簡易領域はガラパゴス的進化を遂げる。
「足元から領域が広がる」特徴に目を付け、悪路や空中でも足場として使えるように。
これと「大刀」「小刀」の組み合わせは、相手の意識外から効率よく斬撃を浴びせ、確実に敵を屠るため暗殺術としても重宝された。
ここまでは空閑家の戦闘部隊に数名の使い手がいる程度の高等技能。
徹のオリジナルはここからだ。
猛スピードで飛来するガルダが領域内に入った瞬間。纏った呪力を解放して抜刀の動きをブースト。さらに竜骨に溜め込んだ衝撃を一気に解放する。
徹本人の呪力のキレもあり、その斬撃の速度は容易く音を超えていた。
――そして、徹の卓越した呪力操作と一度の黒閃による呪力との合一は、
そう、黒い火花を複数回出したければ、ゾーンから戻って来る前、同日同立ち合いの内であることが望ましい!
黒 閃
ガルダはその絶大な質量にも関わらず両断され、すぐさまその身体を崩落させる。
簡易領域もだが、九十九はその居合に用いた呪力操作に見覚えがあった。
「御三家秘伝、落花の情!!」
「の、コピー品ですよ」
足りない所は竜骨と簡易領域でカバーしてます、と事もなげに言ってのける徹であるが、落花の情の居合転用はそれを必殺技の一つとする特別一級術師がいる程度には高等技能である。
そして、限界を超えて振り切った徹の腕は、ブチブチと嫌な音を立てだらんと垂れ下がる。それを見逃す九十九ではなかったが――次の瞬間には壊れた腕が元に戻っていた。
(反転術式!! にしたってこれは――早すぎる!!)
九十九自身も(アウトプットまではできないが)反転術式の使い手。禁縁呪法をこれ以上なく使いこなすテクニック型という情報は事前に掴んでいたため、徹が反転使いなのは察しを付けていた。
というか、そうでなければこんな模擬戦とは名ばかりの果し合いを受諾などしなかったろう。
九十九の読みは、概ね正しい。
誤算だったのは、徹が「いざと言う時のために」反転術式を徹底的に鍛えあげていたこと。
それにより、彼は九十九の想定する3倍ほどのスピードで腕の回復を完了させた。
「やっと笑顔が消えましたね」
言いながら、接近戦を試みる九十九を前に徹は地面に刀を突き刺す。
「拡張術式"
元来、禁縁呪法により傷口を広げられるのは「1つの物体」として認識できる範囲まで。
その制限を取り払い、起点から放射状に傷を伝播させるのが"播"である。当然ながら習得難易度は非常に高いが、これによって禁縁呪法にとって不利なフィールドである砂地においても地割れを作っての攻撃が可能となる。
一瞬にして割れ広がる傷口の伝播に捕まらぬよう、九十九は慌てて進路を変更。徹がいるのと逆方向に跳んだはずが、正面には刀を振りかぶった徹の姿。
(飛び違い……! ここまで綺麗なのは初めて見た!)
その動きは呪術でも何でもなく、剣術の流派としての「正当な」タイ捨流にも実在するもの。移動方向を誤認させ、敵の意表を突くものだ。
そのまま袈裟懸けに振り下ろされた刀をのけぞって躱し、バク転の勢いで蹴り上げるが徹も飛びのいてこれを躱す。
追撃に放たれた横一閃の「大刀」はジャンプでかわされ、九十九の背後にあった崖に着弾。即座に術式順転"
「おっと」
背後から飛び込んでくる土砂に対処するため、九十九はいったん
自分の「
むしろ徹に散弾としてぶつけられてラッキー――
「やばっ」
違和感に気づいた時、九十九は既に徹の術中であった。
吹き飛んだはずの土砂があるタイミングで
禁縁呪法の順転は「傷を広げる」力を増幅させ、徹ほどの出力にもなると対象を内側から爆ぜさせるまでになる。
そんな術式の反転は、つまり「傷口の縮小」。
順転で吹き飛んだはずの瓦礫が、吸い寄せられるように元の場所へと帰っていく。
だが、反転によって復元されるのは大雑把な形だけで、時間を戻すような修復が出来る訳ではない。
人体であれば、中心めがけて大雑把に体組織を纏められ、広がった傷口が滅茶苦茶に繋ぎ合わせられ、結果的に更なる傷口の悪化を招く。
無機物であれば、力任せな修復に周囲のものを巻き込み、何もかも一緒くたにして意味不明なオブジェに変える。
故にその名は――
「術式反転"
崖の中心に向けて収束していく大量の土砂を前にして、九十九はしかし、口角を少し上げた。
「いいね」
一言呟くと、九十九は腰を落とし、真っすぐに前に向かって拳を突き出した。
フォームは見事なものだが、言ってしまえばただの正拳突き。
たったそれだけのはずが、周囲には空気を押し出すソニックブームが吹き荒れ、砂浜を大きくえぐる直線状の痕が出来上がる。
絶大な質量が乗ったそれは、ただの一発で徹の術式による干渉を強引に破壊し、瓦礫全てをその暴風に巻き込み打ち返して見せたのだ。
「
巻き込まれて消失した左腕を即座に再生させつつ、死守した右腕と竜骨をちらりと見て状態を確認。
(あれがフルパワーだろうけど……流石に想像以上だ、これ原作花御戦の茈並みじゃないか?)
一方、戦慄しているのは九十九も同じ。
(あれで死なないどころか、失くした片腕が1秒以内に復活……どんな鍛え方してるんだか)
双方の思考は堂々巡りで、有効な手立ては見つからない。
元より、「禁縁呪法」はかすりでもしたら傷口が際限なく広がって即死。「
だから徹はひたすら攻め立てて近接戦……相手の土俵を避けていたし、九十九は大技で制圧した後一気に懐に潜り込んで潰そうと考えている。
(面倒だ……!!)
超攻撃型の二人は、故にお互い攻めあぐねていた。
しかし二人はあずかり知らぬことだが、この数年後、似た状況に追い込まれた羂索は、この時の徹と同じ発言にたどり着く。
「互いの術式が煙たいのなら――取るべき手はひとつですよね?」
――領域展開。
徹の結んだ不動剣印を中心に、研ぎ澄まされた呪力が膨れ上がった!
多分次で決着します。
18:23追記:一部表現を加筆修正。