やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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遅くなりました。
感想欄で(シモ)とか言われてるので初投稿です。


#8 戦場(下)

 まだレアよりも一回り小さい徹の手のひらへ、黒いTシャツごしに暴力的な質量と柔らかさが与えられる。

 

「因みに今はノーブラッスよ。つけっぱだと寝苦しいんで」

 

 レアの追い討ちに、徹の思考が乱される。

 

「ふふ、触るだけでいいッスか? なんなら――」

 

 一気に踏み込もうとしたレアだが、徹の右手は添えられたレアの手ごと引きもどされた。

 

「……何故ですか?」

 

 先ほどより鋭角になっている気がするTシャツの頂点から目をそらして、徹はあくまで冷静に告げる。

 

「何故?」

「僕を誘惑する理由が分からない。顰蹙を買うだけじゃないんですか?」

 

 直後、その場を包んでいた甘ったるい、それでいて危険な空気が霧散する。

 

 後には、目つきを鋭くした二人だけが残った。

 

「……キミ本当に11歳ッスか? それともひょっとしてもう済ませること済ませてるとか?」

 

「済ませてません。今だって断腸の思いです」

 

 平然と言い切ってのける徹の顔を、レアは目をぱちくりしながら数秒見つめ――破顔した。

 

「――はは、こりゃ確かに神童ッスわ」

 

 降参とばかりに両手を挙げ、大袈裟に呆れて見せるレア。既に先ほどまでの雰囲気は霧散して、後には移動中のバンの走行音だけが響く。

 

「というか、普通に前の席に運転手さんいますよね?」

「あの人自分の伯父さんなんで」

 

 話通ってるッス、と悪びれもせず言い放たれて、今度は徹が呆れる番だった。

 

「それで、何でそんなことしたんですか」

「うーん、ロマンチックなのと理屈っぽいのどっちがいいッスか?」

「理屈で」

「即答!? そういうのモテないッスよぉ?」

 

 相手が自分だからいいッスけど、とブツクサ文句を言いつつ、レアは徹の方を向き直った。

 

「次期当主筆頭のハジメテの女、なりたくないッスか?」

 

「いや、男に同意を求められても……」

 

「そッスか? 家柄的に正妻にはなれない自分ッスけど――」

 

 ――あたしで童貞捨てたクセに。

 

 耳元で囁かれ、徹は思わずビクリと体を震わせる。

 

「くふふ、キくッスよね? 徹クンにとって特別な女になることには、自分にとって価値があるんスよ……あ、でも勘違いしないで欲しいんスけど、誰にでもあんな感じって訳じゃないッスよ?」

 

 徹クンだけッス! と言いながらちろりと舌を出して「テヘペロ」の表情をわざとらしく作って見せるレアに、徹はそれ以上追及する気力を削がれた。

 

「打算があるのは否定しないッスけど、"いいな"と思ってない男にこんなことさせるほど落ちぶれてはいないつもりッス。そこは念頭に置いて聞いて欲しいッスよ」

「分かりました」

「……いやあ、分かってないと思うッスよ?」

 

 ――空閑は身内にしか優しくないスからね。

 

 レアの言には確かな実感がこもっていたが、徹にはピンとこないものだ。

 と言うより、何を当たり前のことを、という認識でいる。

 

「あ、ピンと来てないッスね? よかった、その辺は11歳だ。なんでもかんでも察されたらどうしようかと……」

 

 手持ち無沙汰なのかTシャツの襟を動かして整えた後、レアは観念したようにポツポツと語り始めた。

 

「徹君はガッツリ内側ッスけど、自分ら舞屋の人間はギリ外側、雇ってるだけの他人扱いなんスよ。ギリって言っても、日本に帰化してから4代ずっと"ギリ外側"なんスけどね」

 

 舞屋家は元々海外の術師で、戦時中に日本まで落ちのび、空閑家に拾われた……という概要は、同じ部隊に入るとあって事前に徹も聞かされている。

 

「自分は、"内側"に入りたいんス」

 

 長男は準一級、次女は特別一級。近頃の舞屋家は特に活躍が目覚ましく、いくらかいるお抱え術師の中でも格別の待遇が与えられているものと、徹は認識している。

 

「例えば……そうだ。自分が必ず最初に車を降りてるのは、いざって時徹クンを庇って死ぬためッスよ」

「……っ!」

 

 貼り付けたような笑みで語るレアだが、腹の裡は見えない。

 

()()()()もしないで20過ぎようとしてる舞屋の人間の使い道なんざこんなもんッス。まあ自分は強いんで、術式残すためにもうちょっとしたら強制寿引退で、あとは自分の父さんか、徹くんのお爺ちゃんが決めた適当な誰かに孕まされるッスね、多分」

 

 二の句が継げずにいる徹をよそに、つらつらと言葉を連ねていく。

 

