やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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結局1週間かかっちゃったので初投稿です。
ギアを1つあげて行くぞっ


#11 呪い(下)

 呪術高専東京校、グラウンド。

 

 日曜の昼間だ。色々と常識外れな所があれど学校機関である高専は休み。ただでさえ人気の少ない木造校舎は完全にがらんどうになり、非日常感を演出している。

 

 普段なら自主練をしに来た生徒――この学校に部活動の概念はないので、練習とは専ら戦いに向けた鍛錬のことだが――がいるであろう運動場だが、今は来客によって使用されていた。

 

「アレどう思う? 夜蛾先生」

 

「……今は学長だ」

 

 五条悟と夜蛾正道。現代最強たる特級術師と東京高専学長という組み合わせが見ている先では、小学生くらいの子供が動くぬいぐるみのようなものと戯れている……ように見える。

 

「言い淀むとは、お前らしくないな」

 

「いやだってさぁ……先生が出してたのって、ストックの中でも結構強い奴等だったよね?」

 

 呪力を感知できる者なら、その異様さに気づくことができる。

 

 道化師がデフォルメされたような姿の人形、鎧の騎士のごとき模型が2体、全て原寸大。

 

 3体とも、夜蛾正道の術式によって生み出された戦闘用の呪骸だ。

 

 平時には高専の警備や侵入者対策を任されているそれらは、自由意思こそ持たないが、あるいはそれ故作り主の命令に忠実な戦闘マシーンである。

 

 夜蛾の作品の中でも強力な個体であるそれらは、単独でも術師換算で準2級クラスの戦闘力を持つ。

 

 夜蛾の入力した行動パターン――現代風に言うならプログラミング――によって高度な作戦能力をも有し、何よりその行動ルーチンは"侵入者の排除、可能なら捕縛"。つまり殺す気であった。

 

 そして、一体だけ異質な雰囲気を纏うジャイアントパンダ。

 

 彼こそは夜蛾正道の生み出した最高傑作、自我を持つ突然変異呪骸。

 

 まだ幼体でありながら3級相当の術師として高専には正式に認知されており、夜蛾の元で日夜修練に励んでいる。

 

 合わせて、3体と1匹。連携を取れれば1級呪霊の相手も可能な大戦力。

 

 ――それが、11歳の少年ひとりに蹂躙されている。

 

 振り下ろされる騎士の剣を難なく躱し、掴みかかって来る道化師を蹴り飛ばしてパンダにぶつけ、死角からの攻撃には術式で浮かせた刃物をぶつけて対応。

 

 背後どころか、未来が見えているかのようにあらゆる攻撃を捌いていく様は、見ている相手に畏怖を与えるのに十分である。

 

 それでも少年は、あくまで平然としていた。

 

 その手には、洋装に似合わない無骨な日本刀。呪具ではない。実家のすぐ南、肥後国でかつて作られていた、装飾を廃し実用性に特化した剛刀、いわゆる同田貫。

 

 肉厚で重量のあるそれを軽々と振りまわす。それは呪力での肉体強化に任せた力ずくではなく、きちんとした剣術の型に基づくもの。彼の場合、タイ捨流をベースに呪術師向けに最適化された空閑家独自の型である。

 

 「シン陰」のシェアが多くを占める呪術界では(祖を同じとするとは言え)異端と言える実戦剣術であり、示現流使いだらけの鹿児島と並び「見慣れない剣術を使う」ことは九州の術者に多い特徴とされる。

 

 スーツ姿の父親と違い、Tシャツの上にミリタリー風のジャケットを羽織り、下はカーゴパンツとラフな(悪く言えばおじさん臭い)格好をしている。術式の関係上体中に刃物を仕込む必要があるため、ポケットが多くゆったりした服で居ることが多いのだ。

 

 同年代と比べるとかなり体格に恵まれているが、まだ大人と同等とまではいかない。無造作にしている短い黒髪で、顔立ちは整っているが父親譲りの無表情。

 

 空閑徹。一族が誇る最高傑作である。

 

「完全に遊んでるよアレ。まー確かに? 殺しちゃったらマズいからって"もういいって言うまで戦ってみて"って言ったの僕だけどさ。こりゃ御大層な肩書全部マジだね」

 

