秩序の側の呪術師がクソだからって、秩序側にいない呪詛師がまともな訳はないよね。
国道から離れて十数分車を走らせると、山のふもとに家屋の点在する寂れた住宅街に行き着く。
街で唯一のスーパーマーケット(正確には、農協の直営店)の角を右に曲がって800メートル。いよいよ人気のなくなった市道の傍らに、その建物はある。
この辺りでは珍しい京都ナンバーのセダンが止まったのは、所々アスファルトが剥げて雑草の飛び出している駐車場。
細い道を挟んで向かいには3階建ての病院が建っているが、今からおよそ25年前に廃業して以来放棄され、駅前の再開発に伴って病院周辺の交通量がめっきり減ったことも手伝い現在まで放置されている。
場所が辺鄙すぎて肝試しスポットにさえならず、地元の若者にすら存在を忘れられたそこは、年月と共にすっかり廃墟と化してしまっていた。
「……これはまた、雰囲気あるなあ」
先陣を切って車から降りた青年――守矢拓斗の眼前には、割れ放題でほとんど原型を残していない窓と、完全に消失している……昔はガラス製の自動ドアが嵌っていたと思われる玄関。
時刻は深夜23時30分、街灯もロクにない周囲は完全に暗闇に閉ざされており、さながらホラー映画の撮影場所のごとき嫌な雰囲気を醸し出している。
「人っ子一人見当たらないが……なるほど、内側に帳が降りてるねえ」
次いで後部座席から登場した老女が、一目見て大凡の状況を言い当てた。
Tシャツにチノパンで私服のような恰好だった拓斗と違い、こちらはびしりと決まった着物姿だ。夏祭り等で着付けてもらったような急ごしらえ感がなく、長年それを着続けてきたのだろう慣れと、良い意味で型通りでない所が感じられる。
雨宮
彼女は既に、病院の中にいる"モノ"を察していた。
「あんまり大きい声出さないでくださいよお、呪具の力にも限界はあるんですからー」
一方、遅れて現れた少女は暢気なものだ。
高専忌庫番、井口楓。彼女自身は3級でその辺の呪霊にも負けかねないと評されているが、知識量と呪具の扱いについては業界でも随一。
そう、この一団は楓が忌庫からチョイスした1級呪具――起動後333分間、御守の半径3メートルの内側が非常に知覚されづらくなる――の力で隠密状態にあった。
「……"小刀"で偵察しますか?」
「いや、気づかれる方が厄介だ。向こうに心の準備を与えないまま片づけたい」
最後に現れたのが、まだ中学生くらいに見える少年。しかし顔こそ幼いが、この中ではひときわ重装備でもある。
半袖のポロシャツとカーゴパンツまでは普通だが、シャツの上から軍用のプレートキャリアを着用している。数多く用意されているポケットのほとんどにサバイバルナイフがセットされ、見ればズボンの側面にも何か所かの膨らみがある。
背中には鉈のような刃物とショットガンらしき銃の姿もあり、頭にはヘッドセットとライト付きのヘルメット。総じてPMCの戦闘員のごとき出で立ちであり、間違っても呪術師には見えないだろう。
ここまでなら「廃墟までサバゲーしに来た気合いの入った趣味人」と言い訳できないこともない外見。だが、ある種の纏まりを全て台無しにしているのが腰に佩いた日本刀である。
「何度見てもすげえ恰好だよね、それ。デッ●プールみたい」
拓斗のツッコミにやや"ネタ扱い"の色があるのは、呪術師は素手で立ち回るのが本領とされる価値観が関係している。
徹をはじめ、空閑の人間は刀を術式の核としているが、呪術界では常在戦場の価値観の中で、武器に頼らないと実力を発揮できない呪術師は軽んじられる傾向にある。
「ネタでやってんじゃないですよ。呪力があれば生身でもライフル弾には後れを取りませんが、対RPG-7を想定した場合の生存率は有意に変わってきます」
「いったい何と戦ってんです……?」
引き気味の楓が示すように、呪術界の思想の中で、空閑の在り方はまさしく異端であった。
