励みになります。
※2000年代初頭の田舎だと、まだ女性だけでラーメン屋に行くのは常識のない行為とみなされる向きがありました。それを念頭に置いてご覧ください。
一緒にラーメンを食べに行ったことがある。
任務漬けの1ヵ月だったから、任務と任務の合間に時折発生する数時間~数十分の空き時間でできる外食は数少ない娯楽だった。
「
実家の所在地の関係か、親族の中でも珍しいレベルのコテコテの筑後弁で喋る宏美さんは、(一応その気になれば標準語も喋れるらしいが)特に空き時間を楽しみにしていた。
「麺の固さとかオススメあります?」
「
宏美さんはラーメンにうるさくて、県内のどこで解放されても「深夜にも開いている店」や「美味しい割に混んでいない店」をいくつも知っていた。
毎回ガッツリ久留米豚骨*1だったので運転手さんには不評だったけれど、宏美さんの選ぶ店にハズレはなく。食べ盛りの俺やジャンクフード大好きのレアさんは喜んでついて行った。
美味い店を教えて貰っては彼女を褒め倒して、その度小さな体をさらに小さくしてモジモジしながら喜んでいたのを覚えている。
曰く、本当はこんなところを見せるべきではないと分かっているが、次の任務で死ぬかもしれない以上は好物が食べたいと。
「
この家の常識で考えるなら、労働者が集まりがちであまり治安のよろしくない(田舎の店は特に)ラーメン屋に女の子一人、というのは名家の子女的にはよろしくないのかも知れない。
が、周りがどう思っているか知らないが俺の中身は東京出身の庶民である。
下手に格調高い料理をお出しされてもテンパるだけの身としては、一緒にラーメンを楽しめるような人の方が好印象だった。
第一、この地獄のような弾丸旅行で共に戦う戦友だ。道中で美味いラーメンにありつけるなら、むしろ有難いというもの。
「本当ね? えへへ……良かった……」
包み隠さずそう伝えてみれば普段の元気はどこへやら、すっかりしおらしくなってしまい、背後のレアさんが「その感じ素だったんスねぇ……」と呆れていたのを覚えている。
後はそう。一度、彼女の母親が物資片手に様子を見に来たことがあった。
呪術師として切った張ったが日常の身の上とは言え、流石に親は心配なんだなと、謎の目線からそれを俯瞰したのは最初だけ。
ラーメン屋から出て鉢合わせた俺は、宏美さんの顔色と周りの空気を察し慌てて前に出た。
「……徹さん。うちの宏美が失礼ば働いとらんですか?」
「いえ。こうしてラーメンを食べると言っても
本当に俺が言い出したことと信じてもらえたわけではないだろう。ただ、この家で11年も生きていれば、それなりに権力の使い方も身について来る。
「……どうやら、本家の跡取りはよう出来たお人んごたる。よか男ですたい。レアさんが羨ましか」
権力を振るうということは、責任を取るということだ。それを応用すれば、他人を庇うのもそう難しいことではなかった。
何日か経って、レアさんにこっそり耳打ちされて分かったことだが、宏美さんはこの一件が父親の耳に入って壮絶な折檻を受けそうになり、「徹が許したから」という理由でそれを免れたらしい。
同時に各方面から「あまり女を甘やかすものじゃない(意訳)」という小言も飛んできたが、周りの厳しさを見るに俺が厳しく当たる必要はないだろう。今の忙しさが落ち着いたら、時間を気にせずカラオケに行ったりゲームをしたりしよう。
そう、思っていた。
「もう死んでいる」
無限に続くように思える海底トンネルのど真ん中。いつも冷静で頼りになる父の声が、その時ばかりは死刑宣告のように聞こえた。
致命傷だ。薄々分かっていた。だからスイッチが入ったのだし、黒閃が出たのだ。
「反転術式なら――」
「無駄だ。その呪力は取っておきなさい」
宏美さんの小さな体が、殺風景なトンネルに転がっている。
父が脈を確認した後、手早く仰向けに転がされた彼女の姿は、
肩口から袈裟懸けに切り裂かれ、紺色で目立たない高専の制服は赤黒く染まっていた。刀傷自体は深くないからひょっとしてと思ったけれど、当たり所が悪く頸動脈が切れてしまっていたようだった。
四肢に目が行って、両手の爪が剥がれているのが目に入る。彼女の術式なら、極論視線を合わせているだけで援護はできる。最後まで立ち上がろうとしていたのだろう。
