#21 休暇
呪術界にて九州最強の名を欲しいがままにする空閑家だが、その本邸は博多や熊本ではなく、福岡県南部の郊外に本拠地を置く。
慶長の時代、"(彼女を参加させないために)呪術御前試合を女人禁制にした"と噂された「やえ」が空閑の名字を許された時から居住地が変わっておらず、周辺住民(主に高齢者)からも"昔からこの辺を仕切っとる庄屋/地主さん"として畏怖されている。
そんな土地だが、海辺で比較的住みやすい福岡市と違って、この一帯は夏場の暑さが特に厳しい。遠浅の有明海はロクに海風を運ばず、それ以外の方向は山に囲まれ熱が溜まりやすいのだ。
結果、九州の中では北の方であるにも関わらず、鹿児島や沖縄を差し置いて37~38度を頻繁に観測して年に2~3度全国ニュースに話題が出る。九州一の大河が通っているため湿度も高いというおまけがつき、締め切った場所では40度超も珍しくない。
そんな訳で、空閑家ではかなり早い段階から屋敷に冷暖房が完備されている。新しいものを嫌う呪術界の構成員としては異例の判断であり、21世紀になっても土間の釜戸で米を炊いている御三家からすればあり得ないことであっただろう。およそ50年前の消印が押された痛烈な嫌味の籠った書簡が複数、蔵に保管されている。
純和風の邸宅とは取り合わせが悪かったのか、冷房の効率を高めるためかなり大規模な改修工事を余儀なくされたとのことだが、少なくとも今、空閑の本邸に住んでいる者達は揃ってその英断に感謝している。
そういう(呪術師にしては)先進的な面が目立つ空閑家であるが、ベースは400年続く旧家な訳で、本邸も武士だった頃から増改築を繰り返して使っている武家屋敷だ。家そのものが呪術組織として機能している関係上、塀の内側で業務が完結してしまうのが望ましく、自宅の「表」部分が役所的な機能も持っていた武家屋敷の在り方が理にかなっているのである。
そんな邸宅の「奥」の部分、畳敷きの自室には、午前中のやや遅い時間には珍しくまだ徹がいる。
普段の徹は日の出とほぼ同時に起き出し、夜中まで鍛錬に明け暮れる生活を送っている。確かに空閑家の戦闘部隊に課される訓練や仕事は厳しいものだが、それでも拘束時間はスポーツの強豪校レベルであり、自由時間や休日が無い訳ではない。
徹の場合は次期当主筆頭として通常より厳しい訓練メニューが組まれていることは勿論だが、何より本人が自由時間を全て自主練や瞑想(ここでは、自分の呪力を強く認識することで操作の精度を上げる試みを指す)に当ててしまうのである。結果的に徹は、成長を阻害しない程度の睡眠と食事、時折入る呪霊討伐を除いて殆どの時間を鍛錬場か書庫で過ごす。
武士時代の名残なのか真面目というかストイックな人間が多く、結果的に「堅気」の道に行った者達にも成功者が多い空閑本家だが、特に現当主の長男である徹大と、そのまた長男である徹はその傾向が極端に出ている。
中学受験に臨む者などの間では、小中学生の年齢ではむしろ世間を知らず命令に従順な分、下手に知恵を付けた大人より長時間の勉強や労働に耐えうることは経験的に知られているが、強引な方法は反抗期の到来によって崩壊するリスクがあることも同様に恐れられている。だが徹は、一般に反抗期が始まる歳になっても鍛錬の手を緩めなかった。
どころか体が大きくなった分だけさらに激しい鍛錬を率先して行うようになり、初めは「空閑男児かくあるべし」とご満悦だった当主たちの顔が年を経るごとに段々引きつってきたことは家人の誰もが知る所。それでも、鍛錬の量に見合うどころかそれ以上の結果を出しているため何も言えず、徹大や当主の徹司が礼法や座学を命じれば素直に従い、何より本人の強い要望によるから無下にも出来ず何も言えないのが実情であった。
子供の有り余る体力を活かして限界までトレーニングに励み、休息と称して書庫の文献を読み漁る姿をしばしば目撃されており、10代前半にしてすっかりワーカホリックだと界隈で評判だ。呪術界全体で見た評判で言えば「特級レベルに強くなる連中はやはりどこかネジが外れている」といったところで、良くも悪くも呆れ気味。
