雨宮家は、その起源を有史以前にまで遡ると言われている旧家である。
重ねた歴史だけで言うなら、戦国武士の系譜である空閑家どころか平安の陰陽師を祖とする御三家よりもよほど古く、長い。
司る呪術は、歴史以前から存在する原始信仰のひとつ「雨乞い」。この地で人が稲作を始めた頃から欠かさず祈りと修練を重ね、相伝を受け継ぎ続けて来た。
では何故、彼らは血統と術式を重んじる呪術界にて発言力がないのか。
単純な話である。弱いからだ。
相伝「
相伝を継いだ雨宮の家人は、その生涯の大半をただ雨乞いの技を身に着けるために費やす。ごくまれに水を操って戦える者が出ても、纏まった水源のある場所か雨天時にしかその実力を発揮できず、戦いのノウハウがないため事故のように死ぬ者も多かった。
農業においては、地元住民にとっては神のごとき力だが、呪術師として求められる呪霊狩りはロクにこなせないため呪術界では評価されない。ただ歴史が長いだけの術式であると思われていた。
そう、
「領域展開――
宣言とともに、悪趣味なステージが結界に飲み込まれてゆく。
一瞬の後に景色は切り替わり、広がるのは大雨降りしきる夕暮れの沼地。
赤く輝く雨天の轟音がほかの雑音をかき消し、巻き込まれた者はぬかるんだ地面に足を取られて移動もおぼつかなくなる。
そしてすぐに気づくのだ。場を満たす水が呪力を含んでいることに。
「な、領域!?」
「ほぉ、少しはモノを知ってるようだね」
御影の展開した領域は有効半径約120メートル。それなりに広い廃病院のホールをすっぽり覆ってなお余る広さであり、現代の領域使いとして見れば破格の広範囲と言える。
その所以は、術式の殺傷力が低いこと。
雨とは恵み。"雨乞い"の術師としてその側面を無視できない水雲操術は、望むと望まざるとに関わらず「水を用いて人を殺傷できない」という縛りを負う。
非術師が領域に巻き込まれれば雨に込められた呪力に
それでも、この場に多数存在した悪趣味な観客たちは展開後数秒で揃って昏倒。"縛り"により溺死することはなく、何故か呼吸可能な底なし沼の中に飲み込まれる。
では、呪力に耐性を持つ術師にはどうか。
ただ雨で服が濡れ、沼に足を取られるのみである。
「……んん? 必中必殺……ってワケじゃなさそうだな?」
呪詛師――
本来であれば、入った瞬間に相手を殺すくらいの殺傷力があってしかるべき。
だが、御影の術式はそのままでは人を殺せない。それは縛りとして働き領域展開を容易にし、彼女のそれは「必中必殺」から「必殺」を省いて有利な土俵で戦うことに特化した古式の領域に倣うものだ。
故にこそ、半端に知っている相手の困惑と油断を招き――
「だったらこっちかゴハァッ!?!?」
――不可視の速度で飛来した御影の脚に蹴り飛ばされる。
雨宮にとって、雨とは恵み。
「水雲操術」によって沼に足を取られることもなく、雨に視界を奪われるでも聴力を阻害されるでもなく、ただ呪力の籠った水によって身体能力を劇的に増幅。領域内で強化された呪力は反転の域にまで到達し、術者本人限定で雨に打たれた箇所の傷を急速に癒すに至る。
すなわち、圧倒的に不利な地形状況下で万全以上の、ダメージが再生し続ける格闘家を相手にしなければならないということ。
「雨天時か水源の傍でしか役に立たない」雨宮は、「領域展開中に限り無敵」の御影を輩出した。
故に彼女は、たった一人で田舎の拝み屋にすぎなかった雨宮家を空閑に伍すると評されるまでに盛り立てたのである。
呪術戦のセオリー破りとなる初手領域だが、「領域ありき」で戦いを組み立てる彼女にとってはこれが最善であった。
なお、今回彼女が呼ばれたのは「コトリバコ」の由来に感づいた井口楓の強い推薦によるものだ。表だっては言っていないが、加茂憲典絡みであることを考慮し「赤血操術」と日本一相性がいいと言われる彼女に白羽の矢が立ったという経緯がある。
「禁縁呪法 極ノ番」
そしてこの領域ではただ雨が降っているだけであるから、他の味方の行動を邪魔しない。
