九州の公共交通機関というのは特に南北方向への移動に特化している。歴史的に栄えてきた都市が博多、熊本、鹿児島と南北一直線に並んでいるためだ。
これが福岡市だったら九州のほぼ全路線が起点ないし終点としているので話は早いのだが、空閑家本邸はそこから南に30数キロ、人口30万人ほどの地方都市のこれまた郊外に存在している。こう書くとそれなりに栄えた地域のように感じられるが、その実態は最寄りのバス停から1キロ近く離れた山の麓である。
こうなると交通の便は今ひとつ痒いところに手が届かない。結果的にこの辺りの地域は、目的地への移動には専ら車を使う典型的な車社会であった。
空閑家もその例に漏れず、18歳以上の家人には運転免許の取得が義務付けられており、家の裏手には広大な駐車場もあるほか、移動や戦闘その他の用途のためバスやトラックを保有している。呪術師の補助をするお役目に任じられるとまず大型特殊免許を取らされるというのは家中では有名な話だ。
そんな自家用バスで近くのインターチェンジから高速に乗り、高架を走ることおよそ1時間半。そこから高速船に乗り換えて(恐ろしいことにこれも一族の所有である)さらに1時間半。九州の岸が見えなくなった頃、行く手に島の姿が見えて来た。
「うぉ~すっげえ!! ほら島! 島ッスよ徹クン!!」
ついさっきまで「島」を「海」に入れ替えただけのリアクションを受けていた徹は、海の時と同じようにあいまいな返事を返した。
「いいですけど、ブラキディオスそっち行きましたよ」
「え」
高速バスの車内に似た内装の座席に並んで座る二人だが、その手には昨年発売された黒色の携帯ゲーム機が握られている。
「あ゛ー! 乙った! 何かいい感じに誘導して欲しいッスよぉ!?」
「それは
普段、鍛錬に次ぐ鍛錬で自由時間と言うものを全く持っていない徹であるが、このように移動中の鍛錬のしようがない時やレアから誘われた時、出張先での待機中など、隙間の時間に遊びに興じることはある。
元々、趣味らしい趣味と言えば漫画くらいだった徹だが、今ではすっかりレアの趣味に影響されつつあった。
外の景色に気を取られて操作がおろそかになったレアに代わり、ゲーム内のモンスターを一刀両断にして3DSを片付ける。
高速艇で揺れが少ないとは言え、船の中でアクションゲームの協力プレイをこなして全く酔わないという離れ業を、二人は無駄遣いしていた。
――この船には現在、空閑一族の戦闘部隊に所属する呪術師のほぼ8割が乗船している。
例年は半分ずつ順繰りで行う演習であるが、この1年で特級2体が出現する異常事態を受け、全体戦力の向上を図るということで例年より規模が拡大されているのだ。
座席に座る彼らは思い思いに最後の休憩時間を過ごし、本土を惜しんでいた。
そう、暢気にゲームに興じている徹とレア、降船後の段取りについて確認している徹大と徹司がおかしいだけで、船内の空気はさながら戦場へ向かう揚陸艦のごとき重苦しさである。
島へ足を踏み入れれば、7日間におよぶ全日程が完了するまで外に出ることは許されない。
空閑に激しい鍛錬法は数あれど、「実戦形式」どころか「実戦」に限りなく近い形で戦うことになるこの鍛錬は、普段は格下の呪霊や呪詛師と戦うことの多い彼らにとって、下手な実戦よりよほど恐ろしいことなのだ。
しかも今回は、初代以来となる禁縁呪法の極ノ番に至った徹がいる。
もし彼と戦うことになれば、この場の術師たちが束になってかかってもひとたまりもないだろう。
それがわかっているから、彼らは到着前から負け戦の雰囲気を醸し出しているのである。
「すっげえ……!」
そんな中、最前列に座った当主ら4人を(正確には徹を)キラキラした眼で見つめる少年の姿がある。
徹と同じく年の割には大柄で短髪。徹が絞り込む方向で鍛えているのに対して、彼はパワー重視で鍛えているらしく、齢11にして既にうっすらと筋肉が盛り上がり始めている。
名は「
因みに、空閑家では当主候補となる男児には通字「徹」を与えることになっているが、上の子が相伝を発現させるなどして当主の見込みがほとんどなくなって以降に産まれた男児は「徹」の字がもらえないのが通例。