一族の成り立ちを戦国の混沌に持つ彼らは、成立当初より「使えるものは何でも使う」という方針を貫いて来た。そして、九州を併呑し名家としての立場を確立してもなおその傾向は変わっていない。
武器の使用を前提とした相伝術式の整備に始まり、銃火器を始めとする現代兵器の投入、メイアー一族ら海外術師の囲い込みなどなど、総監部では保守派の重鎮と嘯いておきながら自分のテリトリー内ではかなり無茶苦茶やっていることが、特に西日本では知られている。
「"呪詛師殺し"空閑の暴れる所、どうやら久しぶりに見られそうだね。こりゃあたし等の出る幕はなさそうだ」
徹の出で立ちを眺めて、御影が年齢に見合わず若々しい口調で評する。
"空閑"は無法と呼べる戦力増強の甲斐あってか地方術師きっての武闘派としても知られており、極端に対人戦に向いた術式と最新技術を組み合わせて独自の
京都の名門に言わせれば「野蛮な田舎武士」、地方の呪術師たちに言わせれば「得体の知れない戦闘民族の集まり」。
評価に相応しいだけの戦果を、実際に彼らは積み上げていた。
「ともかく、ここに例の連中がいるのは間違いなさそうだね」
気を取り直して、と言わんばかりに拓斗が視線を病院側へ戻すと、弛緩した空気が一気に引き締まる。
――眼前の廃病院は、事前の調査により判明した呪詛師集団「
先のブリーフィング中、"コトリバコ"の行方の手がかりとして挙がった情報が、この呪詛師集団であった。
「創立は1882年の京都、当初より呪詛師としての活動よりも犯罪組織としての色が強く、地元警察と合同の掃討作戦によって少なくとも7度壊滅しているが半年から20年ほどの期間を置いてしぶとく復活、現在は指定暴力団獏羅会の系列組織……」
頭に叩き込んだ情報を反芻する拓斗。ここまでの情報なら、呪術師界のルールに則っての誅殺より、警察に検挙させた方がいい内容だ。
「主な活動内容は人間の拉致、人身売買、いわゆるスナッフビデオや動画の撮影と販売、同様の経路での"加工品"の作成と販売……悪趣味な芸術家御用達の会員制クラブってことですね。闇のオークションなんか同人誌だけでお腹いっぱいですよ」
言い淀んでいた拓斗に代わって説明を引きついだ楓が語るのは、その悍ましい活動実態。
「一部工程に呪術を用いている疑惑あり」として以前から高専により活動内容は調査されていたものの、より優先して対処すべき危険な呪霊や呪詛師が山ほど存在していたこともあり、現在までマークするのみで対処できずにいた組織であった。
「この廃病院は内部を結界化して"催し物"に使ってるとわかったので、件の"オルガン"の人がここに現れる可能性は高いと思います」
そこへ捜査の目が向いたのは、術師ではないが"話の分かる"人物によって組織されている高専ネットロア調査部門からもたらされた情報による。
監視している裏サイトの一つ……
「行方不明の彼女を映してる訳なので、少なくともここにあの人――
呪術師らしく肝の据わっている楓が、それでも怒りをあらわにして吐き捨てる。
コトリバコの護衛にあたっては、高専から3人の術師が派遣されていた。
リーダー役だった
よってこの廃病院へ派遣された徹たちの任務は、大きく分けて2つだ。
主目的、「コトリバコ」強奪犯、もしくはそこに繋がる人物を確保すること。
副目的、行方不明になっている高専生が見つかった場合、主目的に障らない限りでこれを確保すること。
「この戦力なら強行突破でも制圧は難しくないだろうけど、最悪"コトリバコ"もしくはその呪肉体がこの場にある可能性を考慮し、隠密状態で結界の淵ギリギリまで接近。楓ちゃんの呪具で外から結界を破壊して侵入し、逃亡される前に雨宮さんに全員放り込んでもらって、後は俺と徹くんが片づける」