 修羅の国コワ~、と肩をすくめて見せる悟の前では、唯一自我のあるパンダが半泣きになって拳を振り回している。

 

 元々、悟の任務に随伴し、少し離れた所の1級呪霊を討伐する人員が送られるという情報だけが悟の耳に入っていた。

 

 いざ任務当日。現れたのは子供ひとり。聞けば(特別)一級昇進申請中だという。

 

 五条悟でなくても、その実力を疑うのは当然と言えた。

 

「最年少特別一級術師、黒閃経験者、空閑家次期当主候補筆頭。噂レベルだが、反転術式のアウトプットも出来るらしい。……正直、箔付けのため大袈裟に喧伝しているんだと思っていた」

 

 およそ手加減と言うものが下手な悟に代わり、夜蛾正道の持つ呪骸で実力を試す運びとなったのも、今にして思えば空閑家の想定通りだったかもしれない。

 

 少なくとも「五条悟」と「夜蛾正道」は。

 

 東京高専の重要人物二人は、田舎武士でしかなかったはずの空閑徹の才能を知らしめられた。

 

 サングラス越しでも良く分かるほどに顔をしかめる正道。それは実力への畏怖と……

 

「そうだった方が幾分マシだ。関門の特級を祓ったんだろ? 11歳がくぐっていい修羅場じゃない。空閑の連中何考えてんだ?」

 

 元服も済ませていない子供を前線に出したことへの怒り。

 

「そりゃあ、僕も恵で似たようなことしてるけどね。それは"僕"が安全を担保できるからやってんだ。真似すんのは勝手だけど、それで京都の1年死なせてちゃ世話ないだろ」

 

「悟。それくらいにしておけ」

 

 普段の飄々とした態度が鳴りを潜め、静かに怒りをあらわにする悟を、正道が制する。同時に徹へ目を向け、声を上げた。

 

「そのくらいでいい! 実力は十分理解した!!」

 

「分かりました」

 

 対する徹はあくまで自然体。「もういいんですか?」とでも言わんばかりに要請に応じると、"小刀"により操作されている刀が彼を取り囲んでいた呪骸たちの背後へ急襲。

 

 それまでと段違いの速度と精度をもって突き刺さり――

 

「術式順転。"蝕"」

 

 印を組んだのと同時。刀から放射状にひび割れが広がり、およそ5センチ角のぶつ切りになった呪骸だったものが3体分、地面に崩れ去る。

 

「パンダ君は人間判定なんですよね? なので破壊はしないでおきました」

 

「おおお、俺お前キライだ!!!」

 

 虚勢を張るパンダの背後には、3つの核のほぼ中間地点にあたる部分を今にも突こうとしている日本刀。

 

 徹は黒閃と身内の死をきっかけに急成長を果たしている。今の徹の術式順転(最大出力の術式行使)なら、かすり傷から相手をバラバラにするのに1秒とかからない。無論、相手が適切に呪力で防御してきた場合はその限りでないが。

 

 自在に宙を舞う4本の刀。特級呪霊の装甲をも貫通し得る「飛ぶ斬撃」を使いこなす本体。かすり傷でもついた瞬間ほぼ即死させられる術式順転。そして、未来予知に近い精度の先読み。

 

 徹は既に、一級術師の中でもトップクラスに遜色ない実力を有していた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 呪霊を見てしまった、あるいは「それ」がいることを確信した時、一般人の行動は大きく3つに分けられる。

 

 1つ目、現実から目をそらし「見なかったことにする」ケース。本当の呪霊案件であっても、周りが信じなければ怪談話になるだけであるから、そのまま埋もれてしまって呪霊が見落とされるケースは非常に多い。

 

 呪霊を放置すると人を食ってどんどん強くなるため、高専の"窓"には噂話、ネットロア、都市伝説、怪談等を大真面目に検証する部署が存在している。

 

 2つ目、不審者や害獣の仕業と考え(あるいは単にパニックになって)警察などに通報するケース。関係者としては、これが一番「有難い」パターンである。

 

 警察は上の方が呪術界関係者と協力体制にあるので、「そういう案件」であることが確定的になった時点で呪術高専に連絡が入り、調査の上で脅威度に合った術師が派遣されることになる。

 