徹大の息子たちで言うと、徹の字を貰えている=当主候補と認識されているのは「徹」と「徹也」までである。
「確かに大した度胸だが……兵士、もとい戦士をやるなら当然の心構えだ。おまえも感心するんじゃなく見習え」
そんな彼を隣でいさめたのは、こげ茶の髪と眼をした女性。
「は、はい! リョウ先生!」
慌てて居住まいを正した徹也の背中をべしんと叩き、同時に「リョウ先生」のショートヘアから金色のピアスが覗く。
「まったく……今からはしゃいでたら演習で持たないぞ」
口調と裏腹に微笑みを浮かべる顔は、異国の血が混ざっているのかやや彫りが深く鼻が高い。そこに日本人的な釣り目が合わさり、美人ではあるが同時に猛禽のような恐ろしさも感じさせる。
また今は座っているため分からないが、173cmと女性としては非常に長身である。
名は「岸辺リョウ」。空閑家銃火器指南役という役職に就く傭兵だ。
レアのように一族ぐるみで囲われている訳ではなく、本人の実力でスカウトされた腕利きである。
「兄貴はすごいな……」
徹也とリョウの後ろの席にも、これまた少年少女が3人ほど座って前列を眺めている。こちらは戦闘部隊所属ではなく、見学としてついてきている徹の弟妹たちだ。
空閑の麒麟児として家中どころか界隈全体に名が通っている徹を輩出したことにより、二匹目のドジョウを狙って徹大とその妻は(徹程ではないにしろ)より多くの子を残すことを期待されている。
ただでさえ早婚多産を是とする空閑家にあって、徹の兄弟姉妹は本人を入れて既に7人。上から徹、徹也、弟、妹、妹、弟、妹である。
このうち下二人以外は既に術式を自覚しており、こうして戦闘部隊に帯同して見学させられているという訳だ。
本来、呪術師同士の子供であっても必ず術式を持って生まれるとは限らず、これは非常に喜ばしい「上振れ」である。
母体への負荷を考慮して妾の追加も検討されているというが、この手の話は当主の徹司がほぼ一存で決めているため詳細な所は家人も知る所ではない。
では彼らにとって徹がどのように見えているかというと、
「おまえアレに勝てる?」
「ぜったいムリ」
これが大前提である。
徹が一足飛びに空閑家最高戦力として活躍しているため、彼らは普段から食事の時間くらいしか一緒に居ることがない。
それも仕事などの都合で一緒でないことの方が多いことから、他の兄弟姉妹にとって徹は長兄というよりは次代の家長として尊敬を向ける相手。いわば「出世頭の先輩」あるいは「上司」であった。
そんな「先輩」への対応は様々、徹也のようにその強さに憧れて近づこうとする者もいれば、弟妹たちのように違う世界の住人扱いして遠巻きに見るだけな者も、尊敬どころか崇拝し始めているような者もいる。
ただ、少なくとも彼らの中に、徹が将来家の頂点に立つことに異論のある者はいない。次の当主は徹で確定。それ以外の者達は(術師であれば)一介の戦闘員として一生を終えることが既に決まっている。
争いというのは勝ち目があるから起こるのだ。空閑徹という「模範解答」に逆らって家を割ろうという愚か者はおらず、他の兄弟姉妹が目指すべき地位は「特別1級術師」そしてあわよくば「ナンバー2」。
どちらかと言えば徹也の方が異端であって、「切磋琢磨」だの「ライバル関係」だのは他の兄弟姉妹の間でやること。
産まれた時から実力が隔絶しすぎて嫉妬も劣等感もなく、彼らはやや怖がりつつも素直に兄を尊敬しているのだった。
「そろそろ到着する。身支度を整えておくように」
徹大の号令に合わせて淀んだ空気が引き締まり、戦闘員たちはある種の覚悟を決めた顔で(あるいは開き直った顔で)準備を始める。
それから数分もしないうちに、高速艇は無人島に唯一作られている小さな港に停泊した。
◆ ◆ ◆
空閑家の行う演習は、日程の最後に悪名高い実戦演習があるためそう呼ばれるが、その日程の大半は射撃訓練や術式訓練に割かれる。
元より重火器や大出力の術式など、一般人の目がある場所では扱いづらいものの熟練度を高める目的で行われるためだ。
事実、徹たちの乗ってきた高速船は元の客席の半分ほどを潰して貨物室を増設しており、そこには演習で使う大量の武器弾薬が詰め込まれている。