徹が放った8本のサバイバルナイフが青黒い線を描きながら飛散する。
うち1本は徹の足元、ぬかるみを回避するため柄に飛び乗り、そのまま浮遊。
さらにもう1本は既に鞣造の背後へ回り込んでおり、蹴り飛ばされた彼の背中に深々と突き刺さった。
「がっ……テメ、コラ……」
「安心してください、
――元来、禁縁呪法に「極ノ番」は存在しなかった。
今現在「極ノ番」と呼ばれているモノは、かつての初代が扱った禁縁呪法そのもの。
彼女はそれを、元々ひとつの技だったものを効果ごとに体系立てて分解し、未熟な子孫たちにも扱えるように自らの術式を整えた。
禁縁呪法の「拡張」は、威力や効果範囲などではなく、使える人間の幅を広げるためのもの。
果たして目論みは成功し、空閑は安定した戦力を持つ名家へと成長したが、そのことが却って彼らを極ノ番から遠ざけてもいた。
必然、それら全ての根源たる「極ノ番」には、そこへ至るまでに習得する技の全てが盛り込まれていることになる。
徹が復古させた穢刀がなければ、極ノ番のピースは揃わない。元より禁縁呪法は傷口を悪化させる力で、現在の空閑家で用いられる傷口の拡張は言わばその廉価版だからだ。
「全ての技を習得すれば届く」という習得条件が伝わっていながら、これまで一族の誰も極ノ番に到達しなかった原因であり、そして徹が雑多に存在する――初代を除く、歴代の術師たちが作った小手先の改造技――技の大半を飛ばして極ノ番に至った所以である。
小刀「刃物の操作」。大刀「斬撃そのものの操作」。穢刀「傷口を悪化させる」。
術式順転「急速な傷口の拡大」。術式反転「傷口の縫合と、"すでに治癒された"という概念の付与による回復阻害」。
これら5つ全てを同時に発動することによって、それぞれの効果が噛み合い新たな力が現出する。
まず、小刀の移動の軌跡、自ら振るった刀の軌道、それらが「斬撃」としてその場に残り続ける。既にこの領域内でも、徹の放った小刀の痕跡はずっと青黒い呪力を(そう視認できるのは術師だけだが)放ち続けていた。
そしてこの「斬撃」か、あるいは実際に刃物に触れるなどして傷を付けられれば、たちまちその傷は全身に広がり、膿み、腐り――そして強引に、滅茶苦茶に繋ぎ直される。
小刀が動くたび、本人が刀を振るたびに触れれば即死の線が置かれ続け、いつしか幾重にも折り重なって出来上がる「斬撃の結界」。
これこそが初代の使いこなした、簡略化のない本当の禁縁呪法。今まで誰もたどり着けなかっただけで、本来ならばこれを完成させて初めて術師として一人前であると、少なくとも初代は考えていた。
故に「
「初撃のノックバックはショットガンでやるつもりでしたが……手間が省けました。ありがとうございます」
ギリギリ気絶しない程度に抑えられた激痛に声も出せずうずくまっている鞣造をよそに、涼しい顔でそんなことを言ってのける徹。
その手には刀……ではなく、背中にマウントしていたAA-12――フルオート射撃が可能な軍用ショットガン――が握られている。
大柄とは言え中学生、それも日本人の体格には不相応なステンレスの銃口は、油断なく鞣造に向けられていた。もっとも、高専換算で準1級レベルかそれ以上の領域にあると思われる鞣造相手では脅しや見せ札としての意味合いが強く、意識は「極ノ番」の操作の方に割かれているのだが。
高レベルの呪術師相手では、単発の狙撃銃や短機関銃程度の火力は呪力強化で防がれる可能性があり不向きな一方、散弾銃の面制圧力や重機関銃クラスの大火力は有効と空閑家では考えられている。
特に、呪術界が保守的で現代文明を嫌うという内部事情に半端に詳しいものほど、追手が突然銃火器を出してくる状況に対応できずあっさり制圧される傾向にある。
呪力で身体能力を強化すれば分隊支援火器どころかM2やミニガンも腰だめで射撃可能なことから、屋内戦では重火器で敵の動きを制限し、その隙に足元や階下から潜り込ませた小刀と術式順転で仕留める戦法が現在の対呪詛師戦のセオリーとなっていた。