 そして3つ目は、身内の伝手などを辿って秘密裏に解決しようとするケースだ。

 

 一般人は呪霊の存在を知らされていないので、その手の超常現象に遭遇した時、地元の寺や神社に駆け込んだり、知り合いの霊能者に頼ったりするケースがかなりある。

 

 こういう時最終的に辿りつくのが、フリーランスの呪術師や、高専組織の支配が及んでいない土着の呪術師一族。あるいは、高専に捕捉されないまま大人になった自然発生の呪術師、最悪の場合、呪詛師である。

 

 ③のケースを呪術界御三家を筆頭とする名家で独占し、呪術市場を完全寡占化することは、呪術界長年の悲願である。しかし現状、それは夢物語だと言わざるを得ない。

 

 とにもかくにも、人手が足りないのである。

 

 二校ある呪術高専の入学者数は、各校多くて5名。「伝手や能力はあるが環境に恵まれない者」を受け入れる京都校と「出自を問わず才能のあるもの」をかき集める東京校で方針に違いはあれど、人数は大して変わらず。また在学中の殉職も珍しくない。

 

 各都道府県どころか国内に2か所しか活動拠点を用意できないのは、そのまま高専所属の呪術師が少ないことを意味している。

 

 高専所属の術師たちがフル稼働で――それこそ、日常的に学生を動員してまで――呪霊と対峙し続けてなお、地方で発生した呪霊の大半は高専ではなく各地の土着呪術師たちが祓っているのが現状。

 

 常に人手不足でパンク寸前の現場を鑑み、それで呪霊が減るならと、フリーランスの呪術師という存在も事実上黙認されているのが現状であった。

 

「それ」が育てるのは、なにも呪術師だけではない。

 

 地方の術師はまだいい。術式は血筋に宿るもの。何だかんだ言っても、日本で腰を据えて術師をやるからには呪術界の影響を避けては通れず、いざとなれば力ずくで言うことを利かせることもできる。

 

 だが個人はそうもいかない。個人レベルで私利私欲のために動く呪詛師の多くは、人を呪ったり霊感商法で稼いだり反社会的勢力と組んだりするのと同じくらい、「個人ルート」での呪霊狩りも並行して行っている。勿論、暴利で。

 

 高専の勢力圏外に呪術経済が存在している現状は、フリーランスの術師にとっても、呪詛師にとっても、同様にありがたい飯のタネなのだ。

 

 

「ようこそ、お待ちしておりました」

 

 徹の眼前には、いつか来た時と同じ立派な門扉がある。違うのは、出迎えの質だ。

 

 ここは京都、禪院本家。

 

 政府が噛んでいる高専ですら、術師の発掘、育成は目だった効果を上げられていない。ごく稀――全国で年間10人も見つかれば御の字――に一般家庭から発生する術式持ちを除けば、呪術師の親は呪術師なのだ。

 

 術式は血に宿るもの。これはまだ科学的に証明されていないだけで、経験に裏付けられた「限りなく事実に近い言葉」である。

 

 高専が供給できる術師は、多く見積もって年間5~10人。

 

 では、この国に戦力を供給しているのは誰か。

 

 それは「御三家」と称される呪術の名門であり、その親戚筋であり、それに連なる各地の名家たちである。

 

 先ほどの説明には、敢えて省かれた部分が存在する。それこそ、"御三家"を筆頭とする彼らであった。

 

 現在の呪術界では、御三家や各地の術師たちが独自に祓う呪霊と高専関係者が祓う呪霊、その他の要因で祓われる呪霊が5:3:2程度の割合で併存している。何のかんの言っても、未だにこの国の主戦力はあくまで血筋で成り立つ者達で、その頂点に立つ御三家は、文字通り呪術界そのものを牛耳る影響力を持つのだ。

 

 だから彼らは、彼ら独自の理で動く。それはしがらみとなり、因習となり、時に人の心すら忘れて、暗く影を落とすこともある。徹はそれを知っているはずだった。

 

 知っている、つもりだった。

 

 違和感は、家人に勧められるまま風呂に入り(温泉旅館もかくやの豪華な浴場であった)、湯上がりで廊下を歩いていた時だ。

 

 以前にも遊んだ気配が近づいているのを感じ、出迎えてやろうと振り返った刹那。

 