一方で、ごく一部の心ある術師たちからは批判されることもあり、一度など五条悟経由で五条家から「どういう教育をしているんだ」と抗議が飛んできたこともある。これは言い訳ではなく本当に徹本人が望んでやっていることだと説明してどうにか矛を収めさせた。
ただ、これに関しては空閑の上位に当たる禪院家でも虐待じみた鍛錬が常態化していることから、どちらかと言えば派閥争いのダシにされた感があると徹大らは考えており、徹は「叩かれる余地を相手に見せるな」という方向で折檻されることになった。
そんな訳で、家中では尊敬を通り越して畏怖されている徹の自室には簡素な勉強机と座椅子、本棚、片づけられた布団など、最低限の私物しか置かれていない。父・徹大も私室に生活感がないことで有名だが、彼も立派にその系譜を継いでしまっていた。
だがこの日は、翌週から始まる予定の大規模演習の準備のため人員が出払っており、訓練場の整備などができないことから術師たちには最低限の警備人員を残して休みが与えられていた。
降ってわいた休みに、当初は(本棚に入っている数少ない私物の)漫画でも読んで暇を潰そうかと考えていた徹だったが、見計らったようにレアからのお誘いがあり、この日は買い物に赴くことになっていた。
父をも上回る仕事人間の徹だが、仲の良い(何なら「お手つき」である)異性の誘いを無下にするほど冷血ではなかったし、今の今まで何も言ってこなかった理由を理解できないほど察しが悪い訳でもない。
徹は少々考えを巡らせた末、結局いつもの私服――愛用のポロシャツとカーゴパンツに着替え、一瞬思考してから壁にかけてある紺色の野球帽を取り、勝手口から家を出た。
裏門に常駐している警備員にひと声かけて外に出て、下りの坂道を歩くこと十数分。
最寄りのバス停から路線バスで20分ほどかけて地元私鉄の特急駅へ。
そこでバスを乗り換えて15分ほど揺られれば、周辺地域で最大規模のショッピングモールに到着する。
車で行けば20分で着くが、女性に会うのに車で送迎されるのもなあという妙な見栄が徹にも存在した。
因みにこの行動を見て分かる通り、普段の空閑家人員はVIP格であってもかなり自由な移動が認められている。これは地域社会による監視網が完成しており「余所者」の現在位置をリアルタイムで把握できるため、発見されずに襲撃をかけるのがほとんど不可能という田舎特有の事情によるものだ。
「そんなこったろうと思ったッスよ」
待ち合わせ場所に現れたレアは、黒いTシャツにジーパン姿の「いつもの恰好」。似た者同士であり、そして互いが悩んだ末にいつもと同じ格好で来るだろうと読み切っていたということでもあり。ある意味彼ららしいと言えた。
「こういうのしか服持ってないからなあ……」
レア本人の強い要望により、彼女は現在、基本家族に対しても敬語の徹がほとんど唯一タメ語で喋るという地位を手に入れている。因みに、同じくタメの真依に対抗してのことだが、徹は気づいていないようだった。
「あはは、さっそくタジタジじゃないッスか。普段の無敵っぷりはどこいったんだか」
言いながら、レアは機嫌よさげにニコニコしている。鍛錬や仕事中の徹が見せる鬼神のごとき強さを知っているだけに、年相応の疎さが新鮮に映るらしい。あるいは、自分しか知らない一面を見つけて面白がっているのか。
「それでぇ? 徹クンはどんなエスコートをしてくれるんスか~? 期待してるッスよ~?」
ニヤニヤといたずらな笑みを浮かべるレアを見て、どうやら自分に隙を見つけたのがずいぶん嬉しかったらしいことを察しながら頭を抱える。年上だからとお姉さんぶってくるのは前からだが、調子に乗ってはウブさやだらしなさを見抜かれて撃沈するのも毎回の流れ。だが今回ばかりはそうもいかないらしかった。