床には大きな血だまりが出来、綺麗な長い髪は血に染まっている。顔は、というより全身の肌はすっかり血の気を失って土気色だ。
見開かれた目――死によってその力を失った邪眼――を父が閉じて、その場で手を合わせる。それに続いて、俺とレアさんも同様に。
数十秒か、1分か。黙とうを終えて、父はそれ以上何も言わず、その場を立ち上がった。
「我々は戦える状態を維持しなければいけません。宏美ちゃんの回収は……」
「解っています」
似合わない敬語で語り掛けるレアさんの言は、つまり宏美さんを置いて帰還するということ。幸か不幸か、それが分からないほど俺は子供ではなかった。
それでも彼女は、この後空閑家の死体処理班に回収され、家に帰ることができる。
呪術師としてはかなりマシな部類の死に様だ。
前線に出るに当たって、呪術師の末路がどんなものかは学んできたつもりだ。
呪霊に敗北した呪術師の辿る道は、ただの一般人よりも悲惨なことが多い。体の呪力が餌にされるケースがあるためだ。
取り殺される。乗っ取られる。溶かされる。飼われる。焼かれる。潰される。苗床になる。食われる。女であれば、なおさら。往々にして、発見される頃には原型が残っている方が珍しい。"奇跡の生還"は大抵女性で、それらがヒトの暮らしに戻れた例は、ほぼない。
それを知って戦うから、呪術師は代わりに特権を得る。
役割はあまりにも大きくて、個人が背負うにはとても耐えうるものではない。だから術師たちは、一族単位でそれに対処するのだ。
一般人の常識は、こと呪術師をやるに当たっては毒になるから。それを知らない生まれたての内から、そういうものだと呪術の常識を叩き込んで行く。そうでもしなければ、この平和な日本で死を恐れぬ兵隊など作れない。
その工程を経なかった術師が力を持つとどうなるか、それは夏油傑がこれ以上なく明白に証明している。
「……俺は」
俺は、どうなんだろう。
中身が子供ではないから、人の死にこうして直面しても、精神に深い傷を負いはしなかった。
一般人としての価値観が既にあったから、一族の"教育"のほとんどを分かったフリですり抜けて、根本的な部分は"前"の知識をもとに生きて来た。
宏美さんとは、何度か一緒に戦って、一緒にラーメンを食べに行ったことがある。良くも悪くも、そのくらいの仲だ。
そのくらいの仲の人間が死んだ時の気持ちの整理の付けかたを、"前"の俺は知らない。
「珍しいッスね。一人称が崩れるなんて」
だからだろう。帰投直後の俺は油断していて、居間にいつの間にかレアさんがいたのに気付かなかった。
「レア、さん」
「レアでいいッスよ。……気にすることないッス。誰でも、最初はそうなるッス」
だからだろう。自分の隣をポンポン叩くレアさんの姿が、妙に魅力的に見えて。
「
レアさんはあまりにもいつも通りに見えて、そして『自分はもう、そういうの分かんなくなってるんで』という本人の言を思い出した。
「自分たちは強いから。きっとこれからも、何度も
特別一級にまでのし上がってきたレアさんは、今まで何度こうしてきたのだろう。
「だから、おいで。それの治し方は分からないけど……乗り越え方と、忘れ方なら。たぶん教えてあげられるから」
伸ばされた手を、今度は振り払わなかった。
いっそ、生まれも育ちもこの家だったら、一々こんな感情に振り回されることはなかったのだろうか。
でも俺は。
誘いを断らず、忘れることを選んだ俺が言えたことではないが。
それでも、戦友を失って動揺できる心が残っていて良かった。
あまりにも遅くなったのでひとまず投稿しました。
(下)もすぐ出せる予定です。
以下、2/28追記。
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名前 :増崎宏美(ますざき ひろみ)
性別 :女性
享年 :15歳
身長 :自称145cm
所属 :呪術高専京都校1年
入学方法:家系
階級 :2級呪術師
趣味 :ラーメン屋巡り
好物 :豚骨(博多のは認めない)
苦手 :薄味
ストレス:親の小言
備考 :最近、年下の親戚のことが気になっている。
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