 野球選手の剛速球もかくやのスピードで飛来した拳大の石を、徹は難なく受け止めた。

 

「……イタズラの域は越えてるね。どういうつもり?」

 

 言いながら、呪力を込めて手を握りしめる。乾いた音を立てて石は破砕され、砂になってその場に落ちた。

 

「こっちの台詞だ。真依にこれ以上近づくな!!」

 

 だが、鬼気迫る勢いの少女……禪院真希はひるまない。 

 

「空閑徹!! あたしと決闘しろ!!」

 

 ビッ、と徹を指差した彼女の目は、明確な殺意に満ちていた。

 

「多分、何か誤解がある。僕は何も」

 

「黙れ!」

 

 説得に応じず突撃を敢行した真希の拳や蹴りを、徹は見透かしたかのようにヒョイヒョイと躱して行く。

 

 天与呪縛によって呪力のほとんどない真希は、並の術師であればその動きを捉えることができない。

 

 呪力の流れから動きを読むことができず、それでいて「呪縛」の対価として人間離れした身体能力を持っているからだ。

 

 だが空閑徹の呪力感知は既に常識を超えている。

 

 同じく禪院に産まれた「規格外」のように呪力が完全にゼロならともかく、多少なりとも力の残っている真希の呪力を、ひいては意識の流れを追うことなど造作もないことであった。

 

「クソッ!! 死ね、死ね、死ねよお!! 何で当たらねぇんだ!!」

 

 がむしゃらに攻撃を繰り出しては、そのすべてを止められ、いなされ、躱される。「術式こそないが身体能力は脅威」というのは、非術師への当たりが強い禪院家の中でも共通認識であった。

 

 手合わせと称して甚振られることも多い彼女だが、それはあくまで相手の術式に絡めとられてのもの。純粋な体術勝負は皆避ける。"炳"筆頭のあの男ですら、真希が硬いのを良く知っているから、初手から遠慮なく投射呪法を使ってくる。

 

 天与の暴君が既に家を去っていたこともあり、ただの体術でやり込められるのは真希にとって初めての経験で。

 

 その焦りと恐怖は、眼の前の人間が明確に"炳"の人間と同格かそれ以上の……彼女の嫌いな人間たちと重なるもので。徹がどうにか鎮圧しようと攻撃を捌くたびに、彼女の態度はより頑なになっていく。

 

「クソぉ……信じて……たのに……」

 

 結局、真希と徹の間にどんな誤解があったか、この時の徹は知ることができなかった。

 

「ラチが明かない……ごめんよ」

 

 ただ、説得は無理と判断した徹が手刀を構える直前。

 

 もはや見慣れた金髪の術師が目にもとまらぬスピードで飛来して、真希の後頭部を力いっぱい蹴り飛ばし昏倒させた。それが徹の知りうる情報の全てである。

 

「ったく、大事なお客人に何を突っかかっとんねんこのカスは」

 

「……ありがとうございます。ですが」

 

「かまへん。アレは無駄に頑丈なだけが取り柄や。どうせすぐ起きてキャンキャン鳴きだすわ」

 

 忌々し気に真希の吹き飛んでいった方を睨んでいた男は、ふと視線を徹の方に戻す。

 

「――ほぉん、ええ顔や。ちぃとは筋金が入ってきよったな」

 

 徹の顔を一瞥し、大学生くらいの男――禪院直哉はどこか満足気にそう言い放った。

 

「あれから、いくつか修羅場を潜りましたから」

 

 禪院が誇る最強の戦闘部隊"炳"の筆頭となった直哉を前にしても、徹は不敵に答える。

 

 しかしお互い、以前に会った時ほどの真剣みはなく。

 

 騒ぎを聞きつけた大人たちからは、親戚同士の軽口のように見えていたようだ。あの直哉が年下とまともに会話しているという事実に驚いたものは多かったようだが。

 

「ま、今日は色々あるやろからなあ。野暮はなしにしといたる。男の見せ所やで、精々気張りや?」

 

 ニヤニヤとそんなことを言う直哉に一抹の違和感を覚えた徹だったが、なまじ「禪院直哉」の人となりを知っていただけにこの場はスルーした。してしまった。

 

 ――あるいは、現実から目を背けようとしていただけだったのかも知れない。

 