自分も経験がないから丸投げしただけでは? というツッコミを飲みこむ情が、徹にも存在した。
◆ ◆ ◆
「で、どうでした?」
「めっっっっちゃ楽しかったッス!!」
「そりゃ良かった」
およそ3時間後。昼時を過ぎてようやく空き始めたフードコート……ではなく、ショッピングエリアの端に位置するちょっとしたカフェで昼食をとる2人は、4人掛けの机に向かい合って座っていた。
この店は紅茶にこだわっていて雰囲気がいいのもあるが、実は2000円ほど払うとお茶請けのワッフルが食べ放題であり体格相応に大食いである徹の趣向とも合っている。
二人の手元には紅茶のカップとちょっとした軽食(クロックムッシュと呼ばれるホットサンドの一種)が置かれ、両者の隣にはぬいぐるみやらお菓子の大袋やらが満載されたゲームセンターの巨大な袋が鎮座していた。
何やらロマンのあることをした訳ではない。この二人はと言えば、敷地内に3か所ほどあるゲームコーナーを梯子して遊びまくったのである。
「トイ〇らスのゲームコーナー、また内容変わってたね」
「ッスね。バトルロード*1のカード死ぬほど持ってたんスけど、いつの間にか撤去されてるとは」
「相変わらずドラクエ好きだねえ……今って最新作いくつだっけ」
「9……じゃないな、10ッスね。自分はオンラインが肌に合わなくて未だに9やってるッスけど」
「あー……前任務で神奈川に行ったとき川崎駅に寄れってしつこく言ってたのは」
「例の地図*2、こっちにはまだ来てないんスよ~。まあほら、ジョーカーの時神鳥レティスあげたのに免じて……」
「対戦で容赦なく耐久魔神*3だの異常サージ*4だの出して来たの忘れてませんからね?」
「け、敬語は止めて欲しいッスよ……あれはほら、前"スラもり"*5で対戦した時メラゾーマラッシュされたお返しと言うか……あ、ほら。今だとオススメはファイ〇ーエムブレムッスよ。覚醒。2ヶ月半くらい前出たヤツ」
とまあ、徹の想像以上にゲーマーであったレアのことを考えれば、下手にお洒落な店を連れ回すよりゲーセンに連れて行った方が喜ぶだろうと徹が考えたのも当然であり。
その見立て通り、メダルゲームのスロットの出目に一喜一憂し、模擬銃を持つタイプのガンアクションゲームを驚異的な精度でこなして客をザワつかせ、クレーンキャッチャーの戦果で競争し(隣のぬいぐるみの山は主にこれのせい)……と、二人はこれ以上なくはしゃいでいた。
「露骨に話題を……まあレアさんチョイスにハズレはないからなあ……」
「あの時言った通り"レア"でいいッスよ~」
当たり障りのない話が続いて焦れたのか、身を乗り出し、一つ球を投じてみるレア。
"あの時"とは、関門の特級を祓った夜。徹とレアが今の関係になった時のことだ。
「いやー、今日予想以上に楽しかったッスからね」
それをわざわざ引っ張り出して来られ、徹は一瞬たじろぐ。
徹の眼に一瞬期待のようなものがよぎったのをレアは見逃さなかったし、彼女はもとよりそのつもりだった。
「くふふ、この後は買い物して
「……そうだな」
わざとらしく「帰り」を強調した言い方に、やや動揺した様子ながらも応答する徹を見て、レアは何か可愛らしいものを見るような顔で頷いた。
少し押してやると途端に年相応の所が出るのはレアだけではなく。普段の優秀さとのギャップに、彼女はすっかり愛しさを覚えている。
照れ隠しと言わんばかりにワッフルの追加を注文する徹をニヤニヤした目で見守りつつ「こりゃ選んだ水着は泳ぐ前に違う用途で使うことになりそうだ」と考えを巡らせ、笑みを深めるのだった。
Tips:ワッフルが食べ放題の店はモデルになった店舗に実在した。
空閑徹という存在の異常さが浮き彫りになり始めました。
因みに、五条悟としては普通に徹に青春を謳歌してもらいたかっただけです。
あの五条悟が家の権力を使ってでも反抗する程度には許せない在り方(に見える)空閑家の明日はどっちだ。
07:05修正:食べているものと店が矛盾していたため修正。