「"舞屋"……メイアーの血筋はいわゆるドイツ系ユダヤ人(アシュケナージ)ッスけど、元を辿ればスペインのベン・ガビーロール*1に繋がると言われる、けっこう力のある一族ッス。おかげで空閑家に拾われた訳ッスけど……まあ、それがよくなかったんスよね」

 

 肩あたりまで無造作に伸びている金髪をつまんで、軽く引っ張りながら言葉を続ける。

 

「血筋の強さ的に、きちんと根付かれたら御三家に食い込んで来かねない。"舞屋"の初代は自分と同レベルの戦力だったそうッスから、上がその辺を心配して、空閑のお雇いになることを認めるにあたって"縛り"を課したッス」

 

 ――完全に日本人と言えるくらいに血が薄まっても相伝を保っていられたら、その時は独立した日本の一族として呪術界に迎え入れる。

 

「……完全な日本人、というのは?」

 

「総監部の定義だと、少なくとも5代続けて日本に住んで、日本人と結婚している家らしいッス。九州(こっち)だと大体は3代でいいんスけど、京都人は特に余所者に厳しいッスから」

 

「初代の舞屋の人は、その条件飲んだんですか?」

 

 未だ詳細を聞かされていなかった徹は、驚愕とともに聞き返した。

 

「飲まなきゃ不法移民としてナチスドイツに帰されるだけッスからねえ。それに術師としては相伝だけ守れれば問題ないんで、まあ郷に入りてはってヤツッスよ」

 

 なんで4代目の自分はまだ呪術界には存在を認められてないし、ガッツリマークされてるんで何か悪いことしたら即呪詛師判定、自分じゃなくて呪詛師を出した空閑家がメチャクチャ怒られるッス、と平然と語るレアを見て、徹は言いようもない恐怖に包まれた。

 

 つまりそれは、合意の上で民族浄化されているということじゃないのか。

 

「けど、それはあくまで"舞屋"の人間の扱いッスからね。空閑の身内判定されれば、いちいち捨て駒みたいな扱いされずに済むッス」

 

 ビッ、と右手の指を二本立て、ピースを作るレア。

 

「舞屋の人間が空閑の身内になる方法は2つ。その①、空閑の相伝を持って生まれること。舞屋の術師はたいてい空閑関係のどっかから結婚相手をとるんで、結構あるッス。無条件で一族入りできるベストな手ッスね。ちょうど自分の兄ちゃんがこのパターンッス」

 

 どこか遠くを見るような目で、兄のことを語るレア。表情は変わらないが、どことなく濁ったものを徹は感じた。

 

「自分の一番上の兄ちゃんは、準一級で自分より全然弱いッスけど、相伝……禁縁呪法持ちだってわかった瞬間から空閑家扱いなんスよ。高専にも行かせて貰えて、本家からお嫁さんも世話してもらったッス」

 

 現状、レアたち舞屋一族は空閑お抱えの傭兵という形でのみ呪術界での存在を許されている。当然、空閑家に入る以外で高専に通う術はない。

 

「まあこれは産まれの問題っスからどうしようもないとして、問題はその②、空閑の人間の子供を産むことッス」

 

 指折り数えるレアの姿に、何ら気負いは見られない。

 

「結婚するだけじゃダメッス。子供が生まれて初めて『自分-子供-空閑の人』の流れでラインが繋がって、間接的に血が繋がることになるッス。これで初めて他人じゃなくなる訳ッスね」

 

 レアの顔から込められた感情を察しようとして、ずっといつもの人懐っこい笑みが張り付いたままだと気づいた。

 

「それで……僕と子を作ろうと?」

 

「まあそうなったらなったで産む気だったスけど、狙いはそっちじゃないッスよ」

 

 元々舞屋家としてはレアを徹大の元に送り込む計画だった所、一発で徹が産まれてしまい彼に妾を持つ正当性が無くなって今に至る……という経緯を、レアは説明しなかった。

 

「最初のほうで言ったじゃないッスか。ハジメテの相手は特別なもんッスよね?」

 

 徹が虚を突かれたように押し黙っていると、ケラケラと笑ってレアが言葉を続ける。

 

「"次期当主のモノ"っていう立場には意味があるッスよ。仮に自分がちょっかいかけられそうになったとき"徹クンが怒るかもしれない"っていうカードを切れるようになるッス。ね、けっこーな権力だと思わないッスか?」

 

 この辺はまだ11歳ッスね~と得意げにしているレアをよそに、徹には思う所があった。

 

 禪院真依のことだ。

 

 何故彼女のイジメが止まったのか、何故執拗に引き合わせられるのか、それらのことが点と線で繋がろうとして、その様子を見とがめたらしいレアの発言で現実に引き戻される。

 

「でも、変な話ッスけど、徹クンが今の話に嫌な顔一つしないようなやつだったら、自分はこんな提案してないッス」

 

「……顔に出てましたか」

 