 客人として下へも置かぬ対応を受けるのはともかく、通りすがりの家人たちが何やらヒソヒソと話しているのも。その気になれば内容を聞き取ることは容易だったはずなのも。

 

 徹に割り当てられた部屋が近づくほど、香が焚かれているのか甘ったるい匂いが漂ってくるのも。

 

 御馳走された夕飯が妙に精の付くものばかりだった気がするのも。

 

 何故だか、風呂に入った辺りから同行していたはずの空閑の人間の姿が見えないのも。

 

 原作でもある程度達観した風だった真希があそこまで怒る理由など、そういくつもないことも。

 

 何より、この呪術界において「強い男」がどういう存在か。全て徹は知っていたはずだ。

 

 

 だからこれは、ある意味では罰なのかも知れなかった。

 

「お、お待ち、して、おりました……」

 

 襖の先には、嫌味にならない程度に高級感のある和室。

 

 薄暗い室内には濃密な甘い匂いが立ち込め、一呼吸で脳裏にしびれるような感覚が伝わる。徹は一瞬毒かと身構えて、次に思考がぼやけていくのを自覚し、身体の一部分に感覚と血液が集中していく感覚をもってようやく香の正体を把握した。

 

 畳張りの中央には布団が2人分、旅館のごとき丁寧さで、くっつけて敷かれている。

 

 その脇で、自身も見慣れた少女が三つ指ついて出迎えた。

 

「……本日の伽を担当させていただきます。()()()()です」

 

 徹は前にも、その表情を見たことがある。

 

 1年ほど前、直哉に足蹴にされていた彼女が見せた、媚びたような笑顔。

 

 あの時と同じだ。

 

 同じ顔を、徹に向けて、真依はしていた。

 

「このような端女(はしため)に情けを掛けて頂き、本当に、光栄です」

 

 あらゆる意思と手段を挫かれ、全てを諦め、ただ目の前の暴虐が気まぐれに和らぐことを望むだけの、悲痛なはずの笑み。

 

 それがあまりにも魅力的に見えて。早鐘を打つような心臓の拍動と、今までになく強い衝動に自我を乗っ取られそうになる。

 

 ――原作通り、彼女は美しい。

 

 この日のために磨き上げられたのだろう。あるいは徹の知る"本人"以上に肌艶がよく、すらりと長い脚には程よく肉がついている。

 

 ――あまりにも、柔らかそうだ。

 

 些細な呪力の動きさえ読み取る徹にはわかる。彼女は必死に抑え込んでいるが、指先の震えを止められていない。

 

 ――彼女は完全に躾られている。抵抗できるはずもない。

 

 いつもの子供用の着物ではない薄手の寝巻を、真依はわざと着崩している。既にかなりある乳房が零れ落ちそうで、視線がそちらに向いてしまう。

 

 ――徹には、それが許されるだけの力がある。

 

 視線を認めた真依は、今度こそ妖艶な笑みを張り直して、胸元をもう少しだけはだけさせた。

 

 たったそれだけで、神経が飛びそうなほど興奮が高まっているのが自覚できた。

 

 ――ここまでお膳立てされたのだ。平らげない方が失礼に当たる。

 

 既に、徹の体はオスとしての役割を果たすことしか考えておらず。脳は言い訳と正当化のためにしか機能していない。

 

「……お好きなように、なさってください」

 

 ついこの間までの徹だったら、間違いなくここで理性を飛ばし、禪院と空閑との間には確かな友好関係が作られていたことだろう。

 

 だが徹は、幸か不幸かその手の耐性を多少なりとも身に着けていた。

 

 フラフラと、意思に反して動いた右手は、一瞬だけ真依のほうへと伸び――

 

「……ひっ」

 

 押し殺した悲鳴を聞き取った徹は、そのまま自分の右太ももを思いっきりつねった。

 

「…………っ!!! ヤバかった……!!」

 

 徹は一度、踏みとどまった。

 

「あ、いや、ちが、違うの。わたし、そんな――」

 

 しかしそれが良いことかを決めるのは、最早徹ではなく、真依でもなかった。

 

 徹がかろうじて気を使ったことを察するや否や、真依はそれまでとは段違いに顔色を悪くし、ついにはガタガタと震え始める。

 