『おーい、俺のこと忘れないでくださいよ~』
そこへ、いつもの気さくな声を上げながら異形の怪物が現れた。
背丈は3メートルほど。いちおう四肢があり、二足歩行をしているが長い尻尾にのっぺりとした真っ白い肌、蛇のような鱗、目や鼻がなくばっくりと開いた口と長い黒髪だけを有する顔面。両手にはそれぞれ泡を吹いて気絶している呪詛師らしき男の胴を掴んでおり、伏兵として警備していた呪詛師を無力化していたことが見て取れた。
あからさまにヒトからかけ離れているこの姿こそ「ミシャグジさま」。信濃地方で伝統的に信仰される祟り神を、守矢拓斗がその身に宿した姿である。
立有とは立ち現れること。「祟り」の語源であり、神の顕現を差す言葉でもある。守矢家相伝の「
いわゆる"神降ろし"の術師にはつきものの危険として、未熟な術者では降ろした瞬間に制御権をミシャグジさま側に奪われ、特級クラスの呪霊……土地神へと転ずる可能性がある。
そうでなくともかの神はヤマト政権以前から存在している強大な神格。本来熟練の術者であってもかなりの危険が伴うものだが、拓斗に限って言えばこの通り、完全に自我を持ったままこともなげに行動してのけている。
これは長く続く一族の歴史でも極めて珍しいレベルの才能であり、保守的な守矢家にあって外に目を向けるなど人格面を疑問視する声を抑え早々に当主の座を手に入れるだけの実力であった。
時代の流れと共に表舞台からは姿を消した守矢家であるが、少なくとも呪術界での権勢は今も変わらない。九州の空閑と同じく、諏訪、ひいては中部地方最強の呪術師一族として高専を通じた御三家による支配をはねのけ続けるだけの戦力を抱える地方の雄である。
「なんだ、
既に成人男性並の体格を有する徹の背後に隠れていた楓が、ひょっこりと顔を出して言う。
術式を持たず大して強くもない彼女だが、その本領は呪具の扱いの巧みさにある。
今回使おうとしたのは、効果範囲内のあらゆる生物・無生物に「日光に当たると消滅する」特性を問答無用で付与する鏡の姿をした特級呪具「影不踏」。夜間に使用することで、仕留め損ねた相手が夜明けと共に死ぬように仕向ける。
一級クラス3人を擁するこの任務に同行しているのは、あくまで「コトリバコ」への知識の深さと、敵が未知の呪具を他にも保持している可能性から。
この場にコトリバコか、その呪肉体が放つような強烈な呪力は感じられない。
故にこの任務は一旦完遂、後は呪詛師たちを尋問して箱のありかを聞き出す。
そういう段どりで――
(おかしい)
そこで、徹がふと気づいた。
雨宮御影。守屋拓斗。井口楓。彼らは(少なくとも井口以外の2人は)高専所属でないとは言え、大変な戦力だ。
これほどの戦力があったなら、少なくとも1人くらいは渋谷事変か、その前後の「原作」に何らかの形で登場していなければおかしい。最後には日本自体が大変なことになったのだから、地方の垣根がどうとか言っている場合ではなかったはずだ。
まして「コトリバコ」の呪霊など、原作に影も形も存在しなかった。
考えられる可能性は二つ。
可能性1.「空閑徹」の出現によって原作に変化が生じ、本来は出現しないはずの彼らが生まれた。
可能性2――
「御影さん!!」
そこに考えが至ったのと同時、急速に膨れ上がる呪力を感じた徹は、反射的に呪力から近い所に居た御影に叫んだ。
御影が驚いてその場を飛びのくのと、ほぼ同時。
――御影の結界を砕いて侵入した"なにか"がそこへ飛び込み、床を叩き割った。
可能性2。
彼ら全員が、「原作」の開始前に死亡した人員である。
おそらくは、この任務によって。
空閑家には陸自の幹部学校(時代的にまだ教育訓練研究本部になってない)出身の戦術考案役(本家筋)と米軍特殊部隊崩れの銃器指南役(お雇い外国人)がいます。
7話の時点で湾岸戦争を研究してドローンの有効性について考えてる空閑家は割とこういうことする。
上層部は3年に1回くらいキレてる。
保守派の重鎮(大嘘)。
6/17 18:33追記:一部表現を加筆修正。