「腹芸はまだまだッスね。でもうれしかったッスよ。自分はもう、その辺が良くわかんなくなってるんで。自分が見込んだ通り、徹クンは良い人……なんかこれだと褒めてないみたいッスね……好みのタイプッス」

 

 話を聞きながら、必死に考えを巡らせる。

 

 今聞いたことが本当だとして、彼女と徹との間にはあまりにも立場に差がある。おそらく、文字通り何をされても拒まないつもりだろう。そうするだけの価値と、そうなって構わない、あるいはそうなりたいという感情の一致により、彼女の行動は成り立っている。

 

 であればこそ、徹には断る理由が思いつかなかった。

 

「もっと言うと、自分呪術師なもんで強い男が好みなんスよ。徹クン将来性込みなら余裕で徹大さん超えてるッスからね。そういうとこ結構キュンと来てるッス」

 

 にへら、とだらしなく表情を崩して言うレアから、嘘をついているそぶりは感じられない。

 

 一気に与えられた情報量に押しつぶされそうな徹は、しかしかろうじて思考を保っていた。

 

「だから、別に悪いことないッスよ。自分みたいにすがってくる子を守るのも、強い人間の役目のうちッス」

 

 徹はあえてそれに答えず、ひとつ質問を返した。

 

「……ちなみに、ロマンチックなほうって答えたらどうしてたんですか?」

 

 レアは、にへと笑ってから、少し顔を赤くして口を開く。

 

「個人的には、子供を産むなら最低でも自分より強い人のがいいと思ってたッス。まあそのせいで行き遅れたんスけど、まあ、その、何回か庇ってくれたことあるじゃないスか。結構ああいうの、憧れてたんスよね」

 

 モジモジしながら語っているレアには全くわざとらしさがなく、先の説明とどちらも嘘ではなく一面を切り取っただけであると理解した。

 

「でも、自分じゃ家柄的に釣り合わなくて結婚できないッスから。せめて思い出の一つくらいほしくなった……って感じッスね。これも全部本当ッスよ? 言い方が違うだけッス」

 

「どっちもしゃべってくれたのは?」

 

「そのほうが信用されそうだったからッス。利用する気ではあっても、悪用する気じゃないってこと」

 

「じゃあ最初の重たい身の上話も本当なんですね」

 

「嘘はついてないッスよ。まあかわいそうとか守ってあげなきゃと思ってもらえるようにいろいろ頑張ったッスけど」

 

「……好き嫌いの単語が出てこないのは?」

 

「口に出したら本気になっちゃいそうだったからッス。一線は守らないとッスからね。それとも、好きだって言ったら手付けてくれるッスか?」

 

「初手そうだったらひょっとして流されたかもしれないですね」

 

「んげ、しくったッス」

 

 いつしか"そういう雰囲気"はすっかり霧散して、レアと徹は恋人というより、腐れ縁の女友達のようなあけすけな関係になりつつあった。

 

 その空気にあてられたか、レアはさらに調子よく話を続ける。

 

「自分で言うのも何ッスけど、最初は打算の付き合いでも、実際今の状況から徹クンのお手つきになって待遇良くなって、ちょくちょくやることやって、いっしょに戦って強さが解って、後はたまに気でも使われて……とやってたらまーコロっと行っちゃうと思うんスよ」

 

 ハナっからそういう作戦で立場悪くしてるとこあるんじゃないスかね? とレアは言う。

 

「詳しく聞いた訳じゃないッスが、外の血を入れる一環でたまにやるらしいッスよ。術式持ちだったせいで酷い目に遭わされてる子をあえて暫く放置して、それとくっつけたい若い男に助けさせるの」

 

 レアにとってはちょっとした意趣返しと悪口程度のつもりだったのだろうが。

 

 徹にとっては、いよいよ脳のキャパを超えるだけの衝撃を伴う話だった。

 

 

 

 

 

 

 夏油のアレは、本当に空閑家管区外だったのか?

 

「あ、そう言えば顰蹙を買うかもとか言ってたッスよね? だったら最初から、二人っきりになる機会はないと思うッス。自分でいうのもアレッスけど、徹クンと自分の子供とかすんごいの生まれそうッスから……あれ、徹クン? とーるくーん?」

*1
ソロモン・イブン・ガビーロール(アヴィケブロン)のこと。彼はアラビア系だが、代を重ねるうちに白人の血が強くなったらしい




結局徹がレアをどうしたかは、もうしばらく読者の方の想像に委ねます。


禁縁呪法を継ぐ→空閑家が喜んで迎え入れる
舞屋の相伝を持たない→空閑の人間となら結婚できる(結婚すれば空閑家判定になって扱いがよくなる)
舞屋の相伝を持って生まれる→個人的な寵愛を除いて優遇は得られない
術式自体がない→カタギ扱い
それでいて術式は有用だから一族に歓迎するとのたまう
呪術界の陰湿さはまあこれくらいはあると思う
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