「ち、ちょっと、大丈夫?」

 

 慌てて介抱しようとするも、真依はどんどん恐慌していく。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。わたしは、だいじょうぶだから。だから、おねがい……」

 

 

 

 

 ――わたしを、おかして。

 

 

 

 

 一瞬、言われたことが分からず、徹はフリーズした。

 

 直後に再起動した彼が、ある意味フラットな精神状態を一度経由したから分かった。分かってしまった。

 

 

 

 

 

 いる。

 

 

 

 部屋の外……恐らく天井裏に、巧みに気配を消した何者かが。

 

「わ、わたし、徹くんの、(たね)を貰ってこいって、言われて。何されても絶対逆らうなって、なんのために修行もさせずにただ飯食わせたんだって」

 

 真依は気づいていないのだろう。目に涙をため、しどろもどろになって喋っている。

 

 それでも徹に伝えようとしているのは、ことここに及んでも徹なら助けてくれると思っているのか、もはや徹しか頼れる相手が居ないのか。

 

「だから」

 

 がしり、と、鬼気迫る勢いで。

 

「お願いします。わたしを犯してください。何もされずに帰ったらお父さんに殺されます」

 

 聞きながら、徹の中で色々なものが組み上がっていく。

 

 徹が目をかけ始めてから、真依が傷つかなくなった理由。レアたちの語る「空閑徹」の権力、その血の重要性。

 

 禪院扇という人間。禪院の家柄。そこに産まれ、美貌くらいしか取り柄の無い女の使い道。禪院-空閑の間で何度も持たれた話し合い。

 

 同時に徹は、まだ因習というものを見くびっていたと知った。

 

 呪術師に限らず、古い時代には双子は"畜生腹"と言われ蔑まれた。

 

 双子として生まれた事実を隠すため、どちらか片方をその場で絞めて子は一人だったことにする。そんな方法がメジャーで、情が邪魔してそれを出来なかった親は子供の将来のために心を鬼にできないダメな親だとなじられる。そういう時代が昔あった。

 

 呪術師は旧弊的な家が多い。

 

 凶兆たる双子であり、そのしるし通りに呪力をほとんど持たず生まれた彼女等は、この家では正しく"ヒト"ではないのだ。

 

 丁度みかけた酔狂な他家の人間におもちゃ代わりに押し付けて、家に血を取り込めるなら御の字。

 

 もしまかり間違って情が湧き、妻として娶るようなことがあったら、禪院と空閑の間の力関係をハッキリさせることができる。

 

 その時はついでに、稀に見る大うつけだと笑ってやろう。呪術界の上層部から見たその時の徹は、いわば家具や玩具と結婚しようとする変態なのだから。そういう魂胆であった。

 

 つまり、両家の間で何度も行われた交渉は、「厄介者を正妻に押し付けて格付けに使おうとしていた禪院」と「それを避け、あくまでただの愛人の座にとどめたい空閑」の暗闘だったのだ。

 

 そして、徹が特別一級の座に就いたことで空閑の力が強くなり、交渉に決着がついた。

 

 結果出てきた妥協案が、これか。

 

「あ、あぅ……うぅ……」

 

 全てをぶちまけた真依は、顔面蒼白なまま小刻みに震えている。

 

 この場は監視されている。徹が何もせず去れば、その時点で真依の任務は失敗。恐らく、彼女は容赦なく処分される。呪術規定は刑法より緩く、何をやったかより誰がやったかで課される罰が変わる。

 

 御三家ならば、人ひとり消して話題にも上らせないくらい造作もあるまい。

 

 真依は誰よりそれを確信しているのだ。

 

「ね、ね? わたし、結構美人でしょ? こっちもほら、××だから経験ないけど、きっと××××を×××××してあげられるわ。あと……そう! お胸! ××××ももちろんいいし、あと、×××××も、×××××だって、それに……」

 

「もういい」

 

 あまりにも悲痛な、命乞いにも似た下品な誘惑を聞きたくなくて、徹は真依の口をふさいだ。

 

 監視役が告げ口する気を起こさないくらい、露骨に、激しく。

 

 

 

 幸いにして徹は、自分の権力の使い方を学習していた。




 空閑徹は多分、綺麗に育ち切ったらドリフターズの島津豊久になります。
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