拓斗が作戦を再度連絡し、ほかの3人がそれに頷きを返す。常識に照らせば、(特別)1級術師を3人揃えた現状の戦力なら特級呪霊であろうと容易に撃破可能だ。これでも十分以上に用心していると言えた。
「覚悟はできたね?」
御影の問いかけに、3人はただ視線で応える。
「いい目だ。じゃあ、行こうか」
それを確かめると、御影はひとつ頷いて、4人は結界の内側へと歩みを進め――合図と同時に、結界の外殻が破壊された。
結界による視覚効果を失ったステージは、たちまち元の廃病院のテクスチャへと戻ってゆく。
煌びやかなステージはただのホールに。
コンサートホールのような座席は待合室の椅子に。
中継用のモニターはただのテレビに。
絢爛豪華なシャンデリアは棒状の蛍光灯に。
ただ、
中央のステージ上では、少女――ご丁寧にも、顔の周辺にはいっさい損壊が見られない――が壁に打ち付けられ、服を剥ぎ取られ、腹を開かれ。
突入した4人は、その顔を事前の資料で見たことがあった。頬はこけ、目は落ち窪んだようになっているが、確かに行方不明になっていた術師の片方であった。
さらに、ステージ脇に鎮座する、妙にグロテスクで生物的なデザインのオブジェが2つ。
片方には鍵盤らしき広がった部分が見受けられ、そこから腱のようなものが奥側へ伸びている。徹たちは事前の資料で確認している、"オルガン"らしきものがそこにあった。
もう片方は体の中央に弦のようなものが通され、色合いや材質のことに目を瞑れば、遠目のシルエットではコントラバスに見えないこともない。
そして最後に、血まみれの工具片手に彼女を弄りまわしている男が1人。壇上に"何人"がいるのかは定かでないが、少なくとも人型を保っているのは彼だけだ。
禿頭で、上半身裸にエプロンを着た色黒の男。エプロンと言っても台所で付ける可愛げのあるそれではなく、動物の解体作業などに用いる分厚いものである。それは全面が赤黒いものでベッタリと汚れており、手や床にも一部それが飛び散っているように見える。
「ア゛ァ!? 何だてめぇら!?」
動揺する観客たちをよそに、侵入者の存在を認めたエプロン姿の男が怒鳴る。
「今"楽器三部作"の最後の1つを作ってんだ!! ドンパチしてる場合じゃねぇんだよ分かるだろ!? このインスピレーションを無駄にできねえ!!」
男の怒声に反応して、磔にされている少女がびくりと震えた。
生きている。
いや違う。
一方で、観客たちはその"マイクパフォーマンス"がお気に召したようで、この期に及んでも盛り上がっている。
耳障りな歓声と拍手が、ステージからうっすらと届く生物的なべちゃべちゃという音に混ざって4人の耳に飛び込んでくる。
「あぁ、もういい。喋るな」
静かに、しかし不思議なほどよく通ったその声は、呪術師でないヒートアップした観衆を一言で黙らせるだけの存在感を放っていた。
喋ったのは御影であったが、4人の感情はおおむね一致していた。
――後はあの世で聞いてやる。
「領域展開」
言いながら、御影は両手を水を掬うように動かし、持水合掌の印を結ぶ。
「禁縁呪法 極ノ番」
徹が抜刀し、上段に構えると同時にポケットから計8本のサバイバルナイフが飛び出す。
「
拓斗が印相と真言からなる祝詞を唱える。
「特級呪具」
楓が懐から禍々しい呪力を放つ小さな鏡を取り出す。
――"
――"
――"ミシャグジ様"。
――"
4つの呪力が、嵐となって吹き荒れた。
名前 :雨宮御影(あまみや みかげ)
性別 :女性
年齢 :72歳(14話時点)
身長 :ほぼ160cm
所属 :雨宮家当主
階級 :特別一級術師
趣味 :鍛錬、組手
好物 :ステーキ
苦手 :生野菜
ストレス:まともな跡継ぎがいないこと
備考 :健啖家だが、さすがに近頃は量が入らなくなってきた。
6/17 19:03追記:井口楓の呪具「影不踏」の形状についての描写を修正(針→鏡)。ご指摘感謝します。