武器の出所は様々だが、海外の複数の銃器メーカーに独自のパイプを持っているため新品や軍用品、最新鋭のものもそれなりの数を確保している。なおこの密輸ルートを開拓した際の政府との交渉の結果、空閑家は特高警察(現・公安)の監視対象入りを果たしている。
舞台となる島は空閑家と呪術高専が共同管理している長崎県沖の無人島。1~2時間ほどで歩いて一周できる小さな円形の島で、空閑家に雇われている管理人とその一家が常駐している以外に人間の姿はない。
また、島全体に大規模な結界が整備されており、この力を借りて7日間の演習期間中は島全域に帳を降ろす。
これにより演習中のこの島は、外部から完全に隔離された空間として機能するのだ。
「……あれ、船がもう一隻?」
高速船を降り、島で唯一人の住む建物である管理棟(宿舎も兼ねる)に荷物を運んでいた徹は、港に自分たちが乗ってきた以外の船がとまっているのを見つけた。
効率・速度優先で民間企業から払い下げられた旅客船を使用している空閑家のものとは違い、その船は金持ちのクルーザーを大きくしたような豪奢さだ。
そのため見栄えを気にする呪術界上層部の息がかかったものと推定され、御三家のどこかが乗り込んできたのかと首をひねる。
「徹クンは聞いてなかったスか? 今度の演習は高専と合同らしいッスよ」
横を歩いていたレアが情報を追加し、徹はなるほどと納得した。
この島は空閑家と高専の共同管理であるため、大規模な術式を使う生徒などがいる際には高専生が実習に訪れることがある。
どうやら空閑家と高専上層部は、互いの手の内を晒すことになるデメリットより相手の手の内を見られるメリットを優先したらしい。
「こないだ徹クンが特級倒した件、あれは高専の尻を拭いてやった形っスからね。向こうとしても徹クンの実力を見たいんスよきっと」
船を見ながらニヤニヤして言うレアの言で、なんとなくことと次第が掴めた。
例の水子の撃破で、徹の名は呪術界全体に知れ渡ることとなった。
そこで上層部は身内ではなく(呪術界上層部の子弟がわざわざ高専に通うのは稀)使い潰しても構わない高専生をぶつけて徹の実力を測ろうとしているのだろう。
相変わらず自分のいない所で話を進めがちな徹大たちと、無理くり予定をねじ込んできた上層部に思う所がないではなかったが、徹はそれを一旦飲み込んでレアに笑いかける。
「じゃあ、手加減はしなくて良さそうだ」
うっすら怒りがにじんだ笑みを見て、レアはぞくりと体を震わせた。
「ひぇ……そういうとこはホント徹大さんにそっくりっスね……」
笑うという行為は本来云々という漫画の台詞がレアの脳裏をよぎっている時、件の船からちょうど人が降りてきた。
最初に出てきた二人の女性が徹たちに気づき、徹がその正体に気づくより早くこちらにやって来る。
「その呪力……キミが話題の天才か」
ストレートロングの金髪に、筋肉質なのを差っ引いても十分以上に豊満と呼べるスタイルの良さ。どことなく外国人を彷彿とさせるズケズケとしたコミュニケーション。
徹の「原作」の記憶が眼前の人物と繋がっていく。
今の呪術界に2人しか登録されていない、特級。
そして、隣にいる女性に目が行く。東堂葵ではない。落ち窪んだような目と暗く危険な雰囲気を纏った彼女は――
「時に少年。どんな女がタイプかな?」
お決まりの台詞が飛び出すのと、隣の人物が井口楓であることに徹が気づいたのは、ほぼ同時であった。
名前 :空閑徹也(くが てつや)
性別 :男性
年齢 :11歳(22話時点)
身長 :大体160cm
所属 :空閑家戦闘部隊(非戦闘員)
階級 :なし
趣味 :兄に借りた漫画
好物 :うどん
苦手 :特になし
ストレス:早起き
備考 :きょうだいで唯一、兄の背中を真面目に追う気がある。
名前 :岸辺リョウ(きしべ りょう)
性別 :女性
年齢 :だいたい30歳(22話時点)
身長 :173cm
所属 :空閑家戦闘部隊(銃器指南役)
階級 :なし
趣味 :銃の手入れ、改造
好物 :カロリーメイト
苦手 :納豆
ストレス:禁煙
備考 :日系人だが、空閑家に雇われるまで日本に来たことがなかった。
7/24 20:20追記:一部表現を加筆修正。